閑話 Diary of Scarlett Harris 死者は語る
表紙
スカレーレット・ハリスの日記。
この日記が私の手から離れたとき、おそらく私はこの世にいないだろう。
だからこの日記を見つけた親切な方、そしてこの手帳に記載している言語を完全に理解できる方は
次の場所へ届けてほしい。
ジョシュア・ハリス宛。
アーカンソー州ウィンターヴィル、XXXXX番地。
私が天に召されていたとしても、どうかこの記録が死なないよう、主に祈っている。
中表紙
1926年7月21日
私はスカレーレット・ハリス。
1902年4月3日生まれ。
アーカンソー州ウィンターヴィル、XXXXX番地在住。
小学校教員の五年目。
一週間前より断続的に降り続いた豪雨により、ミシシッピ川の堤防が百か所以上で決壊。
私の自宅付近一帯は洪水となり広範囲に水没。
避難のために持ち出したカヤックのパドルを激流で喪失し、どれほど下流に流されたかわからない。
濁流がおさまり、川岸に上がってより二日経つ。
不思議なことに、あたり一面に民家はなし。
田畑も橋も町もなく、ひたすら原生林が広がっている。
この二日間、川岸を下ってきたが、誰にも遭遇していない。
私はおそらく遭難した。
州からの救援がくることを祈りながら、遭難日記を書いている。
身体状態の確認から。
遭難時には気付かなかったが、右腕に、身に覚えのない酷いやけどあり。
痛みはない、出血などもない。
メディカルキットの中の消毒薬と、軟膏、包帯で応急処置を終えている。
持ち物の確認を実施。
練習用カヤックに積み込んだ非常持ち出し袋と、自宅から慌てて持ち出したもの。
ため息が出る。これが私のすべて。
あとは今ここに日記をつけている、カレンダーつきのまっさらなノート。
あと二百五十六ページあるようだ。
一週間前に父に押し付けられた防犯用サブマシンガンと銃弾。
その説明書。
射撃の腕? 趣味で嗜むぐらい、当たらなくても野生動物や暴漢と遭遇した際に、威嚇ぐらいはできるかもしれない。実戦経験などはもちろんない、不審人物に遭遇しないように留意。
あとはアリゲーターにも気を付けなければならない。
ミシシッピ川に生息するアリゲーターとの遭遇は日常的なもので、どの湖沼にも生息している。
もちろん遭遇すれば怖いが、人食いとして知られるナイル流域に生息するクロコダイル科とは異なり、アリゲーター科のワニの性質は比較的おとなしく、臆病でもある。
繁殖期にわざわざ攻撃をしなければ襲われることはまずないし、ハンティングの対象になっている。
アリゲーターより怖いものといえば、沼のマムシやカワウソぐらいか。
ミシシッピ川流域の住人として、最初に学ぶ身近な脅威であり、私が受け持ちの小学生に教える事項でもある。
脱線した。要点は、遭難が長期化した場合に備えて、無駄撃ちはしないこと。
ナッツとチョコレート、缶詰が三つ。
四つあったけれど、一つ食べた。
着替えが三着。
寝袋。
現金。
懐中時計。
コンパスと地図。
鉱石ラジオ。
マッチ。
ナイフ。
ファーストエイドキットの中にあるもの。
外科用プラスター。
アルコール。
脱脂綿。
救急箱に附属していた冊子「What to do for little ailments and real emergencies」
降り続く雨のおかげで、飲み水には事欠かない。
降りやんだ時のために、容器にためておく。
救援が来なくても、一週間は生き延びる。
ここから先は、めくるめく未知の世界。
トムソーヤーの冒険のようだ。
なに、怖がることはない。
つかの間のアウトドアキャンプを楽しめばよい。
明日にもなれば、飛行機が私を見つけてくれる。
害虫に気を付けて、野宿をすればいいだけ。
気楽にいこう。
ただ心残りは、私の家族や生徒は、うまく避難できただろうかということ。
1926年7月25日
持ってきていた食料がつきた。
沼地のザリガニを直火で焼き、貝を焼いて食べている。
それにしてもこのザリガニ、いわゆる私がよくサイエンスの授業で取り扱うアメリカザリガニではないし、知らない種だ。
生け捕りにしたので、救援が来たら新種として新聞社に情報を発表しよう。
カモを狙っているのに、射撃の腕が悪くありついていない。
捜索隊が船でくると予想しているので、川岸から殆ど動いていない。
アリゲーターが出るので、川岸で寝るのもはばかられる。
主よ、これは何かの罰なのか。
腕のやけどの包帯をとる。
1926年7月28日
遭難してよりずっと、鉱石ラジオが何も受信してくれない。
壊れているのだろうか、そうは思っても単純な構造だ。
修理をしてみたけど、まだ受信してくれないしな。
あるいは、放送局も洪水の被害を受けているのかもしれない。
例の腕の傷は、大きなケロイドになってしまった。
あまり考えたくないことがある。
遭難前にはあれほどひっきりなしに飛んでいた飛行機が、遭難してから一機も飛んでいない。
遠くの山々にも、山腹などに民家は見えず。
そんなことってありえるだろうか。
1926年7月30日
正午ごろ、カモを狙っていたら、銃声を聞きつけて何者かがやってきた。
何日かぶりに人間に遭えた、そんな喜びと希望は吹き飛ぶ。
彼らは全員、弓や槍を持って、今にも射掛けてこようとしている。
サブマシンガンを隠して友好的に挨拶をするが、英語が通じない。
独自の言語を持つ人々のようだ。
奇妙な服装で、人種や文化圏が特定できない。
北米の先住民には顔立ちが似ていない。
私は南米の事物をよく知らないが、南米から北上してきた部族だろうか。
信じられないが、合衆国の把握していない孤立部族だと思われる。
世界にはまだ発見されていない孤立部族がいるという。
そういった新聞記事を読んだことがある。
互いに警戒しつつ、言葉は通じないながらに挨拶。
私が丸腰なので、武装をといてくれた。
友好的な部族ではないが、攻撃してこないだけまし。
意思疎通はできると判断。
彼らの集落に案内され、歓待を受ける。
彼らの文化水準は私の期待していたものではなかった。
森の中に、半地下のテントのような竪穴式住居を構えている。
見知らぬ穀物と、芋にありついた。
それにしても、この芋も一度もみたことがない。
アルカロイドなどの毒ではないことを祈りつつ、主の恵みに感謝し完食。
夜は木の上で寝るようだ。
冗談かと思っていたら、本当にトムソーヤーの冒険じみてきた。
私の腕のやけどに興味を持っているようで、何度か触れてこようとする。
1926年8月2日
集落に居候を始めて、しばらくたった。
彼らとの暮らしの中で、日に日に確信が強まってくる。
ここはアメリカ大陸に似ているが、そうではなくて。
ここは地球に似ているが、そうではない。
もう、ここがどこなのかわからない。
不思議の国のアリスにでもなった気分だ。
ただ、元の世界に戻るウサギ穴がまだ見つからない。
お願いだから、夢ならさめてほしい。
私は彼らの生活の中に取り込まれた漂泊者で、ここから出ていく勇気がない。
だって、この集落の外がどうなっているか、まったく分からないのだから。
毎日わけのわからない言語や風俗にさらされて、私が遭遇するのは見慣れぬ植物や動物たちばかり。
それでも私は生き延びる必要がある。
ここの生活に適応するために、少しずつ、彼らの言語の収集を始めた。
彼らの言語のバリエーションはさして多くなく、言語への順応はうまくいきそうだった。
1926年8月26日
私は彼らと暮らしながら、少しずつ彼らの使う言語を収集している。
(最終頁のメモを参考されたし)
この集落の社会階層構造は興味深い。
一人の若い女性を長とし、集落の全員が彼女の言葉に従っている。
集落内の地位が高いものほど、体に装飾的なタトゥーを多く入れている。
長は巫女のような存在だろうか。
北アジア文化圏のアニミズムや、シャーマニズムを髣髴とさせる。
集落の中心部にキンダーガーデンのような場所があり、子供たちは集団で生活している。
大人たちは男女の別なく狩猟に出かける。
長は決まった拠点にいるが、あまり姿を見せず引きこもっている。
長の姿を見たのは数えるほどしかない。
高齢者は一人としていない。
平均寿命はきわめて短いと推定される。
このような過酷な環境下では、乳児死亡率も高いのであろう。
滞在中、乳児が二名亡くなった。
(村落の構造については、下記のスケッチを参考されたし)
1926年9月24日
今日、村の若者が殺害された。
その葬儀というか、埋葬の儀式に参列して、驚くべきものをみた。
長は、絵を生きたものにすることができる。
そうだね、私はべつに、頭がおかしくなってはいない。
ただ……正確に説明できる自信がない(下に図を描いている)。
紋様の描かれた祭壇上に動物の生贄を捧げ、遺体を置き、長が何か唱えると、祭壇の紋様が現実になるのだ。
例えば鹿の紋様を呼び出せば、絵が現実世界を跳ね回る。
長が絵を動かしているのだと、子供たちは言っている。
長はまた、死者と会話をすることができた。
タトゥーが多く入っている者は、霊の姿も声も聞こえるらしい。
一種のトランス状態だと思っていたけれど、どうやらそうではない。
私には何も見えないが、死者の声を聴くというのは、決してまやかしではない。
何故なら死者が、自分を殺害した相手の情報を語ったからだ。
長と死者との会話によって、すぐに彼を殺害した者の証拠品を見つけることができた。
別の部族に殺されたようだった。
霊への信仰や儀式の種類などをみると、ブードゥーとの共通性もあるようにも見えるが、おそらく関係ない。
私は奇跡をまのあたりにし、主への信仰が揺らぎそうだ。
ただひとついえるのは、ここは地球ではない。
もう、この空に飛行機は飛ばない。
きっとラジオの電波を受信することもないだろう。
私はいつ、家に帰れるのだろうか。
1926年9月30日
ここで私ができる仕事は少ない。
狩猟はできないので、――というか、足手まといだと思われている――料理の手伝い。
赤子をあやす、そんなところだ。
もう一つ役目があった。
私はメディカルキットで集落の人々の怪我の、簡単な手当をすることができる。
そういった日々を繰り返すうち、長と話をすることが許された。
長の名はメイナという。
彼女の名前は今日初めて知った。
長は私が別世界から来たのだと信じている。
残念ながら、私もそう思う。
腕の傷をみて、ルタレカと言ったと思う。
長は私の腕からルタレカをはがそうとしていたけれど、うまくいかなかった。
これはただの傷なので剥げませんと伝えると、舌打ちをされてしまった。
彼女は本当に私の傷を私の腕から剥がすつもりがあるようだ。
それができれば、とてもありがたいけれど。
ルタレカというものが私の腕にあるので、長が使っていた、死者と交信する魔法(?)を教えてもらうことになった。
私の腕の傷になにか、神秘性を見出しているようだった。
1927年3月1日
ペンシルの芯が尽きてしまったので、不便だが彼らの使う赤い染料と小枝で日記を書いている。
私がこの不思議な世界に迷い込んだ時、私の腕に現れたやけどの傷。
「無の根、または根なし」というもので、ルタレカと発音する。
彼らの伝承に伝わる偉大な呪術師の印で、この印を持つものは、呪術を使えるようだ。
私は「祖霊」とつながりがないからか、ルタレカの力を使っても、死者と話ができるようにはならなかった。
そのかわり、ルタレカを通じて特別な力を授かっていたようだ。
これは洪水を鎮め、大地に実りを取り戻す力だとされている。
具体的には、任意の範囲の水を干上がらせることができた。
彼らにせがまれて、広範囲にやると疲れる。場合によっては、翌日まで動けない。
呪力は呪術を使うと減るもので、使い果たすと死ぬという。
しかし彼らは、私が呪術を使うことを期待している。
私が呪術を使うとき、ルタレカはルビーのような美しい光を出す。
形容が難しい。あるいは天青石を燃やした時のよう。
彼らの期待に応えられるよう、なおかつ呪力を消費しないよう、精度を高める訓練を行う。
何故、私はこんなものを持たされてここに来たのだろう。
1927年5月8日
未明、寝込みのところを突然の襲撃に遭った。
去年、集落の若者を襲った部族だろうとのこと。
襲撃してきたのは、百人以上(追記。後で数えたところによると、二百八十人)
メイナや呪術師らが具現化呪術で応戦するも、次々に殺されてゆく。
メイナが真っ先に殺害された。
私はサブマシンガンで応戦。
襲撃者の足元へ向けて射撃を行った。
残弾つき、追いつめられた私は、一方向にルタレカの力を解放した。
そして、……襲撃者は一人残さずいなくなってほしいと念じた。
ただ、私の願いはそれだけだった。
襲撃者を全滅させ、私が力を向けた方向に、集落の人間も数人巻き込んでいた。
犠牲となった死骸は体液を奪い取られ、ジャーキーのようになっていた。
その日、私は集落の長となった。
1927年7月1日
私が長となってより、集落の安寧維持に関してずいぶんと腐心した。
アーカンソー州の治安もたいがいだったが、ここはさらに治安が悪い。
何しろ、長の方針が気に入らなければ、いつ寝込みを襲って暗殺をしかけてもいいのだ。
子供を中心に人心掌握にも成功し、母親たちの支持をとりつけているため、少なくとも寝首をかかれないようにはなっていると思う。
また、私はルタレカのほかに、彼らの持ちえない知識を持っている、これは彼らにとって私を生かしておく十分な理由たりえた。
教職をしてきてこれほどよかったと思ったことはない。
ここのところ、マイラカ族の殲滅をはかる周囲の部族との衝突がとみに増えた。
長であったメイナや主だった呪術師らがさきの戦闘で殺害されたことにより、防衛は手薄と見て一気に攻勢をかけてきている。
サブマシンガンの弾が尽き、戦える者も激減、集落の戦力は大幅にダウンしている。
集落の守りを固め、彼らに教育をほどこし、呪術を磨き集落の団結をはかることが当面の課題だ。
呪術の才能に長けた者を集め、戦闘訓練を施し、自警団を組織した。
1927年8月15日
流行性の奇病に見舞われているようだ。
子供を中心に、腹水がたまっているものが複数いる。
私は医者ではないが、ちょうど新聞の特集で読んで、疑っているものがある。
寄生虫の感染を起因とする、住血吸虫症というものだ。
十年以上前、パトリック・マンソン卿が発見し報告したマンソン住血吸虫。
その恐ろしい寄生虫は西インド諸島に生息しているという報告を読み、父とともにカリブの島にバカンスに行くのを恐ろしく思った経験がある。
住血吸虫は水を介して伝染し、巻貝に住み着き、人へも感染する。
感染した人の膚には皮膚炎ができたり、発熱や腹水がみられ、糞便には虫卵が出現するという報告だったはずだ。
顕微鏡があれば検査ができたかもしれない、持っていないのがもどかしい。
この風土病に対する特効薬はまだ存在しない。
地域の淡水が汚染されているとかで、汚染された淡水系との遮断を図るべく、生息域の埋め戻しをしている地域もあると聞いたが……。
もし私の予想が正しければ、この地における最大の淡水湖、ピチカカ湖は特に危険だ。
私はまだ幸いにして発症していないが、いつ発症してもおかしくない。
当面の絶対的な措置として、地上のありとあらゆる淡水に触れることを禁じた。
生活に利用できるのは、雨水と、水源の異なる地下洞窟からの湧水に限るとした――。
1927年9月24日
1927年10月30日
1928年1月2日
……
……
……
……
……
……
……
……
……
1929年4月12日
ページ数が減るにつれ、小さい文字で日記を書いてきたが、いよいよ最後のページになった。
日記を終わるにはちょうどいい。
先日、墳墓に刻まれていた文字から、新たな伝承を知った。
「紋章を宿すすべての異人を追放するまで、世界の崩壊は繕われない」
異人とは、きっと私のような、この世界への遭難者のことだろう。
もう、何もかもうんざりしている。
主が見放し、地の底に落されたような気分だ。
この世界は閉塞している、おそらくは時空から切り離された虚構の世界だ。
私はここにいてはいけない。
ここで集落の人々に慕われながら、季節が過ぎるに任せるつもりもない。
私はただ、家に帰りたいのだ。
それに、私の体に残った呪力もどうやらあとわずかのようだ。
その時が訪れれば、この地における私の存在意義もなくなってしまう。
寝首をかかれるかもしれない、身の危険も心配しなければならない。
後継者に長を引き継いで、あとのことは託してきた。
私がこの地に来てからの功績はというと。
敵対する6つの部族と和解し、停戦協定を結んだ。
この地に来てからの私を助けた力があるとすれば。
サブマシンガンでもなく。
ルタレカでもなく。
私の脳の中に詰めてきた寡い地球の知識、偉大なる先人の知恵だった。
その知識が私を一帯の族長たらしめ、異なる部族との共存繁栄を実現させ、そして何より私というゲストはこの地に留まることを許され、生存権を得ている。
私が一帯の族長として認められたからには、もうマイラカ族が襲われることはないだろう。
私がもし主より「彼らに安息を与えよ」という召命を受けてこの地に呼ばれたというのなら、
この段階をもってミッション完了としてよいのではないか。
彼らから「ラカンガ」と呼ばれるこの洞窟の果てに、光の渦という異界への入口があるという。
私は今から、このラカンガを踏破する。
もう、あまり時間はないようだ。
住血吸虫にも感染しているし、継続的な発熱と嘔気に見舞われている。
倦怠感もひどく、おそらく複数の感染症にかかっている。
私は合衆国に帰りたい。
願いはただそれだけなのだ。
壁の向こう側はどうなっているか。
入ってみなければ分からない。
明日は、家に帰ってコークを飲めるといいな。
さあ、懐かしきわが家へ帰ろう。
◆
ファルマは深いため息とともに日記を閉じた。
二百五十ページ以上、すべてを読む時間はなかったが、だいたいの経過を読んでとれた。
アーカンソー州より生身の状態でこの異世界へと迷い込んだ彼女は、マイラカ族と合流し、呪術を学び、ルタレカの力を使い、その知識をもって集落を住血吸虫の汚染から守り、いくつもの部族をまとめあげ繁栄へと導いた。
(すごいよ……ハリスさん。小学校教師の彼女がこの過酷な環境で、医薬品も医療機器もなしに、二十世紀初頭の知識でこれだけのことを)
最後の日付は1929年10月17日。
地球では世界恐慌を迎えた年にあたり、暗黒の金曜日の一週間前だが、彼女が知る由もない。
メレネーが言った通り、彼女が亡くなったのはラカンガ洞窟だ。
ラカンガ洞窟の果てに何があったのか、伝承通りに「光の渦」を見たのかは、今となっては知る由もないが……洞窟内に遺体があった状況から、その先に進むことはできなかったのだろう。
そして、その地で命を潰えた。
ファルマは異郷の地で人生を終えた彼女の歩みをたどり、いたましく思った。
彼女の苦しみは、ファルマがこの世界に来て以来、体感し続けていたものだった。
もし、同じ時期にこの世界にいたら、どれほど心強かっただろう。
この日記は、アーカンソー州ウィンターヴィル、XXXXX番地在住の家族のもとに帰ることはないだろう。
(こうやって詳細な記録を残してくれたから、彼女の内面をうかがい知ることができる。俺も日記でも書いておいたほうがいいのかなあ……)
そんなことも考えたりした。
ただ、ひとつ救いはというと――。
(メレネーは、ラカンガ洞窟で彼女の霊を呼び出せなかったんだよな)
生還はかなわなかったのかもしれないが、彼女の魂は自由になって、ひょっとすると彼女が帰還を夢みた生家に帰れたのかもしれない。
彼女の残した手がかりを無にはすまい。
ファルマはそんな思いとともにそっと手を合わせた。
7章終了です。
次回更新は8月8日です。