昨日の天敵、明日の恋人?前編
最近、私が癒されているのはずばり二次元彼氏だ。何一つ私に要求したりしないし、浮気はしないし、俺より仕事かとぶつくさ言わない。
どうしても外せない用事以外の週末は、ひたすら攻略対象の彼氏に費やす日々は周囲がどう思おうが私にとっては月曜からの仕事への活力につながっている。
とはいえなかなか理解をされないこの趣味。自分の萌えを語りたいときには会員制のSNSで語ることで私はバランスを取っている。
今やりこんでいるのは学園物。攻略対象は後輩から先生までの選り取りみどりで長期にわたって楽しめますよという値段の割にはお得なゲームだ。内容はひたすら王道で、たまにはお姫様気分を味わいたい私のような人間にはぴったりすぎて涙が出てくる。
「それにしても・・・やっぱりこの人の声はいいなあ」
ゲームの中でもイチオシの俺様眼鏡な生徒会長様の声の心地よさに気分が潤う。あんまり声優に詳しくない(そもそも、このゲームが初乙女ゲームなんだけど)けど、低めの甘い声がとてもいい。
思わずこの声優さんの声が聞きたくて、シチュエーションCDなるものにも手を伸ばしてしまった。ゲームをしない普通の日は家でヘッドフォンをつけて何度も聞いてるはずなのに同じ場面で“ほわ~ん”としている私である。
ああ、一人暮らしでよかった。誰かと同居してたら絶対もてなかった至福のとき・・・と、うっとりしていると、スマホがメールの着信を知らせた。それは最近結婚が決まった真理乃からだった。
でも彼女は相手がどんな人なのか言葉を濁して言おうとしない。今は言えないの、ごめんね・・・とこの間会ったときもすまなそうに言われてしまって、私はそれ以上聞くことをやめた。
お嬢様育ちの彼女なだけに、まさか今どきじゃない政略結婚か?!と内心疑っていたんだけど、彼女の様子から私の中で「政略結婚説」が確定しつつあった。
でも、事実は私の予想をはるかに超えたものだった。
私はいま、真理乃と婚約者の彼と一緒にお茶を飲んでいる。
「後藤さんが、冷静な方でよかったです」
「翔一さん、香恵は学生時代からしっかりしてて私はいつも助けてもらっていたの・・・それにね、翔一さんのことを知らなかったみたいだし」
「・・・すいません細野さん、不勉強で」
「いいえ。僕も真理乃の親友がそういう方でよかったです」
「・・・それはよかったです」
ううっ、この場で一番の嘘つき野郎は私です。私は、細野さんのお仕事のことならよおおおく知っております。名前でピンとこない私、どうなのよ?
あなたが声を演じている乙女ゲームのキャラは、私の二次元彼氏ランキング第1位です・・・真理乃にも言っていない私の隠れた趣味です。
知っているのは・・・ああ、心苦しい気持ちで飲むアールグレイが美味しくて切ない。
「それにしても、あいつ遅いなあ。しょうがないか、休出だって言ってたし」
「え?他にも誰か来るんでしょうか」
「あ、あのね・・・実は翔一さんの親友もここに来るの」
「は?!私、聞いてないんだけど」
「ご、ごめんなさいっ!!言い忘れちゃって・・・」
「後藤さん、真理乃を責めないでくれるかな。実は僕が言い出したことなんだ。その互いの一番の友達に頼み事をするなら同時に頼もうと思って」
「そうですか。で、真理乃。頼み事ってなに」
私が真理乃をじろりと見ると、焦っている彼女の変わりに細野さんが助け舟を出す。
「それは2人揃ってから頼むから・・・お、来た来た」
どうやらご友人が到着したらしく、細野さんが出入口のほうをみた。こちらに近づくちょっと急ぎ足の足音。どんな人なんだか・・・
「ごめん翔一、遅くなった」
その声に、私は紅茶を噴出しそうになる。それを押さえて、後ろを向いて声をかけた。
「まさか、ここであんたに会うとはね・・・・吉野」
「えっ、後藤?なんでお前がここにいるんだよ」
「それはこっちのセリフよ。私はね、真理乃の学生時代からの親友よっ」
「うそだろ。俺だって翔一とは学生時代からの友人だよ」
「・・・あの、2人は知り合いなの?」
「翔一、後藤さんと知り合いなのか?」
真理乃と細野さんの声に、私たちは我にかえった。私が言おうとしたら、吉野が私を制して口を開いた。
「俺と後藤は、会社の同僚で同期なんだ。俺はシステム部で、後藤は経理部」
「香恵、本当に?」
「本当よ。吉野くんは私と同期なの」
ついでに、私の隠れた趣味をコイツだけが知っていた。