居眠り伯爵にご用心:前編
新米司書のイーディは、閲覧室で寝ているマクラウド伯爵の背中にひざ掛けをかけたのが原因で彼にちょっかいを出されるようなってしまう。
前後編になります。
竹野内 碧様主催の「恋愛糖分過多企画」参加作品です。
6ヶ月前のある朝、閲覧室の清掃をするため部屋に入ると本の山に隠れるように机にうつぶせになっている人を発見した。
図書室はいちおう夜7時には閉められるけど、鍵を持っている王族の方や特別許可を得た人たちは7時以降に使用している場合もあると聞いている。
だけど、ここで働き始めてから閲覧室で寝ている人を見るのは初めてだ。とりあえず足音をたてないように歩いて近づくと私は思わずぎょっとした。髪の色が紫みのある青色、寝顔も整った顔立ち・・・遊び人と評判のマクラウド伯爵だ。ちなみに瞳の色は暗い紫色だったっけ。隣に本が山積みということは、この人も本を読むのか~。
それにしても伯爵様はよく寝ている。う~ん・・・このまま放置しておいてもいいけど、この時期の朝はまだ気温が低めだ。何か背中にかけたほうがいいだろう。
私はいったん自分の席に戻ると、普段使っているひざ掛けを持ってきた。まさか伯爵家の放蕩当主(と私は思っている)に自分のひざ掛けを使う日が来るとは思わなかった。
そっと背中にかけても気づく気配がないので、とりあえず私は伯爵様の周囲は後で掃除することにしてなるべく音を立てないように閲覧室の掃除を終わらせて、部屋から出た。
その後、目を覚ました伯爵様はひざ掛けの持ち主を誰かから聞いたのだろう、わざわざ洗濯してくれたひざ掛けと美味しいと評判の焼き菓子まで自ら持参して私に渡してくれたのであった。
結構腰の低い人なんだなあ~。でも、もう関わることもないよね・・・そう思っていたあの頃の私。ほんと、甘かったよ。
また来た・・・私は心の中でため息をつく。
「イーディ、今日もかわいいね。君の緑色の瞳に私を写してくれないのかい?」
「こんにちはマクラウド伯爵様。私はきちんと伯爵様を見ておりますが」
「まったくつれないなあ・・・私のことはサイラスと呼ぶように言ったはずだよね?」
「伯爵様を名前で呼ぶことはできませんと、前も言いました」
「私がいいと言ってるんだ。そうだ、お昼に食事でもしながら名前で呼ぶ練習をしてみない?」
そう言って人を壁際に追い詰めるのは、この人の趣味なんだろうか。なんか、伯爵様につかまるといつも壁際にいるような気がする。
「昼食は交代でとりますし、持ってきていますから」
「そうか。それならお茶でも・・・「うちの司書に何やってる、サイラス」
オルビー室長の声に心底ほっとする。助けを求めるように室長のほうをみると、理解してくれたらしく呆れた様子で伯爵様を見た。
「サイラス、仕事の邪魔。さっさと自分の屋敷に戻れよ」
「仕事の用事でここに来てるんだよ、エーリアル」
「イーディ、受付が混んできているようだから行ってくれないか」
「わかりました」
私は室長と伯爵様にお辞儀をすると受付に向かった。それにしても、どうしていつも伯爵様は私のような平凡な新米司書にかまうんだろう。よっぽどひざ掛けが気に入ったんだろうか。
受付に行くと先輩司書のクラリスさんが「毎度毎度、大変だね~」と同情してくれる。クラリスさんは私より1つ上の26歳。さばさばとした人柄で仕事のできる人だ。私の教育係でもある。
「遅くなってすみません」
「大丈夫よ。そんなに混雑してないわ」
さっそく受付に座って返却された本の確認をしていると、目の前に分厚い図鑑や全集が積まれる。 「さっさとしてくださる。それから、この本を探してきて。急いでちょうだい」
尊大な態度で私を見下しているのは、ゼビーナ男爵家のご令嬢・・・えーっと確か名前はアナイスさんだったかな。この人も、ある意味「常連」だ。
「イーディ、本を探してらっしゃい。貸し出し受付は私がやっておくから。ゼビーナ男爵令嬢様、今度図書室で読書会を開催しますのでよかったらいらっしゃいませんか」
クラリスさんがさりげなく私を逃がしてくれたので、お辞儀をして書かれている本を探すために席を立つ。
「どうしてわたくしが、そのような集まりに行かなくてはなりませんの。それに、わたくしはあの司書にこちらをお願いしたの。・・・・クラリスには頼んでいなくてよ」
「この量は一人では出来ませんわ。・・・・アナイス、毎日毎日よく続くわね。その嫌がらせ」
「まあっ、何ですって?相変わらず言動が失礼ね、クラリス」
「それはお互い様よ。たまには借りてく本を読みなさいよ。感想くらいきいてあげるから」
ゼビーナ男爵令嬢は伯爵様に片思い中で、彼がやたら私にかまうのが気に入らないらしく毎日毎日こうやって大量の本を借り、私に探しづらい本を探させる。本人は嫌がらせのつもり(クラリスさん談)らしいけど、私としてはここの蔵書が分かるし結構勉強になっているのだ。 そして、クラリスさんはこの令嬢と同級生だったらしく毎日舌戦を繰り広げている。
ご令嬢所望の本をそろえ、貸し出し作業をしている最中の「なぜサイラス様はこんな地味な子にかまうのかしら」とか「あなたなんかすぐに飽きられるわよ」などの令嬢のつぶやきを右から左に流し、にっこり笑って「期限は2週間ですので、期日は守ってください」と返事をすると令嬢がくやしそうな顔をして本をおつきの人間に持たせて帰っていくというのも今やすっかり日常茶飯事。
私は、このお嬢様は悪い人じゃないと思っている。なぜなら読んだ形跡はないもののきちんと期日には返却してくるからだ。本当に悪意があるならそのまま返却してこなかったり、破損させると思う。
休憩時間に皆でお茶を飲んでいると、王宮に行っていた室長が難しい顔をして戻ってきて皆に集まるよう声をかける。
「先ほど、王宮の警護部から知らせが届いたのだが、昨日、宰相府で働いている女性職員が不審者に後をつけられ首を絞められたそうだ。幸いにも途中で助けが入って最悪の事態は免れたが犯人はまだ捕まっていない。なるべく集団で帰るか家の者に迎えに来てもらうかするように」
室長はそういうと、書棚のほうに歩いていった。オルビー室長は時間があると図書室内を歩き回るのが好きなのだ。
「うわ、怖いわねえ」
「そうですね~」
「ちょっと、イーディ。あなた他人事すぎ」
「誰も私なんか襲いませんって。でもクラリスさんは気をつけてくださいね」
それでも、なるべく同じ方向同士で帰ろうと私たちを含めた女性職員は話し合って決めたのだった。
ところが、その後も備品部や衣装部、さらにはたまたま休み明けに戻る途中だった王女様付きのメイドなどが被害にあい、警護部が夕方になると街中を見回る事態になってしまった。
読了ありがとうございました。
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