合鍵
今日、友人が結婚した。彼女とは少女小説レーベルでデビューした時期が同じで、年齢も同じ。その後、私は脚本家に彼女は人気の恋愛小説家になり、互いに“好きな仕事で生活できるって幸せだよね~”と言い合う仲だ。
彼女の相手は、長年彼女を担当していた編集者で私も知っている人だ。彼女がいうには“何事にもソツがない人”なんだそう。おまけにイケメンときた。
新郎いわく新婦に翻弄されたそうだ……意外だ。まあ本人は全力で否定してたけどさ。
パーティーを終えて自分の住処に到着すると、スマホの着信音。
「はい」
『あ、俺。これから行くから』
「ちょっと待て。そこは“行ってもいい?”じゃないのか。私は今日疲れてんのよ」
『“行ってもいい?”って聞くと“来るな”って言うから、きみには聞かないことにしてるだけ』
世の中の女性が“私だけにささやいてほしい!!”と熱望するようなセリフを言い、彼は電話を切ってしまった。
撮影が立て込んでいるからしばらく来ないと思ってた。着替えるため私はやれやれと立ち上がった。
部屋着に着替えて化粧を落としたタイミングでインターホンがなる。彼は合鍵を持っているけど、黙ってドアを開けたりしない。そこは彼のいいところの一つだ。
私が返事をすると、鍵を開ける音がした。
「ただいま」
そう言って抱きついてくる彼の背中をぽんぽんとする。こうしないと離してくれず、一度さぼったら朝まで大変だったのだ。
「……おかえり。ねえ、いつも言うけど、あなたの部屋は真上だよ」
「俺としては、きみがいる部屋に帰りたい。いつもね」
彼は男の色気満載で子犬のような瞳の持ち主って言われる人気俳優だ。女性なら選り取りみどりの彼がどうして私とつきあってるんだろ……しかも6年も。
それにしても、今日はいつもの儀式をしたのにどうしてまだ抱きしめられているのだろうか。
「ねえ、どうして今日は離れないの?」
「ずーっと撮影で会えなかったんだから充電させて」
「いや、いつまでもここにいてもしょうがないから」
私がぐいぐいと押すと、彼は渋々と離してくれた。後ろで“どうして俺の恋人はこんなにそっけないんだ”とぼやいているが、私は黙って聞き流す。
「きみが座るのはここ」
ソファで彼の隣に座ろうとすると、ぐいっと腕を引かれて彼のひざの上に抱え込まれる。私の肩にあごをのせてぴったりと密着していて動きづらいし、息がかかるとぞくっとするし。
「さっきの続きさせて。やっぱりきみがそばにいるといいね」
「……そこでしゃべらないで」
「ふふ。耳、弱いもんね」
そう言いつつも止める気配がなく、ますます楽しそうに私の耳元に息がかかるように笑う。ぜったいわざとだ。
「結婚パーティどうだった?」
「う、うん。楽しかったよ……だから耳はやめて」
「やめないよ。いつもそっけない恋人が無防備になるのがいいのに。俺の楽しみを奪わないで?」
そういうと耳たぶにキス。ぞくっとしたのが分かったのか、また楽しげに笑う。
「かわいいなあ。ねえ、俺たちもそろそろ結婚しない?」
「け、結婚?」
思わず身をよじって彼の顔を見れば、真面目な顔つきの恋人。彼と結婚……考えたことがなかったといえば嘘だけど、5年前に“結婚はまだ早い”とストップがかけられてからは考えないようにしてきた。
「そう。5年前は反対されたけど、ここまで実績作った俺に誰も文句は言わないはずだよね」
ふふっと笑うその顔。その微笑みは世の女性は蕩けるかもしれないが、私には若干黒く見える。何も言えずにいる私を今度はぐいっと抱え込み、お姫様抱っこ状態にしてしまう。今度は顔が真正面だ。
「え。ち、ちょっと」
「結婚、するよね?しないなんて言わせないけど」
「すごい自信」
「うん。俺ね、きみに愛されてるって分かってるから。なかなか態度に出してくれないんだけどね~、でもそういうところも好きだよ」
「う……わ、私もちゃんと愛されてるって分かってるよ。だ、だから」
「だから?」
「ありがとう……私と結婚してくれる?」
「こちらこそありがとう。じゃあ、とりあえずお風呂いこっか。疲れてるだろ」
「は?いや一人で入るからおろしてよ」
「俺も風呂まだだもん。ほら暴れない。落ちちゃったら大変だろ?」
なぜかお姫様抱っこでお風呂に運ばれた私。そしてよけいに疲れた。
1ヵ月後、彼の入籍が芸能ニュースをにぎわせた。結婚相手が私だということはごく一部の関係者のみに知らせられ、私は新婚の友人から“おめでとう!!でも、ぜんっぜん気づかなかったよ!!”とお祝いの言葉とともに、盛大に驚かれて申し訳なく思ったのだった。