表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LIGHT&DARKNESS ~二人のヒーロー~  作者: takeunder
PROLOGUE――幕開け
4/61

弱者の選択

 やっと本格的にプロローグが始まります

 本編は―――――――まだまだです・・・

 「うっ、ぐぅ・・・」

 薄暗い大きな部屋の中で橘は目を覚ました


 少々の目眩が襲うが彼は気にせず辺りを見回す

 「ここは・・・」

 彼の言葉に疑問符がつく事は無かった。気を失う前予測していたまさにその場所に今彼はいた


 「教会・・・一体どうなってんだよ」

 彼がここに来たのは初めてだ。だが彼はこの場所を知っている。『LIGHT&DARKNESS』のゲーム内で見たあの、悲劇の舞台――――――――――――


 ――――――――早く、早く皆を起こさないと!

 警鐘が頭の中でガンガン鳴り響いていた


 妥当な判断をして橘はあたりにまだ転がっているであろうクラスメイトを探し始めた。するとすぐにクラスメイトは見つかった。だが、

 「ッッ!!―――――――――く、黒沢」

 予想外の人が自分のすぐ隣で倒れているのに気付き橘は狼狽してしまう


 三秒ほど橘は黒沢の顔を見ていた


 (ほんとに奇麗だな。黒い髪もきれいで、どこか儚げな雰囲気もあって、守ってあげたくなるような・・・何考えてんだ俺は!?)

 とそこまで考えた橘は思考を振り切り黒沢の肩に手を乗せ、体を揺さぶった


 「起きろ、黒沢。起きろ!」

 「うっん、はにゃぁ~、あと五分・・・」

 「黒沢さん?可愛い寝言ですが今は緊急事態につき早急に起きていただきたいのですが?」

 もっと激しく揺さぶるとやっと目を開けた黒沢は顔を真っ赤にした


 「た、たたたた橘君!!?」

 口をパクパクさせながら1メートルほど後ずさり、ガン!と近くにあった長椅子に思いっきり頭をぶつけた黒沢

 その反応を自分は彼女に嫌われていると受け取った橘は心の中で肩を落とした


 「大丈夫か黒沢?痛がってるとこ悪いけど時間がねぇんだ、他のみんなも起こしてくれ」

 「へ?起こすって?というかここどこ?何がどうなってるの?」

 ある程度予測していた橘と違い黒沢は明らかにこの状況に戸惑っている


 「混乱してっかもしんないけどマジで時間がねェんだ。早くみんなを!」

 最後の方を強く言ったせいか黒沢はビクッと肩を震わせ「ハ、ハイ!」と返事した。明らかに怖がらせてしまい再び心の中で肩を落とす橘だった


 橘は他のメンバーも起こしていく

 「起きろ鳥羽戸!」

 「うん・・・あと5分・・・」

 黒沢と同じような事を寝言で言いやがった鳥羽戸が妙に癇に障った橘は全力のビンタを叩きこんだ

 「ッッテぇええええええ!何しやがんだコノヤロー!!」

 「起きたか。悪いが説明はあとだ、みんなを起こしてくれ」

 鳥羽戸に構うことなく橘は他のクラスメイトを起こしに走る


 そして全員が起きた頃、橘は改めて周囲の、もっと言えば教会の外の様子に気を配った

 暗い、夜なんだろう。ゲームの時と同じだ。だが違っているところもあった

 「雨が降ってる」

 一言そう呟いた橘の顔にはどこか安堵の様子が窺えた


 あのゲームとまるっきり同じだったシュチュエーション、あの悲劇がそのまま起こるんじゃないかと思っていた橘にあのときと違う『雨』が一定の安心を彼に与えた


 「ねぇ、橘君・・・」

 気付くと橘の横に黒沢が彼のシャツの裾を持ちながら不安そうに彼の顔を見ていた

 「にゃ、にゃんだ?」

 もちろん、バカかつ恋愛経験ゼロの橘にそのいきなりの状況を冷静に対処する能力は無く心臓が破裂しそうな程ドキドキさせ、言葉も噛み噛みになった


 そんな橘の姿に黒沢は思わず噴き出した

 「いきなり笑うってひどくない?」

 「ご、ごめん。でもこんなわけのわからない状況なのにいつもと変わらない橘君がなんかおかしくて」

 そう言われて思わず苦笑いする橘


 「で、俺に何か用?」

 流石に心の準備が整えば狼狽する事もない程度には女の子というものに関わってきた橘は黒沢に話しかける

 「ねぇ、これって一体どうなってるの?」

 また不安そうな顔になった黒沢の質問に橘はうまく答えられなかった

 「黒沢は昨日『LIGHT&DARKNESS』やったか?」

 だから代わりに質問を投げかけた


 「え?昨日は忙しくてやってないけどそれとこの状況と関係あるの?」

 やっていない・・・橘は口を紡いで出口を指差した。説明に時間がかかるうえに今は一刻も早くここを離れたかったからだ


 「悪いけど今は説明できない。とりあえずここを離れるのが――――――――――」

 「すげぇー!!ゲームの世界みたいだ!」

 誰かの声が橘の言葉を遮った。さらにその声に同調するように他のクラスメイトも騒ぎ始めた

 「やっぱりあの鐘の音もサプライズだったのかな?」

 「すげぇー、この教会もこんなにリアルに再現されてる」

 「悪魔が現れたりしてな」

 「そしたら一番最初に死ぬのはお前だ」

 「「「ハハハハハハハハ」」」


 まずいぞ 

 橘は焦った。さっきまでの混乱した状況なら皆を引き連れてここから離れるのは簡単だった。だが、この状況をただのドッキリか何かだと思っているクラスメイトがここから離れなくなるかもしれない


 だから橘は大声を出して全ての音を遮った

 「みんな聞いてくれ!!!」

 その声に教会内にいた全員が静寂を作った


 「今はとりあえずここから離れるぞ!」

 真剣な声色でそう言った。だが、


 「ははは、橘なに、主人公気分?」

 「お前に主人公は似合わねぇって」

 「なに、悪魔が来るかもってビビってんの?あんなのいんのゲームの中だけだって」

 皆の笑い声が教会内に響く


 「しまった」と橘は自分に舌打ちをした

 確かにこの状況で冷静ならドッキリか何かだと思うのが普通だ。橘自身さっきから感じる嫌な予感がなければそう思っただろう


 それに普段の橘を見ている奴が真剣に話している彼を見てもふざけている程度にしか受け取れない

 日頃の行いが悪かった。橘は今まさにオオカミ少年の気分だった


 ならせめて自分が先導を切って外に出ればこの状況に困惑したままの奴らに揺さぶりをかけられれば・・・と考えるが今の状況じゃ厳しい

 ならば他の影響力のある誰かと一緒に行けばいい。それならば自分を信じていない奴でも付いてくるかもしれない。そう考え候補のリストをを頭の中に上げていく


 「黒沢・・・」

 早速候補に挙がった今自分の隣にいるクラスメイトに声をかけるが、

 「黒沢?」 

 さっきまでそこにいた彼女がいつの間にかいなくなっていた。慌てて探す橘はすぐに彼女の姿を視界に捉えた


 あの天使の像に近づこうとする彼女の姿を――――――――――――――――


 その姿に橘の第六感はかつてないほどの警報を鳴らす

 言葉を発する前に橘は彼女の元へ駆け出していた。そして彼女の手を掴んだとき、状況は最悪にな方向へ一転した


 ドオオオオオン!!と爆発のような音が響き、あの場面と同じように天使の石像が粉々になり、そして三体の悪魔が現れた

 軍隊を思わせるほど奇麗に一列に並ぶ、と思いきや橘たち全員を囲うように散って全ての出口になりえる場所を封じられた


 「クソっ!」

 その状況に橘は思わず悪態をついた

 それでも橘はバカと言われる頭をフルに回した。あのゲームと同じなら生き残れるのはたったの二人、だが橘たちが遭遇している状況は少し異なっていた。そこから全員が生き残れる道を模索するために必死に考えていた


 相違点の一つは、雨

     二つは、悪魔の位置取り

     三つは、悪魔の種類


 この三つだけだった


 悪魔の位置取りはゲームでは横一列だったのが橘たちを囲うようになおかつ出口を塞ぐように陣取っている

 そして悪魔の種類、羊の顔をした蜘蛛と黒いトカゲの悪魔は同じだが、残りの一体の人型の悪魔『オルス』が白い鳥人のような悪魔に変わっていた


 その白い鳥人が口を、口ばしを開いた

 「どうやら情報は本物だったようだな。ようこそ異世界の人間ども」

 オルスとは違い乱暴な口調の悪魔は続ける

 「俺様の名は『インセド』、大柱の一角『アラストス』様の仕える『高位悪魔』だ」

 偉そうな口調、高圧的な態度はまさに悪魔的な印象を橘に与えた

 しかし――――――――――


 「なんだアレ!すげぇ!!」

 「悪魔だ、悪魔だ!」

 「キャーーーコワーい(笑)」

 冷静、常識的に考えて、なんて事以前に感覚が麻痺してきているのだろう。橘のクラスメイト達にはインセドの言葉も面白いものに感じるらしい

 

 「おいおい、異世界の人間ってのは頭がおかしいのか?いくら俺様たちの存在を知らないにしてもこの姿を見たら普通ビビるだろ?」

 うんざりしたように言ったインセドは右腕を天に掲げながら橘と黒沢の方を向く

 「正常な判断が出来てるのはお前ら二人だけみたいだな」


 インセドの言葉に橘は後ろを確認した。そこには恐怖に身を震わせる黒沢の姿があった


 こんな時「大丈夫、俺が君を守るから」なんてクサイセリフを言える奴がもてるのだろうか?どっちにしろそんな言葉を吐くようなガラでない橘はただ黙って彼女をインセドから見えないように体をずらし、白い鳥人を睨んだ。決して生還への模索をやめないまま


 「イイ目するじゃねぇか人間!気に入ったぜ」

 橘の目を見てどこか嬉しそうなインセド

 「まぁ、これを見た後にその目が出来てたら褒めてやるよ」

 そう言い放ったインセドは掲げたままの右腕に五重の魔法陣を纏わせ、

 「我が名を誇りとしてその白光で全てを破壊しろ!『デモンズ・レイ』!」


 途端、インセドの右腕が強い白光に包まれる。そしてインセドは腕を教会の壁に向かって突きだす。その動きがトリガーだったのか腕を包んでいた白光がレーザーのように伸び、教会の壁に触れた


 ドゴオオオオオン!!―――――――――――爆発のような轟音が響き、白光が触れた壁が一面全て消し飛んだ


 「っ――――――――――な・・・・!?」

 橘は思わず言葉を失った

 それはインセドが放った魔法の威力が凄まじかったからではなかった


 そして橘と同じようにさっきまで騒いでいたクラスメイト全員が言葉を失った

 「え?・・・なに、今の?」

 「お、大がかり過ぎるだろ・・・」

 「っていうか、アレホントになんなの?」

 「まさか・・・本当に悪魔・・・」


 流石にあの大威力を見た後では麻痺していた感覚も元に戻り、そして、


 「「「「うわあああああああああああ!」」」」

 恐怖と混乱が皆を包んだ。

 それは生還の活路を見出そうとしていた橘にとってはこの上なく最悪の状況だった。だがその橘はそんな事に気を止めずインセドを再び睨んでいた


 「どういう・・・どういうつもりだ!!」

 橘は叫ぶ

 「出来てるじゃねェか。褒めてやるよ人間」

 ニヤリと笑ったインセドは橘と向き合った


 「テメェ・・・」

 「俺様はお前が気に入ったんだ」

 橘は今の何気ないインセドの一言にどういう意味が籠められているのかを理解していた


 「さあ、人間!お前の人生の分岐ルートだ!ついでにお前の後ろにいるメスのもな!」

 両手を掲げながら大げさな素振りで言うインセド


 『気に入った』『破壊された壁』

 この二つが意味するのは一つ


 「お前を逃がしてやろうじゃねェか」


 インセドから端的な言葉が放たれた。単なる彼の気まぐれが・・・


 つまりは読まれていたのだ。橘がこの状況から全員を救いだそうと、その方法を必死に考えていた事を

 そしてそれが意味しているのは全員を救いだすのは『不可能だ』ということだ


 読まれているのだからどんなに相手の気を引いても絶対に気付かれてしまう。それもこんな大人数だ、可能性はゼロになった


 その事実に橘は砕けるほど歯を食いしばった


 「欲張るなよ人間、それが許されるのは強者だけだ。それにお前はその力に似合わないほどの実利を目の前にしてるんだぜ」


 そう、今橘の視界に入っているのは壊された壁の向こうに見える『外』

 インセドは橘を逃がすためにわざと教会の壁を壊した。橘とその傍にいる黒沢以外決して逃げられない位置に・・・


 「本来お前も絶対助からなかったんだ。それがそこのメスと一緒に逃がしてやるって言ってるんだ。これ以上欲張るのはいくらなんでもダメだ」


 橘は見捨てたくなかった。親友や悪友を、バカを、クラスメイトを

 なんとしても皆無事にこの状況から脱出したかった

 だがそれは不可能、逃げるか、死ぬか、の二択しかない


 それでも橘はここに残り、全員を助けるという道を諦めなかっただろう。彼はそういうバカなのだ

 だがインセドはそれすらをも読んでいた

 だから黒沢という人質を付けた

 これによって橘には『黒沢を助けるために仕方なく逃げた』という言い訳が出来るようになってしまった


 どんなにバカでも所詮は人間、自分が生き残れる道があればそっちに目が行く。それに目をそらせるだけのバカでも他人の生き残れる道がセットになればもう目をそらすことは出来ない


 「・・・・・・・・・・・・・・ッ」

 もはや声すら出なかった


 そんな橘を見てインセドはやれやれといった感じで言葉を吐く

 「迷うな人間!弱者のために迷うのは弱者のすること。自分のために迷いそして行動するのが強者だ。お前は一体どっちだ?」


 その言葉は普段なら傲慢にしか聞こえなかっただろう。だが今、この状況では橘にとってその言葉は何よりも重いものに感じた

 そしてそれを受け取った橘は――――――――――――――――――




 「それでいい。それが強者への道だ!」




 黒沢の手を引き走り出した。全ては自分を助けるため。黒沢を助けるためと言い訳を付けて皆を置いて逃げ出すために・・・。

 今の彼の行動は誰にも責められない。むしろ褒められたものだ。たった一人とはいえ、言い訳の人質とはいえ助け出したのだから


 それが橘を深く苦しめる。罪悪感となって彼に重くのしかかる。足が一歩一歩重たくなる。だが橘はそれを振り切るように、現実から目をそむけるように走った

 ある意味、彼なりの全力だった


 だが、この世は理不尽だ。ただの弱者の橘の全力がそのまま通じてはくれなかった


 グッと橘を引きとめようとする力が働いた

 黒沢だ

 

 橘は振り返らなかった。振り返れば全てが終わってしまう。そんな予感がしたから

 「黒沢・・・逃げるぞ」

 黒沢からの返答は無い

 その代わり引きとめる力がほんの少しだけ弱まった。彼が少し本気で引っ張れば動く程度に


 彼女も迷っているのだ。ここから逃げたい、でも皆を見捨てたくないと

 だから無責任とは分かりつつも自分の手を引く橘に選択を任せてしまった。自分はどうしたらいいかと


 そして橘はその問いに答えられなかった。強く手を引く事も、振り返り皆の元へ向かう事も・・・

 

 だから黒沢は叫んでしまった。思いを込めて「みんなっ!!」と

 そして橘も振り返ってしまった。自分のホントの気持ちに、皆を助けたいという思いを抱いて


 「残念だ」


 そう橘の聴覚が捉えた瞬間、視界の端にいたインセドが残像を残し橘の後ろに現れた


 「お前は強者の器だと思ったんだがな・・・」

 本当に残念そうな声色のインセドは橘たちに向かって蹴りを放った


 橘は黒沢を横に突き飛ばした。瞬間―――――――――――――――!!


 「ゴガァッ!!―――――――――」

 メキメキと嫌な音を立てながら蹴りは橘の脇腹に食い込み、彼を教会の片隅まで吹き飛ばした


 吹き飛ばされた橘は背中を何かに強打しその勢いで口から血を吐き、横隔膜がせり上がり呼吸困難に陥っていた

 全身にもはや感覚がなかった。痛みも何も感じない。

 骨は折れているのか、自分の内臓はちゃんと元の形で残っているのか、そんなことすら分からなかった


 「橘君ッ!!」

 朦朧とする意識の中で黒沢が自分を呼ぶ声だけが橘の耳に届いていた


 ごめん黒沢、お前だけでも助けたかったのに・・・俺ホントに弱いな

 皆もゴメン、誰も助けらんなかった。誰も期待してなかったかもだけど俺本気だったんだぜ

 ごめん、ゴメン、御免・・・


 薄れていく意識の中、意味を持たない懺悔の言葉を心の中で述べていく。それは彼の諦め。

 彼の意識は真っ暗な闇の底へと沈んでいった


 「キャアアアアアアアアア!!」


 (黒沢!?)

 だが一つの悲鳴が彼を闇の中から引きずり上げた


 闇に呑まれる前より何故かハッキリとした意識で、彼は蜘蛛の悪魔に襲われそうになっている黒沢を見た。見てしまった


 「・・・ぅろ・・・さ、わ」

 ろくに呼吸すら出来ていないにもかかわらず彼は声を絞り出す。だがその声は教会内を支配する恐怖と混乱の喧騒にかき消される


 トカゲの悪魔はクラスメイト全員を一か所に追い詰めようと飛び回り、恐怖しながら走り回るみんなの姿を楽しんでいるかのようだ

 蜘蛛の悪魔はただ黒沢一人に目標を絞り、崩れ落ちた彼女をなるべく長く恐怖させようとゆっくりと彼女に近寄っていく


 その光景を見てまた橘は助けたいと思ってしまった。ろくに体も動かないのに


 やはりこの世界は理不尽だ。せっかく橘が諦め、現実に向き合ったというのに再び彼に欲を持たせるのだから 


 もう嫌だ、弱い俺が何かしても何も変わらない!


 自分に言い聞かせるように彼は心の中で叫び、欲から目をそむけるために動かない体を無理やり動かし寝返りを打つように後ろを向いた

 だがその行為は橘の欲をさらに深くかき立てた


 「く・・・そ・・・がっ!」

 彼が向いた先にあったものは力の象徴が納められたあの鉄製のロッカーだった


 『なぁ、もういいだろ・・・諦めたって』

 『目を瞑ってしまえ、耳を塞いでしまえ、そうすればもう何も見えなくなる、聞こえなくなる。』

 『さあ、手を伸ばせ。欲を捨てればもう苦しむ事もない』

 『―――――――――――――――――――――――――――――――。』


 自分の中からいろんな声が聞こえてくる

 その一つ一つが橘の心の声だった。彼自身を導く為に必死に声を上げる

 橘はその一つに従った

 そしてゆっくりと、ゆっくりと――――――――――――


 『何迷ってんだ?皆を助けたいんだろ?ならそうすりゃいい。自分に嘘ついてまで諦めてんじゃねぇよ!―――――――――――』




 ――――――――――立ち上がった。




 『弱いからって欲を出しちゃいけないなんて決まりは無い。弱いから欲が出るんだ。弱いから全てを手に入れようとするんだ。俺は立てるじゃないか、その足でしっかりと。ならもうやるべきことは分かんだろ?』


 「っそがあああああああああああああああっ!!」

 絶叫がこだまする


 その姿にインセドは目を見開いた

 人間なら当たっただけで絶命するぐらいには強く蹴ったはずだ

 なのに奴は直撃したのにもかかわらず生存し、立ち上がった

 あり得ない。だが橘は実際にこうして立ち上がった


 インセドは再び橘に興味を抱いた


 その橘は状況確認をした。いまだに逃げ回るクラスメイトとそれをゆっくりと追い詰めていくトカゲの悪魔。そして今にも黒沢を踏みつぶさんとその八本ある足の一本を振り上げた蜘蛛の悪魔


 橘は目の前にある三つのロッカーの右にあるロッカーを勢いよく開け放った

 そこには『鉄の大剣』が自己の存在を強く示していた


 その剣の柄を握る橘。ずっしりとした重みが彼の体を襲う。だが彼はそんな事を気にもとめない

 ただ自分の欲に従ってそのインセドの定義する弱者の力を振るった


 「ッオラあああああ!!!」

 橘は体全体を使い、鉄の大剣を振り投げた


 そして回転しながら飛ぶ刃は的確に、黒沢を追いつめる蜘蛛の横腹辺りに突き刺さった

 「ググググググぅぅッ!?」

 気味の悪い声を上げながらその羊のような頭を剣の飛んできた方に向ける蜘蛛の悪魔

 そしてその羊の目が捉えたのは、こちらに向かって金色の髪をなびかせながら疾走する橘の姿だった

 

 既に拳を握りしめ、悪魔に迫る人間風情

 その拳が比較的やわらかな羊の頭に放たれる


 「グッ!?――――――――――――?」

 たかが人間のただの拳から感じる力に悪魔は違和感を覚える


 そしてその拳に巨躯の体が後退する。たった1メートルもない距離だろうが確かに悪魔が退いた。


 あり得ない


 比較的思考という概念が乏しい種類である、羊の頭を持つ蜘蛛の体の悪魔は確かにそう思った

 本能的に理解する圧倒的質量の違い。それを凌駕したあの人間の拳には恐怖すら感じる


 そしてあの人間がさらなる追撃を加えるために一歩前へ踏み出す

 

 本能があの人間が危険だと警告する

 蜘蛛の悪魔はその八本ある足のうち三本を人間を近づけさせないために振るう


 その一本でも人間の命を奪うには充分な威力を秘めたそれを、あの人間は掻い潜るように宙へ飛びかわしきった。

 しかしあの人間の体は宙で無防備、翼が無ければ移動も方向転換も出来ない状況

 これを好機と見た悪魔は四本目の足を高々と振り上げた


 だがその足が人間を踏み潰す事は無かった

 あの人間は翼もなしに宙で移動した。


 あの鉄の剣を支えにして―――――――――――――


 ドガン!と悪魔の足が地面に叩きつけられる音がする。それを意識の外に感じていたあの人間は両手で悪魔の体に刺さったままの剣の柄を握り、宙に飛んだ勢いを殺さぬまま悪魔の巨躯にドロップキックのようなものを叩きこんだ


 悪魔の体はそれにより3メートル程吹き飛ばされ、それに伴い突き刺さっていた刃がいくらかの血液と共に抜け、あの人間に手に収まった


 そしてあの人間、橘は黒沢を3体の悪魔から守れる位置に立ち、数メートル程宙に翼で滞空している白い鳥人悪魔に大剣の刃を向ける

 「インセド!・・・悪いな、俺はやっぱ弱者だけど欲張りだ」

 

 それを見たインセドは不敵に笑う


 「このまま全部救わせてもらうぞ!!」

 「やってみろ人間!!」

 感想、ご指摘、誤字等ありましたらお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ