『はるぶすと』におけるディナーのあり方?
そのあとは、ワイワイと夕食を楽しんでいた4人だったが、ふと思いついたように由利香が聞く。
「そういえば、ディナーの営業はいつ始まるのよ? 約2名がわがままで、約1名を困らせてるみたいなんだけど」
「えー、僕何か2人に困らせられてる? 」
冬里が当然のように言うと、由利香が憤慨して言う。
「あんたじゃない! 困ってるのは鞍馬くん! 」
すると、
「そんなの、ありえなーい」
「シュウさんが困るなんて、ありえなーい」
二重奏のように言う冬里と夏樹。こういうときは息ぴったりだ。ガックリとテーブルに落とした顔を何とか持ち上げて、由利香はシュウに聞いた。
「あんなこと言ってるけど、ホント? 」
「困るのはいつもですけど、今回のはちょっと違っていますね」
「どういうところが?」
すると、シュウは言おうか言うまいかと少し躊躇するような様子を見せながらも話し出す。
「今回は、それだけではないのですが、冬里がかなり積極的なので、期待を裏切ると少し怖いなと…」
その言葉を聞いた夏樹が、盛大にむせだした。
「ゲホッ! ゴホッ! シ、シュウさん、シュウさんともあろう人が、よりによって冬里が、こわい!?」
由利香も、ぽかんとシュウの顔を眺めている。
「2人とも、なに? その反応」
ニーッコリと笑う冬里に、夏樹は「ひえっ」と言って、椅子越しに由利香の後ろに隠れる。けれど悲しいかな、どんなに小さくなっても由利香からは、はみ出てしまうのだが。
「シュウもシュウだよ」
と、今度はシュウの方にニッコリとほほえみかける。
だがさすがというか、シュウは何の反応もせずに続けて言う。
「ああ、悪い。怖いというのは、そうだね、大半は自分自身から出てくる感じで」
「と言うと?」
由利香が聞く。
「これまで数え切れないほどいろんなシチュエーションで料理を作ってきたのですが、私にとってそれはごく当たり前のことで、思いを巡らせるようなものではなかったのです。けれど今回『はるぶすと』でディナーを出すと決めたとき、なんだかありきたりでは気がすまない、と思う自分がいて、それがどうにもぬぐえなくて、怖いというより不思議で」
その言葉を聞いた夏樹が、そおっと由利香の後ろから顔を出して言う。
「ありきたりって…。シュウさんの料理がまずありきたりじゃないっすよ。あんなに美味いんすから」
すると夏樹の言葉に苦笑いしながらシュウは答える。
「ありがとう。料理うんぬんは変えようがないけど、でもそれだけでは、なんだか面白くないと思わないかい?」
「はあ?」
夏樹が一瞬フリーズして…。
そうして、ババッと由利香の方を向いて勢い込んで言う。
「い、今、シュウさんが料理だけじゃ面白くないって! へ、変ですよね!」
「ええ? そうかな? 料理命の夏樹だったら絶対に言わないセリフだから、変に思うけど」
「そんなあ…」
情けなく言う夏樹に笑いかけながら、由利香がシュウに言う。
「ふふ。でも、まるで冬里の言い方みたいね、面白くないとか。あ! そうか、だから冬里が積極的なんだ」
パチンと指をはじいて納得する由利香に反論があがる。
「その言い方だと、僕って年がら年中、不真面目みたいじゃない? 」
不服そうな冬里の言葉に、思わずえ? と言う表情をした由利香を眺めながら、シュウはまた話し出した。
「冬里の面白いも、私の面白いも、どらかというと、英語で言う INTERESTING の部類に入ると思います。ふざける方の面白い、ではなく」
「あら、そうだったのね。ごめんなさい」
と、冬里に軽く頭を下げる由利香。それに答えて冬里がひょいと肩をすくめる。
夏樹も感心したように「へえー、やっぱり日本語は難しいや」などと言っている。
続けてシュウが言う。
「私は最初、『はるぶすと』はランチのみで営業するつもりでした。それは場所が変わろうと、広さが変わろうと関係ないと思っていました」
今度は無言でうなずく由利香。
「ですが、ひとりで厨房をまわしていくはずの店に、夏樹が来てくれて、また冬里が来てくれて」
言いながら夏樹と冬里を順々に見ていくシュウに、夏樹は照れくさそうに頭をかき、冬里は手など振って答える。二人にほほえみを返しながら彼は話を続ける。
「ランチのかたちとしては、ほぼ理想的に完成しつつあると思います。その上、冬里が言うように、腕の良い料理人が3人もいるのと、夏樹ももっと新たな事に挑戦してみたいだろうと言う理由から、一日何組か限定で、ディナーを始めることを考えたのですが…」
「ただ数を限定するだけじゃ面白くなーい、って意見が一致してね」
シュウの言葉を引き継いで冬里が楽しそうに話し出した。
「何かプラスアルファすればいいんじゃない、て言ったらさ、シュウってば」
と言葉を切って、ふふ、とさも可笑しそうに笑い、大げさにシュウの口調をまねて言う。
「プラスアルファを付けただけの、当たり前のディナーのみでは…やはり、ダメだよ、冬里。だって」
これには由利香と夏樹が、今度は「「ええっ!?」」と、仲良く驚く。
「由利香さん! 今度こそ変ですよね!」
「うん、うん。鞍馬くんてば、どうしちゃったの?」
シュウは苦笑いしながら、「変、ですかね…」と首をかしげる。
「変っすよ! 当たり前じゃないディナーって、どんなディナーなんすか?」
叫ぶように言う夏樹と、それにうなずく由利香を前に、シュウはおもむろに自分の考えを話し出したのだった。
「興味深い、と言う点では、そうですね…。かなりイレギュラーではありますが、ディナーのシチュエーションをすべてお客様に決めてもらうとか」
「?」
「?」
思ってもみない答えだったのか、由利香も夏樹もクエスチョンマークが頭の上に見えるような顔をしてシュウをまじまじと見ている。
「どういう、意味?」
由利香が気を取り直して聞く。
するとシュウは、考えながらゆっくりと話し出した。
「普通レストランでは、その日のメニューは決まっていますよね。でも、まず、メニューも一からお客様に決めていただくようにすればどうかと」
ふんふん、と、うなずきながら、シュウを見て話を聞く由利香と夏樹。
「もし、素材一つにもこだわりがあれば、取り寄せできるものは取り寄せて、時間が許せば、お客様にも産地に同行してもらって収穫から始めます。
その前に、まずは、なぜそのメニューを食べたいか、どういう設定で食べたいか、誰を呼びたいか、など…。そのメニューにまつわるお話や思い入れを詳しく聞かせていただいて、私がお手伝いできると判断したお客様をご招待させていただこうかと」
「すごいシチュエーションね…」
思わず由利香が正直な感想を述べた。
「そうですね。ですから、毎日と言うわけにはいきませんね。ひと月にお一人、いえ、それ以上の間隔が開いてしまうとは思いますが」
「にしても、そんなお客、どうやって集めるんすか? 」
夏樹が当然の疑問を聞く。
「募集はしないよ」
「へ?」
「これは私が自分勝手に自分の興味本位で始めようとしているものだから。とりあえず最初は誰かにお願いするとして。通常のものは一日に…、そうだね、料理人が3人いるから、一日3組くらい限定で、ディナー営業は始めるよ」
「あ、普通のディナーもするんすね」
「ああ、そうじゃなければ、夏樹が料理したくて、不完全燃焼起こしそうだからね」
自分の性格ど真ん中を言い当てられて、夏樹は少しすねたようだ。
「そりゃあ、何ヶ月かに1回だけのディナーじゃ、物足りないっすけど…。あ、でも、その変則シチュエーションディナー、俺も手伝えるんすよね! 」
「え?」
思ってもみなかったのだろうか、夏樹の言葉に、シュウが驚いたように聞き返したとき。
「だよねー。なのにシュウってば、自分のわがままで始めることだから、独りでするからって、こーんな面白いことに参加させてくれなさそうなんだよー。せっかく僕がこんなにやる気になってるのに。夏樹からも、あ、由利香から言うのが一番いいからさ、言ってやってよ。3人でやりなって」
今までなぜかおとなしく話を聞いていた冬里が、2人の会話に割って入った。
「それにさ、3人いれば、どんな過酷なリクエストが来ても、ほとんど対応できると思うしね」
「過酷なリクエストって…」
由利香があきれたように言うのに、またニコッと答えて、「ほらほら、ゆーりか」と、シュウを説得するようにせかす。
「もう、わかったわよ、仕方ない」
と、コホンとひとつ咳払いなどしてから、由利香がおもむろに言う。
「ええっと、お店の手伝いもしていない私が言うのもなんですが、オーナーとしては、誰かひとりに負担がかかりすぎるのも不公平になるとの判断から、ここはひとつ、通常ディナーも変則ディナーも3人で進めていくよう、切に希望します」
「はい!」
嬉しそうに手を上げる夏樹と、「さすが~」と言いながらパンパンと拍手する冬里。
「本当に、あなたたちは…」
シュウは、ため息をつきながらも、困った3人をただ笑って眺めているのだった。