御褒美
シリアスじゃありません
暖かいまどろみがそこにはあった
意識しているわけではないが、思いの外なんの抵抗もなく瞼が開く
少しぼやける視界で一番最初に捉えた物は薄暗い『天井』
見知った毎朝見る自室の白塗りの天井とは違う。茶色い、木製の天井だ
目だけを動かして辺りを見回すと、天井と同じく見知らぬ内装が見える
灯りは電気を使ったものではなく古風なランプ
木で出来た少し歪な机と椅子
それらと調和する様な簡素な白木のクローゼット
必要最低限の物しか置いていない宿屋の一室―――――そんな印象を与える部屋だ
そして体はその部屋に置いてあるベットの中で寝かされている
(どこだ、ここは?)
覚醒した意識が自然に当たり前の疑問に辿り着く
少年『橘 輝』はトレードマークである金髪をごしごしと掻いて、今さっき辿り着いた疑問の解決に思考を動かし始めた
(取りあえず落ち着け。俺はなんでこんな知らないところで寝てるのか・・・その原因はきっと俺が寝る前にした行動が深く関わっているに違いない)
橘は最も新しい記憶を探り始める
ッッ―――――――――――――――――!?
そしてすぐさま思い出した
教室にいた時に突然魔法陣が現れ、気がつけば教会にいた事
そこでインセド達、3体の悪魔に襲撃されたがなんとかそれを退けた事
その後、100程はいそうな悪魔の大群に襲われた事
と、そこまで思い出したところで頭にチリっとした痛みが走り橘は顔をしかめた
――――――――あの後どうなった?・・・みんなは無事なのか!?
「みんなっ!?」
思い出すよりも前に叫び、飛び跳ねるように上半身を起き上がらせる橘。だが、
「あぐッ!・・・ぅ」
体が引き裂かれるている様な激痛が全身を駆け巡り、堪えかねて固く目を瞑り、自分の体を抱き込むように腕をまわして俯いた
無理もない。気を失う前、彼の体は度重なるダメージとリミッターを外した反動で本当の限界を迎えていたのだ
今こうして起き上がるだけの事が出来るだけでも回復した方だ
痛みを抑えるためにそのままの体勢で深呼吸を繰り返す
徐々に引いて行く痛みを意識しながら橘は頭ではクラスメイトの安否の事を考えていた
そして堪えなくても無視できる程度に痛みが引いた時、やっと周りの状況にも意識を向けられるようになり気付く
「ん?」
ベットの上、体の隣に何かある
橘の体には布団が被せられてあったので起きた時にめくれたそれかとも思ったが違う
もっと大きい。そしてゆっくりとだが一定のリズムを刻んで動いている
――――――――なんだ?
固く閉じた目をゆっくり開け、下を向いた頭を上げて隣にある何かを見た
――――――――黒沢が添い寝していた
(待て待て待てっ!よぉーく考えるんだ俺!・・・何だこの状況!?)
瞬間、橘の頭から『みんなは無事なのか?』という疑問はキレイサッパリ消え去った。というか考えている余裕がなくなった
元からそこまで高性能ではない上に、普段あまり使わないので錆びついている橘の脳が煙を上げるような速度でフル回転し現状把握に勤しむ。が―――――――――、
(なぜウチの男子の憧れの的№1の黒沢が俺に寄り添うように寝ているんだ?何かの御褒美か?なら嬉しいなぁ――――なんて考えてる場合じゃない!)
思考が『黒沢がなんで・・・』という事にしか働かない。それでも必死に『クラスメイト』の方へと戻そうとする
(そうだ、みんなはどうなったんだ?黒沢がここで寝てるってことは・・・・・・綺麗な寝顔だなぁ―――――ってダメだ、思考が黒沢の方にしか行かないぃィィイィィィイィィ!――――――)
がしかし、橘の頭ではこんなところがいい所だ。残念な頭なのだ・・・
(――――――そうだ、きっとこれは悪魔と戦った俺に神が与えて下さった御褒美だ。スゲー頑張ったしな俺。このある意味天国みたいな状況だって―――――天国?・・・みんなは無事なのかっ!?)
意味の分からないプロセスを経て思考が本来あるべきところに戻った。が、
「ギkィアkyウふぇjihrだうukiッヴィbろwpkいel――――――――――ッッ!!!!」
再び起き上がろうと体を動かそうとして激痛に襲われる。人類が未だかつて辿り着かなかった言語で悲鳴を上げた
学習能力の無い残念な主人公である
橘が痛みに悶える中、突然隣から「はにゃぁ~」という間の抜けた声が聞こえた
目を向けると当然そこには黒沢しかいない
「えらく可愛らしい寝言だな」
微笑みにも似た苦笑いを浮かべて橘は思い出した
(そういや教会で最初に目を覚ました時も黒沢が隣にいたっけ。・・・というかアレ以降ずっと黒沢が近くにいる様な気が――――――――)
思い出すと橘は急に顔を赤らめた。普段異性とそこまで深く関わらないのだ。このくらいの初な反応は自然だろう
(手ぇ握ったり、頭撫でたり、抱きつかれたり、膝枕してもらったり。極めつけに添い寝か・・・あれ?これ俺人生最高の日じゃね?)
死にかけておいて人生最高だとは何とも皮肉だとも橘は思う
黒沢は割とうるさく橘が騒いでいたが起きる気配がなく、むにゃむにゃと口を動かす
なんとも微笑ましい仕草に橘の視線は釘付けになった
「・・・・・・。」
――――――――美しい
黒沢の寝顔を見て橘はただそうとだけ思った
彼に芸術作品を見て楽しむといった教養ある趣味は存在しない。だがそれでも、彼は黒沢の寝顔を見て素晴らしい芸術作品でも見ている様な気分になった
何が凄いのかは分からない。単純に美人の美少女だという事は分かる。だがそれ以外にもきっと何かあるのだろうと橘は思う
でなければ自他共に認める感性の低い彼がこんな気持ちにならないからだ
芸術的美しさを感じさせる顔で橘の隣にまどろむ黒沢
そんな彼女の寝顔が一瞬、死地を彷徨うような極限状態の時に見た微笑みと被って見えた
――――――――動けなくなった橘を庇う様に悪魔の前に立ち塞がり、そこで彼に向けた微笑みに
死を間近に控えた人間の最後となったであろう笑みに被って見えたのだ
そう思った瞬間、急に橘の中に言い様のない不安が生まれる
自身の隣で寝息を立てている彼女が実はもう体を触ってみれば冷たくなっているのではないか
実はこの状況は夢で、現実は自分とみんなはもう死んでいるのではないか
――――――――と。
人間、変に思い込むととことんそういう風に思えてくるものである
橘は冷たくなっているように感じる自分の右手を眺め、不安に染めた表情をしながら黒沢に目線を移した
痙攣しているかのように頼りなく震える手をゆっくりと黒沢に向ける
そして彼女の体に触れる寸前、ピタリと止まった
年頃の異性の体を寝ている間に触るのはダメだろう・・・とか理性が働いたために止めたのではない
「おか、あさん―――――――お腹、すいた・・・むにゃむにゃ・・・」
ただの寝言が彼女の口から洩れたのだ
たったそれだけのことだが、それだけで橘はこれが夢ではない現実だと確認し
肌に触れていないのに感じる彼女の体温が、彼に彼女が確かに今生きているという事を教えた
「・・・何怖がってんだろな?やっぱバカだな俺って。
黒沢がここで生きてるってことは他のみんなも無事と思ってよさそうだな」
そう思うと不思議と何の不安もなくなり落ちついた
そして改めて黒沢の寝顔を眺める
(彼女にはいろんなものをもらったな・・・。立ち上がる勇気をくれた。みんなを助ける機会をくれた。何よりあの時彼女が悪魔と俺の間に割って入ってくれなかったら俺は死んでた・・・。)
橘の命も、橘がそれを賭けてでも守りたいと思ったみんなの命も、元を辿れば全て黒沢が起点となって救われている
彼女は橘に向かって「ありがとう」と何度か感謝の言葉を述べたが、橘からすればやはり感謝するのは自分の方だった
だから寝ている相手とはいえ言わずにはいられなかった
「ありがとな」
そして少し乱れている彼女の長い黒髪をとくように頭を優しく撫でた
その時だった。
「お~い、お譲ちゃん。さすがにそろそろ交替だ。俺が見とくから休みな」
なんの前触れもなく閉じていたドアが開き、黒ずくめ男が入ってきた
いきなりの事で驚き、橘は黒沢を撫でていた手をビクッと震わせて僅かに離した
男はそれを見て、気まずそうな顔をして
「あ~、すまない。俺とした事が気が利かなかったな。終わったら下のロビーにいるから呼びに来てくれ。ゆっくり楽しみな、Good night(イイ夜を)お二人さん」
「ちょっと待って!違う、違うから!襲おうとなんてしてないから!」
すごくいい顔をして出て行こうとする男を、必死に止めようとする橘
「ハハッ、気にする必要はないぜ坊や。年頃の男なんてそんなもんだ。それにそんな可愛い子が隣にいるんだ。襲わない方が失礼ってもんだぜ」
「違うって言ってんだろ!」
「俺だってもっと若いチェリーボーイだった頃なら自制出来る自信はない。気にせず欲望に身を任せてみるのもアリだと思うぜ」
「人の話を聞けえぇぇぇぇぇぇ!!」
~事情説明中~
「なるほど」
「やっと分かってくれたか」
橘から事情を説明された男は腕を組んでうんうんと頷いている
「お前が彼女の寝顔に欲情して手を出そうとしたところに、タイミング悪く部屋に俺が入ってきちまって未遂に終わっちまったんだな。それはすまない事をした。俺は下のロビーにいるから終わったら呼びに来てくれ。ゆっくり楽しみな、Good nightお二人さん」
「何も分かってねぇッ!!人の話聞いてたか!?」
再びいい顔をして出て行こうとする男を引き止める
「というか寝込みを襲おうとしてるように見えるなら止めろよ」
「確かに寝込みを襲うのは男として最低のクズだとは思うが、双方合意なら別にいいと思うぞ俺は」
「寝込みを襲うのに被害者側に合意もクソもねぇだろ」
「ハハッ、そいつはどうかな~」
橘が訝しげな顔をして言うと、男は黒沢の方に視線を移してニヤニヤしている
ちなみに黒沢はあれだけ橘が騒いでおいてまだ起きない。相当寝つきがいいみたいだ
「案外、近くの人間に求められてるかもしれないぜHERO」
茶化すような調子で言うガイウスに、橘は「ねぇよ」と否定しようとした
しかし、その瞬間に彼の頭の中にある記憶が鮮明に呼び起された
体が動かない自分
そんな自分を庇おうとする黒沢
黒沢に向かって凶刃を振り下ろそうとする悪魔
そして、そんな危機に颯爽と現れた自称ヒーローの黒ずくめの男――――――――――
そう、まさに今目の前にいるこの男だ
「ッ!―――――――あんたはあの時の・・・」
「お、やっと思い出したか?」
へらへらとガイウスが不敵な笑みを浮かべる
「みんなは、無事なのか?」
「おいおい、こういう時は助けてもらったお礼から入るもんじゃねーのか?まぁ別に構わないんだが。他の奴らも無事だ。下のロビーにいる」
「そうか・・・よかった」
クラスメイトが全員無事と確かな証言を聞いて橘は胸を撫で下ろす
「ありがとな、あんたが来なかったら今頃俺たちは―――――――」
「構わないって言ったろ?俺は礼を言われるために坊やたちを助けたわけじゃない。ただ目障りな奴らが人ん家の近くにワラワラと湧いて出てきやがったから、お掃除のついでに助けただけだからな」
軽い調子で答える男はベットの近くに置いてあった椅子にドッカリと座り込んだ
「そういや自己紹介がまだだったな。坊やから名乗りな」
「こういうのって先に切り出した方から名乗るもんじゃなかったっけ?」
「細かいこと気にする男は嫌われるぜ。分かったら早く名乗れ。男ならsex以外はSpeedyにだ」
思わずsexという単語に反応してしまう思春期真っただ中の橘は苦笑いを浮かべなながら名乗った
「橘 輝」
「タチバナ・・・いや、向こうでは下のテルの方が名前になるんだったな。俺はガイウスだ。どれくらいの付き合いになるかは分からねーがよろしくな坊や」
ガイウスは握手を求める様に手を出してきた
橘はそれに応じて握手しながら考えた
(向こう?っていうかこの人バリバリ日本語喋ってるけどすげぇ肌白い。外国人?・・・って事は俺たちが今いるのはもしかして外国!?そうだよ、異世界なんてあるわけねぇじゃねぇか!あの悪魔とかも幽霊番組とかで偶に出てくるエクソシストやらなんやらのアレが具現化したものに違いない!)
勝手に何かを納得した様子の橘を見てガイウスは一言、
「言っとくがここはお前らのいた世界じゃねーぞ」
「あんた人の心読めんのか?ピンポイント過ぎるだろ」
「男なら一端のポーカーフェイスぐらい使えねーとな。坊や、考えてる事が全部表情に出てるぜ」
「マジで!?」
橘は慌てて顔をぺたぺたと触って表情に出てるというのを確認するがもちろん分かるわけはない
その様子を「ハッハー、お前かなりバカだろ?」と面白がっている
「じゃあ、ここは一体どこなんだ?マジで異世界なのか?」
「その質問に答える前に聞きたい。坊や、なんでお前は悪魔たちに立ち向かった?悪魔の存在を知らなくてもアレがヤバいもんだってことぐらい初見で分かんだろ?」
さっきまでとは違う妙に迫力のある表情で質問を返され、橘は一瞬気圧されるが、すぐにいつもの様子に戻り答えた
「なんでって言われてもなぁ・・・俺が俺じゃなくなるのが怖かったってのが理由かな」
「あぁ?意味が分かんねー。分かるように言ってくれ」
「別に深い意味があるわけじゃねぇ。あの時武器を持ってたのは俺だけだった。俺がやらなきゃみんなが死ぬ。だから戦った。悪魔を知らないとかヤバいとかは考えてる暇がなかった。それだけだ」
橘が淡々と答えるとガイウスは彼を称える様に口笛を鳴らした
「ハハッ、いいなHERO!そういう何も考えねーバカは俺は好きだぜ」
「なんも考えねぇってヒデーな。俺だっていろいろ考えて――――――」
「考えて?」
「・・・途中でメンドクなって諦めたんだった」
「やっぱお前バカだろ?」
手を打ち合わせて笑うガイウス
橘は、はぁ~と長いため息をついてやっぱり俺ってバカなのか?と今更な疑問を思い浮かべる
「なるほどなぁ、お前がバカだったがために悪魔に何の躊躇もなく立ち迎えたんだな」
「いや、躊躇はあったさ。それどころか俺は一度サイテーな事にみんなを置いて逃げ出そうとした。まさに悪魔の囁きに乗ったってやつだ。けど、黒沢が・・・」
そこまで口にして橘は黙る。そして優しい笑みを含んだ表情で彼女を見た
(おいおい、何だこのベッタベタな展開は?・・・こりゃ面白くなりそうだな)
二人を見て内心ほくそ笑むガイウスはこの二人をどうやってからかってやろうかと思案し始めた
そして頭の中で豆電球をピカーンと光らせた彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる
「そのお譲ちゃんに感謝してるんだな?」
「え?・・・まぁしてるっちゃしてるけど。それがどうかしたか?」
「ならもっと感謝しなくちゃな~」
「なんで?」
「なんでってそりゃ~、そのお譲ちゃんが坊やをここに運び込んでからずぅーっと一人でお前の看病してたからだ」
「ッッ!?・・・ずーっとってどれくらい?」
ガイウスはニヤニヤしながら部屋に備え付けられてあるアンティーク感を醸し出す時計を指差した
「坊や、気付いてないだろうがお前丸一日寝てたんだぜ」
「・・・マジで?」
「マジだ」
なんと言ったらいいのか分からない罪悪感と妙な羞恥心が橘の顔色を悪くした
ガイウスはさらにニヤニヤしながら畳み掛ける
「お譲ちゃんだって相当疲労が溜まってたはずだ。お譲ちゃんの友達がいくら代わるって言っても訊かずに、一度もこの部屋から出てこなかったぜ」
丸一日、自分も疲れている状態で誰かの看病するというのはどれほど大変な事なのか
それを考えた時、橘は黒沢にとてつもなく申し訳ない気分になった
おそらくは白い鳥人悪魔の『インセド』に逃がしてやると言われた時に、黒沢が引き止めたために橘が死にかけたという事が彼女を看病に駆り立てた原因だろうと橘は考えた
橘からしてみればアレが無ければ誰も助けられなかったのだ。たとえみんなを助けた事で彼女に感謝されることがあっても、無理をしてまで看病してもらうまでの事はないと思うのだ
「確かに、そりゃあ彼女にもっと感謝すべきだな俺は・・・」
「ああ、だから感謝の誠意は行動で示してやれ」
「行動?一体どうすれば?」
「そりゃ決まってる・・・寝込みを襲――――――――」
「帰れ!それのどこに誠意があんだよ!?」
およそ誠意とは真逆の下劣な悪意を感じる提案をガイウスの口から出し切られる前に遮る
「何事も誠意を持つことが重要だ。お前なら出来るはずだ、さぁ!!」
「『さぁ!!』じゃねぇよ!!なに人を犯罪の道に陥れようとしてんだ」
「チッ、つまらん」
「人の人生に関わる事をつまらんの一言で済ませんな!というかそろそろ俺の質問に答えろ。ここは何処なんだ?本当に異世界なのか?」
いい加減、軽い調子でからかってくるガイウスに痺れを切らし、無理やり本題へ持っていく
急にシリアスパートになりそうな空気を感じたガイウスは大きくため息をついて、頭をぼりぼりと掻いた
「・・・ここはお前らがいた世界からすれば異世界。もっといえばパラレルワールドってやつだ」
「は?パラレルワールド?」
確かパラレルワールドとは時空が分岐してどうのというSF小説とかによく使われるアレだ
もしガイウスの言う事が本当ならばこの異世界は元の世界から分岐しただけの世界という事だ
だが橘にはそう思えなかった。あまりにも違っているからだ
あの悪魔たちもそうだが、何よりこの世界はもっと根本的なところで元の世界とは決定的に違うところがある。橘はなんとなくだがそう感じていた
「不思議か?元の世界と違いすぎて」
「ああ、ここが異世界ですって言われたらすんなり受け入れる心の準備をしてたんだが・・・正直パラレルワールドと言われて訳が分からなくなっちまった」
「しょうがねーさ。元々は一緒の世界だったが、『コッチ』と『アッチ』では世界の理が完全に違う」
戸惑う橘にガイウスは右手の平を差し出す様に見せた
「見てな」
一言だけそう言うとガイウスは一瞬だけ顔を強張らせ、右手の平・・・いや手の平の上の大気に力を籠め始めた
彼が何をしているのか分からない橘は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらその様子を静観する
するとボッ!とガスに火が引火したような音が響いた
橘は驚き体をのけ反らせ、目を見開く
そのリアクションに気を良くするガイウス。そんな彼の右手の平の上には、禍々しいという表現が良く似合う光が炎の様に灯っていた
直径5センチほどの赤黒い球体状の炎ならざる光。小さなそれはその大きさに不釣り合いな程の強大さを感じさせる。その周は蜃気楼が発生しているかのようにゆらゆらと視界を歪める
――――――――同じだ
橘が頭の中でそう呟く
白い鳥人の悪魔インセドと対峙した際、あの紅蓮の炎を纏う神と呼ばれる巨大な悪魔を見た際、ハッキリと感じた空間ごと押し潰そうとする不可視の力――――――アレと同じなのだ
そしてまるでそれが正しいと言わんばかりにガイウスがニヤリと口角を引き上げた
「これが『コッチ』と『アッチ』の決定的な違い。理の根源にあるもの―――――『魔力』だ」
『魔力』――――そう聞いた時橘はテレビゲーム、もっと言うのならばこの物語の根源であるゲームを頭の片隅に思い浮かべた
「人類が誕生した、しなかったでパラレルワールドが発生していた頃、元々一つであった『コッチ』と『アッチ』二つの世界へと分けられた。魔力が世界に生まれたか生まれなかったかの違いでな」
もしこれが『アッチ』の世界ならば笑いものだろう。中二病真っ只中と嘲弄されるのは想像に難くない
だが橘は笑えない
人類がどうのとか、パラレルワールドがどうのとか、スケールがでか過ぎてイマイチ頭で理解が追いつかない。それでも分かる。目の前にいる男『ガイウス』が今自分に言ったことは真実だと
今自分たちは元の世界に魔力があるという事実の違いの上にある世界に来ている―――――――
待て、それならばアレはどうなるのだ?
この世界に飛ばされた。その根底にあると考えていたゲームソフト『LIGHT&DARKNESS』
あのゲームはなんだ?
人類創生やパラレルワールドなんていう一般人には理解が追いつかない領域まで踏み込んだ物なのか?
それともただの偶然?
だが偶然ならば出来過ぎている。教会にしても、悪魔にしても、魔力にしても、偶然で済ませていいレベルではない
不自然な程に合致しすぎている
もはや、ここは『LIGHT&DARKNESS』のゲーム世界の中で、知らず知らずの内に現在の科学力では実現不可能なはずのVRMMOのゲームをやっていたという方が話の辻褄が自然に合うように思える
橘がそんな思考に至った時、彼の思考を読みとったのかガイウスは険しい顔をした
「お前が勘違いするとマズイから先に言っとくぜ―――――――」
一拍の間を置き、真剣な表情で橘の顔を見た
それに応える様に視線を合わせた橘を確認すると、重い口を開くように意味深な事を言った
「この世界はゲームじゃない。現実だ―――――――」
その言葉は橘の現在の思考をすべて否定すると共に
もっと深く、この世界の根底にある何かを彼に伝えようとするように響いた―――――――
ちなみに、現在橘と黒沢は簡素な寝巻に着替えてます
感想、ご指摘、誤字等ありましたらお願いします