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いよいよお料理対決です(その前日)

「綸ちゃん! 」

 ここは★駅の改札口。


 到着した電車から降りた客が途絶えた後に、ゆっくりと改札を通り抜けてきた中大路に走りより、しっかりとハグする由利香。

 中大路は予想内だと言うように、どんと彼女を受け止めながら、笑顔で返事を返す。

「由利香さん、お久しぶりです。ふふっ、元気そうで良かった」


 由利香はまわしていた腕をほどいて彼女の顔を見つめながら、嬉しそうに言う。

「うん! 元気よお~」

「私がとんでもないリクエスト出しちゃったから、ちょっと心配してたのよ」

「へーいき。なんて言うのは今だから言えること。最初はいつものごとく文句たらたらだったのよねー」

 と、恥ずかしそうに答える由利香。それに少し驚いて言う中大路。

「あら? 」

「けどね、鞍馬くんの提案のおかげで、料理はもちろん出来るようになったし、そのうえ生活態度まで改めさせられたあげく。えへへー、なんと! この2ヶ月で、3キロもやせたのよ!」

「ほんと? ちょっと見せて」

 と、中大路は由利香をくるっとひとまわりさせる。


「うんうん。そういえば、背中のあたりがすっきりしてる」

「ありがとう。これも私の料理が食べたいって言ってくれた綸ちゃんのおかげ! 」

 と、またぎゅうとハグする由利香。


 そんな2人をやれやれという顔で見ていた総一郎が、口を挟む。

「もうそのへんでよろしいやろ、ふたりとも。そろそろ僕にも挨拶させて下さい」

 あ、と言う表情で、今初めてその存在に気づいたように彼を見て、頭を下げる由利香。

「あはは、ごめんなさーい。ようこそおいで下さいました。総一郎さんもお元気そうで、なによりです」

「はい、なによりでした。けど、積もる話は新生『はるぶすと』に着いてからにしましょか? で、お店までは、また歩くんですかー」


「前よりちょっとだけ遠くなったから、今日は仕方なくお迎えに上がりました~」

 すると、そんなセリフとともに、するすると車が近づいてきた。

「先代! 」

「先代、お久しぶりです」

 運転席でニッコリ笑っているのは、冬里。

 いや、彼らにすれば「料亭紫水」の先代12代目当主、紫水院しすいいん 伊織いおり、そして今は、紫水しすい 冬里とうりとなったその人だった。


 さっそく助手席に陣取った総一郎は、軽い冗談を言って、反対に冬里にからかわれる羽目になっている。

「先代に運転させるなんて、ほんまはありえへんのですけどなー。けど先代、車の運転出来はったんや、そっちのがビックリやわ」

「あれ、そんなに僕の華麗な運転技術を見たいの? なんならドリフトしてあげようか? それともウィリー?」

「! なにをいうてはる。公道でそんなこと、やめてくださいよ。お願いですから」

「アハハ」

 運転席と助手席で繰り広げられるそんなやりとりを、中大路と由利香が笑いながらあきれて聞いている間に、車は店に到着していた。



 そして。

 総一郎は店に到着するなり、挨拶もそこそこに怖いほど真剣な顔をして厨房を見せてもらっている。

 うーん…、…へーえ。

 などと、うなるような、感心するような声で、飽きることなく厨房の隅から隅まで見て回り、「よし! 」と言ったあとに、ようやく納得した表情で皆のいるソファまでやってくる。

「納得されましたか? 」

 と、シュウの真似をして言う冬里に、さすがに少し時間がかかりすぎたか、と照れる総一郎。


「あ、えらいすんませんでした。あいさつもきちんとせずに」

「いえ、それよりも、本当にもうよろしいのですか? 」

 と、今度は本物のシュウが言った。

「あー、はい。けど」

「? 」

「さすが鞍馬さんですな。使い勝手は良さそうやし、そろえてある道具は、なんていうか、本物のほんまもんやし」

 心底感心したように言う総一郎。


「あれえ? ここの厨房はさ、僕たち3人で相談して色々決めたんだけどなー」

 冬里がニッコリと笑って言うと、総一郎は「うへっ」と頭をかきながらそれを下げる。

「それはそれは、気がつきませんで。けど、ここでなら文句なしに腕を振るえます。楽しみやなあ。夏樹くん、よろしゅう頼みます」

 と、今度は夏樹に向かって頭を下げる。

 突然ふられた夏樹は大慌てで、こちらは米つきバッタのように何度もお辞儀をして言う。

「へ? いや、総一郎! そんなに改まられると、ええ? いや、あの、こちらこそ、お願いします! 」

 そんな夏樹に皆は癒やされながら、微笑んだり吹き出したりしたのだった。




 忙しい二人は、たった一泊だけの休みも取るのが大変で、明日には帰らなければならない。そのため、今回はディナーではなくランチ対決と銘打つことになっている。

 いつもなら土曜日の今日は通常ディナーがあるのだが、それもお休み。

 そして明日は日曜日。『はるぶすと』にとっては、正当な? 休業日なので、店のキッチンはクローズしたあと使い放題だ。


 明日のランチで総一郎が使う食材は、冬里が自ら調達したものだったので、それらを見せてもらうと大満足の様子だった彼が、足りないものを思い出したと、冬里と出かけたのがつい先ほど。

 一緒に出かけようとした中大路に、総一郎が、久しぶりに会えたのだから、由利香とゆっくり過ごすようにと留守番を頼んだのも、またついさっきだった。


「綸ちゃん、ごめんねえー。この家は来客があること考えてなくて、客間がなくて」

 ここは由利香の部屋。今日は中大路が由利香の部屋に、総一郎は冬里の部屋に泊めてもらうことになっている。

「え? ぜーんぜん平気よ、なんで? 」

「だってー。いいのー? 総一郎さんと一緒の部屋じゃなくても」

 すると、真っ赤になってあたふたすると思った由利香の予想とは裏腹に、落ち着き払って答えを返してくる中大路。

「当たり前でしょ。まだ婚約もしていないのに同室なんて。そっちの方がよっぽど変よ」

「あらら」

「? どうしたの」

「ううん、綸ちゃんってやっぱりなんだかんだ言っても、京都のお嬢様なのね~。古風だわ~。ということは、結納が終われば同室のお許しが出るのかしら? 」

 ふふっ、と可笑しそうに笑う由利香に、こちらはわざと大まじめに答える中大路。

「そうですわね、でも婚約はただのお約束ですし。…け・ど・ね」


 中大路は、今度はニッコリと微笑んで由利香をチョイチョイと引き寄せる。

「? なに?」

「ほんとの事は、大声で言っちゃいけないのが古都の流儀。だから、2人で何度もお泊まりに行ってるのは、公然のひ・み・つ」

 寄せた由利香の耳元で、中大路は本当に楽しそうに打ち明ける。

「もう! 綸ちゃんってば! 」

 すると、なぜか由利香の方が少々赤くなって、中大路の腕を押し、

「で? そこまで言っちゃったからには、ぜーんぶばらしてもらうわよ! 」

 と、意気揚々と? 中大路の口元に耳を寄せていくのだった。



 早めの夕食を済ませると、総一郎と夏樹は、それぞれ店と2階のキッチンに陣取り、黙々と明日の仕込みを続ける。

 シュウも冬里も、今日は二人の邪魔にならないよう、夕食の後はおのおのの部屋で過ごしている。

 女子2人は? 言うに及ばず。2人して嬉しそうに部屋に引き上げると、長いことその明かりがついたままだったのは仕方のないことだろう。


 空には、何年かに一度のスーパームーン。

 その大きな月が、『はるぶすと』に集うものたちを煌々と照らしつつ、夜が更けていくのだった。





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