大天の魔術師
その男『ジョセフ』は下卑た笑みを浮かべて亮とクレイドの前に立った
近くで見る立ち姿は圧巻だ。ただそこに存在するだけで他を圧倒するような存在感。その身に纏う神聖な雰囲気を醸し出す白銀の鎧は、一目でただの鎧ではないと判断できるほど荘厳な異様さを放つ。さらに腰ほどまで伸びた灰色の髪は、濁ったようにくすみ、それが更にジョセフと鎧の異様さを際立たせる
そして誰もが魅了されそうなほど整いきった容姿は、彼が自分が天からの使いだと言っても皆信じてしまうほどに美しい
いや、彼は実際に天からの使いだ
この世界で最上の存在たる『神』と『天使』
そんな存在と深い関係を持つ魔術を使役する者――――天聖魔術師
その証である左頬に刻まれた白き刺青『白痕』が笑みに引き吊られ、醜く歪む
挑発するように。
嘲笑うように。
その瞬間、亮の理性が音を立てて弾け飛んだ
彼はほんの数日前に理不尽にすべてを奪われた。その略奪者と同じ証、『白痕』を見たとき、彼の内に渦巻く激情が、憎悪が、殺意が、止めどなく漏れ出した
頭が真っ白になった
そう感じた時には、彼の視界は真っ赤に染め上がった
炎のように、血のように――――
鮮やかに、ドス黒く
そして――――
バシッ!と静かに物音が鳴った
灰髪の天聖魔術師ジョセフは目の前の光景に目を細め、訝しんだ
あろうことかこの自分に、天使の使いである天聖魔術師の自分に強烈な殺意を含んだ視線を向けてくる少年がいる。少年はさらに、右手を一直線にジョセフの首めがけて伸ばしてきたのだ
これだけで十分驚きの光景だ。だが、
「亮くん……落ち着いて下さい」
その少年の腕を掴み、押さえつけている男がいる
ジョセフの過去上司だった男。そして誰よりも自分たちを恨んでいるであろう男
そいつが自分を助けているのだ
ジョセフは戸惑い、そして揶揄するように言葉を並べた
「何のつもりだよクレイド?俺はお前に助けられるような恩を作った覚えはないんだがなぁ?」
「べつにあなたを助けた訳ではありませんよ。ウチの身の程知らずな弟子を止めただけです」
クレイドはそう言ってジョセフと亮の間に体を動かし、諭すように説得した
「いくらなんでも初対面の相手の首を絞めようとするのはいただけませんね。それに相手を選んだほうがいいです。彼は今のあなたよりも強い」
「……。」
未だに亮はクレイド越しにジョセフを睨んでいる
だがクレイドの言葉を聞くたびに少しずつ冷静さを取り戻し、
「……もう頭は冷めたよ。大丈夫だ離してくれ」
「そうですか」
クレイドは亮の手を離し、彼がまた牙を剥かないを確認したあと、振り返りジョセフに向き合った
「すいません、うちの弟子が」
「ハッ、そのガキがお前の弟子か。確かに身の程知らずだが、腰抜けのお前の弟子にしては根性があるじゃねぇか」
「はい、この子は私と違って度胸がありますし、才能もありますよ」
「はぁ?お前以上ってことか?そりゃなんの冗談だぁ?」
嫌味をさらりと受け流し、続けたクレイドの言葉にジョセフは興味深いと目を細めて亮を見渡した
黒髪で左こめかみの辺りの一束だけ不自然に青く染まっている。顔立ちはかなりいい方で、容姿にはかなりの自信があるジョセフもたじろぐ程の美少年
細身で戦う者にしては筋肉が全然足りていない
こんな少年が、クレイド以上の天才?
ジョセフはそんな疑問を笑い飛ばす
「ハハッ、有り得ねぇ」
「そう思いますか?」
「当たり前だろ。あんた以上ってことは……」
そこでクレイドは不敵に笑い、言い放つ
「なら……勝負してみますか、うちの弟子と?」
「ッ!?――――おいおい、それこそ冗談だろ?俺と戦る?そのガキがか?冗談抜きで死んじまうぜぇ」
「大丈夫ですよ。言ったでしょ、彼は私以上の才能の持ち主だと」
冗談じゃねぇぞ、とジョセフは内心悪態をつく
彼は知っている。いま自分の目の前で自信満々に弟子を評価する男の実力を
だから認められない。クレイドの言い分を
それでも――――
その時、冷静さを完全に取り戻した亮がクレイドに声を掛けた
「アイツ、何者なんだ?」
「彼は頬に私と同じ白痕があることから判ると思いますが天聖魔術師、それも更に上位に存在する、神から直接『大天』の称号を与えられた超天才魔術師ですよ」
「たい、てん……?」
「そう『大天の魔術師』です。ザックリ言ってしまうと天聖魔術師から選りすぐりの超精鋭の13人のことです。彼はその末尾No.13。まぁ何にしても、彼は事実上世界で13番目に凄い魔術師ということですね」
あっさり言ってのけるクレイド
だが亮は衝撃を受ける
世界で13番目に凄い魔術師。それがいま目の前にいる
奥が深く、この世界の理に触れるような学問の最高峰。それを極めた者の一人
ある種の感動のようなものが亮の中で生まれる
どれほど凄いのだろうか?
どんな魔術が使えるのだろうか?
などと、子供のような好奇心が沸き立つ
そして何より、
――――――――俺はコイツに勝てるのか?
クレイドは亮より強いと言っていた
その通りならどの程度差があるのか、どれだけ手を伸ばせば届くのか知っておきたい
なぜなら、きっと近い将来彼らと戦うことになるはずだからだ
天使に復讐するということはこの世界の人間全てを敵に回すと考えていい
ならば最大の敵になるのはおそらく彼ら『大天の魔術師』
そんな人間の最高峰と戦わなければならないのだ
いくらクレイドが亮に対して「才能がある」と言っていても、それで慢心するわけにはいかない
井の中の蛙ではいられない
大海を、大天の実力を知らなければならない
その相手に世界13位の魔術師――――ちょうどいい
そう考えたとき、亮は自分を嘲笑する
勝つとまでは言わないが、それでも世界13位相手に距離を測るぐらいには立ち回れると思っている自分を
これを声に出して大勢に聞かれていたのなら赤面必至だ
大恥をかいてしばらく表には出られないと引きこもってしまうだろう
そんな想像が容易につく
布団にうずくまって身震いしながら羞恥にのた打ち回る自分の虚像に思わず顔が苦くニヤつく
なのに、何故だろう?
亮は再びジョセフの顔を見やる
返される視線は怪訝な面持ちで、それを見ていると彼は何故か思ってしまう
――――――――勝てそうだ、と
いやいやいや、有り得ないだろ!と亮は内心で自分を叱責する
いくら何でも無理なはずだ。数日そこらがその道を極めている奴に勝てる道理はない
自信か?欺瞞か?慢心か?
そう考えを巡らせるがどうも違う。この思いは直感や、何となくといったものから来るものではない
言うならば裏付けされた経験則
普段普通だと思っていたものが実はとんでもないものだった!――――といった感じだ
だが亮は裏付け出来るほどの経験を持った覚えはない
というより非凡か平凡かを基準となる判断するモノサシをつい最近手に入れたようなもの
そんな状態でどうすれば経験を積むというのか……
「亮くん」
ふと、クレイドが何かを思い出したように亮に声をかけた
「ん、なんだ?」
「亮くんは、もし私と喧嘩したら勝つ自信はありますか?」
「は?」
亮はなんの脈絡もない質問に、何をいきなり言ってくるんだこのバカは?と眉をへの字に曲げる
少なからずクレイドは亮の命の恩人で、魔術に精通していて、師匠だ
そんな相手に喧嘩して勝つ自信があるかどうかなんて聞くまでもないだろう
「あるに決まってるだろ」
「……師匠は尊ぶものですよ」
ハッキリ言って負ける気がしない
いや、実際にやってみなければ分からないし、実はクレイドはすごい力を隠しているという展開も十分に考えられるのだが、今まで見てきた彼だけを判断材料にすると亮は負ける気がしなかった
普段ヘラヘラしてるし、夜に物音が鳴るたびビクッと無駄に怯えてるし、そんな姿ばかりが頭の中に浮かぶのだから仕方ない
「ハハハ……。まぁいいですよ、なんにせよ私に勝つ自信はあると?」
「ああ」
「そしてジョセフと戦って勝つ道理はなにのに妙に勝てそうに思えるんですね?」
「……あんたやっぱり人の心読めるだろ?」
「はい実は少し。それは置いておいて、ここからが本題……あ、その前に一つ。話すの忘れていましたが現役だった頃、実は私は大天のNo.4だったりしたんですよ」
「は?」
素っ頓狂な声が大気を抜けるように響く
「それでですね本題に戻るんですが、ジョセフの苗字なんですが――――」
「いや待て!あんた今すごいとんでも事実をサラッと言わなかったか!?大天のNo.4!?それって世界で4番目にすごい魔術師って事じゃ……」
「はい、正しくその通りです。さすが亮くん、察しがいい」
開いた口が塞がらない。亮は生まれて初めてその言葉を体現した
信じられない、というかこの世の中全ての理が壊れたんじゃないかと思う
まさか自分の師匠が世界の上から数えて四番目の魔術師で、それをサラッと世間話ぐらいの感じで流すように話された事実
「マジ?」
「マジです」
相変わらず無邪気な笑みを浮かべるクレイドの顔に嘘をついている雰囲気は見て取れない
それでも人間、いきなり知らされた事実を受け止められるほど堂々とした人間は少ない
亮もその例に漏れず、ぎこちない動きで首を横に回しジョセフを見る
すると彼も、
「マジだ。といかよくそれ知らない状態でソイツの弟子になろうと思ったなぁお前。呆れて嘲笑しかできねぇぜ」
そう言って本当に鼻で笑う
亮はそこで何故自分は経験も積んでいないのに裏付けされた自信など持っていたのかを理解した。簡単だ、そもそもの判断基準であるモノサシが規格外にズレていただけなのだ
もう何も信じられないとばかりにため息をつき頭を抱える亮
そんな亮にクレイドは言う
「ほら、元とはいえNo.4だった私に勝てるのなら現No.13のジョセフにも勝てる気がしてきませんか?」
「……まぁ確かにそうだけど、なんか納得できない」
「まぁまぁ、なんでもいいじゃないですか。大天の魔術師と戦える機会なんてそうそう無いですから経験しておいた方がいいですよ」
「おい、待て!なんで俺がそのガキと勝負することになってんだぁ?」
ジョセフが口を挟む
だがクレイドは何でもないように挑発した
「おや、もしかして私の弟子に負けるのが怖いんですか?十年近く合わないうちに臆病になりましたねジョセフ。私は悲しいです」
「俺はお前とは違う!臆病者でも腰抜けでもねぇ!」
「そうですか。ならうちの弟子との試合、やってくれますね?」
「あ?……ああ、いいぜ。格の違いってもんを見せてやるよぉ」
(クレイドに乗せられた感があるが……まぁいい)
あっさりと、当然の成り行きのように話がどんどん進み亮とジョセフの試合が決まる
そこで亮は自覚する
嫌な予感が当たったのだと
事件の中心に巻き込まれてしまったのだと
彼は疲れたようにため息をついた
無理やりな展開すいません。魔術の説明に時間をかけすぎて飽きてきて、早く第一章ラストに進みたいなぁという欲望から来たものです。すいません
次回戦闘パート、久しぶりだ(笑)




