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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Rideaux1 世界薬局 PHARMACIES MUNDI INFINITUS(EP4.1)
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プロローグ クロッカスのある病室にて

本編は完結しましたが、後日譚を少し書いていこうと思います。



「あなたは鎹の歯車が消えた後、どちらの世界で生きることを選びますか?」


 二つの世界にまたがる境界に、二人の青年が対峙している。

 一人は異世界側にいて、薬谷 完治の記憶があるファルマ・ド・メディシス。

 いま一人は地球側にいて、ファルマ・ド・メディシスの記憶がある薬谷 完治。

 ファルマは薬谷からの問いに少し悩んで、希望を伝えた。


「あなたが選ばないほうにします」


 消極的な選択だが、選択権は自らにはないと考えていた。

 彼の人生を優先して、彼が選ばなかった方を選ぶ。

 それでいいと思った。

 すると薬谷は前もってファルマの答えを知っていたかのように告げる。


「私もそう伝えようとしていました。お互いが譲り合ってしまいましたね」

「ファルマさんはサン・フルーヴへ戻りたいのではないですか?」

「なかなかどうして、地球の行く末も気になりますし、案外こちらも快適なのですよ」

  

 これは意外な答えだった。

 彼はサン・フルーヴの肉親や係累に会いたくないのだろうか。


「あなたも同じなのではないですか?」

「実を言うと、はい」


 それではどうしたものだろう、とファルマが思案していると、すかさず提案が差し込まれた。


「では、両方にしましょうか」

「両方?」

「私とあなたが、両方の世界に同時に存在できるようにしましょうか」

「どうやってですか?」


 人格を分裂させるということなのだろうか。

 ファルマには想像もつかない。

 迂闊な選択によって、二度と薬谷 完治の自我を構成できなくなってしまうのは少し躊躇する。

 それなら、どちらかのほうがマシというものだが。


「理論物理学は専門外ですか?」

「はい」

「学んでおいて損はないと思います」

「浅学で恥ずかしい限りです」

「まあ、地球においてはジェネラリストは好まれないようですからね。何も難しく考えなくていい。あなたはあなたのままです。ともあれ、お互いに希望通りの選択ができそうですね」


 本当に希望通り、なのだろうか? 

 ファルマは果てしない不安に襲われ、何か問いただそうとしたが、異界の研究室からはじき出されて聖泉に浮かんでいた。


 時間切れになったのだ。



挿絵(By みてみん)


「エレオノールお嬢様。ご起床のお時間ですよ!」


 1153年3月。

 エレオノール・ボヌフォワは、いつものように侍女に文字通り叩き起こされていた。

 彼女は寝ぼけた顔で侍女に応じると、毛布にくるまり、広いベッドで寝返りを打つ。


「あと5分だけ!」

「お嬢様! これで3回目の5分だけなのですが!」


 侍女は呆れながら砂時計を転倒させる。

 エレンは夜型なので朝に弱く一人では起きられないので、朝のひと時だけは醜態をさらしてしまう。


「ほら、15分経ちました。起きますよ!」

「いやー!」


 口では嫌と言いながらも、洗顔し長い銀糸のような髪を侍女に梳いてもらい、オートクチュールの服を着せてもらう。

 完璧に整えられた身支度のあと、口を開かなければ誰が見ても良家の令嬢に見える。


「本日はどの眼鏡になさいます?」


 侍女は何段にも重なったガラスのメガネケースを持ってきてエレンにうかがう。


「やっぱりこれかしら」


 今日はファルマからプレゼントしてもらった眼鏡を選ぶ。

 ここのところ、ずっとこれだ。

 エレンが所有しているこの眼鏡に限らず、メロディ・ル・ルー作の割れないガラスを使った眼鏡は、以前にもまして高値で取引されている。

 これから先、過去に神術で作られたものは、神術の効果がなくなったとしても貴重品として重宝されるのだろう。

 エレンは貯めに貯めた杖のコレクションも当分手放すつもりはないが、今ではもう腰には何も帯びない。飾りの杖も挿さない。

  

 1152年8月に全世界的な規模で発生した貴族階級の神力と神術の喪失で、世界情勢は激変した。

 このときを境に、王権守護神授によって正当化されていた王侯貴族による封建制度は、旧体制(Ancien régime)として終わりを告げた。


 神聖国聖帝エリザベスI世は、この事態によって守護神より授かった絶対的権威の根拠を失ったとして、全財産と全権を民衆へ返還すると布告した。

 さらに大神殿以下、神官、貴族階級の特権身分の停止と解体を行った。

 神聖国の大神官の決定に叛く国王は存在せず、神聖国の後ろ盾を失った各国の王も一斉に廃位せざるをえなかった。

 今後は民衆の代表が選挙によって選出され、国民議会として統治を行い、各国は平和的に絶対王政から民主制へと移行するよう、エリザベスは聖帝として最後に求めた。

 悪徳貴族の中には民衆の暴動をおそれ、聖騎士の代わりに銃火器で武装した私兵を雇って領地や財産を守らせたり、財産を持って逃亡したものもいた。

 しかし大半は悪霊の脅威から民衆を守り、領民の食い扶持を維持してきたこれまでの実績を評価され、民衆に受け入れられ、変わらず領主として領地の経営にあたっていた。

 受け入れられた理由はほかにもある。

 膨大な予算を悪霊対策に費やす必要がなくなったことから、減税及び徴兵の廃止が行われたのだ。


 かつてのサン・フルーヴ帝国の大貴族、ボヌフォワ伯爵家の生活はというと、以前とさほど変わらなかった。

 ボヌフォワ伯は封土の半分を売却していたが、経済的には全く困窮していない。

 投資家として目端が効いたので、成長著しい新興の国際商社に事業資金の出資をして、その利益は十分だった。

 ボヌフォワ邸の使用人たちも働き場所を求めていたし、十分な報酬が支払われていた。


 言うまでもなく、エレンはボヌフォワ家から経済的に独立していて異世界薬局改め世界薬局からのDGとしての収入を持っていた。

 「異世界薬局」は、ファルマの了承もあり、エレンの提案で「世界薬局」に改称した。

 もはやファルマにとって、この世界は「異世界」ではない。

 現世界薬局というのも大層だし、シンプルなほうがいい。

 「異」を取ったことによって、従業員の違和感もとれたようにエレンは思う。

 薬局で勤務していると日に一度は必ず、客や患者から「異世界薬局の異世界とはどういう意味?」と質問されていたが、その対応も今後は必要なさそうだ。

 「世界薬局」という名づけたことにより、改めて公共福祉と健康増進に貢献する世界企業として新たな出発をきった。


 そのエレンは現在、帝国医薬大学附属病院、改めサン・フルーヴ医薬大学附属病院に薬剤師として勤務している。

 彼女が今現在所持している資格は、「薬剤師」の一つだけだ。

 神術という薬師の等級を規定する評価基準が消えたため、薬師間に差をつける必要がなくなった。

 薬師から薬剤師への呼称の変更により、旧貴族、平民を問わず、新薬を取り扱う教育課程を経て薬剤師試験に合格したものは薬剤師を名乗ることになった。

 薬剤師以外でも登録販売者の試験に合格した者は、登録販売者になった。

 医師免許も同様に、医療用医薬品を取り扱うために基準が刷新された。

 合格できない者も少なからずいた。


 エレンは帝国医薬大学附属病院に出勤すると、準備を整えて最初にファルマの病室を訪れる。

 彼女は一時的に世界薬局の勤務を外れて、ファルマを主な担当患者として受け持っていた。

 ファルマはいつも起きてエレンを迎えてくれる。

 彼の顔をみると、エレンはいつも奇跡の存在というものを実感する。


 ファルマが橋腹側の障害により発症した閉じ込め症候群は、発症から7か月が経過した。

 今や遺伝子工学のエキスパート、エメリッヒ・バウアー率いる再生医療チームと、ブリジット・ル・ノワールの外科チームの連携により、自家細胞を用いた数度におよぶ再生医療が実施され、ファルマの身体機能は急速に改善をみせつつあった。

 現在のファルマは、橋腹側へと移植された遺伝子改変神経幹細胞が分化し生着、神経の補填をはじめるのを待っており、すでに全身麻痺の状態を脱しつつある。

 依然として構音は不能だが、口唇は動かすことができる。

 ぎこちないが、笑ったりもする。

 垂直運動のみであった眼球の運動は、左右へ注視が可能になった。

 両手指にはわずかに随意筋収縮がみられる。

 経鼻経管栄養で離床を開始し、全身状態はすでに安定していたため、ファルマは急性期における命の危険を脱したとして、回復期リハビリテーション病棟へと転棟していた。

 この病棟ではリハビリ訓練、食事、着替え、衛生、整容、排せつなどの補助と看護が行われている。

 エレンは一人で抱え込まず、各分野の専門家と連携をとっている。

 リハビリがうまくいったら、自宅に戻るか入院を続けるかはファルマの状態次第だ。

 エレンは十分なケアを続けるためにも、そして急変に備えるためにも、ファルマには入院の継続を提案して、ファルマもそれを受け入れていた。


【来月には話せるようになるかもね】


 ファルマはモールス符号を用いて瞬きでほぼ遅延なくエレンに伝える。エレンもリアルタイムで読み取ることができるので、エレンとのコミュニケーションには困っていない。

 それが希望的観測を込めた言葉なのか、神経幹細胞の生着のスピードから実際にそうなると見積もっているのか、未来を知っているのか、エレンはいつも問い詰められずにいる。


「ほんと!?」

【それを目標にしたいね。その次は上半身が動くようになるかもしれない。上半身が動くようになったら、車いすが使える】


 エレンを気遣ってのことだろう、ファルマは少しだけほほ笑んでいるようにも見える。


「車いすに乗れるようになったら、お散歩に行きましょうよ!」

【そうだね。連れて行ってよ】


(ファルマ君の言葉で、私が安心してしまうなんて……どっちが患者なんだか)


「ナタリーちゃんのクロッカスの水替えもしておくわね」


 エレンは窓際に置かれた黄色いクロッカスの花瓶をとる。

 これはナタリー・ブロンデルがファルマから以前もらったものを増やして、お見舞いとして持ってきたものだ。

 今ではナタリーとファルマは逆の立場である。


 エレンは彼と同じ時間を過ごすうちに、ファルマの中にいるのが何者なのか、ようやく理解が追い付いてきた。

 最初は、異世界人の彼がいなくなって、もとのファルマが帰ってきたのかと思っていた。

 が、そうではないようだ。


 両方いた。

 一つの身体に人格が二つある。


 異世界人の彼と、もともとのファルマの人格が同時に重ね合っている。

 異世界の量子技術で存在を分割して、異世界とこの世界に対になって同時に存在している、と言っていた。

 だから彼はどの時間軸の話をしてもシームレスに理解を保っている。

 幼少期のこと、落雷の後から闇日食までのこと、そして現在、あるいは未来の出来事まで。

 もとのファルマは完全記憶を持っていたので、異世界への逗留を経て、異世界の知識を吸収して帰還した。もっとも簡単に言えば帰国子女のような状態になっている。

 もとのファルマの知識は多岐に渡り、薬学領域に限られていた異世界の彼を遥かに上回っていて、神術こそ使えないがそのポテンシャルは計り知れない。


 一つの身体に二つの人格がある。

 一体どんな感じなのだろう、とエレンは想像もできない。

 彼の胸中はどうなっているのだろう。

 そして自分は、彼にどうなってほしかったのだろう。

 ファルマはおろか、自分自身の思いにもまだ、エレンは辿り着くことができない。


 たとえ二つの記憶があろうとも、ファルマは彼の人生を再開しようとしている。

 今は担当薬剤師として、そのサポートに全力を尽くすべきだ。

 そう思うエレンだった。


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