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LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
PROLOGUE――幕開け
5/61

Limit break――強者

 最初からクライマックスを目指して書いたらこんなことになりました

 降りしきる雨の中、教会内で橘は異形の悪魔たちの様子を観察する


 蹴り飛ばされた蜘蛛の悪魔は橘を警戒して一定の距離を保ったところで唸り声を上げている

 さっきまでクラスメイトを追い詰めていたトカゲの悪魔は動きを止め橘の方を睨んでいる

 そしてインセドは高みの見物を決め込むべく、教会の天井まで飛び上がり吊るされてあったシャンデリアのような蝋燭立てに腰をかけた


 辺りに漂う緊張感がピリピリと橘の皮膚を焦がす

 誰も動かない。誰も口を開かない。悪魔の唸り声だけが時間が停止していないことを証明する


 その緊張に一番最初に耐えきれなくなったのは蜘蛛の悪魔だった

 その巨躯から伸びる足を振り上げ地面を打つ

 ズシンと地盤沈下でも起こったと錯覚させるほどの振動が教会を揺らし、壊れかけの部分がガラガラと音を立てながら崩れ落ちていく


 その現象に橘のクラスメイト達は止まっていた時間を進め始めた

 悲鳴や足音が乱れるが橘は自分に狙いを定めた蜘蛛の悪魔に全神経を集中する


 「た、橘君」

 そんな時、後ろから声が聞こえた。黒沢だ

 「黒沢どうかした?」

 警戒を緩めず、それでいて普段と変わらぬ声色で返した


 「ごめんなさい」

 「え?」

 いきなりの謝罪の言葉に思わず橘は視線を後ろに向けてしまった

 「ごめんなさいごめんなさい、私の所為で・・・こんな」


 さらに黒沢が泣き始めるのだからさあ大変。もはや蜘蛛の悪魔に気を向けている場合じゃ無くなってしまった

 「え!?ちょっ、なんで泣くの?俺なんかした?謝るから泣かないで!」

 困惑しすぎて的外れ、というか「黒沢が謝ってたの聞いてた?」と疑問が浮かぶ女性耐性レベル1の橘の返答に泣き始めの黒沢は嗚咽を漏らしながらも茫然とした様子で彼の顔を見上げた


 「お、泣きやんだ」

 ほっとしたように胸を撫で下ろした橘の姿に唖然とした様子の黒沢。だがすぐに彼女の顔に辛そうなものに歪んだ

 「違うよ橘君、悪いのは私。生きられるはずだった橘君を引き止めておいて、その上あなたに助けられるなんて・・・私って最低だ」

 また泣きそうになりながら俯いてしまった黒沢


 そんな彼女に橘は優しい声で助け船を出した

 「黒沢は皆の事諦めて逃げ出したか?」

 突然の問いに黒沢は顔を上げ意味が分からないといった表情で橘の顔を見つめた

 「逃げ出したか?」

 もう一度投げかけられた質問に意図が分からないまま黒沢は首をゆっくり横に振って答えた


 「そう、お前は逃げ出したくなかった。なのに俺はそんなお前を言い訳にして逃げ出した。ひどい話だろ?」

 軽い調子で言う橘に黒沢は困惑する

 「なんで!?橘君はひどくないよ。私を助けようとしてくれたのに私が・・・私が・・・」

 深い自責の念に押し潰されそうな黒沢。その真意は「私を責めてくれ」と言っている


 だが、橘にはそんな事を理解出来るほど人の心に敏感でなかった

 「黒沢・・・お前が謝る必要なんてないぞ。俺はお前に感謝してるくらいなんだから」

 「え?」

 予想外すぎる橘の言葉は黒沢は再び唖然とさせられた


 「もしお前が俺を引き止めてくれなかったら絶対に後悔してた。自分の本当の気持ちに嘘ついて、勝手に諦めたまま逃げてたら俺は・・・俺じゃなくなってたと思うんだ」

 優しい笑みを見せながら橘は黒沢の頭を撫でた

 「お前のおかげでもう一度皆を救えるチャンスが来たんだ。だからお前が俺に謝る必要なんてどこにもない」

 「橘・・・君」


 「あんがとな、黒沢」

 一言そう言って撫でていた手を退け、視線を悪魔の元に戻す

 その後ろ姿に黒沢は人知れず頬を赤く染めていた


 「結構悪魔も気がきくんだな」

 軽口で唯一人語を話せそうなインセドに語りかけると白い鳥は鼻でフンと笑った

 橘も何か言いたげな顔でニヤリと笑う


 「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 すると蜘蛛の悪魔が我慢の限界が来たように気味の悪い雄たけびを上げる

 「来いよ、羊蜘蛛くん」

 挑発する橘に怒ったのか蜘蛛の悪魔はその脚で三度地面を揺らす


 「黒沢は離れてろ」

 そう一言忠告した橘は蜘蛛の悪魔に向かって揺れる地面を駆ける


 それに合わせて蜘蛛の悪魔も橘に突っ込んだ

 車が正面から迫り来るような圧迫感に耐え、橘はギリギリのところで右に向かって転がるように回避


 もし当たれば体が木端微塵では済まない体当たりが橘の転がったすぐ横数センチの場所を抉りながら疾走した

 蜘蛛の悪魔は物理法則を無視しているとしか思えない急ブレーキを持ち前の八本の脚でかけ、その体を180度回転させた。

 再び橘に突進するために


 だが悪魔の動きはそこで止まる

 その時の羊の顔からは驚愕の色がはっきりと見て取れた


 蜘蛛の悪魔に限った話ではなく、悪魔にとってごく一部の例外を除き人間は動き回る餌でしかない。食べれば自分の力がほんの少しだが増す。食らう前に遊んでみても楽しい。恐怖に震え、声も出ない人間とは悪魔には面白おかしいコメディー程度に映る。何よりその断末魔が人間にとって素晴らしい洋楽でも聴いたような感覚を悪魔に与えてくれた


 所詮自分たちの敵でないただの餌、玩具だ。自分たちの姿を見れば恐れ慄きながら逃げ回る矮小な生物だ


 なのに今蜘蛛の悪魔の目の前にいる人間はそんな悪魔の常識を軽々と覆してくる

 さっきも本来なら背中を見せながら逃げるものを、その人間は真正面から突っ込んで来、あろうことか悪魔の顔にその拳と蹴りを叩きこんできた


 そしてその拳と蹴りからはかつて悪魔が感じた事がない力を感じた

 威力としては大したことは無い。最弱といわれる悪魔の方がまだある方だ

 だがそんな単純なものじゃない、もっと何か本能的に大切な何かを振り切ったようなあの力――――――――


 その力を携えたあの人間は剣を握りまた蜘蛛の悪魔の目の前に踏み込んでいる

 

 「ゴルゥアアアアアアアアアアアアアア!!」

 まるで恐怖に怯えたような震えた声が響き―――――――――――――――――


 「オラあああああああああああああああ!!」

 それ以上の声が悪魔の声を絶った。


 「―――――――――――ァ?」

 小さな悪魔の声が現れ、消えた


 そこには力任せに剣を真正面に振り下ろした橘の姿と、

 その刃に弱点である頭部を真っ二つに斬り裂かれた蜘蛛の悪魔の姿があった。


 呆気ない決着―――――――――――――――――――


 ザァァァァァァァァァと雨の音が大きくなるのを誰かが感じていた

 いや違う、大きくなったのではない。周りの音が静かに、そして完全なる静寂になったのだ


 誰が予想した?


 自分のクラスメイトが突然訳の分からない場所に連れてこられ、そこに現れた訳の分からない悪魔のような化け物の一体を斬り裂くなんて・・・・・


 いきなり自分たちの神の元に届いた『町外れの教会に異世界から人間が飛ばされてくる』という情報を信じて向かった先に本当にいた異世界の人間のうちの一人に仲間が殺されるなんて・・・・・


 誰が予想した?


 蜘蛛の悪魔の返り血によって服やその金髪を真っ赤に染め上げた人間が既に刀を振り上げ、次の悪魔へ飛び込んでいるなんて――――――――――――――――


 一瞬、判断が遅れたトカゲの悪魔は回避できず仕方なくその黒い鱗を纏わせた左腕で、橘の一太刀というには拙い力任せの一撃を防ぐ為に前へ突き出した


 黒い強靭な鱗が幾枚か飛び散る。だがそこで止まる 

 剣術の基本のきの字も知らない橘はそこから追撃を加える術も防御に回る術も持ち合わせていない

 ここでトカゲの悪魔がその右腕の凶悪な鋭爪を振りかざせば橘はいともアッサリとその命を失うだろう


 だが、悪魔は右腕を振るわなかった。代わりに剣を防いでいる左腕を振り、橘を押し返し自分も背中にあるコウモリのような翼で後ろに飛び距離をとった


 ゴバン!!と石造りの教会の壁に何かが強く叩きつけられる音がした


 橘だ。悪魔が距離をとるために振った左腕は人間一人を吹き飛ばすには充分な威力を秘めており、それをもろに受けた橘は5メートル程後方にあった壁に叩きつけられた

 壁に体が抉り込み、その腕を力なく垂らした橘


 その姿を見たクラスメイト達が再び絶望したのは言うまでもない

 恐怖に震える声はもう誰も出せなかった

 だがその教会の中で一人、いや一体だけが違う感想を持っていた


 トカゲの悪魔は安堵していた


 このトカゲの悪魔の名前は『カドゲラ』。固有名ではなく種族としての名前だ

 強さとしてはさっきの蜘蛛の悪魔と同じく『下位悪魔』だが、その中では一応強い部類の種族だ


 そのカドゲラは冷静だった

 橘の剣を受け止めた時、蜘蛛の悪魔が感じた橘の力の異常性に気付いた。そしてそれを物理的にアドバンテージがある巨大な力で何とかしようとした蜘蛛の悪魔と違い、警戒して念には念を入れて距離をとった

 その時悪魔としては軽く振った左手で橘は吹き飛び、今力なく壁に埋まっている

 

 警戒する必要なんてなかった。いくら蜘蛛の悪魔を倒したとはいえ相手は人間。ごく稀にこの世界には天賦の才を持って生まれ、悪魔以上の力を所持する人間もいるらしいが異世界から来たばかりの者にその力は無い。

 それに悪魔たちが警戒する『スキル』と言われる異世界人特有の力も彼らはまだ覚醒していない


 あの異常な力は何だったかは分からなかったがそれを振るう橘はもう動かない。

 カドゲラは安堵した


 橘の力を深く追求しようとせずそのまま安堵し、警戒を解いた――――――――――――――――瞬間!!


 ズパンッ!!と歯切れのいい音が響き、カドゲラの右肩から腹部にかけての体を覆っていた鱗が切り裂かれた


 「やっぱかてぇな。けど、安心するにはちょっと早いぜ」

 悪魔のすぐ傍らで剣を左下に振り下ろしたままの橘の言葉にやっとカドゲラは状況に気付く


 そしてそこでカドゲラは咆哮、地響きのような凄まじさで教会をさらに破壊し、インセドが座っていた蝋燭立てが天井から外れガシャアン!と落ちた


 迷惑そうな顔をしながら羽ばたき地上に降り立ったインセドは不敵な笑いを浮かべた


 やはりあの人間おもしれぇ!


 そんな気持ちがインセドの心を揺らした


 「うるせぇな、ちょっとはクールにイこうぜトカゲちゃん!」

 いつの間にかカドゲラから距離をとっていた橘は挑発の言葉を向ける

 そして再びトカゲとの距離を詰めるべく一歩、全力で踏み込んだ――――――


 ドン!と轟音を立て地面を砕き蹴った橘はたった一歩でおよそ10メートルの距離を詰め切った

 普通の人間の脚力ではまず無理だ。

 ベストコンディションのオリンピック選手だって絶対に無理だ

 そんな踏み込みをした橘は鉄の大剣を脱力したように右下に構えている


 二度の隙を突かれた攻撃を経て、カドゲラは今度こそは万全の心構えで橘を迎え撃った

 

 橘が踏み込みの勢いを利用し、剣をトカゲの左下から右上へ斬り上げるように剣を振るう

 カドゲラはその一振りを防ぐべく右腕を盾代わりに突き出す

 

 衝突―――――――――――――


 ガキィン!!と金属同士がぶつかるような高い音と火花が散る

 橘の素人丸出しの剣が再びカドゲラの黒い鱗を幾枚かはぎ取り、刃の役割はそこで止まった


 そこでカドゲラはこのまま抑え込み、橘の頭を食らおうと腕に力を籠め、口を大きく開いた

 

 それで終わるはずだった。人間の力で悪魔の力に対抗する事は出来ない。このまま橘は頭を食いちぎられるはずだった――――――――――


 ――――――――――なのに、


 「っらあああああああああああああああ!!」

 気合いと共に橘は力技でトカゲの腕を弾き飛ばした

 そして刃を返し今度は下に剣を振るう


 カドゲラは翼で後ろに下がりそれをかわす


 再び距離の開いた一人と一体は互いに睨みあう

 だがその表情に見える感情は全く違うものだった


 どこかへらへらとした表情の橘と困惑の色を隠しきれないカドゲラ

 


 もっと言えば ―――――余裕と焦り―――――



 ――――――――この人間は何度悪魔の常識を覆すんだ?

 

 インセドは面白そうにそう思った


 悪魔が人間に力負けるなんてあり得ない。そんなセオリーを軽々と覆して見せた橘

 人間離れした脚力や力技は所詮下級の悪魔を困惑させるには充分だった


 だが高位の悪魔は違った。面白そうに見ていてもその実、頭の中では橘の力の秘密を解き明かそうとフル回転していた。そして一つの仮説にインセドは辿り着く


 「リミッターが外れているのか――――――――――」


 普段人間は体を傷つけない為に脳が力を制御するリミッターを付けている。橘は今それを外した状況にある

 いわゆる『火事場の馬鹿力』というやつだ

 

 その事は橘も薄々だがなんとなく理解していた

 異常に体が動く、力が制御できないほどあふれてくる感覚

 まさに体を守ろうとする防衛本能を振り切った生存本能の力―――――


 だがその力は『諸刃の剣』だ

 本来短時間の力を出すためにリミッターが外れる事が、常に外れ続けている状態。それは常時体が悲鳴を上げているのと変わりない。防衛本能を無視し、力を全力で行使し続けた橘の体はもうボロボロのはずだ


 筋肉が断裂し、骨の関節が砕ける

 そんな事になっていてもおかしくない。むしろまだちゃんと立てている方がおかしいのだ

 

 どちらにしてももうじき橘の体は限界を迎える。その時は――――――


 そんな事は橘もちゃんと理解していた

 なのに彼の顔からはへらへらとした表情は消えない

 まるでそれを望むかのように。まるでそれを欲すかのように

 彼は余裕を崩さない


 「だがおかしい・・・」

 インセドが呟いた


 橘の様子がどうにも納得できない。この状況でなぜ笑えるのか?

 悪魔だって絶対不利の、しかもいつ爆発するか分からない爆弾を抱えた状態で笑う事は出来ない


 防衛本能を振り切った程度でここまで―――――――――――

 いや違う、あの人間がやっているのはその程度のはずがない――――――――――

 ならなんだ、何が奴を―――――――――


 インセドの考えがまとまらないうちに橘は再びカドゲラに向かって突っ込んだ

 カドゲラは今度は腕ではなくその背中から生えた漆黒の翼を武器に橘の迎撃に向かった


 一体どんな構造をしているのか、悪魔の片翼が螺旋を描きながら一本の杭のようになり、それが二本ゴムのように伸びて橘に襲い掛かった


 それもまた、人を一撃で絶命に追いやる事の出来る代物だ 

 普通の人間が目の当たりにすれば足がすくみ動けなくなるものだ

 

 「便利そうだな」

 橘は一言そう呟くと足がすくむどころかさらに加速し接近する

 そしてそのまま迫る二本の漆黒の杭を体をひねり、顔を傾け、紙一重でかわして見せた

 まさに命知らずな回避にクラスメイト達はヒヤリと肝を冷やし、カドゲラはもはや呆然とし思考を停止させていた


 そこに放たれるは素人の全力の一振り

 ガキン!と甲高い金属同士の衝突音のようなものが響き両者が数メートル後退する


 そこで攻防は終わらない

 橘が一歩踏み込む


 カドゲラはそれに合わせて攻撃として右手を突き出す

 悪魔の攻撃に死の恐怖を感じていないような橘はそれを冷静に体を回転させて躱。さらに勢いを乗せてトカゲの右腕に向かって無造作に剣を振り抜く


 鱗が大きく剥がれ落ちる

 肉を断つことは無かったがそのままトカゲの右腕を弾き飛ばす


 その瞬間、命の危機を感じたカドゲラの翼が半ば無意識に杭となって橘に向かう

 あまりの切り返しの速さに彼も回避が遅れ直撃こそしなかったが杭が左腕と右足の側面を掠った

 そこで倒れ込んでもおかしくは無い。なのに彼は間髪いれずに剣を振るう


 首の右側部にヒット。甲高い音と共に鱗を剥ぎ取る。

 そしてわずかだがその肉を切り裂いた

 たった数ミリの切り傷だ。ほんの少しの出血と皆無に等しいダメージしか残っていない

 にも拘らず、橘は不敵に笑う


 「やっとお前のそのまずそうな肉に切り込みが入ったな」


 少しずつ、少しずつだが確実に、橘がカドゲラの命に向かってその手に持つ刃を突き立て始めた

 所詮人間が特殊な力も無しに、悪魔を追いつめていた


 だがこの世界はやはり理不尽だ。希望を持ち始めた弱者(にんげん)に再び絶望を与えるのだから

 

 自分の目の前に迫る『(にんげん)』。それを理解し、確かな恐怖心を自覚した時、カドゲラの『リミッター』は嫌な音を立て外れた


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 天地に響く咆哮


 カドゲラの背中にあった二枚の翼がビリビリと音を立て、十枚の歪な翼に変わった。もうその翼で空を駆ける事は出来ないだろう

 だが、これは悪魔の本能

 たとえ体が元に戻らなくとも目の前の敵を駆逐するために防衛本能を振り切った生存本能が可能にした進化の結果


 その瞬間、カドゲラは制空権を捨て、橘を殺すための力と悪魔としてのさらなる高みを手に入れた


 殺れる、これだけの力があればあのクソ生意気な(にんげん)を殺れる!

 進化によってより働くようになった思考がそう実感した時、カドゲラはその凶悪なトカゲの顔にニヤリと笑みを浮かべる

 そして――――――――――――――――


 「くたばれ人間!」

 進化した事によって可能になった思考を言葉に変える能力を使ったトカゲの形をした悪魔はその背中にある漆黒の翼を十本の杭のようにして橘に向けて放つ


 以前のモノよりも小さくなった杭は、以前よりも遥かに巨大な威力を内包し橘に襲い掛かる

 かわせる様な隙間は用意されていない。たとえ横に大きく回避したとしても杭はその着地を見逃すことなく橘の体を貫くはずだ。

 これで橘の死は確定した。再び、前にも増して凶悪な笑みを浮かべたトカゲの悪魔


 橘の顔にはもうへらへらとした表情は無い

 ただ向かい来る十本の漆黒の杭を睨みつけるように見ていた


 「・・・ダサいな。その羽根」

 

 この状況に相応しくない言葉が橘の口から吐き出された

 

 その言葉に一番驚いたのはインセドだった。そして橘の一言によって全てを理解した


 橘は再び地面を踏み壊しながら馬鹿げた速度で前進する

 目の前に自分を貫かんとする杭が迫る

 その第一撃目を彼は首を左に傾け(かわ)

 続く第二撃目を体を回転させるようにして躱す

 

 ここまでは前の展開とさほど変わらない。だがこの後には八本もの杭が待ち構えている。それに掻い潜れるような隙間は無い

 

 その事を誰よりも理解しているカドゲラは余裕を崩さない


 あの人間はこの攻撃で確実に死ぬ

 何も怖いものは無い

 奴を貫けばそれで終わり―――――――――――


 そして残りの杭が同時に八本、橘に襲い掛かった

 

 かわせない事を悟った橘はゆったりとした動きでと剣を構え、

 その杭の群れの真ん中の杭を剣で弾いた


 僅か、ほんの僅かだけ杭の群れに隙間が出来た。回避に使うには聊か小さすぎる程度の隙間

 そこに橘は体をねじ込んだ

 それに合わせ、杭たちが彼を貫こうと僅かに進行方向を曲げた

 だが―――――――――


 「―――――――ッ!!??」

 あろうことか先程弾かれた杭の一本が制御を振り切り、他の数本の杭の進行を妨げ、さらに大きな隙間を生み出した

 橘はその隙にさらに体を深くねじ込む。そして体に杭が接触した


 直撃はしない。全て掠める程度、致命傷を与えるには浅すぎる皮一枚程度の傷が彼の体に刻みこまれる

 そこで終わり―――――――――十本の杭たちは橘の後方彼方の空間を貫き始める


 愕然とした様子のカドゲラの前には右下段に剣を構えた橘


 「そんなんじゃ俺は殺れないぜ」

 その言葉と共に相変わらずの素人剣術が振るわれる


 甲高い音を立てながら鱗を切り裂き、浅く、浅く、その奥にある肉を切り裂いた

 橘はそのまま後ろに下がり距離を置き再びへらへらとした顔になった


 この世界は等しく平等に理不尽だ。進化した悪魔(じゃくしゃ)ですら(きょうしゃ)に絶望させられるのだから


 橘と同じ領域に立ったはずなのに、橘よりも強大な力を持っているはずなのに―――

 トカゲの悪魔はまだ信じられなかった

 なぜだ?なぜ奴は俺よりもさらに高みにいる?


 その疑問には橘自身も答えられなかった

 その疑問に答えられるのはこの場には一体だけ、インセドだけだった


 「おい人間、お前は俺様をどこまで楽しませれば気が済むんだ?」

 もはや抑えようとしても抑えられない感情が笑みとなって白い鳥の顔を歪ませる


 橘の異常なまでの余裕、悪魔を凌駕する力、そして命知らずの回避


 そこから導き出される結論、


 「あの野郎、生存本能すら振り切ってやがる」

 誰にも聞こえないような小さな声で呟いた


 防衛本能を振り切った先にある生存本能

 生き物として最も原始的で、最大の強さを誇るはずの生存本能

 その生存本能すら振り切った、その先にあるモノ――――――


 「驚いてるとこ悪いんだがそろそろ決めさせてもらうぜ、トカゲちゃんっ!」

 再びカドゲラの懐に踏み込んだ橘


 ――――――命すらも捨てることを厭わない力――――――


 ズパン!と快音を響かせ橘の剣がトカゲの胴を横一文字に切り込みを入れる

 まだ足りない、まだ傷は浅い。命にはまだ届かない

 だから彼は再び剣を振り上げる


 ――――――それを可能にするは人間の最も醜い感情――――――


 黒い鱗が鮮血と共に飛び散る

 まだ浅いが確実に深くなってきている斬撃痕

 カドゲラに許された感情はもう恐怖しか残っていない。そして恐怖が生存本能に働きかけあの十本の杭を橘に向ける


 ――――――『欲望』――――――


 迫り来るそれを橘は、弾き、かわし、いなす

 全ての杭が呆気なく空を貫く


 橘はもう何度目か、その手に握る鉄の大剣を振り上げる

 「俺はあいつら全員助けたいんだ。」


 「そうするにはインセドも倒さなくちゃならねぇ。こう言っちゃなんだが・・・・」


 ――――――命すら賭けるに足る欲望――――――


 「テメェに構ってる時間はねぇんだよ!!!」


 鬼神の如き一振りがカドゲラに振り下ろされた

 脳天の鱗を斬り裂き、その下の肉、頭蓋骨、そしていくつもの内臓を切り裂いて刃は振り切られた


 橘は残心するかのように後ろに下がり、剣を納める代わりに地面に突き立てた

 その前に残ったのは脳天から尾の付け根まで真っ二つにされたトカゲの悪魔


 「―――――――――――――――――ば、かな・・・・・・」

 ドシンと音を立て左右に倒れたカドゲラの遺体を一瞥した橘


 「よく知ってるな。俺はバカだぜ・・・」

 手向けとしては相応しくない言葉をトカゲの悪魔に送った

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