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LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
第一章――MY MASTER
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我が師よ

 長い夢を見ていた気がした。

 意識を織り戻したクレイドは朧げな思考をひっくるめてそう思った。

 

 目を開いた先にあるのは鈍重な鉛色の空だった。雨は未だに振り続けているが勢いは最後の記憶にあるより大分大人しくなっている。

 その雨が片目に降り落ちてきたて、反射的に固めを閉じたクレイドは、億劫そうにもう片方の目も閉じた。

 目に入った雨を拭おうと腕を顔の前に持ってこようとするが、そこで自分の身体が動かないことに気付いた。精々指先を曲げるのがいいところで、腕も足も上げることが出来ない。


 そこでやっと認識する。


 「……負けたんですね」

 

 その通りだ、という声が聞こえた気がした。本当に聞こえたわけではない。自分の心がそう呟いたのを聞いただけ。その証拠に初めて耳に入ってきた声はなんの脈絡のないものだった。


 「タフだな。アレくらって消し炭にならなかったのはあんたが初めてだ」


 首が回らないので視線だけを転じてみれば、亮がしようもない事に呆れるような顔をして座っていた。

 たしか彼はかなりの量の血反吐を吐いていたはずだが、そんな様子を微塵も感じさせない調子で言った。

 

 「ところで、エミリアがいくら突いても揺すっても全然起きないんだが、あんたどんだけ強力な催眠魔術かけたんだよ?」


 亮は一本の巨木の木陰を指差し、そこで相変わらず眠っているエミリアを心配そうな目で見ていた。


 「……大丈夫ですよ。朝になれば勝手に起きます」


 その後二人共口を紡いで、しばしの静寂が訪れた。

 不意に、思い出したようにクレイドが口を開くまで、穏やかな雨の音が二人の鼓膜を刺激する。 


 「……あの紫の雷は、魔術か何かですか?」

 「いんや、多分あんたが前に言ってた『スキル』ってやつだと思う。俺もよく知らないけどな」

 「そういえば、亮くんはあちら側の世界から来た『神の召喚に応じる者』でしたね。いやはや、やはり神の意思は強い。しっかり私を止めに来たんですから」

 「御生憎、俺は神様とやらに召喚されたわけじゃなさそうだぞ。ここに居るのも森で行き倒れた俺をどっかの誰かさんが助けてくれたおかげだよ」


 そう言って亮は笑った。

 つまりはクレイドの意思がクレイドの復讐を止めたのだと言いたいみたいだ。


 「……敵いませんねぇ。ホント君には敵わない」

 「復讐を遂行できなかった気分はどうだ?」


 嫌味にしか聞こえない質問を投げられ、思わず苦笑いしたクレイドだがしばらく考えたように目を閉じて、驚くほどに気分がいいことに気付いた。

 その原因も、なんとなく思い出せた。


 「夢を……見ていたような気がするんですね」

 「夢?」

 「真っ白な空間に、私一人だけがいるんですよ。そして私は太い鎖に縛られて、そこから動くことができないんです」


 ついさっきまで朧げだった夢の記憶が克明に思い出されてきた。

 続けて、クレイドはそれを口にしていった。


 「それが辛くて、苦しくて、その鎖を引きちぎろうと私は足掻くんです。でも結局千切れずじまいで私は途方に暮れるんですよ。そんな時、紫色の雷が私に巻きつく鎖を切ってくれたんです」


 紫色の雷。おそらく亮の紫電だろう。

 それがなぜ鎖を切ったのか、そもそも鎖は何を暗喩しているのか、亮には何となく分かった気がしたが、それでも裏付ける言葉が欲しくて亮は「それで?」と話を促した。


 「自由になった私は嬉しくて、そこら中を歩き回ったんです。真っ白な空間だったことには変わりなかったんですが、なぜかあっちに行きたいって思う方向があって、そのまま歩いてたんです」


 そしたらね、とクレイドは話を紡いだ。


 「声が聞こえてきて、見たらいるんですよ。二人が……私の家族が」


 声は聞こえた。二人の表情もしっかりと目視できた。

 何より、白で塗り潰されていた二人との記憶が思い出せるのだ。ハッキリと、二人の顔も声も仕草も、すべてひっくるめて。


 クレイドは微笑んで、


 「あなたのおかげですよ」

 「別に、俺が何かしたわけじゃない。たまたま、だよ」


 何でもないようにそう吐き捨てる亮に、また笑ってしまう。


 「そういえば、亮くんも結構死にかけじゃありませんでしたっけ?なんでそんなにピンピンしてるんですか?」


 亮の服装は血に染まっていたが、当の本人はいつの間にやら完全回復を果たしていた。

 

 「ああ、それはこの草だよ」


 と言って亮が掴んだのは白い植物だった。

 なるほど、と納得したクレイドはまた空を見やった。


 「あんたが教えてくれたことだろ、この草は回復魔術に使えるって」

 「そうでしたね。大したものでしょ、それ?」

 「だな。減った血液量すら回復したのはさすがに驚いた」


 致死量ギリギリの出血をした亮。

 その命を救ったのは、クレイドからもらった知識だったわけだ。

 また助けられたな、と呟く亮に、なら一つ頼まれ事をしてもらってもいいですか?とクレイドが持ちかけた。


 「なぁに、片付けて欲しいことが2つ3つあるだけです。大した労力は取らせません。もちろん報酬も用意しました」

 「用意しました、か。あんたの中では俺がそれを受けるのは確定なのな」

 「はい。亮くんが断るとは微塵も思っていませんから」

 「……内容次第だ」

 「ありがとうございます」


 片付けて欲しいことというのの内容を聞いた亮は短く、それくらいならと引き受け、それを聞いたクレイドはよかった、と満足そうに頷いた。

 その表情は穏やかで、その身に死が迫っているなど感じさせないほどだ。

 いや、逆か。紫電に打たれ彼の命は確実に摩耗した。まさに風前の灯というやつで、今も刻一刻と表情から正規が失われていっている。あと数分もすればその灯も緩やかな坂を下るように消えるだろう。


 彼はそれを受け入れたのだ。


 「思い残すことはあるか?」


 不意に亮からそんな言葉を投げられた。

 虚を突かれたようにクレイドは彼の表情を目を丸くしてまじまじと眺めた。

 

 それはどこか憂いを帯びていて、せめてもの慈悲を与えようと躍起になっているように思える。

 彼がそこまでする必要はないのだが、クレイドはなんとなくその慈悲に愚痴を零してみることにした。


 「悔い、ならいっぱいありますが後悔はないですね」

 「復讐は、もういいのか?」

 「そうですね。いくら足掻いてもこんな状態ではなんとも」


 本心だ。

 確かに家族の記憶は戻ってきたが、それで大切な人が殺されたことが変わるわけではない。

 未だに、心の中では天使たちに復讐してやりたいと激情が穏やかながらも渦巻いている。


 しかし、それでも彼は満足だった。

 悔恨を胸にしたまま、死して逝くのも悪くないと思った。

 第一、そのくらいの重責を負わずに死ぬのは悪党の最後としては相応しくない。

 

 自分くらいのクソ野郎は後悔と懺悔の狭間で死んでいくのがお似合いだ。


 クレイドは穏やかに笑って天を見た。

 その時だ。


 「なら……あんたの悔いは俺が持って行ってやる」


 亮がそんなことを言い始めた。


 「実はさ、俺も天使様とやらには借りがあるんだ。そいつを憎悪と絶望の利子付きで突き返さない限り俺は前に進めないんだ。そのついでって言ったら言い方悪いかもしれないが、あんたの分も俺があいつらをぶち殺すから――――」


 そこで亮の口が塞がれた。

 逡巡したように視線を彼方へ投げやり、何かの選択に迷う。

 だが一瞬の後、考えが纏まったと微笑んで言い切った。


 「――――安心して逝け」


 これはかつて亮が憎悪の対象である使徒に言われたのと同じ言葉だった。

 皮肉かな。クレイドを送り出すための言葉を考えたとき、亮にはこれしか思い浮かばなかった。


 「は、ハハハ……」


 それを聞いてクレイドは呆れたように笑い、


 「亮くん……あなた、は……バカ、です……ね――――」


 目を閉じた。



 雨の音がうるさい。

 聞こえるものがそれしかないからだろう。


 穏やかな降水に打たれ、亮はおもむろに立ち上がった。


 動かなくなったクレイドを見やると、


 「頭はイイ方だったはずなんだがな」


 皮肉ったようにもう届かない言葉を師に向かって吐いた。


 そういえば。

 亮はふと思い出したことがある。


 自分は一度たりとも彼のことを師匠と呼んだことはなかった。


 今更遅いし、それにどうでもいいような気もした。

 だが亮はなんとなく、言ってみたくなった。


 照れ隠しのつもりか、素直ではない言葉で。


 「――――My(我が) Master(師よ)

 次で一章は終わりです。

 なるべく早く更新します

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