第2回もつつがなく & エピローグ
「なんだか、冠婚葬祭がいちどに来たみたいな感じ」
「ふふ、由利香さんたら、なに、その感想」
「だってー。こんな豪華なお昼ごはん、めったに経験できないわよぉ~」
2人の料理を心ゆくまで味わった由利香は、大満足である。
料理対決とは言え、観客? は4人のみ。
由利香、中大路、シュウ、そして冬里。
この中でもちゃんとした審査員と言えるのはシュウと冬里だけだろう。ただし、料理人の2人にとっては、これほど緊張する審査員もいないだろうが。
ところで、料理の方はというと。
まず、総一郎の料理は、仕切り箱にすべての料理が盛りつけて提供されるスタイルだ。その料理ひとつひとつは趣向を凝らし、盛りつけ、彩りなど、すべて計算され尽くしたものだ。
由利香のちらし寿司も、さりげなくその中に組み込まれ、違和感のない楽しみ方が出来るようになっていた。
対して夏樹の方は、和のコース。ただ、前菜は言うことなしだったのが、主菜がいつもの夏樹らしくない。
それが不思議だったのだが、続いて出された由利香のちらし寿司を食べて皆、驚く。夏樹の主菜は、由利香のちらし寿司の良さを最大限に生かしながらその味を引き立てつつ、主菜の余韻をも味わえるような作り方だった。
それぞれが存分に力を発揮した料理が終わった後、いよいよ運命の時とばかり、大会委員長? の冬里に勢い込んで聞く夏樹。
「で、で? どっちが勝ったんすか? 冬里! 」
「え? なに、順位、付けなきゃダメなの? んーと、じゃあ、どっちも勝ちー」
「ええー! なんすかそれー」
「だって、対決とは銘打ってたけど、最初から勝ったとか負けたとかつけるつもりなかったし」
ニッコリ笑って言う冬里に、「そんなあー」と情けない声を出しながら、ガックリと肩を落とす夏樹。その肩をポンポンと叩きながら冬里が話し出す。
「あのさ、料理って誰が一番なんて順位つけられるもんじゃないてこと、夏樹だってわかってるよね」
「う…、」
「まああえて言えば、料亭紫水で出すのなら、総一郎の勝ち。そして、『はるぶすと』のランチとしてなら、夏樹が勝ったね」
えっと言う顔をする夏樹をいったんスルーして、冬里は総一郎に向き直る。
「総一郎。まったく君ってば、僕の予想を裏切りすぎ。慣れない厨房で、よくここまでの味が出せたね。同じ料理人としてちょっと嫉妬しちゃうよ。けど、代を引き継いだ者としては、こんなに嬉しいことはない、かな」
「先代…」
総一郎は、嫉妬するとか言いながら、本当に嬉しそうな表情で褒めてくれる冬里に、少し目を潤ませながら「ありがとうございます!」と、頭を下げた。
「でも、これからは自分だけじゃなくて、次の代に引き継いでいくことも考えなきゃならないから、きっともっと努力が必要だよ。総一郎はいつでも前向きだし、なにより中大路がいるから大丈夫だと思ってるけど」
そう言って中大路を見ると、彼女は少しはにかみながらもしっかりとうなずいた。
「で、夏樹はさ、えーっと、どう言えばいいかわからないから、シュウに丸投げー」
またふざける冬里に、「ええーっ」とか言う夏樹が、すがるようにシュウを見る。
シュウはこちらもまたため息をついたが、そのあと意見を言うかと思いきや、反対に微笑んで夏樹に聞いた。
「夏樹。由利香さんのちらし寿司を味見した後、なぜメイン料理の内容を変更したんだい?」
これには夏樹も、そして由利香が一番びっくりしたようだ。
「シュウさん、知ってたんですか…」
「えっ、そうなの? なんでよ夏樹」
すると夏樹は珍しく言葉を選びながら答える。
「えーっと、シュウさんのレシピとイメージ図を見ただけで、あのちらし寿司、だいたいの味は想像できたんすよ。…けどですね、」
と言いながらチラッと由利香を見て、また話を続ける。
「ひとくち食べて、あれっ? て思って…」
「なになに! やっぱりホントは不味かったのねー、ごめん!」
「ああー、違いますよ。味自体はとっても美味しかったんすよ。由利香さんだって食べたじゃないっすかー」
「あ、そうね」
「けど、なんて言うか…。あー、そうそう、あまりにも教科書通りの味で」
「教科書通り? 」
「ええ。なんつーか、料理教室を卒業したばっかの子だとか、学校の調理実習っていうんすか、そんなところで作ったって感じで。あれ?これはシュウさんの味じゃないーって、ちょっとビックリして慌てちまって。まあ当たり前と言えば当たり前なんすけど」
まあそれは当然だろう。由利香は本当にレシピを忠実に守りながら作っただけなのだから。
「それで、料理を変更したんだね? 」
「はい。由利香さんのちらし寿司に何とか合いそうなものがないかって考えて。和食を覚え始めた頃にシュウさんから教えてもらったレシピ引っ張り出して、俺も初心にかえって作り上げました」
すると、パンパンと手をたたいて、シュウに丸投げするはずだった冬里が、また口を挟む。
「さすがー、それでこそ『はるぶすと』の料理人。由利香のつたない料理がどうすれば引き立つかっていう気持ち、それは、新作レシピを考えたときに、シュウが由利香のつたない意見を聞いて、それを素直に真摯に取り入れるのと同じだよね」
由利香は、そんなつたない、つたない言わなくてもいいのに、と口をとがらせながらも黙って続きを聞く。
「そしてそれは、これまでシュウや由利香と一緒に『はるぶすと』を作り上げてきた夏樹だから出来ること。夏樹だって本来なら、由利香のちらし寿司、もっとどうにかしたかったんじゃない? 」
「はい、もうちょっと時間があれば、もっと上手いことつなげられるのにって思いました。由利香さん、すんませんでした」
由利香はそんなことを言いながら頭を下げる夏樹に、大げさに手を振る。
「え? やめてー。なんか私がいじめてるみたいじゃない」
ふふ、と冬里は笑って
「夏樹の姉を思う弟の気持ちが、あの味に出てるんだよね」
夏樹の料理にそんな意味が込められているなんて、由利香は夏樹がそこまで考えてくれているとは少しも思わなかった。
「ありがとう、夏樹」
「え、いえいえ」
由利香が真面目にお礼を言うと、手をブンブン振って照れる夏樹。
「けど、本格的な和食としては、やっぱり総一郎が突出してる。だから、これこそ適材適所だね。総一郎には総一郎のステージが、夏樹には夏樹のステージが用意されていて、2人ともそこで最高の料理を提供していけばいいって事。だからさ、誰が一番なんて、ナンセンスなんだよ」
「はい! 」
「うっす! 」
2人はおのおの返事を返す。
そして、そのあと顔を見合わせて、またがっちりと握手を交わした。
こうして、変則シチュエーションの2回目も、ランチではあったが、無事終えることが出来たのだった。
慌ただしい滞在を終えて、総一郎たちは、夕刻の新幹線で京都へ帰ることになっている。
来たときと同じく、帰りも冬里が運転して2人を駅まで送っていくはずだったのだが。
なぜかカラン、と店の扉が開く。
「すみません、今日は定休日で…」と言いかけた夏樹が、驚いたような声を出した。
「あれ? 椿? 」
ひょいと開いた店の入り口から椿が顔をのぞかせていた。
「残念、やっぱり遅かったか」
「仕事はどうしたんだよー。途中で抜け出してきたとか」
「まさか。早めに終わったから、覗いてみただけだよ」
間に合いはしなかったが、椿が気にかけてくれていたことに、夏樹はとても嬉しそうだ。
「もう終わってるんなら、仕方ないか。じゃあ帰るよ」
「ええー? 」
と、引き留めるような仕草を見せる夏樹の声にかぶって、冬里が嬉しそうに言い出す。
「ちょうど良かった。椿、お願いがあるんだけどなー」
「え、何ですか? 」
「なんすか、冬里? 仕事で疲れてる椿に無理難題を押しつける気じゃ」
夏樹が焦って言うのに、冬里は「あれ? ひどいな~」と、ニッコリ笑いながら話を続ける。
「シュウと夏樹と僕はさ、これから会場の片付けしなくちゃならないから、ちょっとこの2人を駅まで送っていってほしいんだけど? 」
その言葉を聞いて、夏樹はホッと胸をなで下ろし、椿は軽く返事をする。
「いいですよ、ちょうど車で来てるし」
「良かった。じゃあ、由利香も乗っていきなよ」
「え? 」
「中大路とまだ話し足りないんじゃない? 」
そんな風に言われて、顔を見合わせる女子2人だったが、ふと由利香が心配そうに聞く。
「でも、冬里こそ、総一郎さんとまだ話すことあるんじゃないの? 」
「もうないよ」
本当に綺麗な微笑みで、きっぱりと言い切る冬里。
その口調には、総一郎に対する信頼と安心感が、それと同時にほんの少し厳しさも顔を覗かせていた。
冬里の言葉に深くうなずく総一郎。
「僕ももうありません。あとは店の今後を見てもらえば、言葉にせずともわかると思います」
隣で頼もしそうに総一郎を見ながら、目を輝かせている中大路。
3人の様子を見て、由利香も納得したようにうなずいた。
「わかったわ。じゃあ、秋渡くん、私も駅まで乗せてって」
由利香に頼まれて、椿がノーと言えるわけがなかった。
駅まで2人を送っていった、帰りの道すがら。
「なんだかんだ言っても、綸ちゃん幸せそうー。あの2人を見てると、恋人がいるのもいいなーって思っちゃう」
「えっ?! 」
不意打ちを食らった椿は、今の言葉が信号待ちをしている時で良かった、と、胸をなで下ろす。
「どうしたの? 」
「い、いや。由利香さんが恋人募集中だって聞いたことなかったからさ」
「え、募集中じゃないわよ。だってさっき初めて思ったんだもん」
「ふ、ふうーん」
そのあと、なぜか言葉少なになった椿が、ふいに焦ったように聞き出す。
「あ、あのさ。変な意味じゃなくてさ。由利香さんって、結婚するならこんな人がいいな、とか、あるの? あ、本当に特に思惑はないんだけど…」
何をそんなに焦っているのかと、不思議そうに椿の横顔を見ていた由利香だったが、その後、なぜかとっても嬉しそうに椿の問いに答える。
「そーんなの、あるに決まってるじゃない? まず私のドストライクか、またはそれに近い顔をしててー、性格はねえ、そうねーおだやかで優しくて、でも、男らしくてー。でね、掃除洗濯はもちろん! お料理も出来てね、あっそれからそれから、これは絶対外せない、…、…、…、…」
どんどんどんどん…。
宇宙規模でふくらんでいく、由利香の「理想の旦那様」に、自分にはとうていクリアできそうにないと、椿が思いあまって夏樹に相談したのは…、また後日のおはなし。
〈エピローグ〉
はじめたときは、本当に年に一度でも良いと思っていた。
変則シチュエーションディナーのことだ。
それが、半年もたたないうちに2回もこなすことになり。
そのあと、口コミで、ポツポツと依頼が入ってきているらしい。
けれどその依頼と言うのがどうも。
今日は雲が流れて、月を見せたり隠したりしている。
ときおり顔を覗かせる月も、ぼんやりしていて輪郭がはっきりしない。
日本人的に言うと「傘をかぶっている」。
明日の天気は思わしくないようだ。
そんな日、シュウは1人、真夜中のティータイムを楽しんでいた。
「コツコツ」
控えめに窓を叩く音がする。
ここは2階。人が来る訳はないし、小動物が飛び乗って降りられなくなったのかもしれない、と、窓を開けると。
そこには。
「Hugh! ホッホッホー」
真っ白な口ひげとあごひげを蓄えた、楽しそうに挨拶するサンディクローズが浮かんでいた。
そう、浮かんでいたのだ。
窓の外に。
シュウはふっとため息をつくと、誰の紹介かと聞くこともせずに挨拶をする。
「こんばんは」
「いやあ、さすがにシュウ・クラマ。何も言わずともわかっているようだね~」
「志水さんのお知り合いですか? 」
「いやまさにその通り。誰かに願いを聞いてもらえるなんて、サンディクローズにとって初めての経験だよ~ホッホッホー」
「まだ承るとは言っておりませんが」
「ええ~? そうなのかい? 志水さんが、きっとかなえてくれると言っていたのに」
サンディはとてもとても哀しそうな顔をする。
そんな表情をされると、放っておけないのがシュウだと言うことも、彼はちゃんとご承知だ。
「わかりました。ただし、今すぐというわけにはいきません」
「ほほう? 」
「ご予約は、300年ほど後にしていただきますね」
「なんだ、あっという間じゃないかね~」
ホーッホッホッ。
楽しそうに帰って行く彼の背中を見送って、シュウはまた思いにふける。
今年のクリスマスは、例年になく皆が幸せになるだろう。
300年後に約束が取り付けられた、サンディクローズへのディナーのおかげで。
色んな事がありますが。
『はるぶすと』は、明日も通常通り営業いたしております。
了
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ほんとうはもっともっと変則ディナーの依頼、入っているのですが。
ちょっと本来の『はるぶすと』の物語から、かけ離れてしまいそうなので。また、どこかでそれらはお話しできれば、と思っています。
今後も彼らの喫茶店で、ほっこりして頂ければ幸いです。ありがとうございました。




