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LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
PROLOGUE――幕開け
7/61

悪魔の神――大柱

 インセド中心の悪魔の説明から始まります

 いつ頃からだろうか、魂が渇き何にも興味が持てなくなったのは――――――――――――


 未だに止まない雨の降る夜空を自慢の純白の翼で飛びながら、白い鳥人型の悪魔インセドは物思いにふけっていた

 インセドは先程まで対峙していた一人の人間の少年について思い出していた


 「あんなに面白い奴がいるなんてこの世界もあながち捨てたもんじゃねぇな」

 思わず口角が上がってしまうのも気にせずインセドは今までにあった自分の出来事を思い出した


 インセドは時間にして50年と153日前にこの世に生を受けた

 生まれた当初は下位悪魔だったが10年程で中位悪魔に成長し、そして15年ほど前に今の位である高位悪魔にまで上り詰めた


 本来、悪魔の寿命は1000年程のものでほとんどの者が下位悪魔として生まれ、下位悪魔のまま死んでいく。中位や高位となる悪魔は基本的に生まれた時からその体に莫大な悪魔としての力『魔力』を内包して生まれてくる

 そんな中でインセドは下位から高位まで、悪魔基準としては本当に短い期間の内に上り詰めた

 この事からもインセドは悪魔としての才能があるだろうがこの悪魔はそれだけでは止まらない


 下位、中位、高位と悪魔の強さの順位の基準とした呼び名だがこの上にまだ位がある

 『大悪魔』と呼ばれる存在だ


 『大悪魔』は悪魔の中で王として君臨し、下の者たちを導く存在だ

 その力は圧倒的で橘たちを震え上がらせた時に見せたインセドの魔力など塵にも等しいほどである

 

 そしてインセドはその『大悪魔』の中でもさらに最上位とされる7体の大悪魔、『大柱』と呼ばれる悪魔の中では神とさえ比喩される絶対の存在の一柱『アラストス』に目を付けられ、彼の100いる手下の大悪魔を押さえて彼が『友』とすら呼ぶ存在になった


 さらにインセド自身、もうじき高位悪魔から大悪魔に進化する予兆のようなモノが体に現れ始めていた 何もかも上手くいっている。悪魔としてはこれ以上ないほど順風満帆に事が進んでいる


 だが、上手く事が進み過ぎていた

 もうじき王になるであろう悪魔には順風満帆過ぎる道が退屈すぎた

 少しでも何かに手こずるという感覚を味わおうと、普通は王や神に仕える場合いくらかの数で集まって軍団として行動するものなのだがそれを敢えてやらず孤高の一匹狼として行動していた


 にも拘らず彼に手こずるという感覚は現れなかった

 そしていつしか彼の中には退屈だけが残り、物事を楽しむという感覚は消え、魂は砂漠のように渇いていった


 だがついさっき、

 退屈することすらさらに退屈だと思っていたインセドに突如彼の興味を根こそぎ持っていった人間の少年が彼の渇いた魂に水を与えた


 始まりはインセドの神であるアラストスのもとに届いた謎の手紙

 内容は「とある教会に異世界より人間がやってくる」というものだった


 異世界より20年ほど前にも何度か人間がやってくるという事があった。その時に異世界の人間は『スキル』といわれるこの世界には存在しない力を駆使し、天使と組んで悪魔と戦っていた

 その『スキル』はかなり厄介なモノらしく20年前に一人の異世界の人間によって大柱の一体である『ディアビル』が殺された


 この手紙がもし本当ならば悪魔にとっては一大事だ

 真偽は定かではないにしてもこの手紙を信じて手下のいくらかを所定の場所に向かわせるべきだと判断したアラストスはインセドに異世界の人間が脅威になる前に消すように命を下した

 インセド自身も自分の神に危機が訪れる事はたとえ面白くなりそうでも、流石によく思わない

 神の命のまま人間を殺しに真偽は定かではない手紙に記された教会に向かった


 念のために1キロほど離れた場所から普段は無意識に垂れ流している魔力を気配を消すように体の中に押し殺し、教会の窓からそっと中を覗き込んだ

 

 いた!


 中にはざっと数えて40人ほどの人間。皆この世界では見慣れない服装をしているので異世界人というのもほぼ間違いないだろう

 インセドは早速、神より任されたニ体の悪魔に指示を出し、決して一人として逃がさぬように教会内に突入した

 基本的な悪魔の軍団がとる様な横一列ではなく人間たちを囲むように陣取りをした

 そして一応の情けということで今から行われる悲劇を適当に説明した


 すなわち「お前らをこれから殺す」といった訳だ

 インセドは恐れ慄き、叫び、命乞いをする人間たちの姿を予想した。悪魔たちにとって娯楽とも言える人間の恐怖の姿を予想した


 ああ、くだらない。俺様には興味のない事だ・・・


 乾いたインセドの心はその娯楽すら受け付けなかった

 もはやウザったい喚き声が聞こえる前に皆殺しにしてしまおうかとも考えた

 

 だがインセドのそんな思考は人間たちに打ち砕かれた。笑っているのだ、人間たちが面白いものでも見ているかのように

 インセドは呆れた

 いくら異世界の人間が悪魔の存在を知らないにしてもこの人間とかけ離れた姿を見れば少なからず驚きの声が出る者じゃないのか?


 20年前に直接異世界の人間に会った事は無いインセドは異世界人は皆頭がおかしいのではないかとも考えたが、違うようだ

 笑い声を上げる頭のおかしい一団とは少し離れたところに二人

 絶望的な状況をちゃんと理解し、それでいて目が死んでいないオスの人間と

 恐怖に身を震わせ、オスの後ろに今にも崩れそうな足で立っている人間のメス


 その場にあった反応を見せる二人を見つけ、自分の常識力がいつの間にか下がっていたのではないかと心の奥底ですこし心配していたインセドは人知れずほっとし、その二人に向かって話しかけた


 「正常な判断が出来てるのはお前ら二人だけみたいだな」


 そう言ってやるとオスの方が後ろを一瞥し顔をしかめた。すると体を半歩ほど横に逸らし、メスがインセドから見えなくなるように陣取り、あろうことかインセドを睨んできた


 おいおい、マジかよこの人間?この状況でこっち睨んでくるか?

 頭がおかしくなっているという解釈も出来なくはないがインセドは人間の目を見てそうじゃないと確信していた


 気付けばインセドはその人間に興味を抱いていた

 そしてインセドはたまに起こす気まぐれによって人間にチャンスを与えた


 すなわち「他を置き去りにして逃げる」か「このままここに残って死ぬか」の選択肢を与えた


 その人間はその選択肢に迷い、迷いぬいた揚句インセドの定義する『弱者』の選択をした

 要するに「このままここに残って死ぬ」を選択したのだ


 失望したインセドはその人間を殺すつもりで蹴った

 無惨に吹き飛ばされた人間に一瞥をくれてやったインセドはそのまま興味を失くし、他のニ体の悪魔が楽しそうに人間をいたぶる姿を無関心に見ていた


 悲鳴を上げる者、恐怖に体が動かない者、いろいろだ

 そしてあの人間の後ろに隠れていたメスが悪魔の一体にその命が狩られるその寸前、


 「っそがあああああああああああああああっ!!」

 どこからともなく絶叫のような咆哮が轟いた


 なんだと思いインセドは咆哮の発信元に目を向けた

 そして自分の目を疑った


 先程殺す程度には蹴ったはずの人間が立っている。しかもただ立っているわけじゃない

 どこから出したのか、鉄の剣を振り投げ悪魔の一体に突き刺したと思えばそのまま駆けだして悪魔相手に拳で一撃


 ありえねぇだろ―――――――――――――――――――――

 

 普通の人間が悪魔を相手する戦術は魔法や『スキル』による超火力か複数名で武器を使った数にものいわすものだ。素手で単騎突破などナンセンス

 だが人間はそこで止まらない


 剣先をインセドに向け宣言する

 「このまま全部救わせてもらうぞ!!」


 呆れさえ通りこして尊敬の念すらインセドの中には起こっていた

 さらには乾ききっていたはずのインセドの魂が躍動していた。あの人間はどんな事をやらかしてくれるんだ?と久方ぶりの魂の栄養にインセドはその内心を隠しきれなかった


 そしてその人間はインセドの期待にこたえるように宣言通り全てを救った

 ニ体の悪魔をただの鉄の刃で斬り伏せ、あろうことかインセドの体にも傷を付けた

 常識などどこかで振り切った人間『タチバナ テル』は三体の悪魔から33名のクラスメイトの命を守りきったのだ


 「ホントに大した奴だぜ」

 インセドは夜空を飛行しながら独り言を呟いた


 神の命すら裏切って橘を生かした。裏切った報いは必ず訪れるだろう

 だがそれでも、インセドの中にはたった一人の人間に対する期待のみが沸き立っていた


 死なせてたまるものか、テルはきっともっと強くなる。強くなる前に狩ってしまうなんて面白くない

 強くなったテルと殺り合えば自分のこの心も満たされる

 たとえ神への裏切り行為になろうとも、その報いがこの体に訪れようとも必ず――――――――――――


 インセドはその鳥のような顔を狂気に歪めた


 ―――――――――――――テルは俺様が狩る!!


 歪んだ決意を決めたインセドは夜空を駆ける


 

 だが、彼は知らなかった。自身のとった裏切り行為は神だけを裏切るものではなかった

 『スキル』を所持する可能性のある者を見逃す、それすなわち悪魔全体への裏切り


 その重すぎる裏切りの罪はこの後すぐ神によって裁かれる――――――――――――――――――――


 

 ――――――――――――――――ッッ!?

 突然、超が付くほどの速度で飛んでいたインセドがその翼を止めた

 

 インセドの前方、およそ2キロは離れているところではあるだろうが何かがいる

 教会に突撃する前のインセドと同じく垂れ流しの魔力を押し殺している何者かがいる


 押し殺さなければならない程の魔力の保持者となれば自然と『悪魔』に限定される

 だが問題はそこではない


 問題は2キロは先で気配を消しているのにも拘わらずインセドに気付かれた事。いや、気付かせてしまった事(、、、、、、、、、、)――――――――――――――


 押し殺しているにも拘らずその膨大な魔力を隠し切れていない事を意味する事柄はインセドに前方にいる者の正体を悟らせるには充分だった


 瞬間!、巨大な赤い閃光が無数の光の矢を連れてインセドの目の前に止まった

 残光が辺りを激しく包む。目の眩むような激しさにも拘わらず、インセドは瞬き一つせず赤い閃光の中から現れた巨躯の者を見上げていた

 周りにはおよそ100いるであろう悪魔の軍団がその巨躯を取り囲んでいる

 巨躯の者は首をかしげるような仕草をした後、「ああ!」と何かを思い出したような声を発した


 「その白き翼・・・『我が友』の忠実なる部下、インセドか!?」

 豪快な印象を受ける声で巨躯の者はインセドの名を口にした

 その姿にインセドは一敬礼をし、

 「お久しぶりです――――――」

 らしくない口調で巨躯の者の名を口にした


 「――――――ベルリア様」


 インセドが神と称える「アラストス」と同等

 悪魔の中でたった7体しかその称号を名乗る事は出来ない『大柱』をその体で体現する者

 赤黒い皮膚をした鬼というのが見た目で一番しっくりくる表記だろう。さらに紅の炎を体に纏わせ、その右手には伝説級の剣型魔具である『イフリエイト』が握られている

 『地獄の業火の如き者』という二つ名を持つ神


 ベルリアはインセドの畏まった挨拶に笑いだした

 「フハハハハ、『我が友』の忠実なる部下よ、何をそこまでかしこまる?」

 愉快そうに笑い続けるベルリアはインセドに意地の悪い質問を投げかける


 「畏まるも何もあなた様は神の如き者の一体、いち悪魔にすぎない私がこのような態度をとるのは当たり前というもの・・・・・」

 (この自尊心の塊が・・・・)

 そしてベリアルを称える言葉を吐いたインセドは同時に心の中で悪態をついた


 反吐が出る

 これがインセドがベルリアに抱く感情だ


 「ガ、ハ、ハ、ハ、ハ!!正直な奴は好きだぞ!好感が持てる。自分の置かれている状況が分からん奴ほどくだらない奴はいないからな」

 最後は吐き捨てるように言うベルリアにインセドは悟られない程度に顔に嫌悪感を表す

 

 (なぜこうも違うのか・・・)

 絶対の神を目の前にしながらもインセドはそんな事を考えてしまった。彼の仕える神『アラストス』は尊大な態度をとる事はあるがそれでもどこか下の者を思う素振りを見せる。

 それはインセドの定義した「他人の為に迷う」弱者に該当するようにも思えるが彼の神には強者としての力と心構えがある。決して選択を間違ったりはしない


 だが目の前にいる神『ベルリア』は尊大というよりも暴君という言葉がそのまま当てはまる

 自分の力に絶対の自信を持ち、他の追随を許さないとばかりの傲慢な態度

 さっきの質問も要は他の神の手下に自分を褒め称えさせて、勝手に自己満足しているだけなのだ


 噂によればミスを犯した右腕的存在の部下を何の躊躇いもなく斬り捨てたと聞く

 自らの右腕にそのような仕打ち、まずアラストスならばしないと確信する。なぜならその行為は自身の力を弱体化する事なのだから

 中途半端な力を持った弱者からのなり上がりがよくやる事だが、決して強者のやる事ではない

 それを強者でありながらやり続けるベルリアにインセドは嫌悪をせずにいれなかった


 敬礼を崩さないままのインセドは顔も見たくないと思い敢えてずっとそのままでいた

 そんな時、自慢話ばかりしていたベルリアが「そういえば・・・」と話しの方向を変えた


 「この近くに異世界から人間が送られてくるという情報が俺の元に来ているのだが、何か知らんか?」

 「ッ――――――――――――――!?」

 先程まで頭を下げていたはずのインセドが思わず顔を上げた

 それに何かを読みとった様子のベルリアは口角を不敵に引き上げながら続けた


 「もうこの辺りはあらかた探したのだがいなかった。あとはお前がやってきた方向だけなのだが、異世界から来たと思しき人間はいなかったか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 インセドは何も答える事が出来なかった

 ベルリアが言っている情報はアラストスのもとに届いたモノとは少し違うようだ(主に正確な位置が示されていなかったという点)が、異世界人というのは十中八九「テル達」という共通のもののはずだ


 今しがた、勝負に負けて見逃してきたインセドは、さっき自分が橘にしたように人生の分岐点の選択を迫られた

 橘たちの事を伝え、生き残るか

 自分の興味の為にこの化け物に挑むか・・・


 究極の選択

 まさか他人に突き付けたその日に自分が突き付けられることになるとは、この世はくだらない理不尽であふれている


 やっと見つけた玩具を捨てるか、自分の命を捨てるか・・・

 (クソっ!)

 心の中で舌打ちをする。まさか強者である事に拘っていた自分が、たかがさっき見つけたお気に入りの為に自分の定めた弱者の振舞いをしようとしているのだから


 「弱者のために迷うのは弱者のすること。自分のために迷いそして行動するのが強者だ」

 教会で橘に言った言葉がそのまま自分にのしかかった

 

 今まで自分の絶対のルールだったそれを、自分は破ろうとしている

 それがどれだけバカな行為なのかはインセド自身理解している。その絶対のルールに従ってきたからこそインセドは今の強さを手に入れる事が出来たのだから

 

 なのにどうしてだろうか

 躊躇いがない、迷いが自分の中に見えない

 あの(バカ)を見た後だからだろうか、自分もあんな風にバカをやってみたいと思ってしまう気持ちがインセドに生まれていた

 

 だからインセドは一歩分前に進み、ハッキリとした口調で言った――――――――――――――――

 「申し訳ありません。この先にいる人間たちをあなた様に会わせるわけにはまいりません」

 ――――――――――――死への引き金となる一言を、


 その言葉を聞いたベルリアは少し目を開き、怒りを示す紅蓮の炎をその身に宿しながら言った

 「我が友の忠実なる下部よ、その言葉・・・自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

 当たり前だ!

 そう叫びそうになってインセドは自重した

 代わりに穏やかな声で返す

 「悪魔全体への裏切り、と言いたいのでしょう?分かっていますよそんな事は。でも止めらんないんだよ、この魂の躍動が・・・」

 

 少しずつだが彼の魂がその久方ぶりの声を上げる

 「ここで退くなって叫んでんだよ!!」

 もはや取り繕った敬意の態度は微塵のなかった。いつも通りの彼が神に向かって吼えた


 その愚かな行為に神、ベルリアはただ冷酷な瞳でその白い悪魔を眺め、

 「愚かな・・・・・・」

  神の怒りにも慈悲にも聞こえるような声でベルリアが言った


 その瞬間、インセドの意識は途絶えた―――――――――――――――――――――――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 バッと勢い良く橘が目を覚まし瞼を開けた

 彼が眠りに着いてからおよそ5分ほど経った時だった


 その彼の視線の先には長い黒髪を垂らして、橘の顔を不安げに見ている黒沢の顔があった

 「く、黒沢・・・近い!」

 その距離は10センチほどでもし橘に邪な心があれば彼女の唇を奪える程度のものである。まぁバカで女性耐性レベル1の橘にそんな事をする度胸は無いが・・・

 

 「橘君起きた?よかった、変に不安になる言葉残して死んだように寝ちゃうんだから、このまま目を覚まさないんじゃないかって心配したよ」

 ほんのりと微笑みを見せる黒沢は顔を遠ざけ「みんな、橘君が起きたよ!」と声を出した


 話を察するに、黒沢は橘が心配でずっと見ていてくれたようだ

 そう考えるとどこか気恥ずかしいような、嬉しいようなという気持ちになった橘

 だがそんな彼の表情はすぐに険しいものに変わった


 (何だったんだ、さっきの?)

 

 意識が暗い闇の底に沈んでいる時、感じたあの感覚

 インセドと対峙した時にも似た、いやそれ以上の圧迫感をどこか遠いところから感じたような気がしたのだ


 (気のせい?)


 所詮無意識のうちに感じた感覚だ。寝ぼけていた可能性は大いにある。だがどうしても橘の頭の中にチリっとそれが引っ掛かかっていた


 「よお橘、気分はどうだ?」

 頭上から声がした。目を向けてみるとバカ3人衆の二人と安田が寝転んだままの橘を見降ろすかたちで立っていた

 

 大丈夫だ、と橘は答えようとしたが彼は口を紡いだ

 殺気、そう殺気が自分に向けられているのに気付いたのだ。それも一つではない、10でも足りない数の殺気が自分に一点集中していた


 そのうちの二つの殺気は眼前にいるバカ三人衆こと鳥羽戸と木本の二人から向けられていることにも気づき橘は迂闊に口を滑らせまいと口を紡いだのである


 俺、何か起こらせる様な事したっけ?と頭の中のごく最近のアルバムをめくっていくが悪魔に向かって剣を振り下ろしているところしか思い出せなかった


 そこで橘はうっ!と吐き気を催した

 よくよく考えれば自分がやったのは生き物を剣で斬り裂いた、その事に他ならないのである

 山で獣を狩った事があるかと高校生に質問すればほとんど「ない」と返答されるであろうように、所詮ただの高校生である橘もそんな事をやった事は無い

 つまり生き物の死をこの手で呼び込んだことなど一度もないのだ


 斬り裂いた瞬間に大量に吹き出る返り血も、真っ赤に染まった制服も、橘という少年には少々刺激が強すぎた

 リミッターが外れていた事と戦う事以外意識が向かなかった事であの時は大丈夫だったが、今頭が冷静になった状況であの惨状を思い出すと気分が悪くなった


 「大丈夫、橘君?顔色悪いよ・・・」

 また心配そうな顔を近づけてくる黒沢に「いや、大丈夫!なんでもない!」と気丈に振舞う

 するとまた橘に向けられる殺気がその色を強くした


 「た~ち~ば~な~、良い御身分だなテメェ。少しはこっちにもその羨ましい状況分けてもらいたいもんだぜ」

 ひねくったような声色で木本が言う

 「気にしないで輝君、木本君は少し気が立ってるだけだから。それより具合はどう?」

 安田がフォローを入れるように会話に入ってきた


 まぁ流石に親友カテゴリーに属する安田の質問に答えない理由もないので橘は少し目を瞑って、

 「悪くは無いかな?体のところどころ痛むが動く事は出来そうだしな」

 そういうと鳥羽戸が憎しみを籠めた声で

 「じゃあ頭とかどうだ?」

 と聞いてきた


 「またバカって言いたいのか?まぁいいや、頭はちょっと頭痛がするけど中身の方は問題なさそうだ。外側の方もこの柔らかい枕のおかげでとても心地い・・・・・・・」

 今自分が頭を置いている枕をポンポンと叩きながら言う橘はその口を止めた


 暖かかった。とても心地のいい暖かさで感触も素晴らしい枕だ

 だが橘がそれを叩いた瞬間黒沢が「あっ!」と驚いたような声を出して顔を赤らめた


 (そういえば黒沢ちょっと近すぎね?いや、近づかれるのが嫌ってことじゃないんだが、なんか物理的にありえないぐらい近い。まるで密着しているような・・・・)


 そこまで考えのいたった橘は壊れかけの発条式のからくり人形を思わせるような鈍い動きで安田に視線を合わせ、やや引き攣った笑顔で聞いた


 「俺、いまどういう状況?」


 安田は答えずらそうに苦笑いを浮かべて

 「膝、枕だね・・・」


 「・・・・・・・・・。」

 「・・・・・・・・・。」


 「誰が?」

 「黒沢さんが・・・」

 「誰に?」

 「輝君に・・・」


 重たい空気が二人を包んだ―――――――――――――――――――――――――






 「「「「たぁちぃばぁなぁくぅぅぅん!――――――――――――――」」」」

 瞬間、ゴウッ!と殺気が強くなるのを感じた


 「待て!この件に関して俺に非はあるか!?」

 黒沢の膝枕から名残惜しいと嘆きながらも立ち上がり、今にも襲い掛かって来そうなクラスメイト(男子)をなだめようと咄嗟に言葉を絞り出す

 

 「お前に非だって?ないなぁ・・・」

 橘の言い分を認めたクラスメイト。ほっと胸をなでおろす橘だったが「しかぁし!」という木本の声に体をビクッと硬直させた


 「確かにお前に非は無い。だがな、我々の女神に膝枕をしてもらうなんて羨ましすぎるぞチクショおおおおおおおおおおおお!!」

 叫びながら殴りかかってくる木本


 だがその時、

 「ッッ――――――――――――――――――――――――――――――――!!?」

 バッ!と橘が手の平を木本の前に突き出し、制止させた


 その顔はいつも見るバカな橘の表情ではなく、さっきインセドと対峙した時のよな表情だった


 その事に気付いたクラスメイト達は皆ざわつき始める

 そして事が起こる――――――――――


 ドォ!!とあの不可視の力が体を襲ってきた

 しかもインセドの時のモノより遥かに強力。教会内だけじゃない、この世界自体が軋むような圧倒的圧力。立つことが叶わずに、跪くどころか皆平伏した


 そんな中でやはり橘だけは立っていた

 険しい表情に余裕の文字は見えない

 傍に落ちてある血がべったりの鉄の大剣を拾い上げ、そのまま走って雨が降りしきる教会の外へ


 

 「うそ・・・だろ」

 絶望的な声色で橘は呟いた


 教会の外、その上空に橘は目を釘づけられた

 

 そこには100体の悪魔がいた


 その中にはインセドと同じ高位悪魔も混ざっているがそんな事は橘には今どうでもよかった


 ただ、その100いる悪魔の中で一際巨大な赤黒い皮膚をした炎を纏う悪魔


 その存在だけに橘は絶望した


 「がはははははは、人間!よくぞ我々の前に自らの足で現れた!褒めてやる」

 インセドよりも傲慢な印象を受ける口調の悪魔は続ける、


 「褒美に貴様から我らの(えさ)にしてやる!」


 

 これが橘輝のプロローグ最終章

 神を前にした、ただの人間風情に突き付けられた理不尽


 99の悪魔が一斉に、橘を、彼の大切なもの(クラスメイト)を食らうために襲い掛かる


 そんな絶望の中で橘は強く剣の柄を握りしめた――――――――――――――――

 次回で橘が主人公のプロローグが終わります

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