前は大水、後ろは大火事、これなあに?
本作に登場する戦闘機、F-16ブロック50アドバンスドの写真はこちら↓
ttp://www.f-16.net/gallery_item43528.html(複座型)
ttp://www.f-16.net/gallery_item99588.html(単座型)
今日もまた、空の上で口喧嘩が始まる。
「くかー、くかー……」
「ヒートッ! こら起きろっ!」
俺は、後ろの席で居眠りしている小柄なパイロットに大声で呼びかけた。
「ひゃあっ!?」
俺の声に驚いたそいつ――ヒートは、甲高い悲鳴を上げてがばっ、と顔を起こした。
途端、そのつぶらな瞳が俺を鋭くにらみつけた。酸素マスクを付けていても怒っている事がすぐにわかった。
「い、いきなり何するのよ! びっくりしたじゃない!」
かーっ、っていう擬態語が聞こえてきそうなほどに、そいつは俺に怒鳴ってくる。
それを聞くと、俺はいつも冷静さを失ってしまう。直さなきゃといつも思っているのに。
「何するのよ、じゃねえよ! 作戦中に堂々と居眠りするな! お前は俺のナビにしてチームのリーダーなんだぞ!」
「だからって、さっきみたいな起こし方はないじゃない! 安眠妨害はんたーい!」
「何が安眠だ! 作戦中に安眠も何もあるか! あんたのは立派な惰眠だ、惰眠!」
「惰眠じゃないわよ! 兵士っていうのはね、寝れる時には寝ておかなきゃダメなの!」
「そんな理由で正当化するな! あんたそれでも傭兵か! 戦闘のプロか!」
もう自分で何を言っているのかすら、わからなくなってくる。
それくらい口喧嘩が熾烈を極めてきた、そんな時。
『アクア、前!』
僚機からの声で、俺は我に返った。
顔を戻すと、そこには眼前に迫ってくる大きな山が――
「わわわわっ!」
驚いた俺は、慌てて右手で握る操縦桿を思い切り引く。
操縦桿自体は動かない。でも機体は正確に俺の入力に答えて機首を上げる。
間一髪。俺達の機体は山の上をかすめ、激突は避けられた。山を越えた所で機首を下げ、這うように飛んでいく。
「危なかったあ……助かったぜストーン」
『わき見運転はどんな乗り物でも禁物でしょ』
無線で聞こえてくる、落ち着いた女の声。
右後ろを見てみると、俺とヒートが乗っているのと同じ灰色の戦闘機――バイパーが地面すれすれを飛んでいる。
僚機パイロットのストーンが乗る機体だ。でも向こうはこっちと違って1人乗りだが。
「そもそもあんな起こし方するからこんな事になるのよ、バカアクア!」
「――って勝手に俺のせいにするな! お前が変な文句言ってきたからだろ!」
『はいはい、そこまで! ほら、口喧嘩してる場合じゃないわよ!』
ヒートの一言のせいですぐに俺は振り向いて反論したが、ストーンの一声ですぐに我に返り、正面を見る。
目の前には、さっきとは別の新たな山が立ちはだかっていた。
俺はアクア。とは言ってもこの名前は『TACネーム』というコードネームのようなもの。
出身はヨーロッパの国、ボルドニア。そこの小さな空軍、ボルドニア空軍でファイターパイロットをしている。とは言っても、なりたてのルーキーなのだが。
後ろの席に座るのは、キレやすくてやかましすぎるリーダーの傭兵、ヒート。
僚機に乗っているのは、俺の訓練生時代からの同僚、ストーン。
この2人と俺の3人で、1つの小隊『エリアルチーム』を作っている。コールサインは俺とヒートが『エリアル1』、ストーンが『エリアル2』だ。
で、俺達の乗る戦闘機の名前は、F-16ファイティング・ファルコン。長すぎるから『バイパー』の愛称で呼んでいる。
小型軽量でなめらかな背中を持つこの戦闘機は、世界中で4300機以上が売れ、初登場から30年経った今でも売れ続けているベストセラー戦闘機だ。
俺達が使うのは『ブロック50アドバンスド』という最新バージョンで、新型のレーダーやヘッドマウントディスプレイといった装備が採用されて、その能力は最新鋭戦闘機にも全く後れを取らない。特に俺とヒートの乗る複座型は、背中から盛り上がった背骨に追加の電子機器を詰め込んで、複座戦闘攻撃機としても使用可能にしている。
そんなバイパーに乗って、俺達エリアルチームは低空飛行による攻撃ミッションに挑んでいた――
『そろそろ目標が見えてくるはずよ』
ストーンからの通信が入る。
この山を越えれば、攻撃目標が見えてくるはずだ。
「よし、電波妨害開始! アクア、いい加減マスターアームスイッチ入れなさいよ!」
「言われなくてもわかってるって!」
俺は文句を言いつつ、武装のセーフティスイッチであるマスターアームスイッチをオンにした。これで、武装を発射できるようになる。
ヒートはすぐに、攻撃準備に取り掛かった。
攻撃に使うのは、『ペイブウェイ』というレーザー誘導爆弾だ。
投下された後、レーザーを当てた目標に向かって正確に飛んでいく爆弾で、今俺のバイパーには2発搭載されている。
ヒートの役目は、目標指示装置で目標にレーザーを当てる事。ストーンはその作業を操縦しながら1人でやらなければならないが、ヒートがやってくれる分、俺は操縦に専念できる。
俺達のバイパーが山を越えたのは、ちょうどそれが終わった時だった。
「見えた! あれだ!」
見えたのは、飛行場を模擬した射爆撃場。それが、今回の目標だ。
「よし、ここから一直線に突っ込んで、建物を爆撃するわよ! いいわね!」
目標指示装置を操作しながら、ヒートは指示を出した。
『エリアル2、了解』
「バカアクアもいいわね!」
「なんでそこでバカ呼ばわりするんだよ!」
「いいから返事!」
「……了解」
「よし、全機突撃ぃ!」
ヒートはびしっ、と正面を指差して命令した。
俺達のバイパーはすぐに目標の施設へと機首を向ける。
ヒートが指示した目標の方位を示す縦線が、ヘルメットのバイザーに映し出される。これが正面に来るように飛ばし、爆弾を落とすのが俺の役目だ。
投下までのカウントダウンが表示される。
9、8、7、6、5、4――
そんな時。
突然、甲高い警報音が鳴り響いた。ミサイル警報だ。
「やばっ!」
俺はすぐに機体を左旋回。
「ちょっ、アクア――!」
ヒートが何か言う前に、機体は急旋回。
息んで体にかかるGに耐えている間に、フレアを発射。これは花火のような火の玉で、これをミサイルに追尾させる事でミサイルをかわす事ができる。
『爆弾投下!』
その間に、ストーンはもう爆弾を投下していた。
旋回を止め、一度離脱しながら見てみると、施設の1つがちょうど大きな爆発を起こして破壊された。
『ふふん、決まったあ!』
ストーンの機体はもう目標から遠く離れていた。
俺と同じようにミサイルに撃たれたはずなのに、ストーンはまっすぐ飛び続けて爆弾を落としたようだ。さすがだ、としか言いようがない。
「ミサイル撃たれたくらいでビビッてんじゃないわよ、バカアクア! 目標指示外しちゃったじゃない!」
後ろからヒートが怒鳴ってきた。
「ビビってるって、何だよその言い方! 危ないから引いただけじゃないか!」
「電波妨害とフレア使えばよけられるから突っ込んでよかったのよ! この臆病者っ! 根性なしっ!」
「っ……!」
臆病者、根性なし、と言われると少しだけカチンときた。
バカと言われるのはいつもの事だからまだいいとして、臆病者、根性なしと言われるのは男として納得がいかなかった。
ぐっ、と操縦桿とスロットルを握る手に力が入る。
ファイターパイロットに限らず、飛行機乗りは常に墜落の危険と隣り合わせだ。そんな飛行機乗りの1人である以上、臆病だとか根性ないとか言われたくない事もあるけど。
それよりも――
「言ってくれたなヒート……なら見せてやるよ、俺だって臆病者でも根性なしでもない男だって所をっ!」
ヒートに1回くらいは、いい所を見せたい――!
「え……!?」
どこか動揺したような声を出すヒート。
「じゃ、行くぞ! もう1回目標指示を頼む!」
俺はすぐに機体を反転させて、目標へと向かう。
ヒートの目標指示が再開されて、再びバイザーに縦線が表示される。それに向けて、まっすぐ機体を向かわせる。
スロットルをマックスパワーにまで押し込んで、アフターバーナーを点火、一気に加速。
「ちょっ、アクア加速しすぎ!」
ヒートの声がしたが、気が散るので無視。
投下までのカウントダウンが再開される。
9、8、7――
ミサイルが撃たれた時に備えて、フレアを巻きながら進む。
6、5、4――
コックピットのディスプレイでヒートの照準を確認。
照準は狙いの施設にしっかりと合っている。これなら安心して投下できる。
3、2、1――
「爆弾投下!」
ボタンを押して、爆弾を投下。
「レーザー照射、開始!」
ヒートがレーザー照射を始めた事を告げた。
後は機首を上げて離脱するだけ。爆弾はレーザーに誘導されて数センチの狂いもなく――
そんな時、突然ミサイル警報が鳴り響いた。
「な!? ミサイル!?」
予想外の事態に俺は驚いた。照準に専念していたヒートも反応が遅れた。
フレアを発射したのも空しく、ピー、という俺達の敗北を告げる電子音が鳴った。
『エリアル1、お前達は撃墜された』
オペレーターからの通信が入ったのと、爆弾が目標に命中したのは、ほとんど同時だった。
「え!? 今落とされたのか!? フレアも電波妨害もしっかり使ってたぞ!?」
それが信じられなかった俺は、すぐに反論したが。
「アフターバーナー全開で飛ばすから、フレアが意味なくなっちゃったのよ……っ!」
帰ってきたのは、まさに怒りを爆発させんとしているヒートの声だった。
しまった、フレアを使う時にアフターバーナーを使うのはタブーだった! フレア以上の熱を出していたらミサイルはフレアを追尾してくれないから!
そう気付いた時には、もう手遅れ。
「あったまきたあっ! アイ・ハブ!」
ヒートの怒りが、それこそ爆弾のように炸裂した。
アイ・ハブとは『アイ・ハブ・コントロール』の略で、『私が操縦します』という意味だ。
それが意味するものは――
「うわああああああっ!?」
ヒートによる連続左横転という、お仕置きタイムの始まりだった。
世界が一気に時計回りに回り始める。バイパーは横転の速度が速いから、俺はまさにミキサーの中に放り込まれたような気分だった。
いくらパイロットとはいっても、勝手にこんな操縦をされるのはものすごく怖い。
「やめろやめろやめろやめろーっ!」
「あれだけ大口叩いておいて凡ミスなんてどういう事よっ、このバカアクアっ!」
「わわわ、わかったからもうやめてくれーっ!」
「止めるもんですか! へたくそ! 三流! ろくでなし!」
結局俺は、しばらくコックピットの中でぐるぐる回り続けていた。
* * *
「――で、爆撃訓練の結果は施設破壊と引き換えに模擬撃墜され、あげく帰還後には上官さんに『あれだけヒートに操縦させるなと言っただろう!』といつものように怒られる始末……はあ、一体どうなってるの私達のチームは……」
はあ、と向かい側のソファに座るストーンがため息をついた。
「面目ない、ストーン……お前にはいつも迷惑をかけてばっかりだ……」
「いくら私が『チームのかなめ石』って言っても、これじゃいつか壊れちゃいそう……ああ、こんなチームやめたい……こんなんじゃ全然かっこ付かない……なんで私までこいつらと一緒じゃなきゃいけないのよ……」
ストーンはもう嫌だ、と言わんばかりにばたん、と机に顔を伏せた。肩までの長さがある黒髪が、一瞬大きく揺れた。
ストーンは訓練生時代一番優秀な成績を残している、俺達のチーム内では一番の操縦技術を持っている。そんな彼女の足を引っ張ってしまっていると考えると、本当に申し訳なく思う。
何とお詫びしていいのかわからず、顔をうつむけていると、突然左肩に何かがもたれかかってきた。
「くかー、くかー……」
それは、俺の隣で規則正しい寝息を立てて眠っているヒートだった。
茶色の髪をツインテールにまとめたその顔は、パイロットには不釣り会いなくらい幼いものだった。小柄な体との相乗効果で、どう見ても小さな子供にしか見えない。
それもそもはず、ヒートはまだ15歳。だから操縦も認められてなく、あんな事が起きると怒られる訳なのだ。
それはともかく、そんなヒートの顔は、とてもかわいらしい。
それがすぐ側にあるんだから、俺の心拍数は加速し始める。
やばい、ヒートの隣に座るんじゃなかった……でもよく考えたら、どこに座っても隣にヒートが座ってくるんだよなあ……
「……でもって、責任重大なリーダーさんのはずのヒートは相変わらずアクアに寄り添って大好きなお昼寝中……寝て全てを忘れる気なのかしらねえ……ほんと、無責任な傭兵さん……」
そんなストーンの不満そうな声がしたから見てみると、ストーンは俺達を冷たい視線でにらみつけていた。いかにも不満だ、と言わんばかりに。
「な、何だよその言い方。前のミッションの事ならもう反省し終わってるじゃないか。それにヒートだって、いろいろ疲れてるんだよ」
気が付けば、俺はヒートを擁護していた。
む、とストーンは顔をしかめた。
「……前から思ってたんだけど、どうしてアクアはそいつが好きなの? もしかしてアクア、あんな嗜好とかこんな嗜好とか持ってたりするの?」
そして、いきなりそんな事を聞いてきた。
途端、どくん、と胸が大きく高鳴った。
「な、何だよその変な言い方……お、俺は別に、そんな嗜好は持ってない!」
「あんたがヒートの事好きだって知ったら、誰でもそう思うわよ」
そう返されると、答えに困ってしまう。
さあ何なのよ、とストーンの目線が俺に聞いてくる。その視線から、思わず目を逸らす。
「くかー、くかー……」
隣では、相変わらず俺の肩にもたれかかって健やかに寝ているヒート。
寝ているとはいえ、ヒートの隣で理由を言うのは、やっぱり気が引ける。
「べ、別にいいだろっ、何だってっ!」
そう言って、俺はごまかした。
ストーンはそう、と言った後、それっきり喋らなくなった。
ふう、と俺は安心して一息ついたけど、ヒートが肩にもたれかかって寝ている事実には変わらない。でも、元より俺達はこの部屋から動けないので、結局この状態を変えられなかった。
さっきも言われた通り、俺はヒートの事が好きだ。
別に怒られるのが好きだとか、小さい子供が好きとか、そういう理由はない。
普段は怒ってばかりいるけど、見た目は結構かわいい。そして寝る事が大好きで、暇な時はいつも寝ている。
そういう所も好きだけどもう1つ、ヒートがここにいる理由もある。
詳しくは俺も知らないが、ヒートは中東のどこかの国で少女兵として戦っていたらしく、いろいろ紆余曲折あって俺達ボルドニア軍のサポートを行っている民間軍事会社『ヘルヴォル社』に身を寄せ、俺達の部隊に戦力として送り込まれてきたのだ。もちろん、15歳で兵士をやっているというのは違法だ。
こんなかわいい女の子が、子供の頃から戦場にいた傭兵だった、という事実には俺も衝撃を受けた。
俺よりも小さいのに、俺よりもずっと辛い事を経験してきたと思うと、何というか、放っておけなかった。
もしここから離れたら、また戦場に戻ってしまいそうな気がして。
そういうのが、たまらなく嫌だった。
こんな事言ったら「軍人らしくない」って上官に怒られるけど、ずっと平和なここにいて、空を飛ぶ事を楽しめたらいいんじゃないかって――
ぎゅっ。
急に誰かに左手を握られたと思った時。
「アク、ア……」
急にヒートが、俺の名前を呼んだ。
驚いて俺はヒートに顔を向けたけど、ヒートはやっぱり寝ている。
「んん、アクア……」
と思いきや、ヒートは寝言で俺の名前を呼んでいた。その声は、妙に色っぽい。
そしてあろう事か、俺の左腕にそっと抱きついてきた。
「あっ、ちょっとヒート……ッ!」
ヒートはそのまま、ぴたりと俺に寄り添ってくる。
そしてそのまま、俺の頬に顔を近づけてくる。
「好き、アクア……」
そんな、とんでもない寝言を言いながら。
「ままま、待てってヒート……!」
鼓動が胸を突き破らんとするくらいに強くなる。
ヒートの顔から逃げようとして顔を遠ざけようとしたけれど、なぜか体が硬直してしまって動かない。
そして、俺の肩にそっと手を回し。
「大、好き……」
ヒートは、俺の頬にそっと口付けた。
柔らかい唇の感触が、頬に伝わってくる。
でも、それで終わらない。
「あ……っ」
ヒートはそのまま、俺をソファに押し倒してしまった。
背中から倒れた俺の上に、ヒートが抱きついてくる。
「んん、好き、大好き、んん……」
ヒートは、俺の頬に何度もキスする。
くちゅ、くちゅ、と頬を吸う甘い音が響く。
頬を吸われる度に、その甘い感触で頭が真っ白になりそうになる。
引き離さなきゃ、という思いが、別の甘い感情に塗り潰されそうになる。
そしてその感触は、どんどん口元に近づいているような気がする。
「始まっちゃったか、ヒートの夢遊病……」
すぐ近くで、そんなストーンの声がした。
「好き、好きっ、んん、アクア、大好き……」
「ス、ストーン、ちょっと、助けて、くれ……!」
俺は、目の前で俺達の様子を傍観しているストーンに手を伸ばして、助けを求めた。
「……助けたいとは思うけど、夢遊病の人を下手に止めようとすると危害加えられる可能性があるっていうから、うかつに手が出せないのよね……」
でも、ストーンはそう言ってあっさりと背中を向けてしまった。
「ちょ、それって――」
「問題を起こさなければそのままそっとしておくのがいいらしいから。だってあんた、そういう事したかったんでしょ?」
「ちょ、待てってストーン――!」
ストーンはそのまま、落ち着くまで待ってるわね、と言って部屋を出て行ってしまった。
とうとう、部屋にいるのは俺とヒートだけになってしまった。
「ア、クア……」
ヒートの両手が俺の頭に回された。
目を閉じているにも関わらず、頭がどうなっているのかわかっているかのように、俺の頭を正面に向ける。
「あ……ちょっ……」
ヒートの寝顔が、すぐ目の前に現れた。
「大、好き……」
その直後、俺の唇がヒートの唇に塞がれた。
そして、俺の唇を吸い始める。
時々舌が当たって、口をこじ開けられそうになる。
その甘い味に、理性が塗り潰されていく。
ああ、だめだ。
俺、もう、我慢できなくなる――
「んん、んん……」
目を閉じたまま、俺の唇を吸い続けるヒートの表情は、普段の様子からは想像できないほど色っぽくて、かわいらしい。
ああ、好きだ。
こんなにかわいいヒートが好きだ。
こんなに好きって言って甘えてくるヒートが好きだ。
俺は、こんなヒートを、抱いてしまいたい――
「んん、アクア、好き……」
ヒートの唇がゆっくりと離れた。
それは、息継ぎのためのものに過ぎない。すぐにまた、ヒートは唇を近づける。
「ヒート……俺も、ヒートの事が――」
もう抗わない。
ゆっくりとヒートの背中に両手を回す。
ヒートとそっと唇を重ね合わせる。
そのまま、口を開けて入ってくるヒートの舌を受け入れて、ヒートの唇を吸って――
じりりりりりりりり!
突然鳴り響いたベルの音で、俺は現実に引き戻された。
そうだ、今ここにいたのは緊急発進訓練のために待機していたからだったっけ――!
「んん……はっ!」
そして、ヒートの目が見開かれる。
すぐ近くで合う、俺達の視線。
途端、ヒートの顔が真っ赤に染まり。
「きゃああああああああああああああっ!」
ベルの音に負けないくらいの悲鳴が、部屋中に響き渡った。
「このっ、このっ、このっ! もう許さないっ! 寝ている間に襲うなんて見損なったわ!」
「ち、違う! 誤解だ! 俺は別に襲おうとなんて――」
「じゃあ、なんで起きたらあんたに抱かれてキスされてるのよ! この色魔! 変態! 性犯罪者!」
ヒートは夢遊病状態になると、なぜか俺に甘えてきてキスを連発する。
そして、それよりも問題なのは、その間の事は全く覚えていないという事だ。
だからこうやって、最後は俺が悪者扱いされる。
まあ、今回は誘惑に負けてしまった俺も悪いけど。
結局俺は緊急発進の事に構う余裕なく、ヒートのお仕置きを受けてしまっていた。ストーンだけは俺達に構わずに発進してしまったらしい。
ああ。
僕はなんで、こんな子を好きになっちゃんたんだろう。
でも俺は、こんなヒートをどうしても憎めない。
一度好きになっちゃった以上、もうどうしようもないから。