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さて、早起きは何文の得になるか? その1 (by 由利香)


 総一郎さんと綸ちゃんが、第2回変則シチュエーションディナーに来るのは、だいたい2ヶ月ほどあとになると言うことだ。


 私はちょっと安心する。

 だって、あんまり早く来られたら、出せる料理がないかも、とか思ってたから。

 いくら鞍馬くんが優秀な先生だとはいえ、鞍馬くんも私も料理教室ばっかりに関わっていられる訳じゃないもの。お互いに仕事をしてる身の上だから、空いた時間に少しずつ教わるしかないのよねー。


 その点、夏樹は先生と同じ職場だから、和食ランチの合間や新作レシピを開発するときに、色々教えてもらっているようだ。


 土曜日の今日も、仕事が休みの私が寝坊してリビングへ行くと、夏樹が冬里に真剣に何やら相談しているところだった。夏樹ってば、あんなに冬里のこと恐れていたのに、いざ始まってしまうと、さすがは料理命ね。



 ところで問題は私よねー。

 ただ食材が切れるようになったたげじゃ、だめなことはわかってる。

 けれど、仕事が忙しくて、残業なんかあった日には、もうぐったりでそれどころじゃないし。

 あーあ、どうしようかなー。とか思っていると、庭の手入れを終えてきたのか、鞍馬くんが裏玄関から上がってくるのが見えた。


「おはようございます、由利香さん。今日はずいぶんお早いですね?」

 ダイニングテーブルでぼぉーっとしていると、またイヤミジョークを言われてしまった!

「だって、今週は残業続きだったんだもん。たまの休みくらい寝坊させてよ」

 と、全然堪えもせずに応戦する。

「せっかくのお休みなので、日頃たまっている料理の授業をさせて頂こうとお待ちしていたのですが」

「ごーめーんねー。それより、おなかすいたー」


 鞍馬くんはそれには答えず、ただ苦笑いしてキッチンへと向かう。しばらくすると、美味しそうなワンプレートモーニングを運んできてくれる。

 まず香り高い珈琲を味わっていると、珍しく鞍馬くんが私の前に腰掛けた。

「? どうしたの?」

「考えていたのですが」

「なにを?」

「このままでは、料理教室がなかなかはかどらないと思います。なので、これからは朝練にシフトチェンジして行こうかと」

「朝練? え? ちょっと待って、と言うことは、私に早起きしろって事?」

「はい」

 にっこりと笑いながら、さも簡単そうに言う鞍馬くん。

「早起きって、えーと、何時くらい?」

「そうですね。遅くとも午前5時には起きて頂きます。それからこのあたりを20分ほどジョギングして、そのあと40分ほど授業。それから朝食をすませても、いつも大慌てで出て行かれる時間より、よっぽど早く朝の用意が終えられる計算です」


「ええーっ!」

 なによそれ! まず5時? 私が朝5時に起きられるはずないじゃない!

 まあ、1日だけならともかく、毎日よ、毎日。

 しかもジョギング?

「ちょっと待って。早起きはわかるとして、なんでそこにジョギングがついてくるの?」

「あまり感じないと思いますが、料理はけっこう体力を使うものです。由利香さんは日頃あまり運動をなさらないので、体力を付けておく方が良いと思います。走るのが大変なら、まず歩くことからでも大丈夫でしょう」

「ええっ、それはあなたたちみたいな料理人は体力いるかもしれないけど、なんで私まで。それにそんなことしてたら、夜遅くまで起きてられないじゃない! 私にだってプライベートな時間がほしい!」

 などと抵抗を試みる私の耳に、魅惑のささやきが聞こえる。


「由利香知ってるー? 夜早く寝るとね、成長ホルモンていうのがバンバンあふれ出して、次の日お肌モチモチのツルツルになるんだってー。そういえば最近、お肌が疲れてないー?」

「!」

「それにさ、遅くまで起きてると夜食食べてブクブク太るばっかりだよー。夜更かしは美容の大敵~。朝からジョギングすれば、それこそナイスバディだよお」

 綺麗に笑いながら、痛いところを突いてくる。

 あー、もう。冬里ー、あんたは夏樹に料理の伝授してたんじゃないのー?


 私は急に全身の力が抜けちゃって、椅子の背もたれにもたれかかると、仕方なく鞍馬くんの提案を受け入れるべく返事した。

「…わかったわよ。はいはい、5時に起きれば良いんでしょ? 5時に」

 5時、と言うところに力を込めて言う。せめてもの抵抗だ。

 鞍馬くんはそんなことをものともせずに「ありがとうございます」と、頭を下げる。

「じゃあ月曜日から」

「いえ、明日からです」

「ええ?! でも明日はせっかくの日曜日~」

「善は急げと言いますから」

「そんなあー、ええー?、だってー」

 文句を言い続ける私を、ただ見つめてくる鞍馬くん。

 わかっている。

こうなった鞍馬くんが絶対に折れないってことは。


 すると、夏樹まで口をはさんでくる。

「シュウさんもジョギングするんすか? じゃあ俺も!」

 ギロっと睨むと、ひえっ、と一度のけぞった夏樹が体制を立て直して、生意気にも言って来た。

「いーじゃないすかー。俺だって体力つけたいっす」

「あんたはそれ以上体力つけて何しようっていうのよ」

「はあ? 由利香さん八つ当たりっすか。やめて下さいよー。あ、でも早起きはなんとやらっていうじゃありませんか、きっといいことありますよ」

「いいことってなによ? 」

 完全に八つ当たりを見抜かれた私は、悔しいから言い返してやる。

「いいこと、って。えーと、あーと、あっそうだ。ジョギング中に、イケメンに巡り会うかもしれませんよ!」

 私は思わず吹き出してしまった。

 あんたがそれを言うか。

 夏樹ってば、本当に自分の容姿に関心がないのね。

 言っておくけど、私は夏樹ほどのイケメンに出会ったことはないわね。いい気になるから、本人には口が裂けても言えないけど。


 そんなこんながあって、私はただ料理を教えてもらうだけのはずが、生活の見直しまでやらされることとなってしまったのだ。


 次の日から地獄の早起き開始。

 私はぶすっとしながら目覚まし時計を5時にセットする。

 あ、でもちょっと待って! 

 いくら目覚ましをかけてても、止めちゃって起きられなければ仕方がないわよね。ひとり寝ているレディの部屋にずかずかと踏み込んでくるような輩はいないし。


 私はにんまりしながら布団に潜り込むのだった。





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