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それぞれの朝 (3)

 ふわぁ~。

 あー、ずいぶん夜が明けるのも早くなったなー。


 俺は日曜日だっていうのに、早起きな先輩(言うまでもなくシュウさんと冬里のこと)に触発されたみたいにずいぶん早く目が覚めた。それならぐずぐずしてるともったいないっていうのが俺の性格。そんでもって、この間思いついた新しいレシピを開発すべく厨房へと向かった。


 するとシュウさんが少し遅れて2階から降りてきて、

「おはよう。早いね、夏樹」

 と、こっちに声をかけながら、玄関の方へと歩いて行く。


 あ、アプローチの花たちを手入れするんだなー、と、俺も元気に声をかける。

「おはようっす!」

 シュウさんはそれにニコッと微笑んで、扉を開けると外へ出て行った。



 続いて冬里が降りてくる。

「あれ? 夏樹がいる。おっかしいな。僕もとうとうまぼろしを見るようになったんだー」

「あー! 冬里ひどい! ここにいる俺は本物っすよ、ほ・ん・も・の」

「えーほんと? どれどれ。うわあ、本物だ」

 冬里は俺の頭をくしゃくしゃしながら、楽しそうに笑う。

「またそうやって人をからかう。俺だってたまには早起きします」

 俺は何とか冬里の攻撃から逃げ延びた。


 ふふっと笑いながら「そうだよね」と言って冬里もまた、玄関の方へと向かっていく。

「あれ? 冬里もこんな朝っぱらからどっか行くんすかー?」

「うん」

 と短く返事して玄関の取っ手に手をかけたところで、思いついたようにこちらを振り返った。

「あのさ」

「なんすか?」

「ちょっとお願いしとくね」


 そう言ってニーッコリと微笑む冬里。

 ややや、やばい。このほほえみを見せるときの冬里は、かなり怖いんだってことを、俺は経験上よく知っている。

 だから、ザザーッと血の気が引きながらも「ひ、ひゃい」とかろうじて返事を返す。

「そんなに難しいことじゃないよ。僕が出て行ってから、…んと、そうだね。5分間は絶対に外を見ないこと。わかった?」

 またニーッコリ。

 俺は引きつった表情のまま、

「かしこまりましてござりますー」

 などと、訳のわからない返事をしながら敬礼のように手を額に持って行った。


「ありがと」

 ふんふん、と機嫌良く玄関を出て行く冬里。


 その姿を見送った後、俺はダダッとキッチンに走り込み、キッチンタイマーをつかむと大慌てで5分にあわせてホッと肩をなで下ろしたんだけど、…思いついてタイマーの数字を6分に変えた。



 そのあとしばらくは、窓の方を見ないようにと冷や汗もんだったんだけど、いったんレシピ開発に入ってしまうと、かなりのめり込んでしまう俺。周りのことなんてちっとも気にならなくなっていた。


 ピピッ、ピピッ


「うわっ」

 いきなり鳴りだしたキッチンタイマーにびっくりする。あ、もう5分、じゃなくて6分たったんだー、案外早いな。じゃあ外見ても良いんだよな。

 と思ったけど、今はそれどころじゃない。あと少しでこのレシピ完成なんだから。

 ここでこれを混ぜ込んで、ああやってこうやって…。

 なんとか形になってくれた。やった、完成!。


 試食をしてみて、「うん! まずまず」と、ひとり悦に入っていると、珍しいことに、休日なのにこんなに朝早く、由利香さんが2階から降りてくる。

 そして声をかけようとした俺に気づかないまま、わき目も振らずに外へ出て行くのが見えた。


「? なんだろ?」

 俺はつけていたエプロンをはずすと、由利香さんの後を追うように外へ出てみる。あたりを見回すと、由利香さんは、ちょうど満開になったばかりの桜の前にいた。

 しばらく見ていると、びっくりしたように桜の木の根元を見ていた由利香さんが、その表情をふいっと優しい顔に変えて微笑む。

 あれ、何かあるのかな。


 俺はゆっくり近づいて声をかけようとした。と、俺に気づいた由利香さんが、口にひとさし指をあててそれを止め、目で桜を示す。


 驚いた!


 そこには、木にもたれながら眠っているシュウさんがいた。

 風に吹かれて揺れる前髪。

 いつもは俺なんかよりずっと大人びてるのに、なんだか今日はその顔が、…えっと、こんなこと言っちゃシュウさんには申し訳ないけど、――幼く見えた。


 俺は由利香さんと顔を見合わせ、なんだか嬉しくなってニシシと笑う。すると由利香さんも嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「熟睡してる鞍馬くんなんて、初めて見た。っていうか、私、鞍馬くんが寝てるとこって見たことないかも」

 由利香さんは声を落としてそう話す。

 そういえば、俺もシュウさんが寝てるところってあんまり見たことがないのに気がついた。つられて小声でそんな話をしていると、由利香さんが言い出す。


「なーんだかとっても素敵な気分」

「あ、俺も」

「じゃあ」

 と、由利香さんはいたずらっぽい顔でシュウさんの足のあたりに座り込む。

「へへっ」

 と、俺も同じように座って、二人して寝ているシュウさんを飽きずに眺めていた。


 しばらくすると、カサカサと誰かが歩いてくる音がした。

「人の寝顔をぶしつけに見てるなんて、2人とも趣味悪ーい」

 冬里だった。

 その声に応えるように、今までなんで気づかなかったのかな、シュウさんが立てている足のあたりから、小さなネコがひょいと跳びだして冬里の方へ走って行く。

 冬里はそのネコを抱き上げて、からかうように遊び始めた。


 でさ、でさ。

「にゃおん」

 と、鳴く声がしたかと思うと、俺はなんだかすんごく眠くなって、シュウさんの足に倒れ込み……、目を閉じる刹那、由利香さんが同じようにシュウさんの方へコロンと倒れていくのが見えた。





「にゃ」

「だねえ。みんな自分の健康を過信しすぎ。特にシュウなんて、人には早く寝ろってうるさいくせに、自分はひと月も寝てないんだよねー。……さて、と」


 冬里はネコを肩に乗せると、ふい、と店へ戻り、しばらくして昼寝用のシートのようなものを持ってきた。

「女の子は身体を冷やしちゃいけないんだよ」

 と言ってシートを広げ、由利香をおもむろにそこへ寝かせる。

 そうして、シュウがもたれている木の真裏に腰掛けながら、「んー、良い日だね」と、楽しそうに自分も目を閉じたのだった。





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