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それぞれの朝 (2)


 ずいぶん夜が明けるのも早くなったものだわね~。


 今日は会社もお店もお休み、なのに習慣になってるのかな、結構早い時間に目が覚めた。なので、二度寝しようと布団の中で、もう一度目を閉じた。

 ――でも、なぜか今日に限ってどんどん目がさえてくる。


 何度かごそごそ寝返りをうったあと、ああ、これはもう起きた方がいいかー、と腹をくくって、「えいや!」などと威勢の良いかけ声をかけて一気に起き上がった。



 ここは、移転した『はるぶすと』の2階にある私の部屋。


 えっと、もう私、このお話しの主人公? あき 由利香ゆりかがお話ししてるってわかったわよね。


 そうなの、おかげさまで新生『はるぶすと』は、この春無事にオープンまでこぎつけ、今のところ順調にその経営を続けている。

 とりあえずランチは今まで通り、12時オープン。

 そして、ディナーはまだ調整中。

 鞍馬くん、冬里、夏樹の3人で、あーでもない、こーでもないと話し合いの真っ最中…らしい。


 らしい、と言うのはね。

 私は今回、会社からの依頼を受けて全面的に仕事に復帰することにしたの。月曜日から金曜日までの出社。

 だから、基本的にお店は手伝わず、土曜日や有給とった日にランチしに行くだけ。

 新しいお店のランチタイムは、以前とは少し違った感じになってる。


 あ、それを説明するためには、新しいお店の間取りなんかをお話ししなきゃ。

 新生『はるぶすと』は、ご存じの通り一軒家で営業することになったの。

 1階がお店、2階は住居という造りでね。

 まず、2階にはそれぞれの個室とキッチン、リビング、そしてトイレとお風呂。各人の個室の内装は親方にお任せしてあったものだから、まあそれはそれは可愛くしつらえられてしまっていた。


 けれどさすがは個性の強いお三方。

 ひと月も暮らせば、鞍馬くんの部屋は落ち着きのある雰囲気に、夏樹の部屋はカラッと明るく、冬里の部屋は…なかなか形容しにくいんだけど、変わった雰囲気。けど不思議と落ち着くのよね、これが。

 それぞれ彼ららしい部屋になっていた。


 で、私の部屋はというと。

 前庭に面し、桜の木が望める一番良いお部屋。そして、一応女の子? だからという理由で、トイレとバスルームまでつけてもらっていた。

 この提案は娘さんを持つ親方と、なんと冬里からだったらしい。


 ただ、素直じゃない冬里のことだから、

「由利香が僕たちとの生活に耐えきれなくなって出て行っても、バストイレがついてれば、客間として使えるもんねー」

 なんて言うのよね。

「! なによそれ」

「アハハ、じょーだん」

 可笑しそうに言う冬里を、私も冗談で追いかけ回してやった。


 でも、この気遣いはすごく嬉しかった。何より、いちいち部屋を出なくても、好きなときにシャワーできるからすごく便利。

 今も、窓から見える桜に「おはよ」と声をかけて、バスルームへ向かう。


 目覚まし代わりのシャワーを浴びながら。

 ……。

 えっと、何か忘れてるような。

 あ! そうそう。家の説明してるんだった。




 でね、1階のお店。

 3人で店をまわすんだから、座席をうーんと増やすのかな? と思っていたんだけど、実際は全然違っていた。

 まず、カウンターの数を増やし、っていうか、最初はすべてカウンターに座っていただく形になった。コの字型のカウンターが13席。座席数は前と変わりない。そしてひとつひとつの座席間には十分なゆとりをもたせているから、ゆったりとお食事していただける。

 で、ランチは洋風も和風もお出ししやすいように、お盆風のワンプレートに彩りよく盛りつけてある。もちろん、質は落ちるどころか上がっているのがすごいところよねー。


 そしてね。


 カウンターの後ろに広がる空間? は、お店じゃなくて個人のお宅の応接間のような雰囲気になっている。

 ソファにテーブル。ダイニング風テーブルと座り心地の良さそうな椅子、等々。

 色も形もとりどりの座席が見栄えよく配置され、サイドテーブルにはアンティークな置物や、季節のお花が趣向を凝らして生けられていたりする。

 何よりこのおうちには、本物の暖炉があったの! 実際は使っていないんだけど、暖炉があるっていうだけでロマンティック~。


 ランチが終わられたお客様には、こちらに移動して食後のお茶とスイーツを楽しんでもらう趣向にした(もちろん強制じゃなくて、時間がない場合はカウンターでも大丈夫!)


 フットワークの軽い夏樹が主に、驚いたのは腰の重そうな冬里もかなり積極的に食後のお茶をお出ししている。

 鞍馬くんは料理の要だからほとんど厨房から出ないんだけど、たまに常連さんが冗談で、

「鞍馬さんは持ってきてくれないの? 」

 などと言うと、あの通り、くそ真面目のイメージを貫いているから、「気がつかず申し訳ありません」などと言って、本当に申し訳なさそうにお出しすることもある。



 ここまでが、ランチの情景。

 で、ディナーなんだけど、実は1階のお店は、厨房の反対側にも部屋があるの。

 個室がふたつ。

 ひとつは可愛い感じ、もう一つはいかにも客間! って言う感じのが。


 最初は普通に一日何組か限定で、と、思っていたらしいけど、話し合いを重ねるうちに、そんなんじゃちょっとおもしろくない、と、誰かが言い出し(誰とは言いませんが…)。

 ありきたりの料理ばかりは嫌です、と、誰かが言い出し(これも誰とは言いませんが)。

 そして大きくため息をついた誰かが、じゃあもう少し考えようと話が決まったらしい。


 という事で、ディナーの内容は調整中ってわけ。




 さっぱりして目も覚めたところで、昨日あたり満開になった桜が嬉しくて、また窓から外を眺める。

 と、目を順々に上から下へと下げていったところで、木の根元に誰かが座ってもたれているように見えた。

「? 誰だろ?」


 ちょっと気になったので、急いで着替えを済ませて1階へ降りる。


 玄関から外へ出てみると、鞍馬くんが手を入れながらようやく形が整ってきたアプローチの花壇を抜ける。季節ごとに通るのが楽しみになりそうな。

「ふふ…」

 特にもうすぐバラが咲くはず。嬉しい~。


 そして桜の木までたどり着くと、根元に見えている長い足の前まで回り込んで、声をかけようとして。

「!」

 思わず息をのんだ。


 鞍馬くんが、木にもたれて眠っていた。

 いつも穏やかで、決して人を寄せ付けないって感じの人じゃないんだけど。


 だけど。


 なんて言うんだろう、片方の足をたてて肘を乗せ、少し顔を傾けて寝ているその表情が、とっても無防備で――。

 こんな鞍馬くん、初めて見た。

 私はチョッピリ嬉しくなって、その場に長い事たたずんでいたのだった。





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