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LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
PROLOGUE――幕開け
8/61

HERO

 一粒一粒が重いと感じさせる闇色の空から降りつける大粒の雨

 

 「ゆけぇ!!異世界の人間を食らい尽くせ!!」

 

 山を越えたところまで響きそうな大声

 それを合図に大地に降りつける悪魔の雨――――――――――――


 その数は90にも及ぶ、

 彼らの目的は突如目の前にある教会に送られた異世界の人間たちを食らい、自身らの力に変えること


 そしてその悪魔たちに号令をかけるは、悪魔の中で『大柱』と呼ばれ、『神』と崇められる存在

 赤黒い皮膚に紅蓮の炎を纏った巨躯の大悪魔


 名を『ベルリア』


 『地獄の業火の如き者』という二つ名を持つ暴君


 その顔は冷酷に、慈悲など一切感じ時させないほど冷たく笑っている


 その彼の隣には9体の護衛の悪魔

 皆、歴戦の勇士と名乗っても恥じぬ『個体名』持ちの高位、または『王』と称されるベルリアには及ばないも別次元の悪魔


 彼らも本来、ベルリアの号令に従い地上へ降り駆けるはずなのだが、

 「ふははははは、異世界の人間はどんな声で悲鳴(なく)のだろうか?楽しみだ」

 虐殺(よきょう)を楽しみにする『神』に気を使い、この場に残ったのだ 

 

 その十体の悪魔らが見守るのは、下位、中位の部下の悪魔たちが地へ駆ける姿

 皆、自身の武器である爪や剣、翼、牙を剥き出しにし、狂気にまみれた凶悪な唸り声を上げて最初の獲物に向かって突き進む


 金色の髪の、上に来ている服が血によって真っ赤に染まった少年へ


 そして一番最初に少年を射程圏に捉えた羊の顔をした蜘蛛の悪魔が気味の悪い声を上げて少年に噛みつこうと大きく口を開けた


 ―――――――――この人間はどんな声で悲鳴(なく)のだろうか?


 そんなことを考えながら少年の肩へと噛みつくべく口を閉じた

 口の中に広がるのは、人間の血と肉の味―――――――――――――――――――――――――ではなく、


 「おい、羊蜘蛛・・・そんなに美味いか?鉄ってのは・・・」

 鉄臭い、刃物の味が口いっぱいに広がる


 そこで蜘蛛の悪魔は自身が食らいついたのは人間の肉ではなく、その人間が持っていた鉄の大剣だという事に気付いた

 

 そして剣の持ち主である金髪の人間、『橘 輝』はその両手に握る柄を握りなおし、

 「それがテメェの最後のディナーだ。よく味わってろ!」

 悪魔の口ごと思いっきり横に薙いだ


 吹き出す鮮血、それが橘の服をさらに赤く染める

 

 そして橘は叫ぶ

 「次ィィ、かかって来いっ!!」

 仲間を一太刀で屠った人間に驚き、僅かながらも進行の動きを止めた悪魔たちに向かって

 挑発するように、煽り立てる様に、


 そして何より、


 「テメェらの相手は俺だ。俺だけ見てろ!」

 他のクラスメイトに悪魔たち(キケン)が向かわないようにするために


 「「「「グガギャアウラガウウオオオァルオラアア―――――ッッ!!!!」」」」

 悪魔たちは橘の思惑通り挑発に乗り、全ての矛先を橘に向ける


 「それでいい・・・・・・これでいいんだ」

 誰にも聞こえないほど小さく橘は呟いた

 

 橘は理解しているのだ、この後自分がどうなるのかを・・・


 ――――――――俺はもうダメだ。この状況を切り抜けることが出来たとしても・・・俺は『死ぬ』


 橘の体はもう限界だった

 先のインセドとの戦いの際にも限界寸前だった 


 それを今もリミッターを外し、100の悪魔相手に大立ち回りをやろうとしている

 もつわけがない。彼の体ここで確実に朽ちる


 ――――――――体がイテぇ、今にも手足がブチ切れちまいそうだ


 筋肉がブチブチと嫌な音を立てながら断裂していく。骨が一挙一動にすら耐えられずところどころ砕けていく

 頭ではちゃんとそのことを理解している、だが橘はどこか他人事のようにその痛みを捉えていた


 ――――――――関係ねぇか、どうせここで死ぬんだ。なら俺のやることは、


 筋肉が泣きわめこうが骨が悲鳴を上げようが関係ない

 今橘の『魂』を支配しているのは、


 ――――――――クラスメイト(大切なもん)を守るだけだ


 「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 橘の咆哮が木霊する


 雨が一瞬の静寂を守り、悪魔たちもその咆哮に息を止める


 「・・・・・・さぁ、始めようぜ」

 そして橘自身が火ぶたを切った


 ドン!とぬかるんだ地面を蹴りつけ上空5メートルのところで漂っている悪魔の軍勢に突撃する

 最初の目標は眼前に呆けている蝉を無理やり人型に変えたような悪魔。そいつの胴に向かって剣を薙ぐ


 「―――――――――――ッッ!!」

 無言の気合いと共に放った一振りは蝉の悪魔の胴を横一閃に斬り落とした

 墜ちてゆく蝉の上半身を一瞥もせずに、さらに眼前に迫る二体の悪魔を一太刀ずつで屠る


 そしてそのまま着地、瞬間、橘は地面に転がるようにその場から回避した

 ズドン!と寸前まで彼が立っていた場所が無骨な刃に穿たれた。地面から刃が引き抜かれると同時に橘は刃の持ち主を視界に捉える


 頭はひび割れた不気味な骸骨、体はオンボロな衣を纏った猿のような体、そしてその手には先程地面を穿った無骨な剣

 文字で表記するならば『骸骨猿剣士』とこんなところだろう


 骸骨猿剣士は橘にその髑髏の目の黒い闇に染まる部分で殺気混じりの視線を送っている

 それに応える様に橘は素人丸出しな剣を構えた

 その構えを見て骸骨猿剣士は嘲り笑うように自身も構える


 瞬間、ガキィィン!と甲高い金属音が鳴り響く

 衝突する二つの刃、

 睨みあう両者は相対的な表情を残して同時に後ろへ下がる


 不気味な髑髏は楽しげにカラカラと骨を鳴らし、橘は嫌なものを見たような複雑な表情を浮かべる

 

 橘はさっきの衝突で感じ取った

 骸骨猿剣士の強さと、その圧倒的技量を―――――――――――――


 悪魔の寿命は約1000年、その間に熟練された剣は人間が辿り着けるはずのない境地にまで達している

 単純な力量差ですら橘の方が低いだろう。その上剣術の技量でさえ劣っているとなると、橘に勝ち目は限りなくゼロだ

 絶望的すぎる状況、1%すらない希望に橘は打ちひしがれる。まるで神や運命といった手で触る事さえできないものに「無理だ」と全てを否定されている気がした


 だが、それでも橘は止まらない。止まれなかった

 もし自分が止まってしまえば、自分が今塞き止めている厄災が大切なものへと襲い掛かる


 それだけは許してはならない

 ここで死んでゆくのは自分だけで十分だ、絶対にクラスメイトには指一本触れさせない


 気付けば橘は地を蹴っていた。強く、速く、あの悪魔たちへ

 勝算なんて何もない。ただ、守りたいから、その決意だけで前へと突き進む


 剣を振りかぶり、今度は自分から攻撃に回る

 骸骨猿剣士は橘の一太刀を軽々と受け止め、お返しと言わんばかりに袈裟切りを橘へと放つ

 橘はそれを体を後ろに反らせて躱す。真っ赤に染まるカッターシャツの先に一センチほどの切り込みが入るがお構いなしにその場で回る様に横一文字に剣を振るう


 骸骨はひらりとかわし、再び剣を振るう

 それの繰り返し、

 お互い決定打のないまま斬り合いが続く

  

 一撃で死に追いやられるであろう悪魔の熟練された一振りと下手に当たれば逆にこちらが弾かれかねないほど拙い人間の素人の剣術が紙一重ずつで攻め合う

 

 連続した金属が風を斬る音が響き続ける。時々火花が散り、当たっていなくとも皮膚を切り裂かれるようなギリギリの攻防

 だが、純粋な力と熟練された剣術で明らかに骸骨猿剣士が圧倒している

 みるみるうちに橘の体に浅い血の筋が無数に出来ていく


 このままいけばいずれ橘の動きに慣れた骸骨猿剣士がその凶刃で橘を捉える

 実力差から言ってもこれは当然のこと。神や運命に決められた必然の未来・・・・・・・のはずなのに

 

 「――――――――――――――ッッ!??」

 骸骨猿剣士はその表情が変わるはずのない髑髏の顔に焦りを浮かべていた

 

 ―――――――――当たらない


 いつの間にか、紙一重の攻防は骸骨猿剣士が剣を振るい橘がそれをひたすら回避しまくるという一方的な展開へと変わっていった

 これだけ見れば骸骨猿剣士が押していて、橘は手も足も出ないと思える


 だが本当は違った

 必死にかわし続ける橘に余裕はない。だがその眼はどんなに激しく体を動かそうとも、骸骨猿剣士の動きから離れることは無かった

 

 すべて見続けている

 やがて、彼の皮膚に刻まれていく浅い血筋がどんどん減っていった

 どんなに高度な剣術を振るおうとも、どんなに複雑なフェイントを組み込もうとも、


 ―――――――――当たらない 


 橘は必死でかわし続ける

 その傍らで模索し始める―――――――勝利への活路を


 そして彼に活路が見え始める


 停滞する戦況を見ているのに痺れを切らした他の悪魔が四体、一気にケリを付けようと橘と骸骨の斬り合いに割り込んで来た

 橘を取り囲むように位置を取り、剣が振られる合間合間に腕や爪、杭状の翼などを突き刺してくる


 それらも必死に回避する橘、出来なくなってきていた血筋がまたいくらか出来始めるがそこで気付く

 悪魔たちのコンビネーションが全くなっていないことに


 協力ではなく無理やり同時に攻撃しているだけ

 普通なら5体同時に来られたら回避など出来るはずもない。だが悪魔たちは我先に橘を殺そうとタイミングなどお構いなしに攻撃をねじ込んでゆくため、お互いがお互いの攻撃の邪魔となり、軌道がずれたりただ攻撃同士がぶつかっただけなんてことになっている


 それゆえいくらか回避しずらくなったものの橘は今十分に回避出来ている

 そして眼と体が慣れ始めた頃、橘は反撃に出る


 攻撃と攻撃が邪魔し合う瞬間、悪魔側に大きな隙が出来る

 そのタイミングと、他の攻撃を余裕を持ってかわせるタイミング、


 ――――――――ここ!!


 そこで橘は久方ぶりに剣を突き出す

 吸い込まれるように刃は狙い通りの場所、急所であろう喉元に向かって軌道を描き、


 「グギャアアアアアアアアアアッッ!!」

 貫いた。

 うるさい断末魔を上げながら悪魔の一体が絶命する


 突き刺さる剣を引き抜くと同時、

 「5体目・・・」

 呟く。


 だが彼はそこで油断などしない。同族が一突きでやられたことに驚いたのか周りの悪魔たちはコンマ数秒の間だけ動きが止まる。その瞬間にもう一体、悪魔に向かって刃を振るう


 一閃の軌道を描いた鉄の刃は悪魔の首を容易く斬り落とした

 今度は断末魔を残すことすら許さない瞬殺、一瞥をくれてやることなく橘は「6体目」と呟き次に備える


 そして悪魔たちの猛攻が再開する

 同族の死が興奮剤になったのかさらに速く、激しく狂気を振りまく3体の悪魔

 

 それを橘は、首を傾け、弾き、跳び、屈み、受け流し、全てに対応していく

 

 当たらない、その事が悪魔たちに焦りを与える

 だがそれだけではない。橘はこの猛攻の合間にも隙が出来るたびに際どい一撃を放ってくる


 直撃はしていない。だが放たれるたびにその精度が上がってゆく

 既に浅い血の筋すら出来ることのなくなった橘に対して、悪魔たちには無数の浅い斬撃痕が刻まれてゆく

 

 それが彼らに恐怖を与える。得体のしれない人間の強さに恐れを抱く

 その行為は悪魔のプライドをズタズタに切り裂く

 そして焦りと恐怖と自尊心から悪魔は大振りの攻撃をしてしまう

 

 ――――――――きた!

 待ってましたと橘は大振りに合わせて渾身の突きをカウンターにあわせる

 そして刃の先端は悪魔の肉を抉り、貫く


 「7体目」

 そっと呟く橘。その背後から武器である爪を突き立てようとする悪魔が襲い掛かる

 タイミングは完璧、完全に背後からの一撃


 ――――――――とった!

 そう思った。だが違った、

 この悪魔は気付いていない。橘を殺そうと必要以上に力み自分が大振りになっていることを、自身の攻撃が普段よりも鈍間なものになっていることを、


 ―――――――遅ぇよ


 悪魔の耳にそんな言葉が届く

 そしてそれを意識した時には――――――――――――――――


 「8体目・・・・・・・・」


 振り返りざまの橘に斬られていた

 

 その様子を剣を振ることも忘れた骸骨猿剣士がただ茫然と見ていた

 橘はそんな悪魔に声をかける


 「やっと一対一(サシ)でやれるな」


 その言葉に首に鎌をかけられてるような悪寒を感じた骸骨猿剣士は半ば狂乱気味に剣を無茶苦茶に振るう

 その太刀筋には先程までの熟練された輝きは無く、その剣にピッタリな無骨な鈍い輝きしかない

 そしてそんな太刀が5体同時攻撃をかわし切った橘に当たるはずもない


 無骨な剣が描く軌道の予測線上に橘は自身の剣を置く

 そして剣同士が衝突した瞬間、橘は手首を滑らかに回し骸骨猿剣士の剣を受け流す


 無茶苦茶に振り回していたものが流され、骸骨猿剣士は大きく体勢を崩す

 その流れた体を狙うは橘の剣

 勢い良く振られたそれは鮮血を撒き散らしながら髑髏と猿を二つに分つ


 「9・・・次はだれが相手だ?」

 橘は上空で漂っている悪魔たちに鋭い視線を向けながら挑発するように聞く

 

 言葉を向けられた悪魔たちは低く唸り、今にも飛び出してきそうな殺気を放つ

 だがさすがに同族をたった一人で屠った橘を警戒してか誰も前に出ない

 そんな時、不意に一体の二足歩行する狼のような悪魔があれほど警戒していた橘から視線を逸らした


 なんだ?と不思議に思った橘は警戒を緩めず狼の視線が向かう方に視線を流した

 瞬間、橘の顔が青ざめる


 「橘君!」

 「輝くん!」


 そこには十数名ほどのクラスメイトがいた

 ベルリアから放たれる圧に慣れて動けるようになったのか、クラスメイト達は橘を追うように外へ出ていた


 「何やってんだお前ら!動けるようになったんだったらさっさとここから逃げろ!」

 叫ぶように言葉を発した橘

 その時、橘は視界の端で確かに見た、


 ―――――――――狼の悪魔が狂気の笑みを浮かべるのを


 橘の視界から狼の悪魔が消える。狼の悪魔はその両手に生える黒々とした剛爪をクラスメイト達に向けて超高速で駆ける

 

 ―――――――クソっ、間に合え!!


 半拍遅れて橘が駆けだす

 目の前には凄まじい勢いでクラスメイト達との距離を詰める二足歩行狼の姿

 こちらも距離を詰めているのにまるで動いていないような錯覚に陥る


 「間に合えぇぇぇぇぇ!!」

 『魂』から絶叫する橘、そしてその体は叫びに応える

 

 間一髪、狼がクラスメイトに接触する寸前で横から全力のタックルで吹き飛ばした

 狼の悪魔は悔しそうな表情を浮かべ橘から20メートル程のところで体勢を立て直す


 橘は狼の悪魔に向かって全力で突撃する

 剣を振りかぶり、力任せに狼の頭に向かって振り下ろす

 直後、ガキィィン!!と火花を散らしながら剣と剛爪が衝突する

 

 頭蓋骨を叩き割る勢いで振り下ろされた大剣に割り込む形で狼の剛爪が剣を受け止めた

 その黒々とした剛爪は鉄の刃相手に傷一つ付く気配がない

 単純に硬い、鉄程度では及びに付かないほど硬いのだ

 

 拮抗したように一人と一体は動けず、ただ睨みあう。だが単純な力比べでは勝ち目のない橘は徐々に押され始める

 ギリ、ギリ、と刃物の刃が嫌な音を立てている。このままでは橘の唯一の武器である鉄の大剣が折れてしまうかもしれない

 だが、退けない。橘はここで退くわけにはいかない


 ――――――――もっとだ、もっと・・・こいつを倒すにはこんなんじゃダメだ


 ここで退けば何か重要なものを見失うような気がしたのだ


 ――――――――力、もっと力が必要だ


 この絶望的な状況を打破することが出来るかもしれない何かを

 そしてその何かの一端を掴むためのさらなる何かが橘の中から囁いた


 ――――――――『(おれ)』を解き放て!!


 途端、ドッ!!と橘から不可視の力が漏れだした。その勢いは濁流のように激しく、重力のようにその場を押し潰さんと全てを呑みこんだ

 

 ゆらりと橘の周りが不可視の力によって蜃気楼のように歪められる

 その歪みが大きくなるのに比例し橘の力も大きくなってゆき、やがて睨み合いを続けているて狼の悪魔と本当の拮抗、そして圧倒を始める


 信じられないものを見る目で狼は橘を見る

 悪魔が人間に負けることは無いことは無い。一部の天才や魔術師には負けることだってある。だが今、この狼の悪魔は純粋な腕力という力で負けている

 先程までのように悪魔と互角にやり合っていただけでも十分普通でないというのに、力ということで勝るというのは異常過ぎる


 じわじわと狼がのけ反る形になりつつある力比べ

 ごりっ、メリッ、と嫌な音が狼の耳に届いた

 視線を落してみる。鉄の刃が己の爪を抉り、斬り込んでいるのが目に入った


 「おお・・・・・・おおおおおおおおおおおおおおおああっ!!」

 橘は吼え滾りその手に持つ刃を渾身の力を持って振り抜いた

 バキンッ!と狼の剛爪が折れ、砕けた


 そのまま爪を折った大剣は狼を斬り裂く―――――――――――――――――――


 だが、傷は浅かった。狼は二、三歩後退するがすぐに立て直し、その眼に怒りの炎を燃やし咆哮混じりの絶叫しながら残ったもう片方の腕の剛爪で橘を貫かんと強烈な突きを放つ


 それに応える様に橘も剣を持つ右腕をまるで弓を引くように引き絞り構え、そこから全身全霊の渾身の突きを放った

 

 ゴオォッ!!


 爆発音に似た爆音が辺りを包み、その中心点では橘の剣と狼の悪魔の爪が拮抗している

 だがそれも一瞬、爪にヒビが走り、砕け、そして刃が狼に向かって突き進み、狼の胸の中心を貫いた


 この部位のこのレベルでの負傷は悪魔といえど即死する―――――――――はずだが

 狼の悪魔は小さく唸り声を上げ、その剛爪(ぶき)の付いていない右腕を振り上げた


 だが、そこで終わり。虚しく右腕は空を切りそのまま地にひれ伏した



 ――――――十体目


 橘は狼の亡骸を見ながら橘は心の中で呟いた


 100いた悪魔の軍勢の中でその十分の一、ハッキリと目に分かる数の悪魔をこの手で屠った

 比較的弱い悪魔ばかりだったがそれでも、橘にとっては一筋の光明におもえた

 この理不尽すぎる状況をなんとかする希望が見え始めた


 その希望は橘に余裕を取り戻させ、そして――――――――――――


 「―――――――――――――――――――――っ!?」

 

 絶対的な隙を生んでしまった―――――――――――――――――





 「きゃあああああああああああああああ!!」

 「たちばなあああああああああああっ!!」


 クラスメイト達の悲鳴が降りしきる雨と絡み合う


 大きく左右に揺れる体で一歩、二歩、三歩と歩を進めていく橘。そして四歩目にグラリと体が揺れ崩れる様に前のめりに倒れた


 ドクドクと背中から生暖かいものが溢れ出る。――――――――――――――血だ

 橘の背中には小太刀が刺さっていた。致命傷を負うような位置ではなかったが体が動かない

 体の本当の限界が訪れたのだ。ダメージを負ったことにより今まで騙し騙し何とか誤魔化してきた蓄積されたダメージが、壊れた容器の中に入っていた液体が零れ出る様に漏れだしてきた


 ――――――――おい、冗談じゃねぇぞ。こんなところでくたばってるわけにはいかねェんだよ


 歯を食いしばり、横たわる体をなんとか起こそうと力を込めるが体はまったく言う事を聞かない

 そんな橘の隣に誰かが近寄ってきた


 「よくもここまでやってくれたな人間」

 冷淡な声でそう告げるのは黒い甲冑を着込んだ悪魔だった

 全身を覆った不気味に黒く光る不思議なフルアーマーの鎧を着込み、その隙間からは真っ赤に光る眼光とインセドのような不可視の圧を放っている


 「ブルノワァァァアァァァアァァァ!!!」

 突如、凄まじい圧力と共に怒気の混じった大声が響いた

 その発信者はあの炎の悪魔ベルリア、そして受信者は鎧の悪魔。どうやら『ブルノワ』というらしい


 鎧の悪魔、改めブルノワはもともとベルリアに気を使い彼の傍で様子を窺っていた高位悪魔の一体だ

 だが、橘が予想以上に善戦したことにより僅かながらも危機を覚え、神の機嫌を損ねることも覚悟で橘を始末しに地上に降り立った


 そして予想通り、神『ベルリア』はせっかくの余興を部下に潰されて今にもこのあたり一帯を焼き払う大魔術を発動させかねないほどの怒りを覚えている

 そんな状況を覚悟していたブルノワは橘の背中から武器である小太刀を抜き取り、そのまま神に敬礼を捧げた


 ――――――――私の命でこの場は収めてください、と意味を込めて


 それを読みとれたのかベルリアはバツの悪そうな顔をして「もうよい」と諦めのかかった声で一言

 いくら横暴な彼でも余興が無くなった程度で部下を殺すほど短気ではなかった


 それを確認したブルノワは頭を上げ、再び倒れたままの橘に目を向ける


 「ホントによくもやってくれたな人間」

 「・・・・ハッ、あく、ま・・・ってのも・・・・・・たい、したこと・・・・・ねぇ、な」

 途切れ途切れの声で気丈に言葉にはする橘だがそこには一切の脅威を感じさせるものは無い

 どんどん意識レベルが低下していき、視界が少しずつ暗闇に引きずり込まれていく


 「悪魔が大したことない?・・・違うな、お前が人間として異常だっただけだ。リミッターを外した状態であそこまで戦えるどころか『魔力』まで開放できる人間などここ20年この世界には生まれていないはずだ」

 褒め称える様な言葉を吐くブルノワ

 だが橘の耳にはもうその言葉は届かなかった


 ――――――――くそ、こんなところで・・・動けよ、うご・・け・・・・・ょ


 そこで橘の意識は闇に呑まれた

 まだ死んではいない、だがこのまま目を覚ますこともない


 そんな橘を見てブルノワは一言だけ

 「人間、お前は良くやった」


 そしてブルノワは上空で不機嫌な顔をしている神に視線を向ける

 するとベルリアは一度眼を瞑り、悪魔の神と呼ばれるにふさわしい冷淡な目を開け、そして再び言い放った


 ――――――総員、異世界の人間どもを食い尽くせ!!


 それを合図にベルリアを除く全ての悪魔が橘のクラスメイトを襲うために地上に襲撃を始める

 いつの間にやら全員が教会内から出ていたらしく、その場にいた皆が恐怖に震え逃げ惑った


 実に甘美な悲鳴が響く。ブルノワもそれを楽しむように鎧の下の目を閉じた

 やはり悪魔にとって人間の悲鳴は最高の芸術だ、と頭の中で考えた

 そして一秒もしない間に目を開け、足元で意識のない橘にトドメを刺そうと手に持つ小太刀を構えた


 その時、この場に相応しくない人間の声が聞こえた


 「ダメええええええええええええええええええ!!!」

 

 恐怖はあるが悲鳴ではない叫び

 その声がどんどん近付いてき、ブルノワと橘の間に割って入った


 橘をかばうように割って入った少女、黒沢

 黒い髪を雨で濡らしたその姿は悪魔ですらも美しいと思わせてしまう。だがその眼には強い覚悟が見て取れる

 その少女の姿に思わずブルノワは手を止めた

 

 「やらせない」

 少女は一言、震えた声でそう言った


 愚かな、と思う気持ちもある。だがブルノワの中には他の戸惑ったような気持ちも生まれていた

 そしてそんな彼をさらに戸惑わせる出来事が起こる


 小さなことだ、音が聞こえただけ。とっても小さな、振り続く雨の音にも負けそうなくらい小さな声が聞こえたのだ

 だが、その声の主が問題だった


 「く・・・ろさ、わ・・・」

 もう起きることのないと思われていた橘が覚醒していた。弱々しい声とは裏腹に鋭い眼光をブルノワに向けながら

 

 「なに・・・やってん、だ。・・・・・・・はや、く・・・・・に、げ、ろ・・・」

 掠れ掠れの小さな声だが黒沢の耳にはちゃんと届いたらしく、橘の方を振り返った

 その表情は穏やかに微笑んでいた

 優しく、暖かな、こんな殺伐とした状況でなければ一目惚れ確実な綺麗な笑顔を橘に向けていた


 「ごめんね橘君。私やっぱり悪い子だ―――――――――」

 何言ってんだ?と橘は顔をしかめる


 「それでもね、私はあなたみたいに皆を守りたいって思ったの」

 こんな状況で口にする言葉ではない

 どんなに足掻いたところで誰も助からない。何をやっても理不尽に押し潰される。そんな事は黒沢自身もちゃんと理解している


 だがそれでも、どうしてもこうしたいと思ってしまった

 たとえ数秒の違いであっても、


 ―――――――――いま、いちばん愛しい人に長く生きて欲しい


 「や、めろ・・・にげ・・ろ」

 もがく橘だがその体はいっこうに動こうとしない


 そしてブルノワが再び高々と小太刀を振り上げる。その切っ先は黒沢に向いている


 ――――――――くそっ!動け、動けよ


 ――――――――『(おれ)』はまだやれるぞ!だからさっさと『(おれ)』も動けよ!


 ――――――――このままじゃみんなが、黒沢が・・・・


 ――――――――動けよ・・・なぁ、動けよ――――――――――――――動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け・・・動けエええええええええええええええッ!!


 だが、どんなに強く願っても、橘の体はもう動かない


 この世界は理不尽だ、弱者がどれだけ望もうと奇跡なんて起こりはしないのだから


 そして凶刃が振り下ろされる―――――――――――――――――――




 辺りを静寂が支配する


 肉を刃物が抉る音が聞こえた


 鮮血が吹き出し、橘の顔に斑点を作る


 同時に涙が頬をつたう


 居心地の悪い静寂が雨の音でかき消されるが、橘の口からは言葉は発せられない


 誰も動かない、


 誰もしゃべろうとしない、


 ただ、




 「よお、なかなか頑張ったみてぇじゃねーか」


 ブルノワの(、、、、、)心臓を貫いた(、、、、、、)この男を除いては――――――――――――――――


 「ば、かな―――――――――」

 後ろから鎧ごと心臓を一突きにされたブルノワは現状が理解できないといった様子でわなわなと鎧を全身震わている。鎧の隙間から覗く赤い目の光を点滅し、やがて音もなく完全に消灯した


 「あん、た・・・何者、だ?」

 橘が聞くと男はブルノワから心臓を貫いた髑髏装飾のされた黒い大剣を引き抜いた

 支えを失い、その場で倒れたブルノワ。その後ろから見えてきた男の姿


 身長は190ぐらいだろうか。全てを呑みこんでしまいそうなほど黒い髪に、それに合わせる様に膝下まである黒いレザーコートを羽織り、そこから覗く肌は白人のように白い。手には先程の髑髏の装飾が付いた大剣で反対側の手には指先の開いた皮の手袋をしている


 どこにでもいそう、と言うには容姿が整い過ぎてはいるが、それ以外はビジュアル系のバンドをやっていそうな格好のただの大男

 その整った顔は不敵に笑みを浮かべ、橘に向かう


 「そうだなぁ、俺が誰かと聞かれれば・・・・・・HEROだな」

 恥ずかしげもなくそんな事を言う男に橘と黒沢は少し呆れたような顔をした


 「おいおい、その顔は信じてねーな!」

 悲しそうな声で訴えかけ大男だったがまぁいいや、とめんどくさくなったのか頭を掻きながら後ろを振り返った


 男が向いた先には先程まで橘のクラスメイトを襲っていたはずの悪魔たちが男に釘付けになり、その動きを止めている

 それを見て少しだけ安心したような息をついた橘に男は少し振り返り、


 「Good Job HERO! お前のおかげで何とか間に合ったぜ・・・あとは任せな!!」


 意気揚々とそんな言葉を言った


 普通ならこんな絶望的状況でそんな言葉を吐くなんて信じられない

 だが、この黒ずくめの男の言葉は何故か橘を安心させた


 圧倒的絶望から現れた予想外の希望、そこから与えられた安堵に橘は全てを託すように眼を閉じ、意識が闇の底へと堕ちていくのを感じていた


 その姿を確認した男は視線を悪魔たちの方へ戻す

 そして一歩、男が踏み出すと同時に上方から神の怒りの声が響いた

 「ガァイウスゥゥゥウゥゥゥウゥゥゥッッ!!!!」

 

 それは男の名、

 『神の処刑人』の名を持つ、天使からも悪魔からも恐れられる存在、


 そんな男がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、神相手に言い放つ


 「C’mon Baby!!」


 それが橘の五感が最後に掴んだ情報

 橘の意識がそこで完全に途切れる。静かな闇の中でまどろみを求めながら底へ、底へと堕ちていった


 そして『橘 輝』をヒーローとする物語のプロローグはここで終わる―――――――――――――――――――― 

 これで橘を主人公とした物語のプロローグは終わりです

 

 次回は、もう一人の主人公のプロローグ


 プロローグ長過ぎだろと思われると思いますが、どうぞお付き合いください

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