さて、早起きは何文の得になるか? その2 (by 由利香)
にゃーおん。
うーん…、なんだろ…。猫ちゃんの鳴き声がする…
パチリと目が開いた。
枕元に置いておいた目覚ましを見る。
4時57分。
あちゃー、5時前に目が覚めちゃったわ。
えーい、と私はアラームをオフにして、布団をかぶる。
すると、
にゃー。と、また猫の声がした。
しかも声はどうやら部屋の前から聞こえている。
「なんだろ。もしかして、またネコ子が遊びに来てるのかな」
他のことなら喜んでスルーするのだが、相手が猫ちゃんだと放っておけない。
私はカチャっとドアを開けて部屋の外へ出る。
えーと、だれもいない。あ、そうか、触らないと見えないんだっけ。
「ネコ子~? 」
私はその辺の空気を手当たり次第なで回しながら歩く。
すると、タタタっと何かが動くような気配?
それを追いかけているうちに、いつの間にかリビングまで来ていたらしい。
「おはようございます。初日から優等生ですね」
はっと気がつくと、鞍馬くんがニッコリ微笑んでキッチンに立っていた。
もう。見つかっちゃった。
「おはよ。鞍馬くんこそ、ずいぶん早いじゃない」
仕方がないから挨拶を返す。
「私はいつもこれくらいの時間には起きていますよ」
「へえ! そうなんだ」
ちょっと驚いていると、夏樹が大あくびをしながら起きてきた。
「ふわあ~。おはようっす。あれ? うわあ、由利香さんに負けちまったー」
などと失礼な事を言うから、すれ違いざまに、ぺちんとおでこをはたいてやった。
「失礼ね! じゃ、着替えてくるわね」
「へへ、すんません」
朝のジョギングは、思いのほか楽しいものだった。
たったの20分。
鞍馬くんの選んだコースは、川沿いあり、綺麗なお庭のおうちあり、芝生の美しい公園ありで、飽きることがない。
少しずつ明けていく空の色もとても綺麗だ。
ただ夏樹が、私のペースに合わせていると、ものすごく大変そうだったので(遅すぎて、よ)自分のペースで走るようにと鞍馬くんが言い、何度も私たちを追い越していた。
「鞍馬くんはしんどくない? 遅すぎて」
夏樹の事があるので、気になって聞いてみる。
そう、私のペースは、鞍馬くんたちにすると、まるで歩いているみたいな遅さなのだ。
「大丈夫ですよ。これも授業の一環ですから」
けど鞍馬くんは、ニッコリ笑いながら余裕で言ってくれた。
「あ、ごめん。靴紐がほどけちゃった」
しばらくして、ふと足下に目が行く。よく見ると結び方がゆるかったのか、靴紐がほどけていた。
「気がついて良かったー。えーと、鞍馬くん先に行ってもらってもいいけど」
言いながらしゃがみ込む。
鞍馬くんは、「いえ、お待ちしています」と、少し離れたところで、私が気を遣わないように、わざと腰に付けていたドリンクに手をやる。
すると、ザッザッ、と誰かが走る音が近づいてきた。
私は夏樹がまた来たのだろうと、顔も上げずに靴紐を結び続け、ようやく終わったところで「出来たー」と、立ち上がった。
けれど走ってきたのは、夏樹ではなかった。
今まさに私を追い越そうとしていたその人が、私の声に反応してこちらを見る。
「秋さん?」
「え? あ、あれ、秋渡さん!」
なんと、そこにいたのは勤め先の同僚、秋渡 椿さんだった。
「秋さんもこの近くに住んでるの? 」
「ええ、秋渡さんも? 」
「ああ、家を探す時にどのあたりがいいかって聞いたら、けっこうこのあたりを推す人が多くてね」
「そうよねー、ここら辺は住みやすいわよねー」
などと話が弾んだところで、さっきから邪魔にならないようにと、気配を薄くしていた鞍馬くんに気がついて、慌てて彼に紹介する。
「あ、鞍馬くん、ごめん! えっとね、こちらは会社の同僚っていうか、古いつきあいよね。樫村さんに研修うけてた頃からの知り合いで、秋渡さん。この春からうちの会社の経営相談とか、いろいろな事のために来てくれたの。それから、えーと、こちらが、今ルームシェアしながら暮らしてる、鞍馬くん」
ルームシェア、と言うところで、ものすごくビックリした顔をした秋渡さんは、なぜかとっても真面目な顔で鞍馬くんに挨拶する。
「はじめまして、秋渡といいます」
「こちらこそ、はじめまして、鞍馬です」
鞍馬くんの方は、いつものごとく穏やかに微笑みながらだ。
そこへザクザクと音がして、今度は夏樹が現れた。
「あれー? シュウさん、由利香さん。こんなところでひと休みっすかー? 情けなーい。っと、あれ、えーと」
夏樹はそこに立っている秋渡さんに気がついて、怪訝な顔をする。
で、私は夏樹も同じように紹介した。
夏樹はいつものごとく、へらへらと愛想がいい。
反対に、またかなり真剣な顔で挨拶する秋渡さん。
何だろ、秋渡さん、会社では夏樹に負けず劣らず愛想がいいのに。
今はちょっと機嫌悪そう。でも、声をかけてくれた時はそんなじゃなかったのにね。
あ、そうか、きっと人見知りなのね。
「近くに住んでるんだったら、また会えるかもね。あ! そうだ。何なら一度うちに来てよ」
「え? 」
「今、彼らと住んでるのが、『はるぶすと』っていう喫茶店、て言わないと鞍馬くんが納得しないからそう言うけど、そのお店の2階なの。よろしければランチ食べに来て」
いいこと思いついたと、秋渡さんをお誘いしてみた。そうよねー、人見知りでも、何度か顔をあわせてるうちに、仲良くなるわよね。
「あ、ああ、そうなんだ。またそのうち、行かせてもらうよ」
すると、ちょっと歯切れ悪く言った秋渡さんは、「それじゃ」と、手を上げて走り去った。
夏樹が彼の背中を見送りながら、ニシシと笑っていう。
「由利香さん、俺の言ったこと当たってたじゃないすかー」
「なに? 」
「イケメンっすよ、イケメン。今の人、いい男じゃないっすか! やっぱり早起きは何とやら」
「あはは、そうねー」
そういえば秋渡さんって、男前の部類に入るわね。あんまり意識したことがなかったから気づかなかったけど。
で、このときの出会いが、私の将来に関わってきたんだから、夏樹の言うとおり早起きして良かったのかな。
秋渡 椿。
そのあと紆余曲折を経て、私の生涯の伴侶となる人だった。




