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LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
第二章――DOUBLE HERO
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人間離れ

 お久しぶりです。

 いろいろ忙しく遅くなりました。すいません。

 

 橘のボディーブローは痛烈だった。

 並みの状態で、鋼鉄以上の硬度を誇る悪魔の外装を拳一つで砕いたのだ。

 悪魔はその破壊力に吹き飛ばされダンジョン最奥部に建てられるレンガ造りの壁に埋もれた。


 「橘くん!?今の音は何!?」


 黒沢が追いついて来た。

 部屋に入るなり動揺した声を上げる彼女だが、誘拐された宿屋の娘を抱える橘を見てホッと胸を撫で下ろした。


 「遅かったな。とりあえずロリコン悪魔はぶっ飛ばしといたぞ」

 「悪魔を吹き飛ばすって……一体何したの?」

 「こう、鋭い角度から内臓めがけて抉り込むような――――」

 「あー、もういいわ。なんとなく分かったから」


 再現するように右腕を振りながら説明した橘。

 そこに悪魔と対峙した人間が持つ独特な緊張感がないことに黒沢は気付いて頭を押さえた。


 「お兄ちゃん?」

 

 何故か腕を振りっぱなしだった橘に、腕に抱かれる少女は不思議そうに首を傾げた。


 「お兄ちゃんは、ヒーローさん?」

 「んー、俺はそんなカッコイイものじゃないかな。強いて言うならその弟子」

 「弟子?」

 「そっ、この世界で一番カッコイイヒーローの弟子なんだ」


 父親を自慢する子供のような笑顔で言う。

 その表情は誇らしく、自信に満ち溢れている。


 少女を抱えたままそっと立ち上がった橘は入口付近にいる黒沢ところへ向かった。


 「この子頼んだ」

 「悪魔はもう倒したんじゃないの?」

 「いんやまだまだ。挨拶がわりの一撃だったし、あんなもんで倒れちまったら俺の楽しみが無くなっちまう。なにより――――」


 不敵に笑みながら赤いコートを翻し、橘は言った。


 「邪神の名が廃っちまうよなぁ、ええ?」


 振り返りざま、黒沢の動体視力が追いつかないほど一瞬で魔法陣の中から髑髏の大剣を引き出した。

 それを正中線上に構え、部屋の奥に備えられた玉座に向ける。

 

 黒沢は最初、橘が誰に話して掛けているのかが分からなかった。

 だが彼がブーツの踵を鳴らした瞬間、まるで瞬間移動でもしたかのように悪魔が玉座に座っている姿が目に映った。


 人間のような姿かたちで、灰色がかったの肌をしている。

 一見で大きくその違いを示唆するのは、真っ赤に光る双眸と両手から伸びる長い爪。あとは口裂けな頬ぐらいのものだ。

 精錬されたような眉をひそめて悪魔は問うた。


 「人間、貴様只者ではないな……」

 「まぁ半分くらいは人間やめてる感はあるからな」


 冗談みたいに言う橘は後ろから見てもわかるくらい苦笑している。

 悪魔は逆に楽しそうに裂けた口元を三日月型に歪めた。


 「そうか……そうか……。クカカカッ!単なる噂だと思っていたのだが……。いや、そもそも『神の召喚に応じる者(リヒト・ガルディアン)』の二世がいるという事も初めは噂だったのだ。貴様が存在してもおかしくは無いな」


 ――――これは傑作だ。

 まさか、ここまで邪神復活の儀式が難航する羽目になるとは。


 悪魔は壊れた容器みたいに自嘲の呻きを漏らした。

 先程、金髪の少年が背後を見せたときだ。その身に纏う真っ赤なコートにドクロと剣をあしらった刺繍が見えた。それは悪魔にとってある意味最も畏怖する象徴のものであり、同時に邪神と同等に崇拝したくなる者の称号でもあった。


 「ガイウス――――大罪の血を引き継ぐ者。神をも殺す処刑人が弟子を持ったというのは本当だったのか」

 「さすが師匠、悪魔の界隈でも有名人か。弟子として鼻が高いね」

 「黙れッ!!」


 真っ赤に光る目が悪魔の激情に反応したかのように激しく灯った。

 憎悪の対象でも見るかのような歪んだ顔で橘のヘラヘラした面を凝視する。


 ああ、憎い。煩わしい。

 何故だ、何故ここまで邪魔が入る?


 悪魔はその理性を吹き飛ばしそうになりながら玉座の肘掛の装飾を握りつぶした。

 

 「大罪は!ガイウスは邪神様に対して無関心ではなかったのか!?二十年前だって、あやつがいれば楽々と片付けられた局面を、暴走した父に構って異世界人に任せたではないか!なのに何故だ!?なぜこのタイミングで、奴の息がかかった貴様が現れる!?」


 「知るかよ。たまたま偶然、俺がいるところでお前が下手に暴れたから来たまでだ。因果応報だよ、大人しく引き篭ってりゃいいものを」

 「橘くん、よく因果応報なんて言葉知ってたね。修行の中に勉強もあったの?」

 「黒沢さん、今俺をからかっちゃう?」

 「まぁ橘くんだし仕方ないよ。日頃からしっかりしてれば、因果応報だね」

 「ブーメラン軌道だとっ!?」

 「それより橘くん、前見て、前!」


 ジリジリと、肌が焦げるような感覚があった。

 悪魔の内に秘めていた魔力が盛大に漏れ始めたのだ。

 それが空間を圧迫し、緊張感として人間三人を圧し潰す。


 しかし、橘はヘラヘラと。黒沢は鋭い眼差しを向けて、その圧力に立ち向かっている。

 唯一宿屋の少女だけは息苦しそうに表情を曇らせるが、橘が振り返りそっと頭を撫でるとその雲行きもいい方向へと移っていった。


 「下がってろ、こっからは俺のお楽しみだ」

 「死んじゃダメだよ。危なくなったら私も乱入するから」

 「大丈夫任せろ、こんなもんじゃまだまだ」


 溢れ出す魔力は相当な量だった。

 さすがは悪魔の神、邪神の部下だということはある。単純な魔力量だけならとうに上位悪魔、いやそろそろ大悪魔クラスになるだろう。

 大悪魔クラス、それはすなわち魔界の王だ。魔王だ。

 RPGならラスボス級の敵が今目の前に対峙している。


 だが、橘の表情からヘラヘラとした余裕は消えない。

 あの教会で悪魔相手に剣一本で立ち向かった時と同じだ。

 圧倒的不利に思える状況を、平然と覆したあの時と。


 ――――こんなもんじゃまだまださ。


 橘は述懐した。

 

 「師匠が酒癖の悪さで暴れた時の方が100倍ヤベェ!」

 

 直後、両者は音を置き去りにする。

 ソニックブームが極々小規模で起こった。

 

 部屋の内装は崩れ、ひび割れる。

 黒沢も少女を庇うようにうずくまり、なんとか吹き飛ばされなかった。

 散弾のように飛び交う壁やら床やらの破片が黒沢に降り注ぐが、何か巨大な光が彼女を守った。

 

 「くっ、無茶苦茶な……」


 ぼやきながら振り向くと、そこには悪魔と橘の激突痕がありありと残っていた。

 抉れるように凹んだ地面がその衝撃を物語る。


 (二人は?)


 金属同士がぶつかるような甲高い音が連続している。

 しかし、その音源を黒沢は目で捉えられなかった。

 時折、影が視界の端を翔るがその正体が見分けられない。

 おそらく悪魔か橘家のどちらかなのだろうが、


 少なからず人間の動きではなかった。

 

 橘は先ほど半分人間をやめたと言っていたが、これがそういうことなのだろう。

 何をどうしたらここまでの境地に達せられるのかは分からないが、橘は確かに人間をやめていた。


 「橘くん……」


 不安げに、黒沢の声が落ちる。

 激突の音にかき消されるその言葉は、決して彼には届かない。


 遠い。

 クラスメイトの背中が遠かった。


 橘は放っておくとどこまで突き進むかわかったものじゃない大馬鹿だ。

 だから、黒沢は彼の隣にいようと決意したのに。

 

 ――――途端にこれか……ヒドイよ。


 声にはしない。

 したところで彼には届かないのだから。

 黒沢はただただ黙って、薄らと認識出来る影の行方を祈るばかりだった。


 大きな音が鳴った。

 

 それが合図だったか橘と悪魔が影から帰還する。

 ザッと後ろへ滑るような形でまた黒沢たちの前へ現れ、髑髏の剣を肩に乗せていた。

 頬に血筋が垂れている。


 それに向かい合う方向には纏っていた外装が幾ばくか斬り落とされた悪魔がいる。

 欠落した部分を視界の端で確認して一度舌打ちをした。


 「どうやったら人間がそこまで動けるようになるんだ?……ガイウスは人間を別次元に進化させる方法でも確立したというのか?」

 「ハハハッ、言ったろ人間半分やめてるって。方法は簡単さ、正と死の狭間を彷徨うくらいのキッツイ修行を毎日毎日繰り返す。一万回ぐらいは死にかけたかな。まぁ結果オーライ。俺はこれだけ強くなれた。文句は一つもないな」


 にやりと笑う橘に、さらに忌々しげに悪魔は言う。


 「どうやら、異世界人よりも貴様の方がよっぽど厄介な存在になりそうだ。今ここで殺せてよかったよ」

 「ほざけ、お前じゃ俺を殺せねぇ」


 そんな言葉を残して、橘はまた駆ける。

 一瞬にして剣の射程範囲まで距離を詰めると、そのまま袈裟斬り。

 悪魔はその手に生える爪で応戦し、甲高い爆音を撒き散らした。


 交わる刃と爪から火花が散る。

 それが両者の瞳に映り、白熱した。


 圧力に耐え兼ねたお互いの武器が、その意志を持ってしたかのようにお互いを弾いた。

 後ろへ下がる両者、かと思いきや足ガ地に着くのもままならない瞬間にはどちらもまた突進をかましていた。


 だが今度は激突しない。

 橘は悪魔の首めがけて剣で横一閃の軌道を描くが、悪魔は身を屈めて楽々と避ける。

 剣を振り切ったせいで隙だらけになっている脇腹に爪を突き立てる。


 が、それは振り上げられたブーツのつま先に弾かれ空を切った。


 返す刃で剣の軌道を変え、再び悪魔に斬りかかる。

 よけられず、悪魔は膝を落としながら片手の爪で受ける。そしてもう片方で今度こそは橘の胸を一突きにしようとするが、いつの間にやら伸びていた橘の左手が悪魔の爪を握って離さなかった。

 

 「ハッ、やるじゃねぇか。これまで師匠にビビって力をずっと抑えていたチキンだとは思えねぇな」

 「アレの怖さを知っていれば当然の処置だ。そのせいでせいぜい中級悪魔程度の力しか出せんかったがな。貴様を殺すのにはそれでは足りんだろう?」

 「もちろん。手を抜こうなんて考えるなよ、全力で楽しもうじゃねぇか」


 互いに刃を突きつけた状態にありながら、未だにヘラヘラとする橘に悪魔は寒気がした。

 悪魔は人間から見れば悪趣味だ。悲鳴を好み、血を欲す。

 戦いなんていうのはその両方が揃うので絶好の遊びだ。

 戦闘狂になる者も多い。


 それをどうこう言うつもりは悪魔にはない。

 もとより同族なのだから。

 しかしこの男、橘輝が悪魔以上に戦闘を好んでいるのには、さすがに嫌になった。

 悪魔から見ても悪趣味だと思える。それを人間が見たら?

 

 ――――答えは出ない。


 金色の髪が揺れた。

 瞬間、世界が変わる。


 悪魔の視界は真っ赤に彩られていた。


 橘が斬ったのだ。

 爪と鍔迫り合いを繰り広げていた刃を引き、刹那の給付を挟んだ後再び振り下ろした。


 悪魔の爪は硬かった。

 物理的にもだが、何より魔力で補強してあることが大きい。

 それが悪魔の基本的戦術でもある。

 魔術を使う、というのもあるがそれ以上に単純で強力な戦法だった。


 魔力はこの世界の理だ。

 それを武器に注ぎ込む。


 どれだけ危険なことか。

 剣に注ぎ込めばあらゆる万物を切り崩し、槌に注げばどんな物も打ち砕く。

 盾に注げばいかなる攻撃も受け付けない。


 物理的に、などという枠組みを超えて概念にまで影響を及ぼすほどに強力な力だ。

 矛盾など発生しない。魔力を注がれた紙切れは、鉄よりも硬度になる。

 

 それが、悪魔の爪に注がれれば?

 この世の万物がその硬度と破壊力にひれ伏すだろう。


 その爪を、橘は再び振り下ろした刃で斬った。

 叩き折ったという表現の方がしっくりくるが、そこは剣。

 斬った。


 万物を寄せ付けぬはずの、矛盾も発生しない悪魔の爪を斬り落としたのだ。


 悪魔が驚愕に飲まれる暇もない。

 そのまま突き進んだ刃は、悪魔の右腕を斬り飛ばした。


 気付いた頃に、やっと苦痛の声を吐き出した悪魔。

 肩口から無い腕はぼたりと血だまりに落ち、吹き出した鮮血は橘を赤く染める。

 しかし、彼のコートは何よりも赤かった。


 彼に血跡はもう残らない。

 まだまだ忙しく、またしばらく更新が止まります。

 次は九月の終わりくらいに……いけるといいな。

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