魔法陣
『この後はどうすればいいんだ?』
クレイド曰くの魔術習得のうちの最大関門をあっさり突破した亮は特に誇る様子もない
「……そうですね、ではもうこの際一気に魔法陣についてまでやってしまいしょうか」
『ああ』
クレイドは「それでは」と、手早く魔法陣を空中に描いた
それをまじまじと見つめる亮
「そんなに熱い視線で見つめても魔法陣は何も応えてくれませんよ」
からかうように言うクレイドに亮は少ししかめっ面を作り「からかうな」と睨んだ
「ハハハ、怖いです」
『早く教えろ』
「もはや教えを請う者の態度じゃありませんね」
『あんたには遠慮が不要だということが分かった』
「……ヒドイです」
自分の人望のなさに嘆息したクレイドは先ほど描いた魔法陣にピタリと右掌を触れさせた
魔法陣はそれに反応するように強く輝きを放った
次の瞬間、魔法陣が大気に紛れるように掻き消え、その代わりに小さな氷の塊がどこからか発生した
氷の大きさは10円硬貨ほどしかないが、瞬く間に周りの水分を氷結させ吸収して体積を増大させていった。
そしてビール瓶ほどの大きさになった氷の塊は、突然浮遊していた力を失い床へと自由落下し、甲高い音を立てて粉々に砕けた
一連の光景
およそ魔術というものがどういうものなのかを見た亮はただただ呆然とした
予想以上だった
彼はこちらの世界に来てから天使や悪魔なんて非現実的な存在を目の当たりにした
だが、魔術というものを目の前で見た衝撃はそんなものを軽く上回ってしまった
単なる見た目の派手さなら天使や悪魔の方が神秘的で絶望的で神々しくて禍々しい
なのにただ氷がどこからともなく現れ、巨大になっていく。たったそれだけの現象の方が亮には豪華で壮大で、なにより感動の根本に響くものだと思った
この世界。天使だとか悪魔だとか魔力だとか、そんなものをひっくるめて他所に放って残ったすべての根源にあるもの
『理』とでも言うのか――――計り知れないものの様相を亮は垣間見た気がした
『すごい』
声を漏らす代わり、宙に手を弄ばす亮に、
「そうでしょ?」
ニッと笑ったクレイドは続ける
「魔術はこの世界の理そのものに触れる力です。大変危険だ」
例えば、川の水が低い所から高い所へ流れるように
例えば、重力をいろんな方向に捻じ曲がるように
例えば、光より早く動くように
理に触れるとはそういう事だ
危険で、異常で、不安定で、暴挙
「こんな力、本来人間が持つべきではないのでしょう。この世界を作った創造神も始めはそうしたと言われています。魔術とは人ならざる者、超越者、天使様や神様の振るう力だと」
神はそういう筋道を描いたに違いない。それこそ『理』と同じく
「しかしいつしか、神様の描いた筋道は歯車が狂い始めた」
いつしか――歯車の狂ったその時を知る者はいないだろう
「それさえなければ……こんな力さえなければ……あんな悲劇は起こらなかった」
気が付けば軽いクレイドの口調が重々しく辛そうなものに変わっていた
それだけでない。いつも笑っている彼の表情が、口元は皮肉気に引き上げられ、細められ目はとても悲しげだった
明らかに様子がおかしい
亮は訝しみ、エミリアは心配そうな顔をする
『おい』
「ししょー?」
エミリアの声が届いたのか、クレイドは二、三度小さく瞬きを繰り返し
「すいません、なんでもありません」
小さく微笑んだ
「それでは亮くん、魔法陣を描いてみましょうか」
何事もなかったかのように元の軽い声色に戻ったクレイド
エミリアはホッと胸を撫で下ろし、亮は『彼自身の問題』だと思い、顔を逸した
クレイドはまた一冊魔道書を本棚から取り出し、開いた状態で亮に渡した
右側のページには魔法陣の絵が、左のページにはおそらくその魔法陣の詳しい説明が記されていた
「そのページに書かれてある魔法陣は先ほど私が見せた魔術と同じものです。まずはそれを丸写ししてください」
亮は言われたとおり魔術書を見ながら慎重に書き写す
天界文字は亮からすれば暗号文字だ。慣れない手つきでひとつずつ、ゆっくりと描いていく
そして最後の文字を円の中に入れると、緊張を解きほぐすようにホッと深く息を吐いた
「ほほぉ、初めて書いたにしては上出来ですね」
クレイドが感心したように亮の描いた魔法陣を見る
そこには少々歪な円をした魔法陣が浮かんでいる
『こんなもんでいいのか』
「はい、これだけ綺麗なら十分でしょう」
『これからどうすればいいんだ』
「魔法陣に掌を当てて下さい」
亮は右手を魔法陣に触れさせる
不思議な感覚だった。魔法陣、正確には魔力の触感は他の何とも違う
空気とも、水とも、物質とも
初めてという違和感ばかりでありながら、懐かしいまたは馴染んでいるとでもいうような感触
「そのまま、目を閉じてゆっくりと呼吸してください」
「……。」
言われた通りにすると、亮は不思議と心が落ち着いた
おそらく魔力に触れているからだろう
真っ暗な瞼の裏、何も見えていない視界
いや、違う。亮は気付いた
ここは瞼の裏、視界ではないと
真っ暗で、どす黒くて、何も映さないような闇
そして一筋の淡い光
そこには光の球体がが揺らめき、薄らと灯っていた
「見えますか?」
不意に意識の外からクレイドの声が真っ暗な視界に響き渡る
彼が言っているのがこの光の球体だという事をなんとなく察した亮は目を閉じたまま頷いた
「それは良かった。やはりあなたは凄まじい才能の持ち主です」
どこか嬉しそうな声を出すクレイドはそのまま続ける
「今見えているのはあなたの魔力そのものです。これからその魔力に語りかけてもらいます。語りかけるといっても声を出すわけじゃありません。触れて、そして繋がるイメージです」
繋がるイメージ
亮にはそれがどういうイメージか分からなかったが、取り敢えず触れるイメージをしてみる
真っ暗な背景と光の球体のみを映す意識
それが光に向かって一気に近づいていく
手があるわけではない
だが亮は意識のその先を、伸ばし、触れた
――――――――瞬間!
ギィィンッ!!
甲高い音が亮の脳内に響いた
驚き、思わず目を開けるとクレイドとエミリアが目を剥いて唖然として何かを見ていた
そして
(なんだよ……これ!?)
亮は見た。触れていたはずの魔法陣
それが青白い神秘的な光を纏い、描いた天界文字が全く別のモノに書き変わってく瞬間を




