虚しき心
神秘的な青白い光を纏う魔法陣
さらには元書いたはずの魔法陣がひとりでに書き換わっていき、全くの別物になっている
亮はおそらく自分が起こしたこの現象に目を見張った
瞬間、再び別の現象が彼に起こる
亮の髪は自然に黒い。だが左こめかみ辺りの一束だけが青く染まっている
その一束の髪が魔法陣と同じ光を宿し始めた
(なんだ!?何が起こっている!?)
魔術に精通しているクレイドやエミリアもこの現象に目を見開いて驚いている
ということは、この現象は普通ではない
亮の直感がこのままでは何かマズイと叫んでいた
彼は魔法陣に触れる手を引き離し、体ごと後ろに退いた
すると、魔法陣は何事もなかったかのように青白い光ごとフッと大気に紛れて姿をかき消した
しばらく何もない空間を睨み続けた亮は、それ以降何も起こらない事を確認して安心したように息を一ついた
(さっきの光、あの時も……)
クラスメイトを皆殺しにされた後、優花が死んだ後
不明瞭な記憶だが天使達と対峙した時に、使徒達が恐れていた光
亮は目を細める
「亮くん……あなたは一体何者なんですか?」
不意にクレイドがそんな質問を投げかけた
だが、亮自身その質問に対する回答を知らない。いや、分からなくなった
この世界に来て
大切な人を失って
力に目覚めて
天使と使徒を虐殺して
魔術の才に気付かされて
知った。安斎亮は普通でないと
その真の姿、存在意義は何なのか、それはまだ分かっていないと
『知らない』
亮は首を横に振り、宙に魔力でそう書いた
そのまま全員が押し黙り、今日の魔術訓練はここまでとなった
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そろそろ夕日が地上の下に沈み切る頃だ
煉瓦と土壁で出来た家が立ち並ぶ村の住宅区画。もしその光景を見る人が見れば懐かしいと涙を流すような時代錯誤を感じさせるかもしれない
まぁ、見る人がもうひとつの世界、『アッチ』側の世界の人間ならばの話であって、今ここに生きる人たちからすればこの家々の造りは普通だ
そんな普通の家と家の間の細い道をクレイドとエミリアは歩いていた
「すっかり遅くなってしまいましたね」
「そうだね」
エミリアがクレイド宅から出た時には空が闇を帯び始めていた。彼女の家は村の中心部にあり、村はずれにひっそりと建つクレイド宅からは距離があるので念の為にクレイドが付き添いで送っているのだ
「ねぇししょー?」
「はい、何でしょう?」
「さっきのトオルお兄ちゃんの光って昔ししょーが言ってた……」
「……そっくりでした」
あの青白い神秘的な光をクレイドはたった一度だけ見た事があった
もういくら前かも朧気なほど昔の話。だというのに彼はその事だけは鮮明に覚えていた
クレイドは自分の頬を、聖天魔術師の証である白いタトゥー『白痕』を撫でた
この痕が刻まれた時、クレイドが聖天魔術師と名乗れるようになった時、彼は見た。あの神秘的な光を、『神の光』として見ていた
「異世界からの来訪者であり、空前絶後の魔術の才を持つ上に『神の光』まで……」
まるで伝記や御伽噺に出てくる英雄だ
人間という領域を突き抜け、神や天使、悪魔の世界にまで足を踏み入れた者
決して大袈裟な例えではない。この世界ではそれが有り得る
伝説や空想でない事実のヒーローがいた
それもたった20年前に
だから――――
「彼も全てを救うヒーローになってくれますかね?」
ポツリとクレイドがそんな疑問を漏らした
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亮は一人暗い魔術訓練の部屋に残っていた
そこで魔術の訓練を続けていたのだ
魔術書を片手にひたすら魔法陣を描いていく作業
もう既に20近く描き終わった為に流石に慣れ始め、スラスラと描けるようになっていた
だが、
(あれ以降あの光が出てこない。何だったんだアレ?)
亮の魔法陣はあれ以来触れようが語りかけようが、書き換わることも、光を纏うこともなかった
結局あの現象の正体は掴めずじまい
何度粘り強くリトライしても、起きないものは起きない
その代わりに魔術の発動が出来るようになっていた
魔法陣が魔力の光を発し、掻き消えるのと入れ替わるように氷の塊が目の前に発生する
氷はどんどん大きくなっていき、最後ビール瓶ほどの大きさになって落下した
亮は地面に叩きつけられる前にそれをキャッチ。手をひんやりとした冷たさが刺激する
まるでガラスのように澄んだ氷に目を落とす
(驚く程に感動がないな)
自由自在に魔術を使えればすごい感動が待っているものだと思っていた
いや、実際待っていたのだろう
それを、あの光が奪っていった
神秘的な光――――神が発する力にも思えたあの光の前では全てが淡く、脆く、儚く、霞んだ
亮にはそれがどことなく虚しかった
純度の高い氷に映る暗い闇とそこに佇む自分の瞳
憎しみと怒りと復讐心だけに染まりきったその瞳もまた虚しく映っていた
(結局は、これが俺ってことなのか?)
悲しげに目を細めると、亮の目はまるで闇と同化したように氷に映らなくなった
それを見た亮は不敵に微笑んだ
――――――――これでいい。俺は悪を滅す
心に充実など求めてはならない
どんなに悪に染まりきった奴でも、それを殺せばそいつも悪だ
もし心に充実を求めれば、いつしか殺戮に快楽を感じかねない
だから亮は微笑んだ
今、心中に到来している虚しさこそ自分に相応しいと考えて
亮は手からフッと力を抜いた
握られていた氷は手から滑り落ち、快音を響かせ闇の中で砕け散った
その時ちょうど、部屋の外から間の抜けた声が聞こえてきた
「ただいま~。いやー家に戻って誰かが待っているというのはいい事ですね。それが美少女だったらなお良しだったんですがねぇ」
クレイドが帰ってきたらしい
誰かに話しかけているのか?明らかに独り言だ
ボケるにはまだ早そうだったんだがな、と失礼なことを考える亮の耳に部屋の扉が開く音が入ってきた
もちろん間の抜けた声の主、クレイドだ
彼は手早く部屋の明かりをつけ、亮の顔を確認するとにっこり微笑んだ
「ただいまです亮くん」
『おかえり。美少女でなくて悪かったな』
「あらら、聞こえてましたか。大丈夫ですよ。亮くんも女の子と見間違うような風貌ですから七割がたマシです」
何が大丈夫なのかよく分からないが、取り敢えずムカつく事を言われていると分かった亮は魔法陣を描き氷の塊をクレイドの頭の上に発生させた
「へ?……イタッ!?」
また間の抜けた声を出したクレイドの頭の上に氷を発生させ、そのまま落とした
頭を摩りながらしゃがみ込むクレイド。その視線の先にゴロゴロと氷の塊が転がってきて、それが頭の上に落下してきたことを知った彼は思わず苦笑いした
「イタタ、まさか独学で魔術の発動までこぎつけたんですか?」
『まぁな』
「ははは、ここまで来るとあなたの才能は笑えませんよ。私笑ってますけど」
習い始めてたった一日で魔術の発動が出来るようになった者など聞いたことがない
しかも先ほどの魔法陣を描いた手捌き、完璧とは言えないが相当卓越したものだった
「末恐ろしいどころか既に恐ろしいですね」
『なんでもいい 俺は早く魔術を習得できればそれで』
「……焦ってはいけませんよ」
『分かってる』
亮は焦ってはいない。焦っても意味のない事をちゃんと理解しているから
だが、復讐のための力をつけるためにクレイドやエミリアを利用しているのが心苦しかった
亮は自分の復讐に関係ない者をなるべく巻き込みたくないと思っている。クレイドとエミリアと短いながらも関わってより強くそう思った。
それでも、どうしても彼は魔術という力が必要だと感じていた
だから、ただの言い訳として、亮は望んだ
さっさと習得して二人の前から消えることを
なるべく、自分との接点を小さくしようと
「亮くん」
『なんだ』
声を掛けられた亮は怪訝な顔をしてクレイドを見た
「別に早くここを出ていこうなんて考えなくていいですよ。迷惑なんて思っていませんから」
「……。」
微妙に心が読まれていたようだ。亮は何とも言えない顔で息を吐く
クレイドは愉快そうに笑って
「お腹すきましたね。ご飯にしましょう!」
また笑う
自然に、華麗に、有意義に、クレイドの笑顔は無邪気なままだ
部屋を出て準備に向かったクレイド
その後ろ姿を見送った亮は一度目を瞑り、しばらくそこに立ち尽くした
やがて目を開け、指を宙に踊らせた
そしてクレイドを追うように部屋を出た
誰もいなくなった部屋。そこには無数の魔術に関する品々と魔力で描かれた言葉が一つ
『ありがとう』
やっと魔術の説明は終わりです
設定を考えるのは苦手です(笑)
もう少し説明がちょくちょく入りますが、これからは割とスムーズに話が進むと思います
これからもお付き合いお願いします




