最善の選択
テスト一週間前に入り、さらにはこの話を書いている途中にパソコンがバグって書いてたのが全て消えてしまうというトラブルに見舞われ更新が遅くなりました
狂喜に綻ぶ昆虫の顔は、亮の体を恐怖という拘束具で地面に張り付け、動けなくした
そんな動かない体で必死に起き上がろうとするが体は言う事を聞いてはくれない。首どころか視線すら動かすことの出来ない。
ピントが合わずにぼやけた視界で蜂の悪魔と、地面に落ちた墨田の体を捉えながら亮は半ば現実逃避気味に、もやがかかった様に真っ白になった思考を無意味に動かす
――――――――どこで選択を間違えた?
彼は最善の選択をしたはずだった。少なからずあの選択は『安斎亮』という人間にとってあの状況でとれる最高にして最善の選択だった
実際、彼のとった選択はこの上なく最善だった。僅かな時間で自身たちが置かれた立場を把握し、次に取るべき行動を思案、そして他のものに有無を言わせず実行
他の者ならこうはいかない、皆が混乱し始めなかなか次の行動に移れないというのがオチだ
完璧だったはずだった。最善の選択をしたはずだった
なのに結果はこの有様だ。幼馴染への下心なしにも助けたいと願っていたはずの親しい友人は、自分を悪魔の魔の手からかばい、死んだ
さらにこの悪い状況は今も目の前で狂喜を振り撒いている
亮は最善を尽くしたはずだった。なのにその見返りとして返ってきた結果は最良ではなく最悪だった
――――――――俺は、一体どうすればよかったんだ?
相変わらず真っ白な思考を動かす
――――――――あの教会でいつ来るとも分からぬ悪魔たちの影に震えて隠れていればよかったのか?
答えは否だ。
あのまま教会に隠れていても、おそらくは今と変わらぬ状況に陥っていたはずだ
――――――――あの悪魔に勇気を振り絞って拳を握ればよかったのか?
否だ。
それはまさにバカのとる選択、悪手だ。数ある選択肢の中で最も最悪の結果に近いものだ
機能レベルが著しく下がった頭でいくら考えても、正しかった(、、、、、)答えは見つからない
まるで神の用意した運命に正解の道がなく、全てが間違いであるかのような理不尽に亮はただ項垂れるように息を吐く
だがそもそも、彼が今こんなことを考えていること自体間違いなのだ。彼が今考えるべきはもう過ぎ去ってしまった過去の反省ではない―――――――――――
不意に亮の視界のピントが合い、今までぼやけていた蜂の悪魔の姿と狂喜を浮かべる昆虫面がクッキリと見えるようになった
それでどうこうという事はない。とくに状況は変わらない。変わったとすれば亮を動けなくしている拘束具が強くなったぐらいだ
そんな時、蜂の悪魔が動きをみせた
クラスメイト達を嘲る様に見下ろしていた真っ赤な複眼を唐突に動かし、たった一人に向けた
茫然と混乱の挟間にいる様な顔で蜂の悪魔を見上げる少女へ――――――――優花へ
途端、もやがかかっていた亮の思考が一気に明澄し冴え渡る。そして彼が今考えるべきことへと思考が辿り着く
(こんなこと考えている場合じゃない、考えろ、この状況を切り抜けるために!!)
一度、選択を間違えたからと言ってへこんでいる場合ではない。彼は考えなければならない、過去ではなく未来へと繋がる妙案を。何度でも何度でも、今とれる最善の選択を。それが最良の結果を導き出すまで―――――――――――
でなければ彼をかばって死んだ墨田に申し訳が立たない
亮は状況を判断する為に辺りを見渡す
そして全てを把握した後、
一瞬だった。時間にしてコンマ一秒の間に彼の思考は最善の選択へと辿り着いた
だが、彼は今思いついた『最善』に思わず歯噛みした
それは方法があまりにも現実的でないためではない。彼自身が実行できないほど難しいためでもない
その方法は単純で、現実的で、そして何より冷酷だ
足りないのだ。その『最善』には決定的にあるモノが欠如しているのだ
それが亮を悩ませ、奥歯を砕かんばかりに噛み締めさせる
だが彼の視界に蜂の悪魔が幼馴染を見て意味もなく不気味な笑みを浮かべた瞬間、
彼は叫んだ
「逃げろおおおおおおおおおおおっ!!」
暗闇を覆う狂喜を切り裂くように亮の声が響いた
ゆっくりと、染み渡る様に、狂喜の中に残響の尾を引きながら消えていく
その間に亮は次の行動を起こした
「優花しっかりして!」
いつの間にやら優花の前まで来ていた亮が彼女の手を取り、降りしきる雨で悪くなった視界の向こうに微かに見える暗い森に向かって走り出す
正直森の中に逃げ込んだところであの悪魔から逃げきることが出来るかどうかは亮自身分からなかった
それでもあの状況で一番逃げ切れる可能性があったのは森の中だ
飛べる悪魔を相手にするなら視界が悪くなる森の中を走り回った方がいいと考えたのである
茫然としていた優花は抵抗する暇なく手を引かれ走り出すが、10歩進んだところでいつも通りに物事を考えられるようになる
「亮、みんなを――――――――――――」
クラスメイトを置いて逃げようとする亮に、今言うべきではないと分かっていつつも、思わず抗議の言葉を吐こうとする優花。だが彼女はその途中で言葉を紡ぎだせなくなる
見てしまったのだ
手を引かれながら見える斜め後ろからの亮の横顔に辛そうに歯を食いしばる表情があるのを
聞いてしまったのだ
苦しそうな顔をしながら、雨に打ち消されそうなほど小さな声で「ごめん」と呟くのを
そして同時、亮が叫びを送ったクラスメイト達がそれを受け取った
現状を理解し、悲鳴を上げることしか出来なくなっていた体が動き出す。――――――――が、
酷いものだった
泣き、叫び、喚き、狂い、壊れ、そして再び悲鳴
それらの行為に何の意味も含まれないと彼らは理解していないはずではない。だがそれでも、彼らは無意味に未来への希望をかける
「ギャハハハハアハハハh!!良いねいいね、全く最高だな人間の悲鳴ってやつは!もっと俺を楽しませろ!その喉が引き裂かれるまで泣き叫び続けろっ!ギャハハハハハアハハハh!!」
蜂の悪魔はその様子が楽しくて仕方ないのか、走り去っていった亮と優花を気にも留めることをせず、その状況を奏でる奏者の如く腕を振りながら狂喜を孕む笑いを飛ばす
そんな中で、
「ははh・・・だが、お前らみたいな奴らは不愉快極まりねえな」
亮の叫びをしっかりと受け取った者もいた
約三分の一、たったそれだけが恐怖に震える足を無理やり本能的に動かし雨越しの視界の向こうに見える森へむかって走る
その距離はたかだか100メートル程だ。ベストコンディションで走れば15秒もあれば着くはずだ。しかし地面が雨でぬかるみ、未だに恐怖が体を支配し思うように足が動かない
そんな所為もあって森までの道のりが彼らには永遠にも感じられた
「くそッ!!」
先頭を走る亮が一瞬だけ後ろを振り返り、一つ悪態をついた
彼は選択した―――――――――あの状況から選べる『最善』を
恐怖に固まるクラスメイトへ一つ叫び、自身がミチシルベとなる様に行動で全てを伝える
ただ、逃げろと叫び、我先に森の方へと走るだけ
たったそれだけ。それだけのことしかこの場では最善ではなかったのだ
安斎亮の妥協的な『最善の選択』は砕けた
親しい友人達を見捨て、僅かばかりの親しい友人しか助けることしか出来なかったのだ
亮もう一つ口の中で悪態をつき、現実から目を背けるかのように駆ける足を速めた
そんな彼を掴んで離すまいとするように、既に遠くとなった背後からつんざくような悲鳴が鼓膜を叩いた
それでも彼は前へ前へと進む足を緩めない
悲鳴が一つ聞こえるたびに助けたいと思っていた者が消えていく。それを理解し、それでもなお振り切る様に足を動かす
だが彼が文字通り引き連れている幼馴染は違った
悲鳴が一つ聞こえるたびに彼女の足取りは重くなる。迷いが生まれる
――――――――みんなを置いて逃げていいのか? と、
その迷いは優花自身が解決しなければならない。それは分かっている
だがそれでも、どうしても、
今自分の手を引いている幼馴染に甘えてしまう
――――――――自分はどうしたらいい?
と疑問を投げかけて甘えてしまう
そんな彼女の疑問に亮は一言も声を発さず答えた
一度も振り向かず、完全に黙り込み、まるで彼女のささやかな心の抵抗に気付いていないかのように走る。そしてただ一つの意思表示であるかのように彼女の手を握る自分の手に、強く力を籠める
彼の答えに彼女は同意しようとした
しかし後ろから悲痛な声が聞こえてくる度にどうしても彼女の足取りは重くなっていく
そして一際大きな悲鳴が響き、残響が尾を引いて消えた時
彼女の背後からは粗い息づかいと濡れた地面を叩く足音しか聞こえなくなった
その時、優花の抵抗が一層強くなり亮が立ち止まる
「とおる・・・みんなが・・・」
今にも泣きじゃくりそうな声で優花が言う
その声に思わず振り返り彼女の顔を見た。苦しそうに歪む。今朝もう見たくないと思っていた表情だった
――――――――やっぱり俺はあの金髪の彼みたいにはなれないな
半ば自嘲的な思考を巡らせた亮は、幼馴染の顔を見ているのが辛くなり目を伏せる
「逃げなきゃいけないんだよ・・・」
一言そうとだけ言うと再び前を向き、森へむかって走り出す
その時にはもう優花の手はなんの抵抗もなく、簡単に引く事が出来た
走り出す頃には先頭を走っていたはずが、立ち止まっている間に何人かのクラスメイトに追い抜かれていて、彼らの背中を追うように走ることになった
そして、森まであと30メートルというところまで迫っていた
逃げる皆の顔に僅かな希望が戻る
――――――――――――――――――――――――――――瞬間!
「ギャハハハアハハハハh――――――――――ッ!!」
希望を切り裂く様な狂喜の笑い声が木霊する
「「「「ッッ―――――――――――――!!」」」」
そして僅かに戻った希望を切り裂かれた少年たちは絶望の羽音が近づいてくるのを耳にする
比喩ではない
蜂の悪魔がその背にある昆虫の翅をを振動させるように羽ばたかせながら猛スピードで彼らの後を追う
70メートル以上はあったはずの距離は聴覚が羽音を捉えた時には既に10メートルにまで詰められていた
「逃げろ逃げろ逃げろッ!!俺を楽しませろ人間ども!!」
森まであと少しだ
狂喜もあと少しだ
(このままじゃ追いつかれる・・・)
究極にまで迫った危機に再び亮は最善を模索する
だがこの世界は理不尽だ。獲物にゆっくり考える時間など与えてはくれない
「ぎゃああああああああああッッ!!」
すぐ背後で断末魔が大気をつんざく
何が起こったかはもう確認するまでもない。亮は断末魔から意識を背けて必死に最善の選択肢を模索する。が――――――――――――――――、
「遅ぇぞ人間!」
狂喜を孕んだ声がすぐ右横から聞こえた
視線をそちらへ向ければ、真っ赤な複眼の全てが数十センチの距離で亮を見つめていた
並走する様に翅を羽ばたかせて駆ける悪魔はその手に握る血まみれの金属製のランスを亮に向かって突き出す
反射的に屈んで躱すが全力で走っている最中にそんな事をすればバランスを崩す事は必至。亮は体勢を崩し、咄嗟に優花を引っ張る手を離し派手に地面に転がる
しかし悠長に地面に寝っ転がっている場合ではない。亮は転がった勢いをそのまま利用して起き上がる
そのまま体の正面に捉えるのは白い蜂の悪魔
「ほぉ・・・反射速度は悪くないな人間。オマエは俺を楽しませてくれるか?」
「勘弁してほしいね。俺の頭には悪魔を喜ばせる術なんて入ってないよ」
対峙する一人と一体
軽口を叩くように悪魔と会話をする亮は雨でもう判断はつかないが全身に嫌な汗を流しながら、それでもやはり『最善』を探し求める
だが――――――――――
(くそ!何も見つからない、思いつかない・・・)
絶望的だった。いくら思考を働かせようと、いくら周りの様子を把握しようと、出てくる選択肢はどれも最善と呼ぶには程遠いバッドエンドしか導かなさそうなものばかりだった
そんな彼を嘲笑うかのように悪魔が会話の終了を申し出る
「残念だ。オマエなら少しぐらい俺を楽しませてくれると淡い期待をしたんだがなぁ」
そう言いながらも、蜂の悪魔はとても楽しそうにゆっくりとランスを構える
その姿を目視した時、亮は自分の死を受け入れた。決して回避出来ない運命として受け入れた
(悪い墨田・・・せっかくお前に助けてもらったのに、この命もう持ちそうにないや)
諦めが亮の内を侵食する
だが、彼は決して目を閉じない。まだやることがあるのだ
自分の死を受け入れる事が出来ても、彼には受け入れられないモノがある
たとえ神が断固とした意志を持って運命を決めていたとしてもこれだけは意地でも捻じ曲げなければならないというモノがある
「優花―――――――――――――――」
優しい声で幼馴染の名前を呼ぶ
名前を呼ばれた幼馴染はその声色で亮が考えていることを理解する
「嫌だよっ!一緒に逃げよ。ねぇ亮ッ!!」
優花は叫ぶように亮に呼びかける。だが彼はその場から動こうとしない
「俺が少しでも時間稼ぐから逃げて」
「嫌だっ!」
「早く逃げて・・・」
「ダメッ!逃げよう亮」
「早く・・・」
「一緒に―――――――――――――――」
「早く行けッ!!」
振り切る様に声を響かせた亮は優花の意見など耳に入れないとでも言うように悪魔から視線を逸らさない。それが今彼の選べる最善の選択だと思ったのだ
そんな彼の姿を見て優花は余計に逃げられなくなる。だが、いきなり彼女の体が動いた
「逃げるぞ熊谷!安斎の気持ちを無駄にするな!!」
クラスメイトの一人が亮の遺志を継ぐかのように彼女の手を引き、走り出した
その様子を視界の隅で確認した亮は少し口元を緩めた
「そんなにあのメスが大切か?」
ランスを構えたまま訝しげな表情を浮かべて悪魔が聞いてきた
その事に亮は少し驚いたが、その動揺を隠すように笑顔を浮かべながら答える
「そうだね。自分の命を懸けて惜しくないと思うぐらいには大切かな」
「つまりあのメスを殺せばオマエは泣き叫ぶのか?」
「いや、彼女が死んだら多分声を出す気力もなくなると思うよ」
亮がそう答えると蜂の悪魔はつまらそうに一つ笑いを飛ばした
「ならオマエを殺してあのメスの悲鳴を聞くとしようじゃねぇか」
「ああ、そうするといい。俺も彼女がこんな打算ばっかの奴のために泣き叫んでくれるか気になるしね」
人間の口から出た思わぬ返答に、悪魔は一瞬気を抜かれそのままランスの矛先を一旦下げた
「ギャハハハアハハハハハh!!良いなオマエ、最高だ。人間にしておくには惜しいくらい最高だ。悪魔だったらダチになれたかもしれねぇな」
「そりゃどうも。次生まれ変わる時の候補に悪魔を入れておくよ」
軽口を叩きながら亮は微笑む
それを見た悪魔も愉快に笑う
もうすぐクラスメイト達が森の中へと駆けこむはずだ
それならもしかしたらこの悪魔から逃げ切れるかもしれない
その事を気にしていないのか、蜂の悪魔は亮から決して目を背けず、狂喜を昆虫面に浮かべながら再びランスの矛先を亮に向けた
(せめてもの時間稼ぎに思いっきり断末魔をあげてみよう。もしかしたらこの悪魔がそれで満足して優花たちが逃げ切るまでの時間が稼げるかもしれない)
そんな事を考えながら亮はその瞬間を待った
そして―――――――――――――――――――――――――
戦闘機を思わせる轟音を立てながら蜂の悪魔が全力で突きを放つ
その速度は亜音速にまで達し、亮の目にはその金属槍の先端が自身に迫る瞬間すら映らなかった
そんな速度でランスは亮の胸の中心を―――――――――――――――
―――――――――――――貫かなかった
ランスの先端が亮の胸まであと数センチというところでピタリと止まった
当然、戸惑うのは亮だ
貫かれて断末魔まで上げる準備をしていたというのに、なぜだかランスが止まっているのだ。それはもう不思議で仕方ない
訝しげな顔をしながら悪魔の昆虫面を見ると、
「チッ!タイミング良すぎだぜクソヤロウどもが・・・」
なぜか悪態をついていた。その視線は彼に向いておらず、誰もいないはずの亮の背後に向けられていた
それと同時、亮は背後から白光が射すのを見た
神秘的で無機質の様に冷たい光
訝しげな顔のまま亮は後ろを振り返り光の正体を確認する
そこには曇天の雲を切り裂いて、天から暗闇の地上へとスポットライトの様に白光が地上の一部を当てていた
そして白光は闇を侵食する様に広がっていく
「なんだ・・・あれ・・・?」
「今度は一体・・・」
森に向かって走っていたはずのクラスメイト達は皆、あと数メートルというところで足を止め白光に魅入られている
立ち止まるクラスメイトに亮は逃げろと叫ぼうかとも思ったが、どうしても光の方へ意識が行ってしまい声を出すことが出来なかった
シンッとした静寂が辺りを包む。その静寂を壊してはならないモノとでも錯覚したかのように誰も動かない
ゴクリと誰かが息をのむ音が聞こえた
その時、白光が揺らいだ
揺らぎがどんどん大きくなる。そして揺らぎが極限を迎えた時、
「お早いご登場で、クソ天使ども――――――――」
取りあえず謝罪から
すいません
次でプロローグ終わるとか言ってたのに書いてみたら8000字あたりで14000字いくなコレ、という事に気付き2分割しました
重たい話を長々とやると書いといてなんですが読む気が失せます
という訳で、この前のあとがきに書いてた事は忘れて下さい