3章1話 サン・フルーヴ帝国薬学校からの依頼
女帝の黒死病終息宣言から2週間後。
帝都ではまだ混乱や疫病の爪痕は残るものの、サン・フルーヴ大市も予定のスケジュールを延長して開催され、日常の風景を取り戻しつつあった。
ちなみに異世界薬局の四階にあいた、というか対カミュ戦でファルマが開けた風穴は、職人が大勢やってきて一週間で塞がれた。ファルマが薬局の前の大路にこしらえた大きなクレーターも、女帝が強権を発動し、土の神術使いが何人か動員されすっかり補修されている。ネデール国の聖騎士の風の神術によってなぎ倒された平民の民家や商店も、帝国の資金にものを言わせて大量の職人、物資が投入され、急ピッチで復興が進んでいる。
それは天気のよい、ある日の正午だった。
ファルマは、ロッテとエレンと連れ立って大市をぶらりと歩いていた。市場は活気にあふれ、客引き合戦が熾烈を極めている。スパイスのきいた焼き鳥のような串と珍しい種類の焼き芋を買って屋台で昼食を済ませ、三人とも腹がふくれたところだ。エレンが薬草店のテントの前で足を止める。
「あっ、ちょっと見て。あったー! 今年もあったわー、ナバールの薬草、なかなか手に入らないのよねー」
珍しい薬草を見つければ即買い求めるエレン。薬師にとって、年に一度世界中から貴重な薬草、水薬、調剤材料が集まるこの市場は、遠くへと足を運ばなくても楽に原材料を調達できる、買い付けのチャンスだった。
そして、ケーキ屋の屋台の前で立ち止まり、その場を離れないピンク髪の美少女。店主と大きな商談をするかのように真剣に話し合っている。
「もう一回聞きますね。このケーキは何味でしたっけ」
ずらりと並べられた焼き菓子を前に、どちらがおいしそうか見繕っている。
「オレンジとナッツが入っています」
「あのレーズンのケーキも気になるな。じゃあ、両方2本ずつ買います!」
ロッテは、異世界薬局で働いて得た給料をうまくやりくりしてお菓子を買っていた。それを、ド・メディシス家の屋敷の母や使用人仲間に分けるために持ち帰るので、サン・フルーヴ大市が開催されてからというもの、毎日大量に買い付けている。まるで仲買業者じゃないか、とファルマは思う。
「じゃ、俺もそのあたりの店見てくるから」
彼女らが楽しそうに買い物をしている間に、ファルマも買い物をした。
「贈り物があるんだ」
今回の黒死病騒ぎで活躍した職員たちの慰労のため、彼らにひとつずつプレゼントを買ったのだ。ファルマの言葉にロッテの背筋が伸びて、目が大きくなる。ファルマが一つずつ、彼女らに袋を手渡す。
「二人とも、いつも支えてくれてありがとう。これ、感謝の気持ちを込めて」
感謝の気持ちは、言葉に出さなければ伝わらない。だからファルマは、彼らにはいつもありがとうの言葉をかかさないように気を付けていた。突然のことに驚きながら、きれいな袋をあけてみる二人。
エレンには王侯貴族に人気の香水。ロッテには凝った刺繍の可愛いエプロンを。ちなみに、店で留守番をするセドリックには、シックなデザインの高価な杖を用意している。
「ありがとうファルマくん。この香水、気になってたやつなの、どうして私の好きなのわかったの?」
「なんか人気みたいだから、エレンも好きそうだと思って」
エレンが、手首につけてうっとりとした表情で香りを楽しむ。すっきりとした甘い香りに、エレンは弱い。リサーチ済みだった。
「もう、ファルマくんって時々子供とは思えない気遣いするわね」
(まあ、子供じゃないからな)
「女性にそつなくプレゼントを選べるなんて、将来どうなるのかしら。浮名を流すのはやめてよね」
とエレンは言うが、その表情は浮かれていた。
そつなくできる、とはファルマは思っていないが、前世で学会や会議、研究などで世界中を飛び回っていた彼は、研究室スタッフへのお土産を兼ねたプレゼントを欠かさなかった。プレゼントは日頃からの好みのリサーチがものをいう、というのはよくいったもので、彼はそういう人間関係の努力も意外と怠らない人間だった。薬谷先生のプレゼントはセンスがいい、など評され喜ばれたものだ。
「こんなに綺麗なお花の刺繍のついているエプロン、平民は誰もしてないですよ!」
ロッテが嬉しくて、さっきから袋の中のエプロンをこっそりと覗き見しては溜息をもらしている。召使が刺繍のついたものを主人から買ってもらえるのは滅多にないことのようだ。
「ファルマくんは欲しいものないの? 私たちからも店主にプレゼントをさせて?」
エレンが、お返しに何か、と気を回す。
「私もお返ししたいですー!」
ロッテも、財布の中身を見てぺろっと舌を出したあと、手をあげる。どうやら菓子の買い付けで使いすぎたらしい。
「自分のはいいんだ。欲しいものは買ったから。香辛料と、あとは、質のいい紙を」
といって、ファルマは戦利品を詰めたバッグの中をのぞき込む。
「あら、ほんと。随分買ったのね」
市場で上質の紙が見つかったので、彼はここぞとばかりに大量に購入した。研究ノートに使ったり、書物の執筆に使ったり、何かと入用だ。何百年もの時間に耐える、高級紙を求めた。
「にしてもファルマくんが香辛料? 新薬を造るのに使うの? いつもいつも、薬、薬、薬! ほんとファルマ(薬)って名前の通りじゃない、真面目なのねー」
といってエレンが感心するので、ファルマは後ろめたくなって俯く。
(いえ、薬のためではなくてカレーのためです)
とは言い出せなかった。大市の香辛料屋台でクミン、ターメリックなどの香辛料が手に入ったので、彼は四階の実験室でこっそりカレーを作るつもりだった。香辛料はあるものの、この世界にはカレーらしき料理はないようだ。香辛料を見るとカレー、という発想になってしまうのは、カレー大好き日本人の悲しいさがである。
(ニオイで異臭騒動になるかな。米はこの世界にはないから小麦粉でナンでも焼くか……)
作るタイミングを見計らわなければならないが、目下楽しみにしている秘密の計画だ。ちなみに、前世では主食が栄養補助食品だった彼の料理スキルは、料理が多少なりとも実験と共通するということもあり、大して練習もしていないのに無駄にレベルが高かった。
(におうから内緒は無理だな。"カレーパ"して皆で作って食べればいっか)
カレーパーティーをしよう、と思うファルマだった。
お昼休みを終えて三人は薬局に戻り、ファルマは「私は市場で買いたいものはありませんからな」といって留守番をしていたセドリックにもプレゼントをする。琥珀色の晶石が二つついている、高級杖だ。
「セドリックさん、いつもありがとう。これ、ほんの気持ちだけど」
「ほう……これは! よいのですか。見ただけでわかります、とても高価で高性能な杖です、材質は総ドウェル木仕立てで晶石はフルガン黄、デザインもエレガントだ。持ち手の能力を150%引き出してくれるでしょう」
神杖店の店主が言っていたような口上がセドリックの口からマシンガンのような速さで出てきた。エレンと同じく、杖マニアの一面を見せた。ファルマは詳しくないので、店主には「この中で一番頑丈で高性能なのを」と注文しただけだ。
「き、気に入ってもらえてよかったです」
セドリックの杖は、神術のためだけではなく、多少、歩行の補助も兼ねている。彼の持っていた杖は古くて持ち手が欠けていたので、大層喜んだ。
「気に入りましたとも。神術の練習にも励まなければなりませんな」
ド・メディシス家の薬草園の施肥や土壌の維持に全てをかけていたセドリックは、一般的な攻撃的神術はあまり得意ではないようだ。それでも、せっかく杖をいただいたので今後の有事のために特訓をしておきます、と笑顔をのぞかせた。
薬局の午後の営業をしているところに、父ブリュノの弟子の薬師が馬で薬局にやってきた。
「ファルマ様。本日夕刻、薬学校に来ていただけますか。総長からのお呼び出しです」
「父上から? 家に帰ってから用事を聞くのじゃ遅いって事ですか?」
父はいくら遅くとも朝には屋敷でファルマに予定を伝えておくものだ。それが今日の今日、ということになると、今日の今日決まった、急な用件での呼び出しなのだろう。
「エレオノール様もです」
「私も? うっそ」
他人事のように話を聞いていたエレオノールの顔が真顔になり、緊張に包まれる。直属の師匠の呼び出しは、一級薬師といえども怖いらしい。
「もともと今日は夕方からキャスパー教授の放線菌の研究の進捗を見に行くことにしていますので、どちらにしても大学に行きます」
ファルマはスケジュール帳を開き予定を確認する。ファルマのスケジュールは、びっちり埋まっていた。薬局の営業、そしてキャスパー教授への研究協力、マーセイル領の製薬工場の施工プロセス確認などでファルマのスケジュール帳は真っ黒だ。ネデール国への出張もぽつぽつ入っている。それから、薬学の教科書の執筆なども。
「それはよかった」
弟子たちはほっとした様子だ。
「新しい病気が見つかったんですか?」
ファルマは、薬を準備して持っていくべきか聞いた。
「持ち物は必要ありません」
「そうですか?」
なら何だろう、と首を捻るファルマとエレンだった。
…━━…━━…━━…
ファルマとエレンは夕方、早めに薬局を閉め、サン・フルーヴ帝国薬学校へと馬で出向く。
そこは、帝都のブリュノ・ド・メディシスが総長(学長のようなもの)を務める広大な敷地面積を誇る帝国最高水準の薬学大学で、帝国全土の一級、二級薬師の養成機関だ。
帝国で認められている宮廷薬師(皇帝を含む王侯貴族を診察できる薬師)は現在、ファルマも入れて4名。王侯貴族を診察できる一級、二級薬師を合わせても21名しかいない。ごく一部だ。帝国の上級薬師の合格基準は厳しく、薬学校の卒業生は帝都で無資格営業をしながら上級薬師試験を受けているか、もしくは国外の緩い基準で上級薬師をしている。
総長ブリュノの一番弟子であり、神術と薬学の才能を兼ね備え、あまりに優秀すぎるため一級薬師試験にわずか十五歳で合格したエレンは、今は大学には直接関わりがない。彼女は研究室にこもるよりも患者と向き合いたいタイプで、研究メインではなく、以前は貴族の診療をメインに行っていた。ここのところは、ブリュノから命じられて異世界薬局にかかりっきりになっていたものの。
大学の敷地内には薬草園、研究棟、講義棟、神術実験棟、食堂、学生寮などの立派な建物が建っている。ファルマとエレンは馬から降り、大噴水が涼しげな音を立てる、美しく整えられた中庭を抜ける。エレンを知る薬学生たちが、まるでアイドルの追っかけをするように後ろから彼女の後をつけてきた。握手をして去って行った学生もいた。
「人気者なんだね、エレン」
どうやら在学中は、エレンのファンクラブのようなものがあったらしい。
「もう卒業して2年も経っているのにねー。どうして知っているんだか。にしても懐かしいわー、母校」
エレンは久しぶりに来た母校が懐かしいらしい。
「お待ちしておりました、ド・メディシス師、ボヌフォア女史」
二人は弟子に案内されるまま、研究棟の大会議室に呼ばれた。呼び出されたのが総長室ではないことに、ファルマは疑問を覚える。
大会議室は天井の高い大部屋で、シャンデリアがかかっている。多くの紳士淑女らが出席していた。いずれも、大のつくほどの貴族階級の人間ばかりだ。
「これから教授会が始まるみたいよ」
エレンは扉の隙間から中を確認した。彼女の知っている教授ばかりだった。
「会議が終わったらまた来ましょうか? 邪魔になりますし」
ファルマは弟子に問う。会議が始まるのであれば、今から個人的にブリュノを呼び出すのも悪い。ブリュノは総長なので、教授会の進行も兼ねている。キャスパー教授も中にいるようなので、学内をぶらぶらしていようか、そう思っていた時、
「いいえ、そのままお入りください。皆様、ファルマ様とエレオノール様をお待ちかねです」
「ええ? いいんですか?」
「ちょっと、聞いてないわよ!?」
「どうぞどうぞ。ド・メディシス師とボヌフォア師がいらっしゃいました!」
弟子は大声で中に告げると、会議室の扉を勢いよく開けてしまった。会議室の中から一斉に視線が集まる。
「入りたまえ」
「え、はい」
仕方なく、教授陣の前に出てゆくファルマとエレン。
「来たか」
ブリュノの声がした。緩いアーチを描く、長い会議机の前にずらりと座っていたのは、帝国薬学校の一流教授や講師陣。その一番奥に、総長であるブリュノは座っていた。
「会議中に失礼いたします」
ファルマとエレンは教授陣に会釈をする。
「実はな……」
ブリュノは歯切れが悪い。
「総長」
恰幅のよい腹をした、髪の爆発した白髪の個性的な副総長が席を立ち上がった。
「お父上から御子息に申し上げにくいことと存じますので、ここは私が」
まったく関係のなさそうな副総長に何を言われるのか、とファルマは身構える。
「前置きもよろしかろう。ようこそいらっしゃいました、お二人とも。本学では、来年より総合薬学科を新設することになりました。ファルマ師にはそこで主任教授として教鞭をとっていただきたいのです」
「はい……?」
ファルマはあらゆる想定が外れて思考停止しそうになった。
「平たく申しますと、帝国薬学校の教授を引き受けていただけませんか、ということです」
と、別の教授が断言した。
「そしてボヌフォア女史には、同研究室で多忙な師のサポートをお願いしたい。講師の籍をあけております」
エレンも口を大きく開けて硬直していた。
二人に期待を込めた多くのまなざしが注がれ、ファルマはどうしたものかと悩む。
「私は大学を出ていませんし、まだ成人すらしていない子供ですので。ご期待に添いかねるかと」
あまり効果的ではない言い訳だとは、彼も思った。だがファルマは、今すぐに大学に所属して本格的に教鞭をとりたいとは思っていなかったのだ。
「あなたがお若いというのは承知の上です。ですが、輝かしいまでの業績に鑑みれば当然だといえるでしょう。この一年の間に、顕微鏡なるものを発明し、白死病の特効薬を開発し、そればかりでなく黒死病の蔓延すらもその新薬の発明によって食い止めたのです。不治の病を次々と治癒してみせたその功績は、大いに称賛されるべきです」
皇帝が白死病を患っていたとは知られていないが、その治療薬をファルマが創ったということは噂になっているらしい。
副総長は「素晴らしい!」と言いながら一人で拍手をはじめると、教授陣はそれに続いた。拍手喝采である。ブリュノは咳払いをして、彼らを一歩引いた目で見ているようだった。
「常人のなしえる技ではありません。あなたは神童です」
「趣味としかいいようのなかった私の研究から薬ができるだなんて、誰が考え付くでしょう」
キャスパー教授も興奮気味に発言する。確かに、キャスパー教授の研究についてはファルマが直接指導してきた。
「いえ、あの……」
教授陣から大のつくほどの絶賛だ。お世辞以外で、本気でおだてられることに慣れないファルマは段々と恐縮しはじめた。これまで、ファルマの新薬は色々と父の功績ということにして真相をうやむやにしてきたのだが、遂に父が教授陣に暴露したのかもしれない。
(やられた……動きにくくなるぞ、これは)
ファルマは臍を噛む思いだった。逆に言うとこれまでファルマを全面的に支援し、自由に行動させていた父が遂に、尊爵であり大学総長という社会的な立場を利用してファルマを囲い込みに入ったということだ。
「ここにいる教授陣は国内最高の頭脳だと自負していますが、おそらく束になっても、情けないことですがあなたの知識と創薬技術にはかないません」
副総長が情けないコメントを出した。だが、その言葉に対して憮然とする者もなかった。
まったくその通りだと、彼らは口々に同意していた。
「真に勝手ながら、大学としてはあなたの知識を学びたいのです。あなたが11歳だとか、成人していないだとか、そういう非学問的な問題は、この際論じるつもりはございません」
父はおそらく、さきの教授会でファルマを薬神憑きか何かだと言ってしまったのだろう。若しくは、噂かなにかが広まりすぎて、ファルマが人外だということを隠せなくなってしまったのかもしれない。
そして全員が、ファルマに影がないことをその眼で今も確認しているのだ。言い逃れはできない。
ファルマは逃げ道を塞がれた。だが、「薬神憑きか」と本人に聞かず、「影がないじゃないか」とも指摘せず、そういったファルマの神秘性には敢えて触れてこない筋立ては、父の意向なのだろう。
(どういうつもりなんだ、父)
ファルマは父を見据え、真意を探ろうとするが父の表情は読めなかった。
ファルマも前世では大学の准教授だった男である、大学に所属し研究生活を送るのはやぶさかではない。後進の教育も、むしろこちらから望むところだ。だが、この世界の薬学界を牽引するにしろ、表舞台に立つには11歳の子供の姿では悪目立ちしすぎる。
自身の身に降りかかる危険と、薬局の従業員たちへの危険が大きすぎるのだ。
だから少年である彼が今できることといえば、著者の名を伏せたまま薬学のテキストを水面下で執筆することだった。それを読めば誰にでも、それこそ百年後でも二百年後でも薬学を志す人間には理解できるようにして、薬学大での基礎教育にでも使ってもらいたいと思っていた。
そしてファルマ自身は、今生の人生では研究室にこもり薬と向かい合うのではなく、人間と人間の関係で患者と向き合いたいと思っていた。薬神扱いされ信仰されたりするのも、本当に勘弁してほしいところだ。
だが、父は父で考えがあるのだろう。
目の前に未知の知識があるのなら、それが手に届くというのなら。
どんな手段をもってしても、その全てを明るみに出したいと思うだろう。それが学者というものの性だ。
「無理に、というつもりはない、どう思う」
父がファルマに向かって、静かな口調で尋ねる。
決して嫌だ、というわけではない。今それを受けていいのかということを、よほど慎重に考えないといけない、ファルマはそう思うだけだ。
「ふむ。ではボヌフォア女史に先に聞こう、どうする」
「私? 私は、師匠の御命令であれば、謹んでお受けさせていただきます」
ブリュノはあらかじめエレンに目配せをして牽制していた。エレンに許される返事はYESだけだ。返答によってはただではおかないぞ、という威圧感をブリュノが出しまくっていた。師匠であるブリュノの前では萎縮するエレンである。
「だそうだ。ファルマよ、お前はどうする」
「では私も、講師であれば」
教授というのは、あんまりにあんまりだ。目立ちすぎだ。非常勤講師ぐらいで丁度いい。
「残念だが講師の枠は今、埋まった。あいているのは教授のポストだ」
新設学部のポストなのに、そんなわけないだろう、とファルマはつっこみたかったがどうしようもない。
「私は異世界薬局の店主でもありますので、薬局業務に差支えますし……」
「学生に講義をしてもらうだけでも構いません、勤務時間は自由です。一日に数時間だけでも構いません」
副総長がすかさず譲歩する。あれやこれやと言い訳をすると、言った端から「ご自由にしていただいて構いませんので」と潰されてしまった。となれば、
(まあ、直接学生を育てたら、彼らがあとあと専門家になってくれて、結果的にはそっちのほうがいいか……)
それも一理あるな、と腹をくくったファルマである。
場合によっては、有事の際には異世界薬局そのものの診療を任せることもできるかもしれない。
「ではお受けします。が、常勤の教授というのは気が引けます。期限付き雇用にしてください」
ファルマは苦し紛れにそう言った。
「では、よろしくお願いいたします、ファルマ・ド・メディシス教授。エレオノール・ボヌフォア講師」
「は、はい……」
こうしてあれよあれよという間に、話は纏まってしまった。
よってサン・フルーヴ帝国薬学校は、異例の人事により、11歳の特任教授、そして一人の講師を招聘することになった。




