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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 1 異世界薬局創業記 Depuis 1145 (1145年)
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12話 薬師ギルドからの宣戦布告

「ゆくゆくは薬局をやりたいって話だったのに……何で今日?」


 見習い薬師から、正式な宮廷薬師へ。

 女帝直々の勅許により叙任したばかりのファルマ・ド・メディシス(10歳)は自宅の屋敷で唖然としていた。

 ド・メディシス家の屋敷に、熟練工たちが押しかけてきていたのだ。薬局創業の創業資金は帝国が持つ、という女帝の意志を伝える勅使が来たのが、昨日だ。

 そして昨日の今日、これである。


(陛下、せっかちすぎるだろ)


 ファルマの心の声である。

 薬局創業の勅許を与えられたファルマのために、帝国から薬局の施工工事を請け負ってきたのだという。女帝の命令とあっては一大事、皇帝陛下御用達の店から集められた腕利きの石工、石切工や大工、鍛冶屋、材木商人、ガラス職人、屋根職人など、親方から遍歴職人、徒弟までよりぬきの職人たちである。彼らは宮殿の建造にも携わった一流の職人たちだという。


「まだ心の準備も素案もできていないので、一回、お引取り願えませんか?」


 ファルマは一度、熟練工たちを追い返そうとするが、彼らは屋敷のドアに足を挟んできた。両者がドアを圧したり引いたりした末に、


「そう言われましても若旦那、皇帝の御下命を賜りましたので。へえ」


 このまま戻れませんし、建設予定地も決まっていますし、今日から工事に入らなければ手前どもの首が飛びますので! とのこと。


(確かに飛びそうだ、首。それも物理的に)


 脳筋思考の女帝のことである。


「あらもう来たのね、仕事が早いわ~」


 ごたごたしているところに、エレンがやってきた。ブリュノに伝書鳩で呼びつけられたのだという。ファルマの薬局創業の手伝いを仰せつかったのだそうだ。女帝が、すぐにでもファルマに薬局をやらせろとブリュノに厳命するので、ブリュノはエレンにファルマのサポートを頼むといってヘルプを求めたのだ。そういえば、ブリュノは今日は別の貴族のもとに往診に行っていた。


「ていうかさぁー?」

「うん?」

「ファルマ君の大出世は嬉しいけど、皇帝陛下に何てものをおねだりしたの。あの方、せっかちなんだから。この間も……あ、不敬罪でつかまっちゃう」


 ファルマはその面白そうなエピソードを詮索したくなったが、やめておいた。


「これには深い事情があって、話が長くなるんだ」


 薬局創業については、ノアに雑談をすっぱ抜かれただけだ。ノアとしては無事に使い走りを果たして女帝のポイントを稼いだのだろう。


「長い話ね。で、どんな薬局にするの? だいたいのイメージはあるんでしょう?」


 エレンが身を乗り出して尋ねる。


「もう決めるの? ってか本当に心の準備できてないんだけど。他の薬局も見て回りたいし」


 仕事場となるスペースなのだから、じっくり熟考してデザインを決めたいものだ。尻を叩かれて決めるものではない、そうファルマは思う。


「だめよ。すぐやらないと職人たちの首が飛ぶわ、社会的に」

「怖すぎだろ、陛下。使い勝手の問題とか、じっくり検討したいし……」

「気に入らなければ建て替えればよいではないか、って陛下は言うわ」

「陛下、強権発動しすぎ」


 ファルマが職人に手渡された、敷地だけ描かれた白紙の図面を見ながらうなっていると、ロッテがエレンとファルマにお茶とお茶菓子を持って現れた。


「でも、びっくりしました。皇帝陛下じきじきに、宮廷薬師に叙任していただいただなんてすごすぎます。ファルマ様、大出世です! それに、もう職人さんが来ちゃったんですね、本当に薬局ができるんですね!」


 ロッテは、ファルマの成功を自分のことのように喜んでいた。


「旦那ぁ、まだ素案決まらないんですかい。頼みますよう」

「ごめんなさい!」


 待たせているギルドの職人たちは、気が立ってきている。

 ファルマは手を動かすしかなかった。


「じゃあもう好き勝手図面を描くよ」


 彼はやけくそだ。

 父も陛下も好きなように設計していいと言っているからには、もうファルマは腹をくくって、図面をひきはじめた。アウトラインさえあれば、いい感じに施工しますんで、と熟練の棟梁は彼らの仕事に自信をのぞかせる。

 薬局の立地は、落ち着いた帝都の大路にある角地の一等地を女帝がおさえてくれている。薬師ギルドの商店街からは離れた場所にあたる。商売敵が鼻を突き合わせないように、との女帝の配慮だろう。


「できた! 後の細かいところは、工事中に考えるから」

「へえ、どんな感じに……って、え!? ひょー」


 子供のお絵かき程度、希望を聞く程度に思っていたギルドの職人たちは、午後になってファルマから手渡された図面に度肝を抜かされた。きちんと諸々の寸法まで書き込まれて製図されていたからだ。


「こんだけ精密なら、仕事がやりやすいでさ」


 その後、ファルマとエレンは職人の親方たちに意見をきいて、他の薬局の内装などを参考に図面を詰めていった。

 さて、図面が出来上がると、その日から凄まじい手際のよさとスピードで、工事はすすめられた。工期を左右するのは、建築予算である。帝国の発注ということで金に糸目はつけられず、最高級の建材に大人数の職人たちが投入されていた。


 着工から数日が経って、帝都の一画に新たな店舗の骨格が現れはじめた。


「若旦那。店の名前はどうしますか?」


 石工がファルマに薬局の店名を尋ねる。周囲の店を見れば、店名が壁面に大きく彫刻され、刻印には金箔が張られている。


「帝国薬局ですか?」

「それはちょっと仰々しいかな」


 帝国勅許店の金のエンブレムが、店の壁にはすでに掲げられていた。帝国御用達の店は帝都内に数十店舗あれど、帝国勅許店(Compagnie à charte)はもう一つ格が高く、認可されるのはごく稀だ。

 格式と実績のある薬局であると、創業前から帝国のお墨付きをもらったわけである。


「工期が遅れるのですぐ決めてください」

「すぐに、ですか?」

「すぐすぐすぐです」


 職人の気は短かった。何の捻りもなく名づければド・メディシス薬局だが、挑戦的な仕事であるがゆえ、家の名前を大っぴらに使うのはまずい、と彼は悩む。


「いっても異世界の薬局だからなぁ」


 ああでもないこうでもないと色々と考えた挙句、結局よい案がなく、ファルマはそんなことを呟いた。しかし数時間後には、見事なまでの装飾を凝らした、金箔を埋め込んだ彫刻の看板が出来上がっていた。

 異世界の文字であるその店名を、対応する前世のアルファベットに変換すると、おそらくラテン語風の言語で、「DIVERSIS MUNDI OF PHARMACY」と銘打ってある。

 「異世界薬局」というのを直訳したようだ。

 これはどうしたことだ、とファルマが目を丸くして眺めていると、


「聖域薬局? それにしちゃったの? なんかご大層すぎない?」

 

 現場にやってきたエレンが、できあがったばかりの看板に驚いて一言。それに驚くファルマ。


「聖域って、何でそうなった!?」


 ファルマは目をぱちくりさせた。異世界という言葉はこの世界では一般的でないので、聖域と意訳されるようだ。


「陛下の勅許があるし庇護も惜しまないと仰せなのだから、確かに同業者からすれば聖域かしら、もしくは薬神様がいる時点で聖域かもしれないけれども」

(しまった、やらかした!)


 こんな名前つけたらまた悪目立ちしすぎだ! 

 とファルマは失態を悔いるが、仕事を終えた石工と彫刻師は、弁当を食べてさっさと帰ってしまった。


「ほかの同業者と波風立てたくないんだ。薬草の融通してくれなくなるかもしれないし」


 業務妨害や風評被害も困る。それに店のネーミング的に、この世界でかなり幅をきかせているであろう「神殿」にも真正面から喧嘩を売っているような気がしてならない。なにせ「聖域」だというのだから。

「関係ないわよ」


 エレンはあっけらかんとしていた。


「へ?」

「名前を変えたって無理でしょう。薬師の同業組合ギルドとは全面対決になると思うわ。だって、貴族が店を出すのよ。真っ向から喧嘩売ってるわ」


 扱う薬の種類が全く違うのだから、折り合いがとれるハズがない。とエレンは分析する。


「陛下の庇護があったとしても、風当りは強くなるに決まってる」


 妨害の方法なんて、直接的にも間接的にも、いやというほどあるんだから。

 エレンの言葉は予言じみていた。


 …━━…━━…━━…


 第一号勅許薬局と、帝国最年少の宮廷薬師がどんなものか。

 偵察に来るわ来るわ、市民や各ギルドの商工業者たちが。昼間はひっきりなしだった。何か高価なものがないかと建設現場に物盗りが出たので、ファルマは夜間の警備を騎士に依頼した。

 ほどなくして、帝国薬師ギルドの幹部たちが出向いて、堂々と店の前で偵察をはじめた。ファルマがばったりその場に居合せると、薬師たちは敵対心をむき出しにして接近してくる。


「これはこれは、店主はどちらに」


 ギルド長とみられる恰幅のよい初老の男が、帽子をとって店頭で作業を見ていたファルマに挨拶をする。慇懃無礼な態度であった。


「私が店主です」


 ファルマは特に気分を害することもなく応える。子供にしか見えないのだから、腹を立てる道理もない。


「これは失礼! あまりにお若い。帝国薬師ギルドの長、ベロンでございます」

「はじめましてベロンさん。宮廷薬師 ファルマ・ド・メディシスです、ここに店を構えますので、よろしくお願いします」

「薬局を創業なさると聞きつけてやってきましたが、勅許印が。なるほど、陛下も酔狂なことをなさる、いえ、失礼」


 子供だとみられて完全に侮蔑されている。 

 しかも皮肉を言っても子供だから気づかないだろうと高をくくられているのだろう。

 しかしファルマは機嫌を損ねたりはしなかった。


「たいそうご立派なお名前のついた薬局のようですが、いったいどのようなお薬を販売なさるのですか? あなたのお年で販売となると、飴玉(Bonbon)ですかな?」


 ファルマの、宮廷での評判を知らない彼ら。舌を舐めるふりをしておちょくるギルド長ベロンに同調して、取り巻きの薬師たちが含み笑いで煽ってくる。


 だが、ファルマは無駄に煽り耐性が高かった。

 前世では新しい薬を開発するたびに、寄せられたのは好意的な反応ばかりではない、世界中の研究者たちから反論や疑い、サーカズムにとんだ言葉が飛んできたものである。ライバル研究室との特許競争の戦いもあった。それにいちいち対応していたことを思えば、知性のない煽りなどどうってこともなかった。


「飴玉は売るつもりです」


 ファルマはそうそう、と頷いてにこやかに告げた。


「それも薬の一つの剤形ですけれどね」


 トローチは、売るつもりだ。汗をかく職人用の塩分、ミネラル補給用に、塩飴もいいかもしれない。

 彼は子供らしくはきはきと愛想よく答える。


 意に介していないファルマの言葉に、ベロンはもう一言ちくりと刺したくなったが、勅許印のある宮廷薬師にあからさまな暴言を吐けない。平民の貴族に対する不敬行為は処罰される。許されるのは皮肉どまりだ。


「いやあ、実にご立派なお心がけだ」


 ベロンはおおげさに拍手をする。


「ところで、創業するからには薬師ギルドに所属しなければなりませんか?」


 たしか、商売をするからには同業組合に登録しなければならない筈だ。ファルマは一応聞いておくことにした。諸手続きは円滑に進めたい。


「あいにくですが、薬師のギルドの薬師は平民のみです」


 平民の薬師は長い下積みを経て、ギルドに認められてようやく独立することができるのだという。開業するまでには、少なくとも十年の年季が必要だという。


「どうしても加盟したいのでしたら、受け入れますが。独立までの修行は長く厳しいですよ?」


 ベロンはまじめくさった顔をして挑発する。


「そうですか。ではせっかくですが、私も薬師としての最低限の技能はおさめております。薬師ギルド加盟店とは異なる、独自に開発した新薬を販売してまいります」


 ファルマは貴族なので、平民のギルドには加盟しないということになった。


「ところで宮廷薬師様のお薬は、さぞかしお高いのでしょうなぁ? 庶民には、とてもとても手がでますまい」


 宮廷薬師は、よい原料の薬を使う。薬価の相場を知っているギルドの幹部は、閑古鳥が鳴かなければいいですがねえ、などと露骨に憐れむような表情をして嫌味を言った。ファルマはしらけた心境でそれにこたえる。


「安い薬を提供できると思いますよ」

「安い? おやおや、さすが高貴な方は庶民の懐事情などご考慮なさらない! あなたがたの安い、がいかほどなのか」


「それで、一体、何を言いに来たの? この薬局をぶっ潰したいなら言いなさいよ?」


 店の中から顔を出したエレンが腕組をして、臆せず彼らを睨みつけ加勢する。エレンは帝都では名が知れているブリュノの一番弟子。誰もが一目置いていた。

 

「いえいえ、同業のよしみ、よろしくやりましょう。それでは、これで」


 上辺だけの言葉を残して、ベロンは幹部を引き連れ、冷笑しながら去っていった。さながら薬師ギルドからの宣戦布告の様相を呈していた。

 真面目な顔で空に視線を漂わせるファルマ。心無い言葉がこたえたのだろうか、と、エレンは彼を気遣う。


「気にしなくていいわ、ファルマ君」


 そう言ってフォローしようとしたエレンに、


「飴玉だけじゃくて、鉄分入りのウェハースも売ろうかなと思うんだけどどう思う? それから、栄養補助食品なんかも」

「もう……好きにしたらいいと思うわ」


 ベロンの挑発の中に出てきた「飴玉」という言葉で、商品の着想を得たようだった。

 ファルマの強メンタルとポジティブ具合に、拍子抜けすると同時に、脱帽したエレンであった。


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