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変則ディナー、第1号はあの人に


 通常のディナー営業は、思った以上の反響だ。


「ええーと。今日は山田様と、スミス様と、もうひと組は佐藤さま、と」

 なぜだか日本とアメリカの代表的な名字を集めたような今日のディナーも、もう予約でいっぱいだ。なにせ一日3組限定なのだから。


 客からは、もっと限定数を増やせないのかと要望がひっきりなしだが、シュウは頑としてそこだけは譲らなかった。

「頑固一徹の石頭オーナーシェフがどうしてもこのままで、と言うものですから」

 冬里などは、そんな言い訳を用意して、客をおもしろがらせている。


 その冬里は、いったいディナーをどのようにしたかったのか?

「先にシュウの考えを聞かせてよ」と言って彼の思いを聞いてからは、のらりくらりとはぐらかすばかりで、結局うやむやのまま終わってしまい、真相は闇の中?だ。





 そんなある日。


 シュウと冬里は2人でリビングにいた。何を話すでもなくおのおのくつろいでいたが、シュウがふと思い出したように冬里に言った。

「前々から、第1号に、とお願いしてあった坂の下さんから、ようやく依頼が入りそうだよ」

「へえ?」


 第1号のお願いと言うのは、例の変則シチュエーションディナーのことだ。

 そして、坂の下さんというのは、言うまでもなく新旧『はるぶすと』の改装を任せた、坂の下工務店の泰蔵社長のことだ。シュウに限らず、夏樹や冬里も、そして由利香も、頑固だが裏表のない性格の坂の下が大好きなのだ。

 そんな坂の下だから、シュウはお礼の意味も込めながらではあるが、変則ディナーを依頼してしまったのだった。


「ただ、本人はどうしても思いつかなかったみたいで、奥様に泣きついたようだけど…。こんな事になるのなら、やはり他の方にお願いすればよかったかな」

 と、シュウはすまなそうに言う。

 そんなシュウに、まったく生真面目なんだから、と思ったかどうか、冬里は可笑しそうだ。

「まあいいんじゃない? きっと親方は自分より奥さんが幸せな方が嬉しいだろうし」

 由利香が坂の下の事をそう呼ぶものだから、いつの間にか冬里も坂の下のことを、親方、などと呼ぶようになっていた。

「そう、だね。だったら、私たちも最上級のものを出さなくてはね」

「シューウ。最上級はいいけど、シュウが本気出し過ぎると、みんなすごいところへ飛んでいっちゃうんだから。 おお! あまりのおいしさに天国へ来てしまった。なーんてね」

 笑いながらおおげさに言う冬里をまじまじと見つめた後…。


 シュウはいきなり手で顔を覆って俯いてしまった。見ると肩が揺れている。そうしてそのまま大笑いしだした。

「あっははは、冬里、いくらなんでも、てんごく…は、ない、アハハ…、しかもとぶって、あ、わるい、ちょっと、まって」

 なかなか笑いやまないシュウを、

「あれま、由利香の言う大笑いする鞍馬くん、だね。僕も久しぶりに見た」

 と、感心したように腕を組んで言う。

 しばらくして、やっと笑いが収まったシュウが、まだ可笑しさを残した顔で言った。

「本当に、さすがに私の料理にも、そこまでの力はないと思うよ」

「ふうーん? でもハルがこの前、桃源郷だって言ってたけど。まあ、何にしても料理に関しては、適度に力抜いたほうがいいよ」

「かしこまりました」

 おどけて胸に手を当てながら言うシュウに、お店でもそう言うの出せば良いのに、と思う冬里だった。




 それから幾日かたった、ある土曜日のこと。

 ランチタイムが終わり、準備中の札をかけたところでタイミング良く、坂の下が、奥さんと愛娘のあやねを伴って店へやってきた。


「いらっしゃいませ」

「あー、うん。今日はだな、例のディナーの件で…」

 ゴホン! と咳払いしながら緊張した様子で言う泰蔵社長にほほえみかけながら、

「ありがとうございます」

 と答えたシュウは、カウンターではなく、厨房をぐるっと迂回した向こう側、ディナーで使う個室のひとつに一家を案内する。


「今日はお手間を取らせますわね」

 泰蔵とは反対に、リラックスした様子で、にこやかに挨拶する奥さんの史帆しほ

 そうして、こちらもとても嬉しそうにニッコリと挨拶するあやねがいた。

「こんにちは。今日はあやねのお願いを聞いてくれるって言うから来たの! よろしくね。くらまくん!」

 由利香に習って、シュウの事はくん付けで呼ぶあやねだ。


「こちらこそ、お忙しいところ、ご家族そろってありがとうございます。あやねちゃんも、どうもありがとう」

 お礼を言われてあやねは嬉しそうに「うん!」と元気よく返事する。


「ところで、今回のディナーは? あやねちゃんのリクエストになるのですか?」

 シュウが不思議そうに泰蔵に尋ねると、彼が答える前にあやねがしゃべりだした。


「うん! あのね、あのね、くらまくん」

「はい」

「本当はお父さんが頼まれたって言ってたんだけど、お父さんはそれをママにプレゼントして、でね、ママがあやねにプレゼントしてくれたの」

「そうだったんだね、良かったね」

「うん。だからお父さんもママもだーいすき」

 そう言って両親を見るあやねに、泰蔵はデレデレと鼻の下を伸ばしている。



 そこへ、夏樹がスイーツとお茶を運んで来た。その後から冬里と由利香。

 おのおのが座席に落ち着いたところで本題に入っていく。


「じゃあ、あやねちゃん。少し質問をしてもいいかな?」

 テーブルを挟んで向かい側に座ったシュウが、ゆっくりとあやねに聞く。

「うん!」

 あやねは答える気満々だ。そんなあやねにちょっと苦笑しながら、シュウはひとつひとつ質問を繰り出していくのだった。


「あやねちゃんは、お父さん、お母さんとディナーを食べたいのかな?」

「ううん。あのね、あやねもプレゼントするの」

「そう、誰に? 」

滝之上たきのうえのおばあちゃん! 」

 ニッコリと元気よく答えたあやねから視線を外して、シュウは坂の下夫妻を見る。

「ええと、滝之上のおばあちゃんと言うのはだな」

「私の母親の事です。私は旧姓を滝之上と言います」

「そういうことですね。わかりました」

 夏樹や冬里も、ふむふむと言うようにうなずいている。


「それじゃあ、あやねちゃんはなぜ、滝之上のおばあちゃんにディナーをプレゼントしようと思ったの?」

「だってあやね、おばあちゃんが大好きなんだもん」

 と、また元気よく言ってから、「けどね…」とションボリする。

「この間おばあちゃん家に遊びに行ったとき、おばあちゃんちょっと寂しそうにしたから」

「それは心配だね」

 少し揺れる視線であやねを見たシュウに、史帆が補足する。

「じつは、先日私の実家に行ったのが、ちょうど亡くなった父の月命日だったんです。それでかしら」

「奥様のお父様の?」

「ええ、あやねにとってはおじいちゃんですね。父がなくなったとき、あやねはまだ赤ちゃんだったので、この子は覚えていないと思うのですが…」


「でも、おじいちゃんのお話は、おばあちゃんがいーっぱいしてくれるから、あやね知ってるよ」

「ふふ、そうね」

 言いながらあやねの頬に優しく触れる史帆。あやねはとっても幸せそうな顔をしてから、またシュウに一生懸命話し出す。

「でね、でね。そのときにおばあちゃんがね…。あ! いっけない」

 そう言うと、あやねは両手で自分の口をおさえて、くるりとあたりを見回す。

 そして、なぜか急に立ち上がると、靴を脱いで椅子の上に立ち、テーブル越しにシュウを呼ぶ。

「くらまくん。ちょっとお耳を貸して」

「え? ないしょばなしですか?」

「うん!」


 ないしょばなしと言う言い方がいたく気に入ったのだろう。あやねは、ニイーッとチェシャ猫のように笑うと、シュウの耳元でなにやらゴニョゴニョ…、…、…。かなり長いこと話をしていた。

 シュウも、ときおり小さな相づちを打つ以外は微動だにせず、真剣に話を聞いている。どのくらい時間がたったのか、けれど正味にしてみれば5分もなかっただろう。


 やっとシュウの耳から口元を離したあやねは、「あーつかれた」と、そのまま椅子に座り込んでしまった。そんなあやねを優しく見ながら、シュウが言う。

「よくわかりました。でもね、あやねちゃん」

 呼びかけられてあやねは「?」と言う顔でシュウを見る。

「そのお話、ここにいる人には言ってもいいと思うよ」

「ええ? なんで?」

「ここにいるのは、あやねちゃんが大好きなお父さんとお母さん。そして、私が大好きな由利香さんと夏樹と冬里。ふたりが大切に思う人だから、おばあちゃんはきっと言っても怒らないよ」


 あやねはその言葉を聞いて、しばらく考え込んでいたが、やがて自分の中で納得したのだろう。

「じゃあ、お話していいよ、くらまくん」

 と、宣言したのだった。




 あやねの話を要約すると、こうだ。


 その日、滝之上家に行ったあやねは、リビングのいつもの場所に、いつもとはちがう祖父の写真が飾られているのに気がついた。祖母にそのことを言うと、「懐かしい写真を見つけたからね、ちょうど月命日だし、ちょっと飾ってみたの」と、少し恥ずかしそうに答える祖母が、なんだか可愛いなー、と思ったあやねだった。


 その写真は、とても若いおじいちゃんがあやねをだっこしていた!?

 だが、実際はそうではなくて、だっこされていたのは、あやねの母親である史帆だった。その証拠にその写真は白黒で、昔の人がよくそうしていたように、写真の裏に日付と簡単な説明が書かれていた。

 しばらく行方不明だったこの写真を見つけた祖母は、遠い昔の思い出に浸っているうち、ふと、結婚する前に祖父がデートで連れて行ってくれたレストランのことを思い出した。


 まだつきあい始めて日が浅く、どちらもカチンコチンになりながらのデートだったが、祖父が会社や取引先などからリサーチして見つけてくれたその店は、当時の言い方で、とてもハイカラな、本当に夢見るような店だったそうだ。


「実は、おじいちゃんがそのとき、お料理のひとつをすっかり気に入ってね、こっそりお願いして作り方を教えてもらったの。でも、あとから何度作っても上手くいかなくて。とうとうおじいちゃんには食べさせてあげられなかったのよ」

 最初は嬉しそうに、でも最後は寂しそうに言う祖母を見て、あやねは何とかできないかと考えた末。

「それなら、あやねがそのお料理をおばあちゃんにごちそうしてあげる!」

「あら? ありがとう。あやねちゃんお料理できるようになったのね」

「ううん。くらまくんに頼めば、きっと、えーとえーと、あ、そうだ。再現してくれるよ」

「まあ、ホホホ。再現なんて難しい言葉、よく知ってたわね。でも、くらまくんって?」

「うん、お父さんがお仕事した『はるぶすと』っていうお店のね、とっても美味しいお料理を作る人」

「『はるぶすと』?」

「うん」


 祖母はしばらく考えるような目をしていたが、ぽつりと独り言を言った。

「そうね、その、くらまくんなら、再現できるかもね…」

「でしょ。あれ、なんでそう思うの?」

「さあー、なんでかしら。あ、そうそう、じゃあもう一つ、くらまくんにお願いしてみてくれる? でもここからは、あやねちゃんとくらまくんと私、3人だけのひみつね」

「わかった、なにを?」

「それはね…」


 シュウは、もう一つのお願いの内容だけ省いて、そのときの説明を終えたのだった。




「えー! 鞍馬くん、何、もう一つって?」

 由利香が思わず聞く。

「それだけは、ひみつのおはなし、ですから」

 言いながらあやねにウィンクなどするシュウ。あやねはその言葉に、とても嬉しそうにパッチリと上手なウィンクを返したのだった。





    

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