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いよいよ当日です(その2)


「さあーてと、じゃあ私は疲れたからお昼寝でもしてこよーっと」

 ようやく解放された由利香は、うーんとのびをして自分も部屋へ戻ろうとしたのだが…。


 ガシッ

 いきなりそんな音がするような勢いで腕を捕まれる。

 そこには由利香をからかう冬里…、ではなくて、真剣な顔の中大路がいた。

「由利香さん! 」

「は、はい。なに? 綸ちゃん? 」

 焦ったような言い方に、こんな綸ちゃん珍しいー、と思いながら、由利香もつっかえながら答える。すると、ハッとしたようにコホン! とひとつ咳払いをして、中大路がいつもの調子に戻って言った。

「えっと、あのね。料理してる間、2時間も暇だから、このあたりをちょっと案内してもらおうかなーって思って」

「え? ああ、そうね。前の店からはちょっと離れてるから、綸ちゃんこのあたりは初めてよね。いいわよー」

 由利香があっさりと中大路の頼みを引き受けると、彼女はホッとしたように言う。

「良かったー」

「じゃあ、行きましょ」

「え? 」

「お散歩。なんだかんだ言っても、2時間なんてあっという間よ。見たところ綸ちゃんもそのまま出かけられそうな格好だし」

「あ、そ、そうね。えーと、じゃあお財布だけ取ってくる! 」

 そう言うと、バタバタと由利香の部屋へと急ぐ中大路。

 いつもの落ち着いた中大路らしからぬ行動に、由利香は首をかしげて、

「変な綸ちゃん」

 と、彼女を待つべくリビングのソファに腰掛ける。


「総一郎くんが心配だけど、何も出来ないから調子が狂っているのかもしれませんね」

 すると、いつの間に入れてきたのか、シュウが由利香の前に珈琲を差し出す。

「え? 鞍馬くんいつの間に。キッチン夏樹が独占してるのに」

「これは自分の部屋で入れました」

 そうなのだ。シュウの部屋にはミニキッチンがあって、お茶や珈琲なら、わざわざ部屋を出てこなくても楽しめるようになっている。

「ありがとう。でも、そうかー。綸ちゃん、総一郎さんが心配なのね。今回ばかりは口を出しちゃダメだもんね。なのにそれを我慢してるから変だったのねー。うーーーん」

「どうされました? 」

 考え込む由利香を不思議そうに見て、シュウが聞いた。すると由利香は顔を上げて、本当に嬉しそうにニッコリ微笑んで言う。

「な~んか、もう夫婦しちゃってるなーって思って。いいなあ、いいなあ」

「でしたら」

 由利香も早く相手を見つければ良い、と言おうとしたシュウの言葉にかぶって言う。

「私も、綸ちゃんみたいな出来た嫁がほしーい! 」

 思いがけない言葉に、シュウは、しばしポカンとする。

 そして…。


「もう! 鞍馬くん、笑いすぎ! 」

「…、…、…」

 声が出ないシュウ。

 言うまでもなく大笑いする鞍馬くんに、お出掛けの用意を終えてやってきた中大路が、今度はポカンとする番だった。



 シュウが入れてくれた濃いめの珈琲のおかげで眠気も飛んだ由利香が、歩きながら中大路に訴えている。

「鞍馬くんてば、失礼よね」

「ふふっ、それはちょっと鞍馬さんが可哀想よ。ふつうはお婿さんでしょ、オムコサン」

 中大路が隣を歩きながら可笑しそうに言う。

「まあね」

 由利香もそこはよくわかっているのだが。

「じゃあさ、オムコサンにするなら、料理上手でー、掃除、洗濯も得意でー、それでね、それでね」

 どんどん増えていく注文に、中大路はあきれた顔で言う。

「そんなひと、いるわけない…、あっ、いるじゃない。お料理がものすごく上手な人なら」

「鞍馬くん、夏樹、冬里の3人はだーめ。あれは、私の可愛い弟たちなんだから」

「ええー?、変な由利香さん」

 本当のことを知らない中大路には、あの3人のうちのだれかに、由利香が恋心? を抱かないのがどうにも不思議らしい。

 けれど、どういうわけか、彼らが千年人だと知らない時から、由利香はあの3人のことをそういう対象として見られなかったのだ。


 しばらく歩いていると、中大路がふいに足を止める。

「あら? ここお店みたいよ、何のお店かしら? わあ、可愛い雑貨がいっぱい」

「ほんとだ、この道って何度か通ったことがあるのに。なんで気づかなかったんだろ」

「まあいいじゃない、入ってみましょ」

「うん! 」

 楽しそうに店へ消える女子2人。

 その間も2人の男は真剣に料理に打ち込んでいたのだった。



 今回は特に決めていた訳でもないが、冬里が総一郎の、そしてシュウが夏樹のオブザーバーとして彼らを見守っている。

 なにを言うわけでもないし、相談出来るわけでもないが、総一郎と夏樹にとっては、師匠とも呼べる人がただそこにいるだけで安心材料となっているようだ。


 2人はきっかり2時間で料理を終えた。そこはさすがにプロである。

 上気したように料理中の余韻を残した表情の2人は、早速個室に出来上がった料理を運び込む。朝からシュウと冬里の2人が何やら設営していたところだ。


 一歩踏み入れて、彼らは驚いた。

 奥に一段上がった畳のスペースが作られ、そこには炉を切って釜を置いてある。まるで小さな茶室のようだ。

 手前には縦長でかなり広めのテーブルと椅子。

 クロスは藍染めと刺繍がほどこされたもの。椅子の背もたれにも同様のカバーがかけられて、センターにはアレンジメントではなく、生け花。和風のしつらえだ。

「わあお」

「ほほう」

 総一郎と夏樹が驚きの声を上げて部屋を見まわしていると、さっきまで洋服だった冬里が、和服姿で現れる。


「どうしたんすか、冬里! 」

 夏樹が、また驚いて声をかけると、冬里はすまして答える。

「見てわからない? 食事の前にお茶を一服」

「けど、ふつうお茶は懐石のあとに出るもんですけど」

 総一郎はいちおう茶道の心得もあるため、素朴な疑問を言う。

「そうなんだけどね。時間的にみんなお腹がすいてるから、それだと先に料理を提供する方が有利になるじゃない? 空腹は最大の調味料であるってね。だからまずお茶を飲んで空腹感をなくしてからね」

 そう言いながら、もうすべて道具が揃っている炉の前に座る。

「ふふ、グッドタイミングで、腹ぺこのお姉様方が帰ってきたよ」


 流れるような手さばきで、薄茶の手前を続けながら、冬里が可笑しそうに言う。

 カランと店の扉が開く音がして、何やら楽しそうな中大路と由利香の声が聞こえている。それが段々近づいてきたかと思うと、2人が個室の入り口に姿を現した。


「ああー。いい匂いがすると思ったら、えっ? 冬里がお茶を点ててる! 」

「失礼だね、由利香。こう見えても昔、京都の若旦那だった人だよ」

「あ、そうだったわね。ごめんなさい、エヘヘ」

 ぺろっと舌を出す由利香を微笑んで見ながら、中大路も声をかける。

「昔って、ついこの間まで当主だった人が。でも、先代がお手前するの久しぶりですね」

「そうだねー」


 すると、また入り口に人影が現れる。

 生菓子をのせた盆を手に持ったシュウだった。

「皆さん揃われましたね。では、お好きな席で、食前のお茶を楽しんで下さい。総一郎くんと夏樹も、いちど座って気持ちを落ち着けるといいよ」

「あ。はい」

「ありがとうございます」

 言いながら椅子を勧めるシュウに、中大路以外の3人は適当に腰掛ける。


 ただ、中大路だけはシュウのそばへやってきて、控えめに声をかけた。

「お運び、手伝わせて頂けます? 」

 中大路の頼みに、微笑んでうなずくシュウ。

「では、おまかせします」

 そして自分は持っていた菓子を配るためにテーブルをまわる。

 中大路は嬉しそうに畳コーナーへ歩み寄り、点て終わって冬里から、「どうぞ」と差し出された茶碗を次々と運んで行く。

 冬里の点てた薄茶で空腹と気持ちを落ち着かせたあと、まず総一郎の料理が先に、そして夏樹の料理へと順に進んでいったのだった。





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