8章5話 巨人を食らうとき
翌日は予定通りに、帝国医薬大の見学にメレネーを連れ出した。
クララを一日つき合わせるのも気が引けたので、ファルマは一人でいいよと断ってツアコンする。
随行者らは薬学校より帝国貴族らの神術訓練の様子が見たいというので、ド・メディシス家の所有する神術訓練場に行って、家付きの騎士らの神術訓練の見学をすることになった。
というわけで、ファルマとメレネーは二人だけの学校見学となった。
メレネーは医薬大正門にある教授陣の肖像画に気付いて足を止める。
「なんだこれは」
「この薬学校の教授の絵だよ。伝統的に、教授の肖像画が飾られているんだ」
「ファルマもいるな。ひとりだけ子供なのだな。何年前の絵だこれ?」
「一年ちょい前だよ。もう少し成長したら描きなおしてもらおうかな」
就任当時に描いてもらったものなので、既にずいぶんと若く見えてしまう。
童顔に見えてしまうと、当初のエメリッヒのような血気盛んな学生になめられるのでよくない、とファルマは痛感する。
究極、大学に入学してからなめられても講義や試験で勝手に返り討ちになるだけなのでかまわないのだが、ファルマの外見によって国外からの入学希望者が聴講を諦めたり別の大学に行かれると、まずまずの機会損失ではある。
メレネーはエレンとブリュノに目をとめた。
「この二人も知っている」
「実は、父がこの大学の総長なんだ」
「家族と知人で経営しているのか、人手不足なのだな」
「……っていうか」
帝国医薬大総長の権威も台無しだ。
異文化交流も難しいな、とファルマは気まずい。
「それにしても動かない絵をみていると、どうも落ち着かん。少しにぎやかしていいか」
「にぎやかにしないでよ! 帝国には今のところ、絵を動かす技術なんてないんだ」
メレネーにとって、絵は動画でなければならないもののようだ。
逆にそれが、ファルマにとってはカルチャーショックでもあったりする。
メレネーは挨拶代わりとばかりに教授陣の肖像画を呪術で動かしたので、学生たちからは悲鳴があがったり、大喜びだ。
「絵が生きているみたいです!」
「すごい、ド・メディシス教授の神術ですか?」
メレネーは学生らのリアクションのよさに気をよくして、ふふっと笑っている。
大迷惑だとは思いながらも、普通の女の子だな、とファルマは彼女の素朴な一面を垣間見た。
「インパクトはすごいけどさ……」
そう思いながらファルマは変な顔をした自分の動く肖像画を眺める。
「もう止めてもいいだろう? 俺にあんな顔させないで。あと、父上の顔だけは動かさないでくれ」
「いやだね、ささやかないたずらだ」
メレネーはまるで子供のようないたずらでファルマを困らせるが、彼女の本心はよくわからない。まあ、お互いに子供なのだから仕方がないか、とファルマは「諸般の事情で今、絵が動きます」と掲示板に書いて諦める。
「ド・メディシス教授! ちょっと! なにやってるんですか!」
大学の事務長らが騒動を聞きつけて執務室からわらわらと出てきた。
事務長は動く絵を見るなり混乱しながらも抗議してくるが、ファルマにもどうしようもない。
「いえ私の仕業じゃないので戻せなくて」
「ご同行者がやったとしてもです。どうするんですかこれ、医薬大の品格というものが!」
引率者責任のようで、ファルマは割りを食らっている。メレネーは腹をかかえて笑っていたが、そろそろ許してやるかといって事務長の希望を聞く。
「では、来訪者を視線で追ってほほ笑んだり、不審者を睨んだり、道案内をしたり、夜間は寝るぐらいにするか?」
「おや、それは結構」
「余計怖いから! いつまで動くのこれ」
「私がいいというまでだな」
ファルマのつっこみもむなしく、事務長が気に入ってしまったのでそのままということになる。夜間大学に来た学生が寝る肖像を目撃して卒倒するに違いない、などと思うとファルマは胸が痛い。
のっけから大暴走のメレネーだが、次に案内したのは薬草園だ。
ここをどうしても見たいといっていたので、薬草や薬花の咲き乱れる薬草園の附属温室に彼女を招き入れる。薬草園には世界各地の薬草や毒草、果樹などが栽培され、薬草調合実習などでも活用される。
メレネーは顔を手でぱたぱたとあおぎながら胸元のボタンを勢いよく外していくので、ファルマはとどめる。
「っと、それ以上は外さないことになっているんだ」
「なぜ帝国の作法にしたがう必要がある」
大陸では薄着で生活していたので、帝国の服装では暑いのだろう。
過激な肌の露出があったとしても、それは彼らの文化なのだ。
ファルマがそれを恥ずかしいものとして、とやかく言うことは間違っている。
困ったな、と思っていると、ファルマの名を呼ぶ声が温室の外から聞こえてきた。
「ここにファルマ・ド・メディシス教授はおいでですか!」
「はい、ここですけど」
「おお! 私は帝国美術大学(École impériale d'art)の総長です」
「ええと……私に御用ですか?」
正直、美術大学の教授がわざわざ、薬草園までファルマを探しに来る理由が思い浮かばない。
ファルマを訪ねてきたのは長い青髪を個性的なアレンジでまとめている、美術大の女性教授だ。たしか一度、宮殿で見かけたことがある。
「たまたま貴校の前を通っておりましたら、正門に動く絵画があるではありませんか! 通りすがりの学生に問い詰めましたらド・メディシス教授の神術だろうと! 私はもう、いてもたってもいられず! 魂が揺さぶられましたわ!」
情熱的なポーズでメレネーの呪術を絶賛する教授を、ファルマは止められない。
メレネーの演出が芸術家の琴線に響いてしまったらしいので、誤解は早いうちに解く。
「実は、私ではなく彼女の術なんです。彼女はメレネーといって、新大陸より観光にきました」
「素晴らしい(Très bien)ですわ! ぜひわが校で教鞭をとっていただけませんこと! 報酬は弾みますことよ!」
「すみません、彼女は大陸に住んでいませんので、ちょっとそういうお話は困ります」
ファルマが止めに入るが、メレネーは教授に無理やり両手を握られて、圧の強さに引いている。
「どういうことだ?」
埒が明かないと思ったファルマは、メレネーに質問をする。
「この方は画家で、芸術を教える学校をひらいている。メレネーの絵を動かす呪術を教えてほしいみたいだ。だけど、呪術は無理だろ?」
思わぬところからきたスカウトに、ファルマがメレネーに「断れ」と目配せする。
ファルマの言葉に、頷いてくれるだけでいい。メレネーはしばらく考えて結論を出した。
「断る、教えられない」
「そ、そんなぁ!」
教授は取り付く島もないが、ファルマは内心ほっとした。
「また後程、正式に当家より使いを送ってお返事しますから」
ファルマはそういって教授をひとまず追い返す。
メレネーは肩を落として帰ってゆく教授に手を振っていた。
「適当に断っておくよ、メレネーたちが祖先から代々受け継いできたマイラカ族の呪術は、そう簡単に人に教えていいもんじゃない。だろ?」
「なぜそう思う? お前たちは洗いざらい知りたいのではないか? ファルマがハリスの言葉を翻訳してくれたり、薬草や薬のことを熱心に教えてくれる代わりに、こちらも何か帝国人に教えられるものがあるか考えたが、無理そうだ。呪力がないのに、教えても意味がない」
一応でもお返しを検討してくれたというのはファルマにとっては意外だった。歩み寄りをしてくれている。教授の申し出は、メレネーが帝国貴族の神術を学ばせてほしいと言ってくるようなものだな、とファルマは想像する。
(呪術は使えなくても、霊を操る技術を神殿は重宝しそうだけどな。それでも)
メレネーがこれほど無防備では、少し心配になってしまう。
彼女は一度信頼した相手には、あまり警戒心をみせないようだ。
「あのね。これは裏のない言葉として受け取ってほしいんだけど、武力以外の交渉カードは、そう簡単に切ったらだめだよ。国際交渉の基本だ」
「お前と話していると、よくわからなくなる。なぜ、他国の人間を利するような真似をしているんだ」
「俺はサン・フルーヴにいるけど、帝国の人々にのみ与しない。どこかの国だけでなく、できれば多くの人々が幸せでいてほしいと思う。メレネーたちの子孫に、百年後も大陸で笑っていてほしいから。メレネーらの呪術のことを教えてしまったら、悪用だってされかねないんだよ?」
そう言ってしまえば嘘くさくなるが、それはアメリカ開拓史を知っているファルマの本心だった。今は帝国の庇護があったところで、今後侵略者に狙われないとも限らない。
「今、サン・フルーヴ帝国は世界一の帝国で、エリザベス聖下はメレネーたちのことを尊重して大陸から手を引こうとしている。だけど、相手が知りたいと思うことこそ、伏せておくべきなんだ。メレネーたちの呪術は、もし帝国やほかの国と事を構えることになっても互角以上に戦える戦力になるよ。その軍事力の要を、たとえ使えなかったとしても相手に教えてはいけない」
「エリザベスが仕掛けてこなくても、次の長はわからない、というわけか」
薬草園にはファルマとメレネーの二人きりだ。周囲に人の気配はない。
二人は薬草園内のベンチに腰掛けて会話を続ける。
「忠告をありがとう。せっかく二人きりなので、それはそれとしてお前とはもっと情報交換をしておきたい」
「いや、だから帝国の人間に呪術のことを言ったらだめなんだよ」
今説明したじゃん、とファルマはつっこみたくなるが、メレネーは黙って首を横に振った。
「お前、薬の神なんだろ?」
「え?」
「私の霊が夜の間に調べてきた。私の大陸には祖霊パラルという、賢き霊がいる。その霊がお前のことを“霊の王”と呼んで恐れていた。そしてこの国に来て神官という者たちを調べたらすぐ、お前が何と呼ばれているかわかった」
メレネーはたった一夜の間に、使役霊を駆使してサン・フルーヴの帝都を調べ、ファルマの正体をつきとめていた。メレネーがこちらの大陸にきたのは、ファルマの素性の調査という一面もあったのかもしれない。
しまったと思ったが、メレネーはファルマの反応を見て正解を確信した様子だ。
「私の大陸には偉大なる霊はいても、神というものがいない。それがどんな存在なのかわからない。しかし薬の神は、霊の敵ではあっても人間の味方のようにみえた。なぜならお前は、海を越えて私たちの一族も生かそうとし、ピチカカ湖の呪いを解いて、私たちから何も奪わずに帰って行った。ハリスの日記を翻訳してくれたり、昨日と今日の様子を見るに、我々を歓迎しようとして心をくだいている。たぶん、薬の神とは人をわけへだてなく慈しむのだ。違うか?」
メレネーはファルマに無垢な笑顔を見せた。
こんな風に笑えるんだな、とファルマは新鮮に思う。
「……なんだろう、うまく返事はできないけど」
「お前は大陸の呪術や霊のことを知らないようなので伝えておく。ちなみに私は敵国の人間に内情を暴露しているのではない、薬の神に打ち明け話をしているつもりだ。同じ内容がハリスの日記にも書いてあるかもしれんが、たぶん書いていないのだろう」
「わかった。そのつもりで聞く」
マイラカ族が呪術を使えるようになるためには、子供のうちに祖霊たちの審判を受ける。審判に受かったものが、その資質に応じて呪力を与えられ呪術師となる。神脈に対応する呪脈というものはない。霊に選ばれた者が呪術師なのだから、霊の敵にはなりえない。もちろん、悪霊などというものはいない。そんなシステムを、メレネーはファルマに淀みなく話して聞かせた。
(神術体系と呪術体系って全然違うな……ルタレカは同じなのに)
共通点があったのはルタレカぐらいで、コンセプトもまったく異なっている。
まるで、地理的に孤立させた大陸間で、それぞれ超常の力の運用を変えてみたかのような……。
(こっちの大陸は、本当に墓守の管轄なんだろうか?)
そんな疑問が出てくる。
「少しずつ分かってきた。呪術体系の中には、巨人とか巨大な霊の伝承がある?」
「誰もそういった話を聞いたことがない。巨人とはなんだ?」
「そっか、知らないか……ありがとう」
メレネーは首をかしげていたが、ファルマに打ち明けてすっきりしたと言った。
「では、こちらからの質問だ。薬の神には何ができる?」
「薬師と同じだよ。薬を創って、人を治す。それがどんな人であっても」
「そのためにこういった植物を育てているのか。たしかにこの温室にあるものは見慣れない植物ばかりだ」
「この大陸の植物とはきっと植生が違うからね。似たものはあるかもしれないけど、メレネーのいる大陸にあるものとは違うかもしれない。植物から取れる薬はわずかだから、薬の成分だけを純粋に精製したものを使うといいよ」
「では、私の住んでいる大陸の植物は薬としては利用できないということか?」
たとえこの大陸の薬用植物についての知識を向こうへ持って帰っても、使えないのでは意味がない、とメレネーは落胆する。
どうしたものかな、と思案したファルマはあることを思い出す。
「そういえばハリスさんの日記には、薬用植物やハーブのことが書いてあったよ。メレネーが住んでいる大陸にも、確かに原料はあるんだけど」
「それを参考にすればいいのか?」
「効果は一つ一つ確かめていくしかない。そのまま鵜呑みにするのは危険だ」
ファルマはメレネーと共にハリスの日記を調べてみる。
Gravel Plant(アメリカイワナシ:利尿作用がある)、
Box Tree(ハナミズキ:頭痛に効く)、
Blue cohosh(ルイヨウボタン:鎮痛や陣痛促進)、
Hydrangea(ハイドランジア:膀胱炎に効く)
などなど、ハリスが記録した薬用植物は存在する。
「これらは薬として使えそうか?」
メレネーが期待を込めたまなざしで見てくるので、ファルマは心苦しい。
(ちなみに、これらの植物の効能は全部おまじないの域を出ないな)
それもそのはず、ハリスの知識は20世紀初頭のものであり、その有効性については現代地球薬学では否定されているものもあり勧められない。メレネーが真に受けてはいけないので、「使えないよ」としっかりとくぎをさしておく。
「使えないのか……偉大なる呪術師の記録だったのに」
メレネーがわかりやすくしょげるので、ファルマは悪かったなと気まずくなる。
「この薬草園にある薬用植物の中で、効果を持つものを大陸に持って帰って栽培すれば、そこから新たな薬をつくることができる。うちの関連薬局の店舗を一店大陸に出店して、そこに薬師を派遣してもいいけど。どう?」
メレネーが希望するなら、異世界薬局大陸支店の出店を検討してもいい。
新大陸への赴任に興味のある薬師はたくさんいるだろう。
「それではだめだ、それではその薬屋が撤退したら何も残らない。我々は便利だった薬の記憶を懐かしみながら病に苦しむことになる。借り物の知識ではだめなんだ。本物でなくては。我々が賢くならなければ」
メレネーがこう言うのは、ハリスのもたらした銃の現物を紛失したあと、マイラカ族は自力で護身用の銃を作ることができなかったからだという。
だから、ハリスの技術は一代限りのものとなった。
マイラカ族では銃の原理も理解できなければ、火薬の成分も、火薬を作る方法も突き止めることができなかった。
ハリスが直接教育をした者は呪術にかまけ、部族抗争によって死に絶え、後世に伝わらず、技術は続かなかった。メレネーはそれを痛恨に思っていたようだ。
「わかった。本格的にこの大陸の薬学をはじめとした科学技術を学びたいってことだね。でも、一朝一夕では無理だ、ある日急に技術が身につくなんて、そんな奇跡はない。たぶん何を学ぼうにもマイラカ族の誰も基礎学力が足りてない。何年もここで学んで学問をおさめるつもりがあるなら、喜んで受け入れるよ。エリザベス聖下に留学のご許可をいただこう」
いい話になった、とファルマはわがことのように喜ぶ。
教育を受けたいという者を拒む人間は、この医薬大学校の教授陣に一人もいない。
「メレネーが留学するの?」
「それは一族の中でやる気があって見込みのありそうな者、ということになる」
「またそういう話になったら教えて」
「世界のしくみを学べば、我々は呪術を手放すこともできるのかもしれない」
「メレネーは呪術を手放したいの? でも、どうしてそう思うの?」
「お前もうすうす、わかっているのではないか?」
呪力や呪術に長けていても、いつかはその力を使い果たす。
力を失ったものは、暗殺に怯えなければならない。
呪術の才能は個人の特性によるものが大きく、後世に伝わらない。
呪術師の寿命は短く、戦闘により真っ先に犠牲になる。
それを何とかしたいと思っているようだった。
ファルマを脅かすほどの呪術の腕を持ち、マイラカ族の長としての地位を得ながら、彼女が胸に秘めていたのはささやかな願いだった。
「マイラカ族全員が呪術を手放すことは、間違っていると思うか?」
「思わない。神術使いも同じような葛藤を抱えているから」
神術使いも同じだ。
神力の有無がこの国ではすべてを決めてしまっている。
同じ人間なのに、貴族と平民との間には分断があり、平民は国の枢要に取り立てられることもない。
貴族は、神力を得たことを責任と感じ、義務を果たすために日々激しい鍛錬を積んで己をすり潰す。
本当にそれでいいのだろうか。
ファルマとメレネーの思いは同じようだ。
もし、世の中が平和で、悪霊も発生しない状態になったら。
悪霊さえいなくなったら、神術を使わなくても誰でも普通に暮らしていける日々が来ればいいと思っている、技術の継承については、神術よりも科学のほうが優れていると思っている。
地球人として漠然と感じていたことだが、ファルマがこの世界に来てから貴族に囲まれていたために、誰にも話したことがなかった。
貴族たちが享受している特権を、使わなくてもよい状態にすることにほかならないからだ。
「だから俺は、限られた人にではなく皆が使える、役に立つ技術を誰もが学べるようになってほしい。しかし、悪霊が闊歩している現状で、この国の神術使いたちが神術を捨ててしまうことはまだ難しいな」
「先日も言ったが、この国の人々を脅かしているものが悪霊だというならば、私たちマイラカ族が、霊と争わず鎮めることができるかもしれない」
「それはありがたい。でも悪霊だけじゃない。霊よりもっとでかいのがいる」
「なんだと?」
次元のはざまに潜む巨人、この世界の管理者であろう「墓守」。
その墓守が駆動させ、世界の崩壊を食い止めているという鎹の歯車。
異界から現れ続ける守護神の降臨もまた、神術依存の社会を強固なものにしている。
道のりは果てしなく遠い。
それでも、一つずつ歩みを進めることに意味はあるだろうか。
暗中模索ながら、メレネーという理解者を得た気がする。
「さっき、巨人といっていたものか?」
「そうだ」
「ところでお前、大きさは変わらないのか?」
メレネーはファルマの全身を眺めるようにしてみた。
「俺のこと? 変わらないけど」
「霊の大きさは自在だが、薬の神は肉体に縛られてもいないのにその大きさにしかなれないのか? 自分が小さいと思うのなら、大きくなって相手を食らえばいい。霊は共食いをする。薬の神はどうだ?」
思ってもみなかった視点だった。
思い起こせば、薬神杖が伸縮自在だったのは、薬神がどの大きさで顕現しても使えるように。
そんな機能があったのかもしれない。
ファルマ自身が自己の大きさを縛って、人間のように規定してしまっていた。
「でも……あの巨人の力は強大で、仮に大きくなる方法を持ってたとしても、まったく勝てる気がしなかったよ」
「霊を強くするのは人間の祈りだ。神を強くするものはないのか?」
メレネーが次々に放つ怜悧な言葉が、ファルマの存在の根本を揺るがすかのようだ。
ファルマは思い出した。
人々が薬神に祈るたび、この世界のなにがしかのシステムが、ファルマに力を集めていたことに。
そしてまた、思い出す。
薄れてゆく前世の記憶の中で、彼の前世の学友、中嶋へぶつけた疑問を。
「もし、その類の”神”に出会ったら、俺たちは降伏するしかないのか?」
たしか中嶋は同じ時空に”神”を降ろせば、反撃は不可能ではないといったはずだ。
世界中の人々の祈りと神力を集め、ファルマが十分に力を蓄えたとき。
はたして異なる世界より呼び込んだ幾多の守護神を思うさま食らってきた暴虐の巨人、
「墓守」を次元の隙間から引きずり出して、
それに打ち勝ち、世界の管理者に成り代わるチャンスがあるのだろうか?
その後、自らの存在はどうなってしまうのだろう?
【謝辞】
本項の薬草に関する部分は、薬剤師の児島 悠史先生にご指導いただきました。
ありがとうございました。
【参照HP】
「健康食品」の安全性・有効性情報
https://hfnet.nibiohn.go.jp/contents/indiv.html
【お知らせ】
異世界薬局関連作品→ TOKYO INVERSE -東京反転世界-
https://ncode.syosetu.com/n0736ha/
を連載しています。
この世界では落雷で死亡したファルマ・ド・メディシスのもう一つのストーリーが読めます。