夢
―― 明け方、夢をみた。――
もうずっと小さい頃から、あやねは「滝之上のおばあちゃん」に連れられて、色んな不思議な体験をさせてもらっていた。
そのひとつ、まだ幼稚園に上がる前の話だ。
おばあちゃんがどこかの森の中にある、不思議なカフェに連れて行ってくれたときのこと。
そのカフェには、小さな小さな椅子がひとつ。
誰が座るんだろう、と、不思議に思いながらも、目の前に出てきたホットミルクに手を伸ばす。うわあ、なんて美味しいんだろう。
「ここももう店じまいするのね。この森をこわして家を建てるってことだから」
ふっと声がしたのでそちらの方を見ると、なんとさっきの小さな椅子に、いつの間にか、素敵なドレスを着た猫が、人間のように座っていた。
しかも、
「ほんとに残念だわ、こんなにくつろげる場所はなかなかないのにね」
なんと、猫がしゃべってる!
でもおばあちゃんは「そうねー」などと相づちをうち、ちっとも気にしていない様子なので、あやねもなんだかこれでいいんだと思ってしまう。
「可愛いお嬢ちゃん」
あやねは最初、自分に話しかけられているのがわからずキョロキョロしていた。
その猫は、ニッと笑って言う。
「よく覚えておいて。やだなーって思うことがあってもね、ぐるっとまわりを見てみると、きっとありがとうって言えることが見つかるの。何でもいいのよ。今日のキャットフードは特に美味しかったとか、いちどもふらつかずに塀を渡れたとかね。そして小さな声でいいから、ありがとう、きっと良いことがある、大丈夫!って言うの。するとね、とっても幸せな気分になって、本当に良いことがおこるのよ。そしてね、それが世界の幸せにつながっていくの」
なんだかすごいことを言う猫ちゃんだなって思ったのだが、あやねは「はい」とお利口に返事をかえす。
そして、このとき聞いた言葉は、今でもあやねがつらいときに思い出しては頑張ろうって言う気にしてくれるのだ。
おばあちゃんは楽しそうに猫とあやねの会話を聞いていた。
そうして猫ちゃんと楽しく話をしているうちに、なぜかカフェの内装がぐるぐると変わりだし、あやねがよく知る喫茶店になった。
そう、そこは『はるぶすと』。
背の高い優しそうなお兄さんと、もうひとりこちらも背が高くて、いたずらっ子のような目をしたお兄さん。彼らより少し背が低めで、いつもニーッコリと笑うお兄さん。最後のひとりは、元気ハツラツなお姉さん。
なぜか知っている4人なのに名前が思いだせない。
そして…
あせるあやねの目に飛び込んできたのは。
あのお話しする猫ちゃんが、普通のネコの「ふり」をしてカウンターに寝そべっている光景だ。
その猫が、おばあちゃんとあやねにだけわかるように、こっそりウインクをしてきたのだった。
―― と言う夢を見た。――
「あやねー、早く起きなさい。会社に遅刻するわよー」
階下から母親の声がした。
『はるぶすと』は、あやねが大学生活を謳歌しだした頃、外見が「少しも」変わらない従業員の事を世間が不思議に思い始めたあたりで、惜しまれながらその営業を終えた。
同時に、彼らもどこへともなく姿を消した。
ただ、由利香おねえちゃん。あ、思い出した! 由利香さんだ! 彼女は、店がクローズする何年か前に、会社の同僚だと言う人と結婚して、外国へ行ってしまったんだ。
くらまくん、あさくらくん、しすいくん。
ああ、彼らの名前も思い出した。
「今行くー」
あやねはたったそれだけのことがなんだか嬉しくて、元気よくベッドを飛び出し、階下へと降りていったのだった。
つれづれ『はるぶすと』ちょっと一休み。幕間の小さなお話しです。




