2章12話 黒死病の上陸
「素晴らしい偉業だ、まだ一年も経っていないというのに」
皇帝、エリザベートII世は、宮廷内の大会議場の席で側近たちから帝都の出生率、死亡率の年次統計報告を受け感嘆の声を上げた。皇帝はご満悦だった。帝都の今年の死者数が前年比2割ちかくも減っていたからだ。
各地方都市での死者数統計は例年通りの水準であるが、帝都だけ激変している。
「帝都だけこの数字なのは、異世界薬局と、業務提携している調剤薬局ギルドの成果ではないのか?」
贔屓目に見なくても明らかではないか、とエリザベートは言いたげだ。
薬師ファルマが宮廷薬師となってから、顕微鏡の発明を皮切りにこの一年たらずでやったことはというと。
異世界薬局・総本店の創業と、数々の新薬の発明。
水銀、鉛などの毒物を含む製品の人体使用への規制。
薬用化粧品専門店「MEDIQUE」、オーラルケア専門店「8020」の開店。
調剤薬局ギルドの設立、ギルド加盟店での新薬販売。
公衆衛生講座の開催。
さらには帝国の運営する施療院を往診し、患者たちに薬を処方したり、医師たちに治療の指導をしたりもした。
どれひとつとっても、功労賞級である。それを僅か一年そこらで同時にやってのけるのは、人間わざではない。
それに、公衆衛生講座や顕微鏡の発明によって微生物の概念が生じたことが功を奏したか、人々は清潔を心がけるようになり、帝都での流行性疫病の発生件数はかなり低くなっていた。毎年のように流行性の風邪にも悩まされていたが、これも今年は小規模にとどまった。
「はっ、軽々には申し上げられませんが、私も同感でございます」
気難しく保守的な老臣、国務卿フィリッポもとうとうファルマの業績を認めた。
「卿らもそう思わんか」
「ごもっともでございます。帝都での成功が各地方都市にも広まれば、帝国の繁栄はゆるぎないものに」
内務卿ヨアンも、女帝の問いに首を縦に振る。ヨアンは、子供店主が経営するという薬局に帝国勅許を与えることを渋っていた大臣だ。
女帝の小姓から準騎士に昇格したノアは、これまでは何かと女帝に強気な進言をして側近たちに鬱陶しがられていたファルマの功績が、ひとまず公の場で認められほっとしていた。
そうとなればまた何か褒美をやらねば、と皇帝は会議をそっちのけで頭を悩ませはじめた。
「ファルマに尊爵位は早いかのう、ベレニス?」
「ファルマ師はまだ成人しておられませんので、帝国法では未成年の爵位の授与は認められておりません」
今年就任したばかりの、美貌の女性司法卿ベレニスが、慌てて皇帝をいさめる。帝国法をコロコロ変えてもらってはこまります、と。ちなみにベレニスは、MEDIQUEの薬用石鹸を愛用していた。
「うむ、やはり早いか」
女帝は勇み足だったかと反省したようだ。
「帝都市民からの評判も上々でございます」
国務卿フィリッポは、市井の評判を耳に入れていた。異世界薬局にかかった患者については、瀕死の重病人を除けば死者は殆どいない。また、フィリッポ自身も痛風という持病を持ち、かかりつけ薬局になっていた。毎週のように薬を取りに行く患者の立場で、主治薬師の批判などできるわけがないのである。
少年薬師ファルマに、人外のものが憑いた。
エリザベートは徐々にその確信を得つつあった。エリザベートは、父ブリュノについて修行のために宮廷に出入りしていたファルマを8歳の頃から知っている。だが、その頃の彼とは人格そのものが違うように見えて仕方がない。
何が憑いているかは定かにすべきではない、というのがエリザベートの見解だ。彼に秘められた規格外の神力は決して邪悪なものではないことを保証しているし、神や聖霊が憑いているのであれば、人間に正体を暴かれるのを嫌う。正体を暴いたがために、人界を去られてしまってはいけない。
そこでエリザベートは、ファルマが帝都で動きやすいようあらゆる便宜を計らってきた。彼の意向に沿っていれば、早くもこの成果である。
「さて、サン・フルーヴ大市の準備は整っておるか」
「はっ、例年通りに。帝都のギルドや商人たちは、商品の準備に余念がありません。外国の商人も続々と集まってきております」
大蔵卿エルマンが、黒縁メガネに手を添えながら、部下の大市監督官とともに準備状況を女帝に奏上する。女帝は、ふと思い出して念押しをする。
「帝都の風紀に乱れのないように。また、問題を起こした者は身分を問わず帝都から叩き出せ」
「は、厳しく取り締まります。ひとつ、気になることが」
エルマンは事前に、例年にはなかった兆候を見抜いていた。
「事前の行商人登録簿を見るに、今年は外国の薬問屋や上級薬師の数が多いようでございます」
「異世界薬局とその提携薬局に、医薬品を買い付けにくるのだろう」
医薬品を国に持ち帰り、王侯貴族へ高く転売するのが目的だとみえる。だが、ファルマを店主とする異世界薬局は調剤薬局であるので、患者を診て直接処方する。患者でなければ処方しない、売らない。
いっぽう調剤薬局ギルドでは、総本店の異世界薬局ほど効果は高くないもののよく効く新薬を扱っているので、それを買って帰る目算だろう。
「大市の開催中、異世界薬局の薬は各国の薬師に狙われるだろう。あの薬局は我が帝国の至宝であり、財産だ。薬師ファルマともども、手放してはならん。ファルマ個人には最高の護衛を、薬局の職員一人一人にも警備をつけろ」
皇帝はファルマを囲い込み、自由に医薬品を製造させつつ、帝国の対外競争力と国益を維持する目論見だ。異世界薬局とその関連薬局の医薬品は、帝国に巨万の富を齎すだろう。
「御意」
側近たちは全面的に女帝に賛同した。
…━━…━━…━━…
「黒死病がサン・フルーヴ大市の荷に混じって、押し寄せてくるかもしれません」
そのころファルマは、サン・フルーヴ医薬大学の総長室に乗り込んで、父に迫りくる大疫病の危機を伝えていた。父は総長としての事務と研究で忙しく、屋敷に戻ってこなかったのだ。
「うむ、ネデール国の植民地島が謎の疫病によって全滅したのだな。私の耳にも入っておる。まだ、ノバルートでも病原の見当がついておらんが、お前は黒死病だと思うのか」
ペスト、この世界で言う黒死病は、210年前に流行したのが最後だった。ブリュノは過去の文献を読み解き、黒死病の恐ろしさを認識していた。患者の皮膚に紫黒色の出血斑を残すことから、黒死病と呼ばれたそれの感染力は凄まじく、いくつかの都市を患者ごと火炎神術で焼き滅ぼしようやく収束したという。
「私は黒死病だと考えます」
「黒死病は根深い。収束したとみえて、何度も再燃すると文献にはある。死病の島と取引された船荷の一部は、陸路で帝都に入ってくるかもしれん。植民地から直接サン・フルーヴ大市に売りつけにこようとする商人の船は、マーセイル港に着くだろう」
「事後報告になってしまいましたが、マーセイル港に検疫所を設けるよう指示しました」
「うむ、よい判断だ」
ブリュノはファルマの措置を評価した。
「黒死病が帝都に入ってきたら、帝都は終わりだ」
黒死病に効く薬は存在しない、医師や薬師にできることは死者を数えることぐらいだと、ブリュノは言う。人口密集地である帝都で黒死病が発生すれば、帝国滅亡も現実味を増す。
帝都の災禍を神術の炎によって焼き払わねばならなくなる。
「なにしろ我々には、黒死病と戦うすべがない」
「いいえ、戦えます」
ファルマは即答した。
「本当か!? 誰もその本性を知らぬ不治の死病だぞ」
ブリュノはファルマの言葉におののいているようだった。
「戦えます。白死病のときと同じように、私には武器があります」
ペストに有効な薬は抗生物質(抗菌薬)であり、地球ではいくつもの薬剤が開発されており、選択肢も多い。……なのだが、マーセイル製薬工場が完成していない状況で、わずか数日で準備でき、この世界の実験室レベルで大量に合成できる薬は今はなかった。抗生物質は、カビや菌などの微生物から抽出することができるものなので、この世界でも培養技術が整えば、どの国でも扱えるようになるだろう。
だが、今回の準備期間はわずか数日。ファルマの物質創造能力で備えるしかなかった。
「ど、どのようにして戦うのだ……」
ブリュノには見当もつかなかった。黒死病が何を媒介にして広がるのかすら、この世界のどの学者もわかっていなかった。
「特効薬はもう、準備しました」
ファルマは、合成抗菌薬を準備した。
彼が選んだのは、スパルフロキサシン(SPFX)だ。
ペスト菌のDNA合成を阻害することによって、細菌の増殖を妨げる薬剤である。
注射ではなく、口から飲める、それが都合がよかった。注射を扱うにはリスクが大きいので、技術基盤が整わないうちはファルマは使いたくない。この薬は一日一回飲めばそれでいい。副作用が起こる場合もあるが、それは光線過敏症で、日光になるべく当たらなければ、薬剤師が服薬管理する限りはそれほど重大なものはない。これなら、日々研鑽を積んでいる調剤薬局ギルドの薬師たちに服薬指導を任せることもできる。
ファルマは事前に、このスパルフロキサシンを物質創造で創っていた。
構造が複雑であるため集中力を切らし、へとへとになりながら、それでも患者1000人分が完治できるだけの量を用意した。
さっそく、新薬の処方研修会を行い、患者の診断方法、処方の仕方を薬師たちに教え込んだ。どの薬師にも、というわけにはいかない。ギルドに加盟したばかりで、知識や技術が未熟な薬師には取扱いを禁じた。
もし、ペストが出た場合、新薬スパルフロキサシンは無償で提供することを厳命した。ペストほど強力な感染症には、薬価など気にせず、躊躇なく処方することが大切だ。
現在、関連薬局に薬を配布し、分包を任せているところだ。もしペストが発症せず今回は必要なくとも、ほかの感染症にも使える薬なので、薬は決して無駄にはならない。
調剤薬局ギルドの薬師たちは、かつての悪夢、黒死病が再来するかもしれないと聞き、戦々恐々としていた。
「帝都の薬局薬店に、治療薬は備えました。感染者が出ないようにすることが、最初の戦いです」
ファルマとブリュノは、予防策をとりまとめ皇帝に進言をした。
・ サン・フルーヴ帝都の城門を制限し、帝都に入ってくる商隊の陸路を数箇所に限定する。
・ 城門の関に顕微鏡微生物検査部を備えた検疫所を設ける。
・ 帝都の市民は水の神術使いの生成した水を配給し、それで手洗い、入浴をし清潔を徹底する。
・ 各家庭、店舗等のネズミ、ノミを駆除する。
ファルマと女帝の日頃の信頼関係があったからだろう。女帝は「すぐやるぞ、今やるぞ」の精神で、すみやかに勅令の発布を行った。もともとエレンを講師とする異世界薬局の公衆衛生講座によって庶民に啓蒙され、改善されつつあった帝都の衛生環境は、土壇場になってさらに改善された。ネズミの駆除は、地下用水路の水まで浚って行われた。子供たちや猫たちは、こぞってネズミを捕まえた。
検疫所には、常日頃から講習を受けさせた調剤薬局ギルドの薬師を、持ち回りで派遣した。彼らは帝国に臨時に雇われ、ファルマの用意した簡易検査キットと顕微鏡で、ペスト菌を発見できるよう訓練されていた。調剤薬局ギルド加盟店は、このときまでに19店舗になっていた。彼らは行商人たちとその荷の検査を行い、帝都への病原体の侵入を阻止し続けるだろう。ギルド長ピエールが先頭にたって彼らを監督し、検査を助けた。
ファルマから事情を聞いた神殿、帝都教区のサロモン神官長は、浄化術にすぐれた風の神術使いを各地の守護神殿から集め、帝都をくまなく浄化して回った。
そしてファルマとエレンは、マーセイル領に張り付いていた。
ネデール国の船が入港してくるのはマーセイル港のみだったが、サン・フルーヴ大市に間に合うよう、世界中から船に乗って積荷が集まってきているからだ。
そのマーセイル港では、船主や乗組員たちの不満が爆発していた。
ファルマは、マーセイル港に入港しようとしていた全ての船舶を海上にとどめ、接岸させず、検疫を行っていたからだ。
地球では常識となっている、海上検疫である。
ファルマは、海上に停泊している各国各地の大型帆船に小舟で乗りつける。乗組員全員、診眼を使ってペストに感染していないかを診察し、あらかじめ抗菌薬の予防服薬をしたエレンと手伝いの一級薬師、父の配下の火炎術師は防護服を着て積荷の微生物検査を行った。
そして、ネデール国籍の船舶を中心に、およそ2%の船からペスト菌は検出された。すでに発症していた乗組員も、死亡していたものもいた。ファルマはすぐに帝都に伝書鳩を飛ばし、ブリュノにこの一報を知らせた。検疫を強化しろと。
ペスト菌が発見されると、火炎術師が焼却を行い、ファルマが薬神杖で神力を当てペスト菌を死滅させる。
保菌者は隔離され、抗菌薬の投与が行われた。
「信じられないわ、本当に黒死病が蘇ってしまっただなんて」
エレンは、ファルマの抗菌薬がなければマーセイル港はとっくに死の玄関港となっていただろう、と戦慄を禁じ得ない。それを、ほぼ綱渡りの状態で水際で食い止めている。
だが、彼らの奮闘とは裏腹に、何のための検疫なのかすら、船乗りたちには理解ができていなかった。2日も停泊をしている船や、荷揚げを焦っている者たちからは、囂々たる非難の声がファルマたちに浴びせられる。
「早く荷をおろさせてくれ。去年まで検疫なんてなかっただろう、今年のマーセイル領主はどうかしてる」
「今日中に荷物を揚げたいんだ。馬車の手配をしている」
「こっちを先にしてくれ、果物なんだ、積荷が腐る」
「何で検疫をする薬師に子供が混ざっているんだ、どうなってるんだサン・フルーブ帝国は」
「順番を守らんか!」
ファルマたちはほぼ働き通しで検疫を行っていたが、検疫は一日に20隻もできればいいほうで、それなのにサン・フルーヴ大市を目指す帆船は次々にやってくる。マーセイル港に入港しようとする船舶は膨れ上がり、船乗りたちの不満はやがて、抑えられないものになっていった。
「うるさいわねぇ……ちょっと口をつぐんでいてもらおうかしら」
エレンが杖を構え、我儘を通す船に水の神技をお見舞いしようとしていたところ、海上に砲弾がぶち込まれ、大きな水柱が上がった。エレンはまだ神技を放っていない。
「へ?」
エレンは眼鏡をかけなおす。ファルマも大きな音に耳を塞いだ。
「ごたごた言うな! 帝国の港に入るからには、帝国の流儀に随え!」
大声で一喝。砲撃のあった方角に注目が集まる。すると、帝国の紋章とS.I.Oという文字のあしらわれた艦旗をはためかせた、美しい4隻の大型帆船が悠然と現れた。マストの上には狙撃手が銃口を向け、砲門は開いている。
数十門の砲門を搭載した旗艦の艦首から、サン・フルーヴ帝国勅許 東イドゥン会社(S.I.O) 連合艦隊提督、ジャン=アラン・ギャバンが腕組みをして見下ろしていた。
異世界薬局の常連、”船乗りの飴”の愛好者、ジャン老人である。
彼は泣く子も黙る、東イドゥン会社の提督であった。異世界薬局の子供店主ファルマが、サン・フルーヴ港の海上検疫のために、海の荒くれ者たち相手に奮闘していると聞き、戦艦を出したのだ。
「いいかてめえら、耳の穴ぁかっぽじってよくきけ!」
ジャン老人の声はよく海上に響いた。小舟から彼を見上げたファルマは、提督服を着たジャン老人を見違えた。いつもはボロのシャツ一枚で、ひょこひょことやってくる気のいい常連客が、鬼提督に豹変していたのだから。
「積み荷を海にぶちまけられたい船から名乗りをあげろやぁ――! てーー!」
また砲門が火を噴き、水柱が上がった。
丁度、ファルマは紅茶を積んでいた船の検疫をしようとしていたところだ。このままではボストン茶会事件ならぬ、マーセイル茶会事件が起こってしまう。
大戦艦の提督に、もはや反抗的な態度を見せる船はなかった。
こうして、帝国艦隊がにらみをきかせ続けたことにより、各国の中小の帆船はおとなしく検疫を受けることになった。
「ジャンさん、……いえ、ジャン提督。お世話になりました」
ファルマは区切りのよいところで、ジャン提督の船に乗り、感謝の言葉を述べる。
「なあに、いいってことよ。それよりいつまで薬局を休むんかのう。わしゃあ、寂しいでのう」
船乗りの飴を、ジャン提督はほかの提携店ではなく異世界薬局で買いたいようだった。
「お前さんの飴のおかげで、壊血病になる船乗りが減ったんじゃ。今度、長い航海にでる船の船員のために、飴を大量発注しようと思うんじゃがのう」
いい笑顔でそう言ったジャン提督は、彼の趣味で飴を買っていたわけではないようだった。長期航海に出た少数の船乗りに与えて、その予防効果を確かめていたようだ。
「注文、お待ちしておりますね」
それは、サン・フルーヴ大市が終わってからにしてください、とファルマは言った。
マーセイル港に入ってくる船も、海上検疫もピークを過ぎ始めたころ、
「ファルマ様、エスターク村の村人に、高熱を出したものが多数と」
マーセイル領主館の代行領主アダムのもとに、ある報告が入ってきた。
玄関港マーセイル港からの入港が遅れると踏んで、小さな漁村の港から夜間に密入国をし、積み荷を陸揚げしたネデール国の船が現れたというのだ。
最初は、村人の誰もがただの高熱だと考えていたが、死者が一人、二人と出始め、やがて一気に流行が始まった。最初の死者発生から二日たって、村長がアダムに報告に来たのである。
積み荷の中に紛れていたネズミのノミに刺されたのだろうか。感染ルートはもう、特定できまい。
「分かっていたのに、阻止できなかったか……」
ファルマは悔しさをにじませる。彼を全力で支えてきたエレンも、疲労困憊のファルマにかける言葉が見つからなかった。
「すぐ行くよ」
「行くの? 黒死病におかされた村に!? あなたも感染して死んでしまうかもしれないのよ!?」
エレンは、ファルマが全く躊躇なく村に入ろうとしていることに驚きの声を上げた。ファルマは静かに答えた。
「行くよ。俺は多分感染しないから……したとしても、自分で治すから」
「私がいくわ、ファルマ君に言われたとおりに薬を処方すればいいんでしょう?」
この大災厄に、一人の薬師として、背を向けて逃げたくない。エレンはそう思った。黒死病を見分けられるのは、ファルマだけだ。だから、検疫を続けるのは彼でなくてはならない。
「エレンはここにいて検疫を続けて、海の玄関を守ってくれ。時間はかかるけど、地道に検査をしていけば見つかる。たのむ」
ファルマは言い残すと、薬神杖に神力を通じ空に舞い上がった。
「ファルマ君! だめよ!」
エレンの彼を呼ぶ声が、マーセイルの青い空に響いた。
かくして、ペスト菌は大陸に上陸した。
最初の流行地は、人口524人のマーセイル領の漁村だった。
薬師ファルマ・ド・メディシスはエスターク村に向かった。




