もう一人の物語
もう一人の主人公のプロローグです
橘の方で長々とやったのでそこそこあっさり目に
とはいえやはり、他と比べると長いです・・・
「おはよう亮」
「おはよう優花」
もうすぐ夏休みという学生が浮かれ気分になるこの初夏を少し過ぎたこの時期。まだ涼しい時間から登校し待ち合わせをしていた男女二人はいつもと変わらぬ様子で挨拶を交わした
この文章だけ見れば二人は浮かれていないように思えるが違う
「今日はいい天気だね」
「うん、明日土曜だし久しぶりに二人で海にでも行く?」
「いいね、久しぶりに行こうか」
「お弁当作ってくるから期待してて」
「自信満々だね」
この二人、年がら年中浮かれているのだ
二人横並びになって学校へ向かう。いつも通りの光景だ
男子生徒の方は『安斎 亮』
特徴を挙げるとするならば、まずその容姿が目を引くだろう
良く言えば清廉潔白な雰囲気の美少年、悪く言えば気の弱そうな美少年―――――――何にしろ美少年である
髪型は極々平凡的で黒髪。左のこめかみ辺りの一束だけが青く染まっている
体格は普通だろう、高一男子としては少し高いくらいの身長に、細身に薄らと筋肉がついている
身に纏う制服を校則違反など気にも留めず適当に着崩し、右肩に学校指定の紺色の通学鞄を提げている
そして女子生徒の方は『熊谷 優花』
活発そうな印象を与える少女だ
亮とはいわゆる幼馴染というやつで生まれてから16年間、ほとんど一緒に育ってきた
ちなみに容姿は町中を歩けばモデルにスカウトされること多数という武勇伝付きの美少女である
「ところで亮は昨日もゲーム?」
亮の顔を下から覗きこむように隣を歩く優花が上目使いで聞く
「うん、昨日は割と遅くまでやっちゃってね。ちょっと寝不足」
苦笑いの表情を浮かべながら答える亮に彼女は「珍しいね」と一言
「父さんに仕事を手伝ってくれなんて言われるのは久しぶりだからね。たまには張り切って親孝行をって思っただけだよ。まぁ内容はゲームで遊んでるだけなんだけど・・・」
亮は三日前から、彼の父が社長を務めるゲーム制作会社の新製品のテストプレイを頼まれている
ゲーム名は『LIGHT&DARKNESS』
異世界を舞台とした剣あり魔法あり、天使に悪魔ありのRPGである
世間では『clown社』待望の新作という評価を受けているのが朝のニュースでやっていた
そんなゲームのテストプレイを社長直々に頼まれるなんて世間一般では羨ましいとなるのだろうが、
「いいよね亮は、ゲームやる時間があって。私含め他の子たちは勉強が忙しくて遊んでる暇なんかないよ。羨ましい」
二人の通う高校は県内有数の進学校だったりするわけで、勉強に忙しくゲームのテストプレイなどやっている暇はないはずなのだ
「その言い方だと俺が勉強サボってゲームやってるダメ人間みたいに聞こえるからやめて」
「でも実際そうでしょ?勉強してないんだし」
「全然違う!俺は勉強サボってんじゃなくて、する必要ないだけ」
「はぁ、そうだね。亮は別次元で頭いいから勉強なんてする必要ないよね・・・」
『安斎 亮』という男子生徒はいわゆる天才だ
基本一度見たものは決して忘れることはない。それもただ暗記するのではなくそこに含まれる意味を独自に解釈し同時に頭に叩き込むという離れ業をごく当然のようにやってのける
中学2年の夏休みに暇だからと言ってドイツ語を一ヶ月でマスターしたのは遠い過去の思い出だ
優花は隣に歩く幼馴染のハイスペックさにもう一度ため息を吐いた
仕方ないことだ。こんな化け物が常に自分の隣にいるせいで親に成績の事で小言が言われる回数が確実に増えている事実がある
だがその幼馴染はそのため息に込められた意味を感じ取ることは出来なかった
「ため息する度に幸せが逃げ――――――ッイテ!!」
隣でいらんことを言う幼馴染の足を思いっきり踏みつけ黙らせた優花は子供のように口を尖らせて言った
「私も余裕を持って遊びたいよぉ・・・」
彼女の嘆きに亮は呆れたような顔をして返した
「ならなんであの高校入ったの?」
二人が通う学校に通えば遊んでいる暇など無くなってしまうのは目に見えていたことだ。さらに亮も自身と同じ学校に行くと言い始めた優花にそのことを忠告していた
優花は亮の問いに口ごもりながら、
「そんなの、亮と一緒に・・・・・・」
「優花?」
亮は言葉を詰まらせた優花に声をかけるが彼女は俯いたままうーうーと唸っている
「どうかした?どこか具合でも悪い?」
過保護のお婆ちゃん級の心配をする亮は体を屈め彼女の顔を下から覗きこんだ。すると彼女は驚いたように勢いよく顔を上げ「ちょ、え、何!?」と何かにパニックを起こしている
「顔真っ赤だけど大丈夫?」
亮にそう指摘され自身の顔が真っ赤に染まり上がっていることに気付いた優花は手を顔の前でぶんぶん振り回し、意味がないと分かりつつも無駄な足掻きをして見せた
そして何かの羞恥が限界に達したのか優花は急に靴先を学校の方向へと向け、
「ああーーっ、もうこの話終わり!!」
そう言って無理やり話を中断し先へ先へと歩き始めた
「ちょっと待って!」
そのあとを小走りで追いかける亮は怪訝そうな顔をしながら横に並んだ
「俺なんか言った?」
「知らない!」
優花はまだ赤みの残る顔を亮から見えないように背けた
しばらく、気まずくはないものの二人とも口を開かず妙な沈黙のまま横並びに歩き続けた
登校路は大きめの川の横を沿う土手
湿った土を踏み、歩きながら「今日の放課後はどうしようか?」と考える亮。どうせゲーム一択になると分かりつつも暇を持て余しているせいでくだらないことに思考が向かう
と、そんな時彼の思考を中断する音が耳に飛び込んできた
キャン!!
犬の鳴き声、いや悲鳴が聞こえてきた
反射的に声のした方へ首を回すと視線の先には昨日一日降っていた雨で濁流となっている川
そしてその真ん中あたりを流れる段ボール、そこに入れられた子犬が目に入る
「あっ!!」
とさっきまで頬を膨らませて黙っていた優花が声を上げる
「可哀そうに、昨日の雨の所為で流されちゃったんだろうね」
冷静な声でそう言う亮は、自分は冷たい人間だと思いながら子犬が流されていくのを、ただ足を止め辛そうな顔で見ていた
――――――――可哀そうと思いながらも助けに行かない、クズとまではいかなくても偽善者以下だな
どこか自嘲的になりながらも仕方ないことと割り切って傍観する
実際仕方ないことだ、川の流れは雨が降っていたせいでかなり速くなっており、下手に助けに向かえばミイラ取りがミイラになる可能性がある
誰だって川に流されるのは怖い。飼い犬や知り合いを助けるためならともかく初対面の相手を助けるために危険を冒せる人間はそういない
証拠に他にもいくらかの通行人や通学中の学生がその子犬に気付いていたが、誰も助けに行こうとしなかった
――――――――この世界はこんなもんだ・・・
達観したような事を思い始めた亮は流されていく子犬に視線を合わせるのが辛くなって、隣にいる優花に目を向けた
動かした視線の先には、彼女が眉をひそめ、助けに向かおうとする心とこの場に留まろうとする体で葛藤している姿があった
彼女はまるで自分の事のように苦しそうな顔で奥歯を噛み締め、手を震わせている
そんな彼女の様子を見て亮は表情を曇らせる
――――――――君のそんな顔見たくないのに
優花はその名に付く通り『優しい』子だ、目の前の不幸を自分の事のように受け止める
そしてそれを亮は知っている
なのに――――――――なんで俺は彼女にこんな顔をさせてしまうんだろうか・・・
彼女の辛そうな顔を見たくなければ動けばいい。彼女が辛くなる前に、辛くなってもすぐにそれを消し去るために動けばいい、ただそれだけのはずなのに・・・・
その時、ザバァン!と水しぶきが大きく上がりそうな音がした
もう一度視線をそちらに戻してみると誰かが子犬の元まで泳いで向かっているではないか。(何故かバタフライで)
そして子犬の入った段ボールごと川岸まで運んだ誰かさんは、よく目立つ金髪に水を滴らせ、この近くの私立高校の制服をビチョビチョにしながら土手に上がってきた
その際、周りで傍観に徹していた通行人たちは金髪の彼に精一杯の拍手を送った
そして土手に上がった彼の元に可愛い女の子が駆け寄り何か説教している
その様子を見ながら優花は
「凄いね、ああいう人って・・・普通あんなこと出来ないよ」
彼女の言葉に亮は口を開けなかった
単に劣等感を覚えただけ、それだけなのだがここで口を開けば自分がダメになる様な気がしたのだ
そんな彼の様子に気付かない優花は、
「あんな風に誰かのために自分の命を危険に晒すなんて私にはどう頑張っても出来ない」
目を瞑り、柔らかい表情で首を横に振りながら言う
あの金髪の彼が偽善でやったのか本心でやったのかは優花には分からない。だがそれでも彼女にとってあの勇敢な行動は彼女の理想の人物像に重なって見えた
「ああいう人に憧れるな・・・」
呟くように言った
その呟きに亮の心の中の何かがおかしくなるのを感じた
そして、
「あんなのは偽善者、バカのすることだっ!!」
彼は思わずそんな事を口走ってしまった
「と、とおる?」
戸惑った顔をする優花にグイっと顔を近づけ、・・・そして何も言わないまま遠ざけた
「行こう・・・」
今度は亮が先に先に歩き始めた
「ま、待ってよ」
さっきと真逆、優花が亮のあとを追いかけ横に並んだ
再び沈黙のまま二人は横並びに学校へ向かう
だが今回の沈黙は気まずかった
時折優花が覗き込むように亮の表情を確認するが、いつまで経っても不機嫌そうに何かを考えている顔が見えるだけだった
こうなると亮は周りから何を言っても右から左に受け流してしまう
仕方ないと優花はまた一つため息をつき、黙って通学路を進む
そして亮は、
――――――――俺はあの金髪の彼みたいになれるだろうか?
そんな事を考えていた
嫉妬したのだ。あの金髪の彼に。優花が「憧れる」と言ったから―――――――――大切な幼馴染が自分から離れて行ってしまうんじゃないかと思ったから
醜い嫉妬だってことは亮自身よく理解している、くだらない独占欲だとも思う
だがそれでも、自分が出来ないことを出来る人間が幼馴染の好意を惹いているのが許せなかった。いや、認めたくなかった
だから考えてしまう、
自分は優花の憧れる様な人間になれるのだろうか、と
こんなことを考えるのはこれが初めてではない
事あるごとに考える。だがその都度行き着く結論はすべて「無理だ」だった
今回の金髪少年の件にしても、安斎亮という人間には逆立ちしたって出来ない
死ぬのが怖い、知らない奴のために命は賭けられない、
そんな人間として当然の考えが彼を邪魔し、そして今回も同じ結論へと導く
――――――――無理だ、と
だが彼はここでただ諦めることはしない
自分が出来る、適度な妥協点を探す
そして彼が行き着いた妥協点の疑問――――――――――――
――――――――彼みたいに誰かを、知らない奴じゃなくてもいい、親しい友人達を、優花を、命がけで助けることが出来るだろうか・・・
この妥協点は彼にとっておそらく最善の選択だ。無理もなく、それでいて自身の意志を通すには十分
だが亮はまだ知らない――――――――――最善の選択が、必ずしも最良の結果へ導いてはくれないことを
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8時03分
亮と優花が校門をくぐった。気まずい空気を間に挟みながら
結局、あの後も二人は言葉を交わすことなく黙々とここまで歩いてきた
「優花、亮、おはようっ!!」
突然、二人の後ろから大きな声が聞こえてきた。息の揃ったタイミングで後ろを振り向くと赤みがかった髪のおっさ・・・老け顔のクラスメイトが手を振っていた
「・・・おはよう墨田くん、朝から暑くる・・・・熱血ね」
苦笑いを無理やり優しい笑顔に変えた優花が挨拶を返した
それに対して亮は小さく呟くように「ぉはよ・・・」と返しただけ
それに腹を立てたのか、老け顔のクラスメイト『墨田』は亮に詰め寄り不機嫌そうな顔をして声を荒げた
「おい亮!朝一番のおはようは元気よくだ!!」
「うるさい、いつの時代の熱血教師だよ。今時そんなに暑くる・・・熱血は流行んないから」
「なんだ、今日はえらく不機嫌だな。何かあったか?」
墨田は亮の様子が変な事に気付き訝しげな顔をして聞いた
「・・・何でもないよ。墨田がうるさくてかなわないだけさ」
軽く毒を吐きながら顔を反らす亮
明らかに不機嫌な態度になった亮を見て墨田は優花に視線を移す。すると彼女は今度こそ苦笑いし、誤魔化すように笑う
そこで墨田は亮と優花が横並びに歩く距離がいつもより心なしか遠い事に気付き、ニヤリと悪い笑みを浮かべ、言った。
「亮、優花と喧嘩でもしたのか?」
その質問に亮はピクリと体を反応させ、たっぷり数秒考えたのち、
「いや、喧嘩はしてない。ちょっと考え事をしてただけ・・・」
ぽつりと独り言のように言う彼に、墨田はまた訝しげな顔を作った
「ならなんで機嫌が悪いんだ?まさか考え事で自己嫌悪でもしたか?」
「そんなとこだ・・・」
淡々とし会話を返さないクラスメイトに墨田は(こりゃしばらくこの調子だな)と思い呆れたように首を横に振った
優花はまるで自分の所為でもあるかのように(実際原因は彼女なのだが)バツの悪そうな顔で墨田に目だけで謝罪を表した
優花の謝罪に何を思ったのか墨田は(しゃあない、俺が一肌脱いでやるか!)とカッターシャツの袖をノースリーブぐらいにまで捲くった
「おい亮!」
「なんだい?」
「お前は男の俺から見ても美しい!」
「なんだいきなり!?気持ち悪いことを言うな!」
「いや、俺は本気だぞ!」
「何が!?って、ちょ、おま、なんで少しずつ距離詰めてきてるの!?気持ち悪い、寄るな!!」
「そう言うな!クラスメイトだろ・・・」
「来るなァァァァアァァ!!」
いつの間にやら美少年と老け顔の熱血野郎との鬼ごっこが始まっていた
「さぁ亮、俺の胸に飛び込んで来い!!」
「死んでも断る!」
ぎゃーぎゃーとうるさい叫びを撒き散らしながらそこらじゅうをグルグル駆けまわる
そしていつの間にか亮は悩むように考えていたことが頭から消え、優花は腹を抱えて笑っていた
いつも通りに戻った二人を確認した墨田は優花の隣で足を止め、少し荒れた息を整えることもせず、親指をピンと突き立て、
「青春は笑って謳歌するものだ!!」
最高に暑苦しい笑顔をした
「ありがとね、墨田」
優花は感謝をこめて暑苦しさとは対極にありそうな爽やかな笑顔をした
それに釣られるように遠くまで逃げていた亮が寄ってきた
「なんだ亮、俺の胸に飛び込んでくる気になったか?」
「全然違う!」
「ははは、二人ともそこまで。そろそろ教室向かお」
そうだな、と二人とも優花に賛同したように靴先を昇降口に向けた
その時、後ろから聞こえてきた音に気付いた亮が振り返った
そこには縦列を作りながら学校に入ってくる貸し切りバスが6台
「あれが今日俺たちの乗るバスみたいだね」
「みたいだな、それにしてもこの学校が遠足なんてものを急に用意してくれるとはな。正直かなり予想外、棚から牡丹餅だ!」
「どこ行くんだっけ?」
「隣の県の遊園地だよ。昨日説明あっただろ」
「あははは、寝てました・・・」
三人が話している遠足は本来なかったものだった。それが学園長の気のきいた計らいとかで、急遽一年生全員の遠足が決定したのだった
どういう計らいかは亮たちには知らされていない―――――――――
「まぁいい、さっさと教室へ行こう。教室で点呼を取ってからバスに乗るんだからな」
墨田は二人に促すように一人先に昇降口へと足を進めた
「行こ」
優花も亮に声をかけてから墨田に続くように振りかえり後を追った
二人がさきに行くが、亮は一人バスを不思議そうな目で見ていた。いや、不思議と目を奪われていたと言った方が正しい
妙な感じがしたのだ、第六感とでもいうのか虫の知らせとでも言うのか、何故か亮の目にはあのバスが特別なものに感じた
だが、その程度。別段良い予感がするわけでも、悪い予感がするわけでもなかった
きっと学校にバスがあるのが珍しいからだ、と亮は自分を納得させ、振り返り二人を小走りで追った
8時10分
もう一つのプロローグが始まった――――――――――――――――――
感想、誤字、ご指摘等ありましたらお願いします