ふたりからシチュエーション
「総一郎と中大路の婚約が決まったんだって」
総一郎とは、「料亭紫水」を冬里から引き継いだ、13代目当主、紫水院 総一郎のこと。
中大路とは、幼い頃から総一郎とともに育ち、成長してからは彼の秘書をしている、中大路 綸と言う女性だ。
電撃婚約ー?!
と、夏樹と由利香などは大騒ぎだったが、冬里が京都にいる頃から、彼らの中ではそんな思いが心の中に、特に総一郎の思いが大きくて、自然にそうなって行ったらしい。
ただ、中大路の方は、もし、総一郎にどこかのお嬢様との結婚話が持ち上がったときは、自分はきっぱり身を引こうと思っていたらしい。
総一郎がそれを聞いて、また怒ったのは言うまでもない。彼にとっては、これまでも、今も、これからも、生涯をともにするのは、彼女以外考えられなかったから。
由利香などは、そんな話を聞いて、「素敵~。なんて男前なの、総一郎さん」と、目をウルウルさせながら感激して、また夏樹と冬里にからかわれるはめになったが。
ところで、話を聞いた冬里が変則ディナーの話を持ち出すと、総一郎はすぐさま乗ってきたのだ。
「でね、今回は総一郎と中大路、2人にそれぞれディナーのシチュエーションを考えてもらうことにしたんだけど、いいよね?」
「いいよね? って、どうせ事後報告でしょ、冬里の場合」
「まあね」
「ほんとにもう」
仕方ないな、と言う顔で笑う由利香。
「で、もう2人の意向は聞いたの?」
シュウが聞くと、
「えーっとね、もうちょっとだけ待ってってさ」
と、冬里が答える。
「たださ、婚約パーティとか、そういうありきたりのは受け付けませーんって言っといた。それと、出張ディナーもなし」
「出張ディナー?」
夏樹が怪訝な顔で聞く。
「京都まで来てくれとか言うのはだめだよって」
ニッコリ笑って言う冬里。
「2人が忙しいのは重々承知してるけどさ、どうせならやっぱりここに来てもらいたいじゃない? 骨休めも兼ねてさ」
「あー、それはいい考えっすね。向こうだと、まわりが休ませてくれなさそうだし」
「だよね」
そんな話をして、数日後。
冬里が「やっと決まったよ」と、皆をリビングに招集した。
「で? で? どうなったんすか」
夏樹は何やら楽しそうだ。
「うん、あのね。まず総一郎からのリクエスト…」
言葉を切ってなかなか言い出さないでいる冬里に、夏樹と由利香は、うんうんとうなずきながら急かすように迫る。
「ずばり、料理対決」
「へ? 」
「え? 」
今度は不思議二重奏を繰り出す夏樹と由利香をちょっと笑って眺めながら、冬里は話を続ける。
「総一郎はホントはシュウと対決したがったんだけどね、本気出したシュウに勝てる相手なんて、今現在の地球上にはいないもん」
「はあ? なにそれ。なにその規模の大きさ」
由利香はあきれたように言うが、夏樹は妙に納得するどころか、もっと規模の大きな事を言いだす。
「わっかりますよー。でも、シュウさんの本気には、地球上どころか、宇宙にも勝てる相手いないかもしれないすね」
「はあ?」
眉を思いっきりひそめて夏樹を見る由利香。
けれど、夏樹はかなり真剣だ。
そんな2人に、こちらは苦笑いを返すしかないシュウ。
「まあその辺で。で? 結局どうなったんだい?」
「だからさ、夏樹と対決してもらうことにした。和食で、ね」
冬里の言葉に、しばらくは放心状態だった夏樹が、ふと我に返って言った。
「俺と? 」
「うん」
すると夏樹は、ふるふると震えながら俯いた。由利香が心配して声をかけようとしたそのとき、
「うぉーー!」
と、雄叫びのような声を上げて、満面の笑みで顔を上げ、こぶしを握りしめている夏樹がいた。
「きゃ! もう、びっくりするじゃない」
「あ、すんません。あんまり突然だったんで、ちょっと言葉を理解するまで時間がかかっちまった。でも、ほんとっすか? 総一郎と対決出来るんすか? 俺」
「ん」
冬里の頷きに、またにんまりと笑う夏樹。だが、次に冬里から出てきた言葉は。
「でもさ、和食対決っていうのは、総一郎に有利すぎるからさ」
「ハンディなんていらないっす! 」
勢い込んで言う夏樹。
「ああ、そうじゃなくてね」
「?」
「対決の日まで、僕が先生になって、料亭紫水流の料理を教え込むよ。みっちりとね」
ニーッコリと微笑む冬里に、目が点になる夏樹。
その後、今度は違う意味でふるふると震えだして言う。
「…え、…いや、あの…、…教えてもらうんなら…シュウさんがいいかと」
「シュウには、もうすべて教えてもらったでしょ?」
「いや、そうなんすが」
「だったら僕でいいんじゃない?」
ははは、と乾いた笑いを返す夏樹が、対決まで身体がもつだろうかと心配したかどうか。
そんな2人を見やってシュウが言う。
「大丈夫だよ、夏樹。冬里だって命まで取りはしない…、あ、ごめん。で? 中大路さんの方はどんな希望なんだい? 」
シュウの恐ろしい言葉に「シュウさ~ん」と、泣きそうになる夏樹に謝りつつ、冬里にもう1人の事を聞く。
「あ、中大路はね。由利香が作った料理が食べたいって」
「…、…、…。! ええーーーーーっ!」
今度は何十秒かたっぷりと放心状態だった由利香が、夏樹以上の大声で叫ぶ。
「由利香さん、うるさいっす」
「ええっ? だって、なにそれ! 私が料理出来ないって、綸ちゃん知ってるじゃない!」
「うん。でもさ、変則シチュエーションだし」
「いくら変則だって言っても」
「それに、めでたいお祝いだし」
「う」
「中大路、ダメだって聞いたら、ガッカリするだろうなー。かわいそ~」
「う、う、」
どのみち由利香は中大路の事が大好きなので、断ることも出来ないだろう。しばらく頭を抱えていた由利香だったが、はっと気がついてブツブツと言い出す。
「でも、どうしよう。いまから料理教室に通ってたら、とてもじゃないけど間に合わないし…」
「なんで料理教室なんかに通うの? 最高の先生がいるじゃない、すぐそばに」
考え込む由利香に、いとも簡単に言ってのける冬里だった。
「え?」
「シュウがさ」
「え? ええーーー!」
由利香はまた驚いて声をあげ、夏樹は「ずるいっす!」とごねだし、当の本人はというと、
「冬里…」
と、長い長いため息をつくのだった。




