棚からぼた餅、からの不安
サクッと短めです
部屋に戻った亮が最初にしたことは身支度だった。
といっても彼の持ち物など無いに等しい。あるのはここに運ばれてきていた学校の制服ぐらいだ。
洗濯され、綺麗に折りたたまれているそれは亮がここに来て目を覚ましたベットの枕元に置かれていた。
亮はそれを手に取り広げてみた。
大切な人の血で染まったカッターシャツは、どんな魔法を使ったのか純白の色を取り戻している。
つくづく魔術の利便さに感心しつつ呆れる亮はまた制服を畳んで元あった場所に戻した。
さて、やる事がなくなった。
リビングの椅子に腰掛けた亮はこれからどうするかを思案する。
ここを出るのは夜中だ。今出ていけば帰ってきたクレイドにばったり鉢合わせになる可能性がある。だから彼が寝静まり、ついでに村も寝静まった頃に出ていこうと思っている。
そういえばジョセフが今頃殺人鬼を取っちめている頃だろう。
そうなれば村中が起き出すが、まぁここは村はずれにある。村とは逆方向に行けば見つかることもないだろう。
「やっぱあれか」
なればやることは一つ。
クレイドが帰るのを待つまでの間、時間は効率的に使うべきだろう。
亮は魔術修練場として使っている部屋に向かった。
あそこにある本棚、その中にぎっしり詰められている魔術書が目的だ。
いつも通り読み物にふける、これが一番だ。
さっそく部屋の前にまでつくと亮は扉を開け、慣れた手つきで明かりをつけた。
すると、
「ん?魔術書がなんで机の上に?確かここを出るときに全部直したはずなんだがな」
古びた表紙の魔術書が机の上に置かれているのが目に入った。
大方、エミリアあたりがここをでる直前に取り出してしまうのを忘れたとかそんなところだろう。
「ったく、出したものはしっかり直せよな」
などと口うるさい母のようなことを愚痴る亮は魔術書を拾い上げ、
「見たことない表紙だな。ここにあるのは一応全部表紙を確認したつもりだったんだが……」
眉をひそめて言った。
ずいぶん古いモノのようだ。見た目から察するに100年ものはくだらないだろう。
灰色の厚ての紙を使われた表紙は、保存状態が良くなかったのかタイトルが読み取れないほどにボロボロだ。だがしっかりとその原型は保ち、表紙を開けて中を見てみれば驚く程に綺麗なままだ。
「これにするか」と亮はわずかばかりの興味を惹かれ古びた魔術書を手にもはや指定席になりつつあった窓枠に腰掛けた。
えらく重量感がある本だ。
広辞苑とタメを張れそうな重みを両手に感じながら亮は一ページ目を開いた。
その時、ヒラリと本の隙間から何かが舞い落ちた。
拾い上げた亮はそれをまじまじと確認する。どうやら形が変わった栞のようだ。
縦に長細い台形の形をした栞、裏を向けると何かが書いてある。
『279』
拙い字だが間違いなくこう書かれている。
「なんだこれ?ページ数か何かか?」
意味分かんねーとボヤきながらも、律儀に本をめくっていくのは年相応の好奇心のせいだろう。期待など買ってもいない宝くじが当たるくらいしていないが、心の奥底ではあわよくばと棚からぼた餅を狙っているわけだ。
まぁ結局くだらないものだったと吐き捨てるのがオチだろうとなんとなく予想していた亮は、279ページ目を開いた瞬間に呼吸を止めた。
そこに書かれてある見出しに視線が吸い込まれた。
『天使の召喚』
いつぞやで見たものと同じことが書かれてある。
亮はまたかと罵ってやりたくもなったが、本文一行目を見て言葉を失った。
『結論、天使の召喚は現実的に可能です』
なんて無茶苦茶な書き出しだとも思った。
だがそれどころではなかった。
棚からぼた餅どころではない。落とし物探して穴を掘ったら金塊の山が溢れ出したかのような、嬉しい誤算。まさかこのタイミングで、こんなものを見つけてしまうとは。
喉から手が出るほど欲しかったもの、天使と接触するための手段――――。
それが今、亮の手にある。
だというのに。
何だろうか、この焦燥感は。
言いようのない煽り立てるような不安は。
亮は視線を上げると首を捻って窓から見える景色を見た。
空は重厚な雲に覆われコントラストもクソもない闇一色だ。その中で、風が走り木々がなびく。
怪しく揺れるその景色は、亮を闇の中に引きずり込もうと手招きしているように見えた。
「なんなんだよ、一体…………。」
亮は忙しない様子で再び魔術書に視線を落とした。
この不安は間違いなくこの魔術書を開いたのが原因だ。ならば、これを読み進めれば――――。
そこに記された内容を一文字も見落とさないように食い入るように睨む。そしてまた亮は言葉を失い、絶句し、二の句を継げられなくなった。
「おい……冗談だろ?」
そこに書かれてあった内容。
天使の召喚が不可とされる理由。いや、禁忌とされる理由といったほうがいいか。
簡単だ。至極当然――――人間の倫理から外れた外道の所業だからだ。
天使の召喚魔術に必要な媒体。
――――天界に縁のあるもの、別々の人間の四肢と天に仕える心の臓。
そして、強い魔力を持った人間一人の肉体。
ゾワリと背筋に嫌なものが走った。
沸き立つようなそれは亮の体を這い上がるように蠢く。
そこへ追い討ちを掛けるように――――――――悲鳴。
甲高く、希望を引き裂くようなそれは村から聞こえてくる。
ここで悲鳴を聞いたのは何度目だったか。
最近なのはジョセフがこの村に来たとき、女性陣に囲まれ黄色い悲鳴を上げていたものだ。
その前は、ちょうど今と同じ。真っ暗闇の中で絶望を伝えるような、そんなものだった。
近頃この村を恐怖に震わせている殺人鬼の現場を見た被害者親族のものだった。そういえば、クレイドが言っていたか。この殺人鬼は被害者の四肢を切り取り、持ち去っていると。
そう、別々の人間から四肢を一つずつ――――――――。
「くソッ!!洒落になってないぞこれは!!」
亮は走り出した。村へ向かって。
しばらく走れば村の一部で明かりが集まっているのが見て取れた。
(急げ!急げ!……)
無駄とは頭で分かっていても体が急かす。
見えてきた。何十もの村人が松明を持って何かを囲うように人垣を作っている。
そこへ亮は走る勢いそのままに体をねじ込む。
人を掻き分けて前へと進む。
やがて終わりが見える。そこへ一気に躍り出れば、
「――――――ッッ!!」
地面に力なく横たわるジョセフ。
そしてその体には案の定――――ない。
ボッカリと、穿たれたように彼の胸には巨大な穴。
そこにはあるはずのものがない。『天に仕える心の臓』が、抉り取られていた。
これで、あと足りないものはなんだ?
亮は込上げてくる吐き気を飲み込むと、口元に手を当て必死に思考を回す。
さっきの本に書かれていた媒体であと必要になるものは、天界に縁のあるものと――――。
そんな時、亮の思考を掻き乱すように背後から声がかかった。
「あの、すいません」
「なんだ!?」
急いでいる時に思考の邪魔をされてキツイ口調で怒鳴ってしまった亮。
だが振り返って声の主を見てみれば、亮はさらに表情を歪めることになった。
赤い髪に、少し幼さの残った顔の女性。
誰かに似てる。
「あなた、クレイド先生のところで魔術を習ってるっていう……」
「そうですが?」
「私、エミリアの母なんですが」
「え、そうなんですか!?」
「はい。それで、その……うちの娘今どうしてますか?」
「は?」
何を言っているんだこの人は?
彼女はクレイドが家に送っていったはずだ。
「まだ、帰ってないんですか?」
「はい。それで、あの子クレイド先生に送ってもらってるのかしら?行き違い?でも家からここまで一本道だし……」
思考が止まる。
それとは対照的に、亮の背中を這い上がろうと蠢く何かは動きを活発化した。
――――――――待て、思考を止めるな。思い出せ、あと何が必要だった?
そう、あと必要なのは天界に縁のあるものと、
『強い魔力を持った人間の肉体』
この村にいる強い魔力を持っているのは誰だ?
亮を除けば二人しかいない。
クレイドとエミリアだ。
そしてその二人は今……。
「ッッ――――――――最悪だっ!?」
亮は一も二もなく駆け出した。
どこへか?それはわからない。
ただ、なんとなく森の方へ。そこに何かあると直感が告げている。
(間に合ってくれ!!)
亮は暗い森へと足を踏み入れた。
無造作に草々を踏み荒らし、根を蹴飛ばし、バランスを崩しよたつきながらも決して足を止めずに。
向かう。
どこへか?
悲劇の舞台上までだ。
――――――――幕は既に上がっている。




