無双
食事中にイチャラブなイベントなど起こるわけがない!
夜は更け、そして日が昇る。
まだ薄暗い時間、夜中すらも騒がしかった街の喧騒が嘘のように静まり返った朝に橘は目を覚ました。
昨日、言うだけのことはあって中々の腕前で黒沢から手料理を振舞ってもらった。
料理作るといっているのだから当然調理器具のある場所、今回は都合がつく黒沢の家で食べた。
家といっても彼女が所属しているギルドの方から提供される女子寮の一室で、そこは共同空間が多く設けられ調理場というのも共同スペースになっていた。
ただ食べさせてもらうというのも何か落ち着かないので下ごしらえぐらいは手伝おうと黒沢と共にキッチンに立ったのだが、そこは共同スペース。しかも女子寮。
物珍しそうに寄ってきたギルドの女子メンバーがクスクスニヤニヤしながら黒沢に言うのだ。
「彼氏?いいわねぇ~羨ましぃ」
橘としてはそんなことを言われては居心地が悪い。
さらに黒沢の気分を害して約束が飛んだらどうしてくれるんだ、とハラハラだ。
だから弁解の言葉を述べようと口を開くのだが、それ以上に早く黒沢が満面の笑みで言うのだ。
「いいでしょ?」
――――黒沢さん、ちょっと悪ふざけが過ぎやしませんかね?勘違いしますよ?いいんですか?
と橘は固まり、赤面する。
同時に聞いた女性たちも一瞬固まり、橘の顔を吟味するように見た。
やめてくれ。
橘は知っている。
黒沢は美人だ。橘には妹がいて、それもまた信じられないほどの美人――――年齢と容姿からすれば美少女という表現の方がしっくりくる。
そんな妹の顔を飽きるほど毎日見ていたはずの橘ですら直視すると100万wのフラッシュを浴びたように目を逸らしてしまうほど黒沢は美しい。
そして、橘は自分の容姿を優れているとは思っていない。
事実優れてもいない。
可もなく不可もなく、中の中だと自分で言うだけだ。
そんな奴が黒沢の彼氏?
天秤に乗せたら軽すぎて星の彼方までフライアウェイするほど釣り合いが取れない。
彼の顔を見定めた女性陣からも何とも言えない表情が返ってくる。
しかし黒沢は気にせず玉ねぎをミンチ肉に加えていく。
「ああ、うん。なんていうか……面白そうな人だね」
と女性の一人が言った。
気を使っているのがバレバレだ。
「なぁ黒沢、俺はなんでこんな精神的にくる拷問みたいな仕打ちを受けているんだ?」
「なんのこと?それより私の部屋の棚から大きいお皿取ってきて」
橘は渋々食器棚から皿を取りに行った。
トボトボと頼りない足取りで黒沢の部屋に向かう彼を尻目に、ギルドの女性たちが黒沢を囲んだ。
「ねぇ本当にあの子が彼氏なの?」
「あははは、まさか違うよ」
黒沢は冗談めかして笑う。
「だ、だよね。言い方悪いけどあの子じゃちょっと真希には釣り合わないよねぇ」
「まぁそこまで悪くはないと思うんだけど。ギルドの新人さんか誰かなの?」
「うーん、になるかもしれない人かな。取り敢えず、私たちの仲間で命の恩人かな」
「命の恩人?」
女性の一人が首を傾げた。
「昔に話したでしょ、私たちは悪魔に襲われたことがあるって。その時助けてくれたのが彼、この街でどういうルートを辿ったのか知らないけどまことしやかに噂になっている『赤金の英雄』だよ」
黒沢が言うと皆が驚いて声を上げた。
「彼が!?冴えなさそうな顔してるのに」
「人は見た目によらないって言うけど……」
皆一同に頷いた。
確かに橘の今の姿からでは悪魔相手に大立ち回りをやらかす情景を想像することは出来まい。
何しろ彼の表情は非常時以外バカをぶら下げているようなのだから。
「へぇ、あの彼がねぇ。今回の料理はそのお礼?」
「うん、まぁそんなとこ。今日もまた助けられちゃったからそろそろ恩を返していかないと多重債務者みたいに首が回らなくなっちゃうから」
大変だねぇ、とからかうように笑う者がいる。
その隣で顎に手を当て深々と考えるように英雄の彼女かぁ、と悩む者もいる。
「なに、あんたあの子狙ってんの?」
「英雄の彼女のポジションは美味しい。顔も割と好み、悪くない!」
グッと拳を握る彼女に女性一同は「おいおい」といった調子で苦笑いする。
が、黒沢だけ「ダメだよ」とポツリと口を挟んだ。
ボールの中でハンバーグのタネをこねて、視線を美味しいポジションを狙う彼女に向けた。
「橘くんはダメ」
「な、なんで?」
「ものすごい朴念仁、どうしようもないくらい鈍感だから」
そして言葉を途切れさせ、またボールの中に目を移す。
宙で漂う言葉の切れ端を、掴み繋げるように彼女は言った。
「ほんと、なんで、気付いて、くれないかなぁ……」
悲壮感が漂う彼女の背中と言葉に、皆理解した。
そしてこの間が悪いタイミングで、
「黒沢ぁ~、デカイ皿ってどっちだぁ?」
両手に一枚づつ皿を乗っけてこちらへ来る橘が声を上げた。
魚が垂らされた釣り糸に寄せられるように皆が一斉に視線を彼に向けた。
それに気圧された橘はギョッとして足を止めた。
先ほどの会話を知らない彼は、女性陣が自分を見る目つきがなんか、釣り合わない可哀想な子からどうしようもないダメ男を見る目になっていて、本気で戸惑った。
――――え、なに?俺なんかした?
咎めるような視線に一歩後退すると、黒沢が振り向いていつも通りの笑顔を見せた。
「あ、じゃあその赤い方ちょうだい」
それ以降なぜか女性陣からの視線が冷たく感じ、結局居づらくなった橘は食事の礼を言って早々に女子寮から逃げ出した。
夜も更けた頃に適当な宿を探して、そこで寝た。
そして朝だ。
着替えを済ませて赤いコートを羽織ると、早速部屋から出た橘は欠伸しながら受付に座った若い少年の店員にチェックアウトの旨を知らせて宿を出た。
宿を出るとメインほどではないにしろそれなりに大きな道がある。
この通りも昨日の夜まで胡散臭い魔術グッズを取り扱った露店がひしめき合っていたのだが、朝方から商売をする健康的な奴はいないようだ。
無人。
ちょうどいい。
橘は爽快に笑い、背伸びした。
「いい朝だ。三文なんて端金はいらねぇけど何かいいことあるかな」
準備運動をし体を慣らした。
そして適度に筋肉がほぐれたところで、
「さて、朝のノルマ。行きますか」
ブンッ!!とレーシングカーが通り過ぎたような音がし、土煙が舞い上がった。
それは橘が走った音だった。
人間の限界など無視して、常人からすれば瞬間移動したんじゃないかと思えるくらい高速で、街の外の森へと向かった。
たちまち街を囲む巨大な防壁が前方に迫り、足を緩める。
ちょうどランニングをしているぐらいの速さになったとき、門を守る兵隊に遭遇し尋問された。
「こんな朝早くから外へ行くのか?言っておくがこの時間帯はまだモンスターが活動的で危険だ。早起きはいいことだが、急がば回れ、ゆっくり待つのも重要だと思うぞ」
橘は足踏みしながら、
「知ってるよ。けど大丈夫だ。いいから門の外出るからさっさと通してくれ」
さっさと門から出ようとする。
さすがにこいつ人の話聞いてないだろ、と判断した門兵が橘の肩を掴んだ。
「この時間帯に門から出られるのは国からの使者か、それなりの腕を持ったハンターズギルド等の戦闘を生業にした商業団体の者だけだ。みすみす通して死者が出たら困る」
「俺は死なねぇよ」
「ダメだ。コイツも仕事なんでな、素人を通すわけには行かない」
強情に槍を斜めに持って斜線を引くように通せんぼする。
橘は口元を尖らせて不満を表すが、相手も仕事だ。通すわけがない。
結局、仕事を邪魔するのはよくないと橘が折れた。
「わかったよ。門は通らない」
「分かってくれたか。ならどこかこの時間からでもやってる店見つけて朝食を取ってくるといい。門を通れるようになるのはあと2時間後だから、そしたらまた来い」
「いや、いいよ」
橘は門の隣の壁を見定めるように触れた。
ずーっと見上げ、首が直角まで曲がったところで、なんとかなるか、と呟いた。
「おい、なんとかなるってどうするつもりだ?」
「越えるのさ」
「は?」
「じゃあ、お勤めご苦労さん!2時間ぐらいしたらあっち側から戻ってくるよ!」
朝からの爽やかを意識した笑顔で、橘は屈むと。
ドン!!
地響きを鳴らして飛び上がった。
ややあって、門兵が唖然とした。
ついさっきまで目の前にいた金髪の少年が、屈んだと思ったらジャンプした。
ただそれだけの行動で、少年は高々と天にも届きそうな勢いで飛んだのだ。
少年は落ちてこない。
代わりに上から声が飛んできた。
「じゃあな!」
きっとあの少年はこの壁の上部に立っているのだろう。
ただの跳躍で。
腰を抜かしそうになった。
人間業じゃない。この壁何メートルあると思っているんだ?
空を見上げ、もう返ってくることのない言葉を待った。
「あ、っははは……どうなってんだ?」
次あの少年がこの門に来た時、素直に開けてやろうと思った。
薄暗い森の中で、橘は無双していた。
「オラオラオラ!!かかってこいやッ!!」
相手は森を根城に跋扈するモンスターの累々。
その数は橘の起こす騒ぎに引き寄せられ50は超えているように見える。
さらにその下、絨毯のように敷き詰められるのはモンスターの死屍累々。
まるでこれからの彼らの運命を先取りしているかのように、悲惨な有様だ。
それを起こしたのは、紛れもなく橘だった。
巨大な大剣を片手に、ブンブン振り回しては近くにいるモンスターを吹き飛ばしていく。
その中には軍隊が総出で駆除しにかかるような大物もちらほら。
されど彼はお構いなしに剣を振るう。
無骨で、無粋な、拙い軌道を縦横無尽に繰り広げる。
力任せの乱舞。そう見える。
だが本当はそのひと振りひと振りが決して止められぬ繊細で極限にまで洗練された太刀筋だった。
武器を構えたモンスターが、橘の一撃に備える。
しかし彼の刃はすり抜けるように武器を躱し、肉を深々と抉った。
そのまま力任せに斬り裂き、その軌道の延長線上、今まさに橘へ凶悪な剛爪を突き立てんとしていた別個体の脇腹へ剣を滑らせた。
「53、ごじゅう――――よん!」
数え、次には跳躍。
するとついさっきまで彼の首があった座標に二本の刃が流れ込んだ。
見れば同種のモンスターが同じような剣を水平に振っていた。見るからに強そうな外見をしていた。
それを見て橘はニヤリと笑う。
下で構えていたモンスターへかかとを振り下ろして脳天をかち割り、その上へ着地して背後に迫っていた数体をひと振りのもとに斬り伏せると、先ほどの2体の剣持モンスターに向かって挑発した。
「カモン!」
それがゴング。
二体のモンスターが同時に上段から斬擊を放つ。
それを剣を横に倒して、片手で受け止める。
力比べをするようにギリギリと削れる刃で拮抗させる。
「おいおい、2対1でそんなもんかよ?」
「「グルルルルルアアアアッ!!」」
咆哮。
急激にのしかかる重圧が増し、橘の剣が傾く。
しかしそれは押し負けたからではなく、そのまま流れるように下へ下へと傾き、2本の刃を受け流したのだった。ザックリと地面へ切り込む刃を尻目に、橘はその持ち主たちへ後ろ回し蹴りをなぎ払うような形で叩きつけた。
軽く5メートルはノーバンで吹き飛び、鉄壁のディフェンスを敷くように生え揃った木々に衝突する。
いくらモンスターとはいえ所詮は生き物。背中を強打し横隔膜がせり上がる。
ごバッ!と声にならない音を吐き出し悶えた。
その光景を橘は一瞥もくれてやることなく次の獲物へ剣を構えて飛び掛った。
その勢いはまるで暴風。
その姿は劫火のごとく苛烈で、その動きは雷かのように素早い。
電光石火。撒き散らされるはカマイタチの如き斬撃。
たちまちその場に湧いていたはずの大群もその勢いを衰えさせ、
「98ィ!九十、九!!――――って今のでラストか?」
大台に乗る直前で全滅した。
呆気なかったと息を吐く橘は、血塗れになった髑髏の剣を魔術を使って異次元へ収めた。
「早朝のノルマ、モンスター100体斬り。あと一匹なんだけどな」
森を赤黒く染め上げる屍の上をブーツで踏みしめ、橘は辺りを見回した。
早朝ノルマはガイウスのところで修行していた時のものだ。
彼曰く「死にかけるぐらい危険な実戦を積んだほうが成長が早い。まぁホントに死にかけたら助けてやるから、Good rack せいぜい頑張りな」だそうだ。
確かに最初は苦戦して冗談抜きの死の狭間を両手足の指じゃ数え切れないほど味わったが、修行二ヶ月目に入る頃には早朝のウォーミングアップぐらいの気分でこなせる様になっていた。
モンスターは基本的に生態系にも害しかなさないのでなるべく駆除すべきで、修行ついでに環境保護ぐらいのつもりで続けていたら、その習慣が今も残って、早起きのオプション付きで体に馴染んだのだ。
「まぁ今更100って数字にこだわる必要もないか」
周囲に目を凝らしたが、どうもこの辺りには獲物の気配はない。
空を見上げればやや曇り空だが太陽はそろそろ高くに登り始めていた。
もうじき門を出てから2時間経つ。
ゆっくり帰ればちょうどいいだろう。
橘は踵を返すと真っ直ぐ街の方へと体を傾けた。
足元に転がる死骸には一切気を止めず、微生物頑張れと無茶すぎるエールをろくに姿を見たこともない生物に送った。
さて、と橘は今日の予定を立て始めた。
といってもまだ街の探索は終わっていないのでそっちが主になると思うのだが、それだけでは味気ないような気もする。
どうせなら黒沢たちのいるギルドでクエスト的なものに首を突っ込んでみるのも面白いかもしれない。
あとダンジョンというのも気になる。邪神復活の阻止に遠征した木本たちは心配していないが、なるべく情報は欲しい。ガイウスのところにいた時は修行以外のことはほとんど学んでいないから、この世界というのは本当に新鮮味に溢れている。
そう、まるでゲームのよう。
あの『LIGHT&DARKNESS』と同じ、ゲームのよう。
考えて、橘は顔をしかめた。
やめよう、今このことを考えても何も好転しない。
それより今は今日の予定、しなければならないことだ。
まずノルマは終えたとしていいだろう。
あと残ったのは、
「適当にギルドへ顔出して――――夜に教会に行くか」
奇しくもこの世界で、似ているようで鏡写のように正反対な二人。
橘輝と安斎亮の予定が一致した。
取り敢えず主人公を無双させただけの話です。
次くらいからは物語がちゃんと動き出す……かな?




