表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 1 異世界薬局創業記 Depuis 1145 (1145年)
14/151

13話 Depuis1145 異世界薬局 帝都総本店 創業

「薬師ギルドのことは気にしなくていいわ」


 あいつら、たいして処方もできないくせにプライドだけは一人前なんだから。嫌がらせが度を越すようだったら不敬で処罰されるし、私が神術でやっつけて川に浮かべてやるわ、などと物騒なことを言っている。神術で平民を圧倒できる貴族が、気後れする必要はないのよ。と言って励ます。

 ファルマはエレンの激励に気付いて、気にしてないよ、と言う。


「それより、商品のことを考えないと。俺、調剤薬局にしようと思ってたから商品のこと考えてなかったけど、販売スペースもいるよなぁ」


 彼は、薬師ギルドのことは本当に気にしていなかった。

 マスクや包帯、オブラート、絆創膏、栄養ドリンクなどを売ろうか、と頭の中はいっぱいだ。


「そういえばファルマ君、どこから薬草を調達する?」


 真面目な顔をして、エレンが腰に手を当てる。きゅっとくびれたウエストに、細い指先が食い込む。


「お師匠様は学者だから、売るほどの原料は持っておられないわよ。いつまでも原料を借りるつもり? 独自の販路を作るしかないわ。材料調達、原価計算や、生産コストやら、それにかかる生産者に払う賃金のコストも計算しないと」

「あ、そうか」

「そうよ。うっかりしてたの?」

(物質創造ができるから別に薬草に頼らなくてもいいんだけど)


 どこからも原料を買い付けたり調達している様子がないのはさすがに怪しまれるか、とファルマは認識を改める。物質創造ができるということは、誰にもまだ言っていない。父にも、エレンにもだ。


「せっかくだから、陛下からお師匠さまに下賜された領地を少し借りて薬草栽培をしたらいいと思うわ。あなたのために使えと陛下に命じられたって、お師匠様が仰っていたわ」


 エレンが提案する。


「そういや、父上の封土が増えたんだ」

「すでにマーセイル領では主要な薬草、珍しいものも生産されているし、新しい薬草も比較的手に入れやすいわ。港があるからイムスーラ圏、インドゥー圏から原料の直輸入もしやすいし」


 エレンは地理事情に詳しい。


(え? イスラム圏とインド圏だって?)


 名前の響きが地球世界のそれに似てるな、とファルマは既視感を覚える。

 世界地図を、そういえばまだ見ていなかった。


「そうだな。近いうちに、マーセイル領に挨拶に行くよ」


 そういえば、フランスのマルセイユ(港湾都市)に似た地名だ。

 薬草を生産してくれる領地と領民はどんな人々だろう、と楽しみにするファルマだった。



 …━━…━━…━━…


 ファルマは父やエレンの協力を得て、薬局の創業に必要なもろもろの道具を調達した。天秤や薬瓶、薬さじや薬包紙、フラスコにビーカー、薬棚、研究に必要な諸々のガラス器具、薬品、薬草、大鍋に小鍋、筆記用具などなど。

 それから、想定される疾患の治療薬を物質創造で創って薬瓶に詰めたりした。

 マスクや包帯、サポーターなども、職人に発注して作らせた。のど飴に塩飴、各種ビタミンを含んだウェハースなども、菓子屋に発注した。


「当面は、商品については製造が間に合わないわ」

「調剤がメインだから、患者さんの要望を聞いてから販売用の商品を置こうか」


 本末転倒になってはいけないし、とファルマも頷く。


「それがいいと思うわ。商品を置いても、売る時間がないと思うし。そういうのはゆくゆくでいいわ」


 その様子を見守っていたロッテは、ファルマと一緒に荷造りや手伝いをしていたが、疎外感を覚えているようだった。


「忙しそうですねファルマ様。日中は薬局のお仕事をなさるんですか? 夜は帰ってこられます?」

「夜は家に戻るよ」


 ファルマは荷造りの手を止めない。


「そうですか……、頑張ってくださいましね!」


 殆ど会えなくなるな……と、薬局創業にともなってファルマと会える時間が減るのが分かって、彼女はしょんぼりと残念そうだった。


「俺がいない昼間は、ロッテも仕事が減るだろうから、休憩したりゆっくりしててよ」


 ファルマはロッテを気遣ったつもりだった。

 しかしロッテはというと、忙しくしていてもファルマと離れるのは嫌だったようだ。

「調剤や診療に専念したいから、薬局の庶務や財務を任せるために誰か雇いたいんだけど」

 という話をファルマがエレンにしていたとき、ロッテがすかさず傍で手をあげた。


「はいっ!」

「ロッテ?」

「私、自薦します! 計算が得意です。字もきれいなつもりです。掃除も隅々までちゃんとやります。なのでファルマ様に雇われたいです!」

「君が? まだ9歳だろう?」

「それをいうならファルマ様は10歳ですよ」


 えへん、とロッテは小さな胸を張る。彼女は召使でありながら、読み書き計算はお手の物だった。でも、一人で帳簿付けは無理だよ、とファルマはなだめる。


「では雑用で構いません、ファルマ様のお役に立ちたいです! 私を! ぜひこの私、シャルロットをー!」


 瞳をキラキラさせてそう言うので、こんな少女に児童労働をさせていいのか、と思いながらもファルマは断る理由もない。父にロッテを雇用する許可をもらうと、好きにしていい、とのこと。


「じゃあ、あんまりきつくないお手伝いとかお使いを頼もうかな」

「びしばし使っていただいていいんです! 任せてください!」


 こうしてファルマは、エレンとロッテの二名を薬局職員として雇用することにした。


 そして次の日の朝、


「あれ、セドリックさん」


 顔なじみだった使用人が、退職金を貰って荷物をまとめて出ていこうとしていた。それを使用人たちが総出で、花束など手渡して見送っている。ド・メディシス家の財務を引き受けていた、セドリック・リュノーという男だ。男爵だった男である。彼がまさに屋敷を出ていくところに、ファルマは出くわした。


「ファルマ様。私、セドリックめは本日にて退職させていただきます」


 長年の労働と酷使で両膝をわずらい、ブリュノに暇を出されたのだという。解雇というと厳しいようだが、ブリュノには彼をお役御免して田舎でゆっくり静養させたいという目的もあったようだ。それに、父からわずかばかりの領地をもらったという。


 父とは先ほど別れのあいさつをして、いよいよ出ていくところだという。


「ファルマ様にも、旦那様にも長い間お世話になりました」


 とはいえ、杖をつき深々と頭を下げるセドリックは40代でまだ引退というには断然若く、ファルマは最後の挨拶とて涙ぐむセドリックに話しかけた。


「セドリックさん、これからどうするんだ?」

「旦那様からの退職金といただいた領地がありますので、田舎で細々暮らしてゆくことはできましょう。まだお屋敷で働く意欲はあるものの、膝がいう事をききませぬ」


 セドリックは情けないと言って、彼の両膝を叩く。


「まだ働きたいって? そう言いました?」

「それはもう」

「じゃあ、一緒に働いてくれないかな」

「私はこの通り膝を悪くして歩くのもままならず、たいして使い物になりませぬが」


 彼はさっき叩いた膝をさすりながら答えた。

 診眼を使うと、いわゆる膝の関節が炎症を起こして水がたまっている状態だった。


「店に座って事務仕事してくれたらいいよ。得意だろ? セドリックさん、財務できるし帝国の法律にも詳しいよね。公文書も作れるし。だから知識を借りたいんだ。それに薬で膝はある程度よくなると思うから、俺が定期的に処方するし」

「そんな……旦那様には、この膝の痛みを治す薬はないと。休養が唯一の薬だと」


 保存的療法としては、安静にするのは間違っていない。それでブリュノはセドリックに薬を出してはいなかった。


「休養はたしかに薬なんだけど、俺はもうちょっと楽にできると思うから。湿布も出せるし。あなたの希望次第だけど」

「こんな私を使っていただけるのでしたら、ぜひ!」


 セドリックは号泣しながら、二つ返事で了承した。


「頼りにしてるよ、セドリックさん」


 こうして、セドリックはファルマが再度召抱えることになり続投となった。

 それにしても父がセドリックに暇を出したタイミングがよすぎるな、とファルマはふと勘ぐった。


 …━━…━━…━━…



 創業まであと数日をきったとき、出張から戻ってきた父ブリュノが、書斎にファルマを呼んだ。彼は忙しそうに分厚い書籍に目を通し、何かをしたためているところだった。


「準備は進んでいるか。エレオノールからは、順調だと聞いておるが」

「はい、概ね順調だと思われます」

「我が家の薬草園にあるものは、根絶やしにせんかぎり使っていい。さように聞いているか」

「はい、エレオノール先生から伺っています」


 父は手をパンパンと打ち鳴らし、家令のシモンを呼んだ。


「あれを」

「は」


 何事かと身構えていると、父の命令で家令のシモンと使用人が三人がかりで大きな箱を持ってきた。そしてシモンがにこにこしながら、ファルマにカギを手渡す。


「あけてみなさい」


 戸惑いながらも、開錠された箱の蓋に手をかけるファルマ。

 中から出てきたのは、箱いっぱいに詰め込まれた、目も眩むような帝国金貨だった。

 裕福な父にとっても、それはかなりの財産であることはファルマにも分かる。


「これで、当面の薬局の経営をうまくやりなさい。帝国からの資金援助を受けておることは知っている。だが、偉大な仕事には金が要る」


 父は晴れやかな表情で、呆然とするファルマを見つめた。


「金はいくらあっても邪魔になるまい」


 たしかにそうだけれども、ファルマは気が引ける。


「セドリックを雇うならば、彼に預けなさい、彼ならうまく資産を管理してくれるだろう。物騒であれば、銀行に預けてもいい」

「こんなにいただくわけには」

「大事な我が子の晴れ舞台だ。たまには父親らしいこともさせてくれ」

「父上……豪邸がたちそうなお金ですよ」


 あまりこの世界の通貨事情には詳しくはないが、それは間違いがなかった。


「なに、お前をノバルート医大に入学させようととっておいた分の学費もある。お前には薬神様の天啓があって大学には行かなくてよさそうだし、陛下からバッジもいただいているし、一人前の薬師だからな」


 でも、と言いかけたファルマを、父は引き下がらせる。


「こういうときにいい格好をしたいのが、親というものなのだ」


 ブリュノは顎ひげをいじりながら、そう言って頷いた。


「ありがとうございます、父上。大事に使います」


 ファルマは受け取っておくことにした。

 後でセドリックに確認してもらうと、ブリュノの財産の5分の1であることが分かった。

 大奮発をしてくれたようだ。


 …━━…━━…━━…


 こうして完成した異世界薬局。

 それは店舗、休憩スペース、研究室を兼ねた4階建ての調剤薬局である。その間取りはというと。


 1階は店舗。

 客のカウンセリングスペース兼待合室と調剤室を備えた、機能的な空間だ。

 内装と採光は明るく、光を嫌う薬は遮光瓶や薬棚の中で保存している。医薬品、化粧品などの販売スペースもあるにはあるが、基本はテイラーメイドでの調剤を行う。


 2階は休憩室、診療室

 重病患者や隔離が必要な患者はここで診察と投薬、休息をさせる。経過観察が必要な場合も、ここで容体をみる。診察室がひとつ、隔離室がひとつ、ベッドが4床。そして、風呂がある。


 3階は、職員の休憩スペース。

 ベッドやソファ、調理のできるリビングダイニングだ。ここで、昼休みなどは一旦薬局を閉めて職員が休憩する。キッチンがついている。


 4階は、創薬開発研究室。ファルマが研究に没頭できる鍵付きの部屋だ。薬剤開発などをここで行う。それほど広くもないラボだが、一人なのでスペースはちょうどいい。夜間は厳重に施錠する。


「へー、薬局に座るスペースがあるのね」


 快適に座れる長椅子が店のすぐ入口にあるのを見て、エレンが目を丸くした。


「薬を必要とする人は、病人が多いだろう。だから、腰を下ろして待てるのは重要なんだ。足が運びやすくなる」


 日本では当然のことなのだが、この世界の薬局はそういう発想はないようだった。

 ウォーターサーバーもカウンターの横に据え付けた。来客用だという。


「客はタダできれいな水も飲めるの? 水もタダじゃないのよ?」

 エレンは目を見開いている。


「買えばね」

「まさか、神術の生成で?」


 そうだよ、とファルマは頷いて水を飲む。すっきりとして、ひんやりとして、のど越しさわやか。ロッテは何杯もおかわりをする美味しさ。あとで継ぎ足しておこう、ロッテは飲み過ぎだ、とファルマは鼻息をもらす。


「水はタダで俺が生成できるし、水分補給が必要な人もいるから。きれいな水が手に入らない世界で飲めるってのは、集客につながると思って」

「お人よしなのねぇ。神術で生成した水なんて平民の口にはいらない貴重なものなんだから、水を求めて平民の列ができるわ。生成水の瓶詰には高値がつけられているのよ?」

「基本的には、薬局に用がある人、薬を買ってくれる人に飲んでもらうんだよ。あとは、どうしてもきれいな水が必要な病人に」


 水を目当てにやってくる客もいるかもしれないわね、とエレンは感心する。

 リピーター率が上がるだろう。


「とても合理的ね、今までにない店になるわ」


 いいじゃない、すごくいいじゃない! とエレンが感心していると、


「若旦那、ご依頼のお召し物ができました」


 向かいの通りの仕立て屋の店主が、店舗の入り口から顔を出した。


「え、もうできた? ありがとう」


 店主を店舗に迎え入れて水をすすめ、それをあらためる。


「どうです、寸法は。二着ずつこしらえました」


 真新しい仕事着に、ファルマは袖を通す。わあ、とそれを見ていたロッテは拍手をする。


「丁度いいよ、ありがとう!」


 代金を支払う。ファルマは、つとめて近所の店に、薬局の創業に必要な諸々の品を調達した。挨拶代りにだ。おかげで、顔を覚えてもらうことができた。毎日一度は店舗に顔を出して、御用聞きにやってくる店主もあった。


「ファルマ様、その服変わっていますね。でも、飾り気はないけど真っ白できれいです」


 ロッテが、オシャレです! と連呼しながら見とれていた。

 仕立人にファルマが仕立ててもらったのは、長袖で詰襟の、ケーシー(Casey)型と言われる店舗で着る用の白衣、それから実験着用の長い白衣だ。腕に店の紋章を入れ、宮廷薬師の証である王冠型の金バッジを襟首につける。この世界の医師や薬師は黒系のコートか普段着を着ているようだが、ファルマはやはり白衣がなじむ。4階の研究室で実験をするときは裾の長い白衣を上に羽織る。店舗に出るときは、薬品や汚れのついた白衣は脱ぐ。

 彼には影がないので、純白の白衣は目にまぶしく、影がないことのカモフラージュになる。多少、だが。


「やっぱり白衣着ると、落ち着くなー」


 もと研究者であるファルマにとっては作業着のようなものだ。しみじみとそう言うので、初めて着た服なのに何を言っているのだろう、とロッテとエレンは顔を見合わせるのだった。


「私たちは何着ればいいの?」


 白衣は着なくていいから、汚れがよく目立つ明るめの服を着てくれ、とファルマは二人に注文を出した。


 しかし、数日後にはエレンも同じような詰襟の白衣を仕立てさせていた。体のラインがもろにでるものだ。職人が寸法を間違えたのか、きつめに作らせたのかは分からない。


「エレンも白衣、作ったんだ?」


 ファルマが何か言う前に、エレンは言い訳じみた理由を話す。


「だって、皆の服装がバラバラだとお店の統一感がないじゃない。制服として仕立てさせてみたのよ。どうかしら」

「それだけじゃなくて、ファルマ様の白衣が素敵に見えたってエレオノール様が仰っていました」


 ロッテが悪気なく暴露する。


「もう、ロッテちゃんっ! それは言わなくていいの」


 ロッテには、明るい白色の機能的なドレスが仕立てられて、フリルのついたエプロンをしていた。セドリックも、白い上着を着てエプロンをしている。エレンのポケットマネーだそうだ。


「ああ、いいね。よく似合ってるよ皆」

「えへへ。気持ちが、こう、引き締まりますねっ!」


 こうして準備も万端整って、オープンの日は目前に迫ってきた。 

 ファルマは薬局をはじめるにあたり、三人の職員の前で訓示を述べた。


「薬局を創業する前に、心に留めておいてほしいことがあるんだ」


 いったい何を言われるのかと緊張していた三人。

 ファルマは大真面目にこんなことを言った。


「まずは、職員全員が健康でいるようにつとめてくれ」


 前世で頑張りすぎて過労死をしてしまった彼は反省し、今度はホワイトな職場を目指すつもりのようだった。営業時間、勤務時間は朝9時から午後5時までを徹底する。週休二日。冬休み、夏休みあり。有給休暇あり。もちろん、ファルマ自身も創薬の研究開発に燃えて徹夜などしてはならない。


「そうね……あんまり働きすぎないでおくわ」


 困ったように微笑むエレン。ファルマは頷いた。


「”医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし” 遠い異国に、そんな言葉があるんだ」

「その詩、気に入ったわ。どこの国の詩人が言ったの?」


 エレンが出典を尋ねる。この世界のものではなく、養生訓の一節だ。前世の彼が、どんなときも座右の銘としてきた言葉である。


「ここを訪れた病人は分け隔てなく救い、たとえ治せなかったとしても、彼らの心に寄り添う。そういうつもりで働いてほしいんだ」

「なるほど。理念はしかと心に刻みました。当面の具体的な目標は、ありますかな」


 セドリックが戯れに訊ねる。

 すると、ファルマは両手に軽く拳をつくり、それをぎゅっと握りしめた。


「帝都市民の平均寿命を、今より十歳引き上げたい」


 ファルマは一人一人の顔を見つめた。

 えっ、とエレンとセドリックは素っ頓狂な顔をして顎を突き出した。ロッテは平均寿命というものが分からず、きょとんとしている。


「な、なに言ってるのよ。平均寿命って上がるものなの? ずっと変わらないけど」

「できるはずだ」


 ファルマは言い切った。本気だ……とエレンは絶句した。今、大陸の民の平均寿命は50歳かそこらだ。貴族も入れた数字である。


「凄いことを考えるのね……発想が人間と違うわ」


 ファルマのことを、衆生の救済のために降臨した薬神の化身だと信じているエレンは素直に感動する。神の計画がこれから始まるのか、と。


「そういうことだ。皆でうまくやっていこう」


 ファルマが手を差し出すと、


「はいっ! 楽しく頑張りましょう!」


 ロッテが元気よく返事をしてファルマの上に手を重ねる。


「大恩におこたえするため、この老骨セドリックめは粉骨砕身、滅私奉公の覚悟でございます」


 セドリックは椅子に座ったまま腕まくりをし、手を伸ばした。


「うん、だから、粉骨砕身しないで、心と体に余裕を持って働いて欲しいんだ」

「あはは、これは失敗。そうでしたな!」

「もう、仕方ないんだから」


 エレンが付き合って、最後に手を載せた。


 …━━…━━…━━…


 翌日、それはよく晴れた日。

 異世界薬局創業のセレモニーが行われた。

 美しく着飾った皇帝の勅使団が店の前で皇帝からの勅書を読み上げ、勅許薬局であるという許可証の授与が店主に対して行われる。それを、市民たちや商人たちは遠巻きに見ていた。

 真新しい銀色の格子門が広く大路へ開け放たれ、白衣を着た二名の薬師、そして手伝い人二名の計四名が、一列に並ぶ。


「……というわけでありまして、私たちが帝都の庶民の皆様の健康で豊かな生活をお支えしたいと存じます。真に患者さんそれぞれのご希望にそった処方を心掛け、体と心のケアを行い、皆様に選ばれる薬局になるよう、職員一同、技術と精神の研鑽に邁進してまいります」


 どう見ても十歳そこらの子どもにしか見えない店主の薬師が、宮廷薬師だと名乗り、そして市民たちに向かって、カンニングペーパーを見ることもなく挨拶をする。


「ド・メディシス尊爵の次男らしいぞ」

「大貴族がこんなところで何やってるんだ。親の権力で勅許薬局なんて建ててもらったのか?」

「敬語だ……平民に対する態度を知らないんだな」

「貴族は召使以外の平民と話さないからな。というか長いな、演説。父親が作った文章なんだろうが暗記も大変だったろうな」

「暗記してきた感じじゃないぞ」


 市民たちはファルマの演説に興味津々だった。というのも少年店主は、患者の希望を中心に、患者がよりよく生きるための医療を、ということを強調していたからである。それは彼らにとって斬新に聞こえた。十五分ほどの演説が終わった。市民はすっかり聞き入ってしまっていた。


「それでは本日より営業開始とさせていただきます」


 彼らは声を合わせる。

 職員一同が横一列で、市民に深々と頭を下げた。


 第一声の挨拶を発する。


「それでは、どなたさまも、いらっしゃいませ」


 平民たちは、貴族が平民に頭を下げた革命的な光景を目撃し、それはしばらくの間語りぐさになった。

 こうしてこの世界では一風かわった薬局が、帝都の片隅で産声をあげる。


 宮廷薬師 ファルマ・ド・メディシス(Falma de Médicis 10歳)

 一級薬師 エレオノール・ボヌフォワ(Eléonore Bonnefoi 16歳)

 財務・法務 セドリック・リュノー(Cédric Luneau 42歳)

 事務・庶務 シャルロット・ソレル(Charlotte Soller 9歳)


 創業メンバーは上記四名である。


 「万民のための薬局」をうたった新進気鋭の帝国勅許薬局、異世界薬局(DIVERSIS MUNDI PHARMACY)。

 のちに帝都総本店と呼ばれるその薬局のDepuis(創業)は、1145年のことであった。


挿絵(By みてみん)


1章終了です。2章にお進みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ