検索結果0の答え 2話
俺の名前は森田準。昇竜高校に通う高校二年生だ。
部活は帰宅部で、けっこうどこにでもいる平々凡々とした人間。
季節は秋。今年の夏は特に暑かっただけに、急に自己主張をはじめた秋の寒気に、急な気温の変化のせいで風邪を引いてしまった人も多いことだろう。
両親は酒屋を経営してて、放課後はよく家の手伝いをしている・・・って言ってもそれは最近のことで、理由は親父がギックリ腰になって動けなくなってしまったので、というだけのことだった。
手伝いなんて言っても、要は店番。しかもこの時間帯になって決まってやってくるのはだいたい一人くらいと相場が決まっていたりする。
本格的に客足が増えてくる時間帯ちょっと前に帰っていくその客は、我らが未来の大先生さまだ。
「よっ!今日も元気に青春してるかっ!準!」
なんだか飲んでもいないのにお酒が入ったかのようなテンションのこの人は頭取平八さん。我が放送部に所属している頭取まゆの実の兄にして、元エリート。現在は絶賛執筆活動中の身。夢を追う男。ロマンっす。
「青春ですかぁ・・・できればしたいとこなんすけどねー。青春」
「なに言ってるんだよ!青春は一度きり、今を楽しめ若者よ!若いのは今だけなんだぞ!?」
二十歳も十分若いと思うのは俺だけか。
でもまあ青春!って年齢ではないのは確かだな。
「・・・でも、今だけ、か」
そう言われてみれば、俺もじきに将来のことについてまじめに考えていかなければいけない時期がくる。
というか、今は高校二年の秋。もう十分にそういう時期が来ているといってもいい。
むしろ遅いくらいだ。
かといって、やりたいことや将来の夢もない俺にとっては、漠然と「とりあえず大学受験かなー」くらいのことしか考えていないのも事実。
青春。
人間、一度は経験するものだ。
それがどんな形であれ、後の思い出になっていく。
また、それが将来の夢とかに繋がっていったりするかもしれない。
「・・・青春、するしかねぇっすね」
「だろ?」
なんだか、青春って言葉、マイブームきちゃったかもしれなかった。
何にせよ、目的を持つということが日々の生活に張り合いを持たせてくれるのは確かだ。
具体的には何をするのかは分からないが、それはそれでよし!
難しいことは抜きにして、とりあえず若い時間を無駄に消費して年寄りになってしまうのはもったいない。何でもいい、とりあえずレッツ青春ってことで。
突然だが、幸せとは何なのだろうか?
青春みたいなことだろうか、なら、青春とは。
その問いの正しい答えなんてものは、きっとどこにもない。
たぶん、皆がなんとなくでそれをつかんでいかなくちゃいけないことなんだろう。
「青春って、何なんだろうな」
昨日からずっと考え続けていた俺は、ふとそう無意識のうちにつぶやいていた。
「夕日に向かってバカヤロー!・・・とかじゃない?」
俺たちが一緒にお昼を食べてるとき。
紅葉はそう答えた。あまりにも漠然とした問いだったもんだから、こっちがガチで聞いているとは思わなかったのだろう。
でも、彼女の言うこともなかなか馬鹿にはできないと思った。
何が青春かどうかは分からなくても、とりあえず今できる『青春っぽいこと』は全てやりたい、そう思った。
というわけで。
「青春といえば部活だろっ!レッツ・部活!まぁ帰宅部だけどね!放送部ゲリラ部だけどね!」
次の日、俺はさっそく部活に精を出すことにした。
「キモい」
即答。そしてこの言葉である。
「それ、わりと本気でへこむぞ・・・」
せっかくアガッていたテンションを下げられた俺の前にいつも通りのバカ面の甲次が会話に参加してきた。
「いいないいな、お前は!オレも誠さまに汚い言葉で罵られたい!あの美しいおみ足に踏みしだかれたいっ!!」
こいつはいつもこんなんだなー、と甲次を見て思う。ほんとブレない男だ。
「踏まれてはいなくても、いつも罵られてるだろ・・・お前・・・」
むしろあれがコイツの日常茶飯事だから、罵倒を罵倒とも思えなくなってきてるのかも。
感覚が麻痺してきちゃってるのか・・・可愛そうに。
「・・・」
「・・・何?」
思わずじっ、と誠の足を眺めてしまった。
「いや、なんつーか・・・お前って結構な美脚だなって思って」
「突然あなたまで何を言い出すの・・・。足フェチだったとは恐れ入るわ」
まあそんなことは置いておいて。あ、別に俺、足フェチとかじゃないから。どっちかって言えば好きな方に入っちゃうけど、まあ普通かな。うん、まあ普通だよ、普通。
「おお、足フェチかぁ・・・俺的には脇とかも捨てがたいと思うんだよ」
「・・・さっきからお前、誰と話してるの? ひとり言エゲつなっ!!」
「あんたと話してるんだよ!?」
「とりあえず、何か部活っぽいことをしてみようと思うんだ。それで、誠、何しよう」
「す、スルー・・・」
「べつに」誠が答える。
「なんかやりたいこととかないか?例えば・・・そう、突撃インタビュー的な?」
何に突撃するのかは知らないけど。
「べつに」
「じゃあ曲の変わりにラジオ番組みたいなのを俺たちでやって、昼に流すとかは?なんかおたよりとか募集してさ」
「べつに」
「お前、会話続ける気あんのかよ・・・」
「ない」
即答しやがった・・・。
「あのー・・・準く~ん、僕の話聞く気ゼロだったよねー君ぃー?」
「そもそもなぜ私に聞くの?部活のことなんだから、部長様に聞けばいいでしょう?」
「アイツは今日は来てないんだよ、学校」
「まぁたスルーか・・・放置プレイなう」
「思ったのだけれど・・・。仮にもあの人は部長だというのに、どうしてこうもいない日が多いのかしら?」
「あいつは毎日、夜遅くまで勉強してるから・・・それで朝起きれないで、昼間起き・・・んでダルい時は学校そのまま休む、って感じだし」
少なくとも、毎日5、6時くらいまでは起きて勉強、だそうだ。
そんな不規則な生活を送っていたら肌荒れとか色々大変じゃないかと思う。
「変ね。あの人って推薦決まってるんじゃなかったの?それなのに勉強をしているというの?」
「いや・・・なんていうか、あいつの場合はそれだけじゃないんだよなー」
ちなみに推薦が決まっている、といっても本当にそこの大学へ行く気はないそうだ。
教師が何かとうるさいからそうしているだけで、直前になって誘いを蹴る気らしい。あいつはいちいちよく分からない。
考えていることから何から何まで良く分からないやつなんだ・・・付き合いこそ長いが。
「それだけじゃないって?」
一瞬、言ってもいいものか悩んだが、あいつ自身、別に隠してることでもないだろうし話してもいいかと思い、口を開いた。
「あいつ、科学者になりたいらしいんだよ。だから、毎日そのための勉強してるんだそうだ」
なんでなりたいのかは知らないが、それがアイツの夢・・・らしい。
理由はどうであれ、夢のために一直線で頑張ってるというだけで、俺にはマネができない、本当にすごいやつだと心から思う。努力しようとも、また、努力のための目標すらも見つけ出せない俺にとっては。
「・・・あなた、本当によく分かってるのね、先輩のこと」
「ん、まあそりゃな」
仮にも元恋人だし。
「ところで準、突然だがケモノ耳ってどう思うよ?」
「本当に突然だなお前は!・・・どうって言われても」
相変わらずの脈絡の無さだが、今だけはコイツに感謝しよう。人間、誰でも話したくないことのひとつやふたつはあるもんだ。こいつがそれを意図して無理やり話題を変えようとしてくれたのか、なんてことは問題じゃないさ。たぶんそんなことないだろうから。
・・・というか、さっき無視しまくったからそろそろ話に付き合ってやらないとすねるからな、こいつ。
「だからさぁ、お前的にケモノ耳はアリ?なし?アリなら具体的に何がいい?」
「別に・・・ありっちゃありだけど・・・」
「・・・」
誠の視線が妙に痛かった。
「じゃあ何の耳がいい?」
「え・・・普通に、ネコ・・・とか?」
「Oh、No!ありえない!!こいつ、ネコとか。いまどきネコ耳はねえだろ!さんざん食いつぶされたジャンル!!・・・その回答、クールじゃないぜ」
「じゃあ何ならいいってんだよ・・・」
毎度のことながら話してて疲れる奴だ。
「キツネ耳一強だろ、JK(常識的に考えて)!!そんなこともわからねえのかよ、ちったぁ頭働かせろよ!!」
・・・無理難題をおっしゃる。
仮に頭働かせたところで、今の回答は個人に対する質問なんだから、別にネコ耳でもいいじゃん。ってかネコ耳よくね?え、俺だけなの・・・?ネコ耳好きなの。
「それはそうと、俺、昨日バイクの免許の試験落ちたんだけど!!」
「すっげえ唐突!そしてそれは、どんまいとしか言えんわ!」
「あの、今日はパンプキンケーキ焼いてみたんですけど、どうですか?」
まゆがいつもどおりにこにこした顔で聞いてくる。和むなぁ、こいつ。
それにしてもウチのメンツはどうしてこうも、会話の流れをブッタ切る連中ばかりなのだろうか。
「ああ、もらうよ。ってか毎日ありがとうな、ただで食べさせてもらって」
毎度毎度お菓子を持ってくるようになったまゆだったが、そのバリエーションにも驚きを隠せない。毎日ちゃんと違うお菓子をつくって持ってくるので、飽きることもないし、いざとなったらお昼はそれで済ますことも可能なので本当にありがたい。
・・・いや、人の善意でやってることを当てにしてる感じがして嫌だけどさ。
「まゆちゃんのお菓子はハズレがない!毎日毎日、女の子の作った手作りお菓子食べられるとか、なんて幸せなんだ!まるでリア充!」
ちなみにリア充とは、リアル(普段の暮らし)が充実している人たちのことを指す。
俺から見たら、毎日楽しそうで、ほんと人生満喫してますよ~みたいな感じがして、甲次は立派なリア充だと思う。何を『充実している』とするかにもよるだろうけど。
「せっかくバイト代はたいてまでバイク買ったってのに免許取れなかったけど元気でたぜ!」
「あれだろ、しかも痛バイ」
適当にそう聞くと、
「モチのロンよ!たぶんお前、あれ見たら腰抜かすぜ。今回はガチで金かけたし」
ある意味尊敬に値するな。マネしようとは思わないけどネ。
「ちーっす」
俺たちがケーキを貪っていると、わが部の部長様が登場した。
「今日はちゃんと来たんだな、紅葉」
「愛しの準に会いに来たのよ?どお、うれしいでしょ」
「準・・・紅葉さんにそこまで慕われやがって・・・!だいたいお前はいろんなやつとフラグ立てすぎだっ!」
ややマジギレっぽいのが怖い甲次。
「いつ俺がフラグ立てだってんだよ・・・」
「あずみちゃんいるだろ!」
「あいつは色々と俺のことを誤解してるだけなんだって・・・」
ちなみにその当の本人は今だにギアナ高地へ修行へ行ったきり帰ってこない。
甲次が紅葉がまゆからケーキを受け取るほんの数秒のうちに顔をこちらへ寄せて耳元で皆に聞こえない小声で囁いてきた。
「・・・分かってるとは思うが。準、紅葉さんの気持ちを知っててそういうことばっかしてるんだとしたら、・・・俺はお前を殴らなくちゃ気がすまねぇ」
・・・。
「分かってる・・・分かってるさ」
「なら、いいんだけどよ!」大声でそう言う甲次はいつもの『馬鹿』な甲次に戻っていた。
「何の話・・・ですか?」まゆが不思議そうに聞いてきたが、
「いや、ちょっとエロい話しててな。さすがに女子がこんなにいる中じゃ恥ずかしいからさ、小声で話してただけ。なっ、準」
俺の肩に腕を回してべったりくっ付いてきた甲次は、無理やりにでも「うん」と言えというようなオーラを放っていたので俺は仕方なくうなずいた。
「・・・最低」
またしても誠に軽蔑される俺たちであった。
実は、俺はMなんじゃないかと自分自身を疑ったことがある。
じゃなけりゃ、誰が好き好んであんな女のために色々してやるというんだ・・・。
俺は、今日もあの女、霧崎誠のために色々としてやった。
たとえば、そう、それは授業開始前の休み時間。
俺は、そのとき移動教室で、急いで次の教室へと向かっていた。そのとき俺は休み時間終了ギリギリまで机に伏して寝ていて、予鈴が鳴ってようやく起きたのである。
周りのやつ・・・特に甲次のやつはなぜ起こしてくれなかったのか、とも思うが、あいつは肝心なときに俺を裏切る、で定評のある男だ。そんなやつに期待すること自体がそもそも間違いなのである。
そんなわけで急いで廊下を駆けていると、そこにあいつはいた。
「だから、少しでいいから授業受けていかないか?せっかく学校へ来たんだから」
そこには日本史の先生となにやら言い合いをしている誠の姿があった。
・・・またか。
あいつは昼休み前に(特にいつ、とは決まっていない)学校に登校し、そのまま授業には出ずに昼休みが終わるまで時間をつぶしていて、よくそのときに先生に見つかってはつかまっては授業を受けていかないかと誘われているのだった。
「あのー、先生、そいつ今日腹の調子悪いみたいなんですよ」
「ん?なんだ、森田。どうしてそんなことお前が知ってるんだ」
「一応そいつと友達なんで」
「誰があなたなんかと友達になったというの」
「・・・いいからお前は黙ってろって」
せっかく助け舟を出してやったというのに・・・。
「だいたい腹が痛いのなら痛いと最初から言えばすむ話だろう。私だって鬼じゃないんだ、そう言ってくれれば無理に誘いはしないさ」
「いえ・・・それが・・・こいつ、実は・・・子供身篭ってて」
「陣痛!? そ、それはいかん!妊婦は絶対安静だ!!よし、カルシウムたっぷりのさけるチーズをやろう。妊婦は特にカルシウムを摂取しないといけないからな!」
「あ、ありがとうございます・・・」先生からチーズを受け取る誠。ってかどっから出したんだ、チーズ。
「ってそんなわけがあるか!だいたいぜんぜん腹が膨れてないじゃないか!教師をからかうとは・・・」
「先生だってノリノリだったじゃないですか・・・で、それはともかく」
とりあえず誠はもらったチーズをどうしようかと迷った挙句、こっそりと包装を取り、ちぎって食べてるのが見えた。・・・そういえば俺も小腹が減ってたところだ。
「こいつ、極度の恥ずかしがりやだから、そういうこともいえないんですって。それに、急に授業に出ろなんて言われても、やっぱりほら、周りの生徒の視線とか、いろいろあるでしょう?・・・こうして学校に来ているだけでもよしとしましょうよ」
「確かに一理あるが・・・なら、せめて他に生徒のいない自習室で勉強してったらどうだ。先生、お前がいつ来てもいいようにプリント用意してあるんだ」
だったら最初から授業に出ろなんて言うなよな、とも思うが口に出さない。
先生だって仕事なんだ。わかってはいても、やっぱり授業に出て欲しいって気持ちはあるんだろうし。何より形だけでも一応授業へ出るか出ないかは聞かなくちゃいけないんだろう。
「そう・・・ね。わかりました、それじゃあおとなしく自習してます」
ちなみにこの後、誠はどうせまじめにプリントなんぞやらないのは見えているのだが・・・。
まあとりあえず何とかなったみたいだし、よしとしよう。
え?いらないおせっかい?そうかもね。
さて、今日の最後の授業も終わり、さっさと帰るか!とおもってやや早足気味で下駄箱へと向かう最中。
そこに見知った顔を見かけたので声をかけた。
「よう、誠。なんだ、まだ帰ってなかったのか?それとも今日はちゃんと授業を受けたのか?」
こいつ、毎日学校には来るけど、部活にしか出ずに授業は出ないで昼が終わるといつのまにか帰ってるからな。
「・・・今話しかけないで・・・。久しぶりにシャーペンなんか持ったものだから体が・・・」
「大げさすぎだろ・・・でもまあ、ちゃんと授業出たようでなによりだ」
「いいえ、授業は出てないわ。昼に先生につかまって、今日は一日テストを受けさせられていたのよ・・・。おかげで1年分くらいの労力を使ったわ・・・テストなんて不毛なもの、即刻廃止するべきよ。この格差社会になおのこと拍車をかけてるわ」
「お前、テストとか余裕だろ?頭よさそうだし」
いかにも優等生です、って感じだもんな。不登校もどきだが。
「何を言っているのかしら?テストが余裕なわけあるものですか。自慢じゃないけれど、私、見た目ほど頭良くないわ。むしろ悪い」
本当に自慢にならねぇ!
「・・・でも本当に意外だ。こういうキャラってだいたい頭良くて、基本的になんでもできるイメージがあるんだがな」
「人は見た目で判断するべきじゃないわ。・・・だいたい、教師にとって自分が作ったテスト問題なんてのは我が子も同然。だけどその存在は学校の誰からも望まれていない。言ってみればアイツらは誰にも望まれない可愛そうな子供たちを生み出すことに人生を費やしているのよ。不毛なことこの上ないわ!しかも、いざテストが終わったらあいつらは平気で使い終わった答案をシュレッダーにかけるのよ。どんな児童虐待よ。親権剥奪するべきよ」
「こら、教師を『アイツら』呼ばわりするんじゃない」
まあ確かにテストが嫌ってのは俺も思うけど。
「ん・・・」
ふと、知った顔を見かけた。
「あれは・・・まゆ?」
「確かに頭取さんね。・・・でも変だわ。あの方向って確か・・・」
そう、まゆが向かっていった方向には非常階段への道だ。
普段なら生徒は行く必要のないような場所である。
「気になるな・・・」
「あなたストーカーの気質があるわね」
「放っておけ」
とりあえず好奇心に煽られ俺はまゆの後をつけることにした。
まゆがチラッと周りを確認した後、非常階段へ続くドアを開け、そそくさと入っていった。
俺たち(なぜか誠もついてきた)も後へ続くようにしてドアを開ける。
そしてすぐさまその場で階段の手すりへ隠れる。
「どうして隠れるの?」誠が聞くと、俺は人差し指を口に当てしーっとジェスチャーする。
「・・・何か話してるみたいだ」
本来ならこんな盗み聞きみたいなこと、したくはない。したくはないんだけど・・・なにやら空気が変だ。
「今日はこれしか持ってこれませんでした・・・」
「はぁ? あんたわかってんの?私、今月チョー欲しいもんあるんだけど。ねえ、どうしてくれるわけ?」
同級生?らしき女生徒3人にまゆは囲まれていた。
「は、はぁ・・・す、すみません・・・はは」
苦笑いで返すまゆ。
どうやら、嫌な予感が的中したようだ。
「笑ってんじゃねえよ!だいたいあんたさぁ、いつもへらへら笑ってて気持ち悪いんだよ」
「こいつ、昔、好きな男に、君の笑顔は素敵だねーとか言われてそれからずっと笑ってるらしいよ。この前こいつと同チュウだった奴らから聞いた」
「うっそ、それマジ話?」
「らしいよ」
「うわー・・・」
「なんか・・・キモい」
「わたし、彼のためならどんな苦しいことでも耐えられるのー、だって彼がわたしの笑顔を好きと言ってくれたからー」
演劇かかった棒読みで真ん中の女が言うと、周りがそれにつられて笑う。
ああ。
・・・俺はとんでもない場面を目撃してしまったようだ。
それも、見ていてかなり不快になるような光景を。
「どこの世界にもこういうことってあるのね」誠がつぶやいたのが聞こえた。
とりあえずこういうとき、男ならどうするか。そんなの決まってる。
・・・いや、男とか、そうじゃないとか以前に、俺は既にプッツンきていた。
「おいお前ら」
俺はまゆたちの前へ姿を現した。
「あぁ?誰だよ、お前」
「うわ・・・」
「おいコイツ、確か放送部の・・・」
「やっべーって、こいつって確か・・・」
どうやらある程度こいつらは俺のことを知っている様子だ。なら話は早い。
「ウチの部員に好き勝手言ってくれちゃって・・・だいたいいい歳してこんなことして、恥ずかしくないん?今どきこんなん流行んないよ?」
一応、凄みを利かせたつもりで言ってみた。これで相手が少しでもビビッてくれればいいんだけど・・・。これでどっか行かなかったら『実力行使』もやむをえない。相手が女だろうと容赦はしない。本当なら今にでも殴り飛ばしたい気分だけど。
「ああん?なんだよ、お前、女の前だからってカッコつけてんじゃねえよ」
「尻軽女はさっそく別の男にとっかえたのかよ」
「やめとけって、二人とも! こ、こいつ、噂じゃ昔、クラスメイト半殺しにしたことあるって・・・!キレさせたらまずいよ!」
「ええ・・・」
「まじ・・・?」
「うん、やばいって。だからいこっ!」
「頭取、明日はちゃんと持ってこいよ・・・」
捨て台詞を残して、早々に奴らは去っていった。
途中、通路にまだ隠れていた誠と奴らの目線が合うも、そのまま非常階段から出て行った。
「・・・」
気まずい空気の中、誰も口を開こうとしない。
「えっとー・・・変なところを見られてしまいましたねー・・・あまりお気になさらずに」
沈黙に耐えかねたかのように真っ先にしゃべるまゆ。
本人にしても、あまり見られたくなかった場面のようだ。俺も、できればこんな場面なんざ見たくなかったけど。
「・・・どうして言ってくれなかったんだよ、まゆ」
「えへへ・・・その、皆さんに迷惑かけるわけにはいきませんから・・・それに私が我慢すればいいだけのことですし」
誠もこちらへ出てきた。
「けど・・・あなたはそれでいいの? あんなことされて、悔しくないの?」
「そんなの悔しいに決まってるわな。・・・まゆ、俺たち曲がりなりにも仲良くやってきたつもりだ。そう思ってたのは俺だけだったのか?」
誠の言葉にまゆが答えるまえにそうつないだ。
ワンテンポ置いてから、俺の問いかけにまゆは、心苦しそうに答えた。
「私だって・・・皆さんのこと、好きですよ?・・・けど、だからこそ皆さんに私がこういうんだって知って欲しくなかった・・・」
『こういう』とは、
・・・『いじめられている』ということだろう。
「いつから・・・なんだ?」
「えっとー、入学して、少し経ってから・・・くらいでしょうか?」
いつもと変わらないような、何事もなかったかのような口調でしゃべるまゆ。
もう『こういうこと』には慣れている、とその姿は無言で語っているようだった。
「・・・許さねぇ」
「あの、その・・・準さんがそこまで気張る必要はないです。私、このくらいなら平気だし・・・」
にっこりと笑うまゆは、本当にいつもどおりの笑顔で、まるで本当に何事もなかったかのような顔をしていた。
だけど。
平気・・・?
あんなことされて平気なわけがない。
しかも2年もの間、ずっとそれを我慢してきた? 俺たちに隠して。
俺は、奴らにはもちろんのこと、そのことに気づけなかった自分自身にも腹が立ってきた。こんな目に仲間があっていたってのに平和に学校生活をのうのうと過ごしていた自分に。
「俺は絶対にあいつ等を許さねえ。やられたらやり返す!」
方法はいくらでもある。
報復だ。俺たち放送部の部員に手を出したことを後悔させてやる。泣いて謝っても許さない。最悪、学校を退学になろうが構うことはない。
「準・・・あなた、今ひどい顔してるわ。少し落ち着いて」
「落ち着く・・・?何いってんの。お前はまだこの部に入ってから日も浅いからかもしれないけど、仲間がこんな目にあってて落ち着いてられるわけあるかよっ!?」
ついつい怒鳴ってしまう。
・・・だめだ、本当に冷静にならないと・・・そう思ってはいるけど、自分の感情に歯止めがきかない。
「準さん? 心配してくださって、私、本当に嬉しいです。だけど、私のせいでそこまで思いつめた表情をした準さんは見てられないです」
「だけど!」
「それに・・・私、皆さんには普通でいてほしいんです。みんなに心配かけたくない、そういう気持ちも、あるにはあります」
いつも笑っているまゆが初めて見せる真剣な表情。それ以上は俺に口を出させない、そんな意思がひしひしと伝わってくるような、そんな表情。
「・・・だけど一番は・・・皆さんに同情の目を向けられることがいちばん怖かった」
「っ!」
「だから皆さんには言いませんでした。みんな、優しい良い人ばっかりだから。だから、だからこそ、私は準さんにそんな風に怒ってもらえて嬉しい気持ちはあれど、それに乗っかることはできないです」
・・・俺には、少しまゆの言っていることが理解できた。
同情、それはいくら相手が気を遣おうと、いや、気を遣おうとすればするほどに『対等な立場』ではなくなる。
そうした時、そこには『仲間』ではなく、保護者と子供のような、守るものと守られるものとして完全に違う場所に立つこととなる。
まゆは、自分の居場所である放送部のみんなと対等であろうとしたんだ・・・。
「それに、これは私が決めたことでもあるんです。 どんなことがあっても、笑顔でいよう、って。 だから私は平気です、いつだって笑っていられますよ?」
そうしてにっこりと微笑む彼女は、本当に強い・・・俺からしたらまぶしすぎる存在に思えた。
「・・・正直、納得はしてない。だけど理解はした・・・だから。 まゆ、お前がいつか自分で助けを求めてきたら・・・その時は全力で俺がお前を助けてやる」
「・・・はい!」
「ふふ・・・まるで告白ね」
誠が笑う。
「茶化すなよ、一応おれ、真剣に言ってんだぜ?」
「分かってる。 ・・・あと、一人でかっこつけさせやしないわよ。 頭取さん、私でよければいくらでも力になるわ。困ったことがあったらいつでも言ってちょうだい」
「誠さん・・・」
「つ、ツンヤンクーがデレた・・・だと」
「なにかしら?」
「な、何でも」
どうやら、誠も、この短い期間で仲間意識というものが芽生えたのやもしれなかった。
案外、悪くないよなーこういうの。
・・・ふと、思う。
これも青春のひとつの形なのかなー、と。
「誠は気にならないのか?」
「何がかしら?」
俺たちはまゆと学校で別れたあと、公園までなんとなく一緒の道を歩いていた。
「・・・俺が、クラスメイトを昔、半殺しにした、って話・・・」
気を遣ってそのことには触れないでいてくれたのであろう誠に、わざわざこのことを自分から話を振ったのには理由があった。
部活の仲間・・・そう、今日、誠が真の意味での『仲間』であると認識した俺は、このことも知っておいてもらいたかったからだ。その上で俺とこれからも接していくのかどうか、それを確かめたかった。
「本当・・・なの?」
「・・・ああ」
俺は確かな意思をもって縦にうなずいた
「・・・そう」
それだけ言って何事もなかったかのように歩き出す誠。
「そうって・・・それだけなのか? なんでそんなことしたんだ、とか聞かないわけ?」
「だってあなた、それを私に知られて嬉しいの?」
「嬉しくはないけど・・・でも知っておいてほしい。その上で、まだ俺と友達でいてくれるっていうんなら嬉しい」
「そう・・・だけど私にとって、あなたが過去に何をしたのかなんて、そんなことは興味ないわ」
「そ、そんなことって!」
俺は少し頭に血がのぼって先を歩いていた誠の肩を思わずつかんでこちらに向かせた。
「だってそうでしょう? 何をしたにせよ、あなたはあなただもの」
「な・・・」
「ありふれた言葉だけれど、でもそうでしょう?そのことを知って、仮に私があなたに対する態度を変えたとして。それが肯定でも拒否の形であったとしても、それでも私はあの部に居続ける。 今私はあなたの過去について知らないし、知りたいとも思わないのだから、どちらにせよ私は変わらずあの場所にいるの。だから意味なんてないのよ、そんなこと聞いても」
なんだよそれ・・・。
「・・・なんつーか、屁理屈だな・・・」
だけど、少し気持ちが軽くなった。
「それに私、あんまりヘヴィすぎる話は聞きたくないのよ・・・。そういうのって、自分のくらいで十分だわ。他人のまで知っちゃったら胃が痛くなりそう」
「なんだかなぁ」
自然と笑みがこぼれた。
・・・もしかして励まそうとしてくれた、とか・・・?
まさかなぁとは思うものの。
一応、ね。
「ありがとうよ」
「? 何がかしら」
「なんでも」
「どうしたんだよ、準。今日はまた一段とシケたツラしてやがって・・・もしかしてアレの日!?」
「・・・」
「ちょっ、ちょっと! 普通のボケスルーされるのよりシモネタスルーされたときの方がかなりショックなんだからなっ!だいたい、シモのない俺とかメンのないラーメンと同じだよ!」
「悪い、甲次・・・今はお前にかまってる余裕ねえわ・・・」
俺は、まゆのことについて考えていた。もちろん、あの一件のことだ。
ああは言ったものの、やはりどうしても何もできない自分が歯がゆかった。できることなら今すぐにでも主犯格を暴き出してそいつらをぼっこぼこにしたいところだ。
「・・・何か力になれること、ない?一応、頼りにしてもいいんだぜ?」
甲次が、甲次らしくないことを言う。
ったく、変な気つかいやがって・・・。
「いやー、お前・・・歯に青のりついてるって言おうか言わないか迷ってて・・・」
「え、嘘!?まじで、って今日青のり食べてないよ、俺!?」
「あれ?これ・・・まさか青のりじゃ、ない・・・? い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
「何!?ねえ、俺の歯にいったい何がついてるっていうの!!ねえっ!」
「っと、ふざけるのはこれくらいにして、と」
「え、けっきょく何もついてなかったの?よ、良かったよ・・・変なものついてたらどうしようかと・・・」
「いや、歯には本当に何かついてるけど」
「ついてるの!?」
「でもまあ、ありがとうな。心配してくれてよ。・・・でもこれはお前にはいえない」
一瞬、話してしまおうかとも思った。
けれどこれは俺の口から言うべきではないのだ。まゆ自身の口で言わないと。
そして、もしもそのときがきたら、コイツはおそらく、全力でまゆの助けとなってくれるだろう。普段クズとは言っていても、そういうところは信用できる。
そう信じられるだけのものがヤツと俺の間には、少なからずあるから。
「そうか。 ・・・まあ俺にできることがあったら何でも言ってくれよ?借金の肩代わりとかじゃないなら、いくらでも力貸すからよ」
「おう、さんきゅーな」
「それで・・・聞きたいことというのは何ナリか?」
俺は、休み時間にこの学校では有名な情報通、そして蛍ちゃんファンクラブという妙な団体の会長でもある丸田 拓郎の元を訪れていた。
「頭取まゆについて、知りたいことがある」
まゆにはああ言ったが、やはり俺は俺で、できることをやっておくべきだと思った。
ことがことなだけに、状況を知っておく必要がある。
・・・万が一の時にすぐ動けるように。
「ふむ・・・だが、彼女についてならワタクシよりもそちらのほうが詳しいのではないナリ?」
「それが・・・俺たち放送部は互いのことにあまり深く触れようとしないから、さ」
それは誰が決めたわけでもないが、みんながみんな、放送部はそれぞれそれなりの事を抱えている。
例えば俺。
昔、クラスメイトを半殺しにしたという話。
これは部員全員に一応、あらかたのことは話してある。それに紅葉とのことや甲次とのことも。
しかし、それは全てを知っているわけではなく、あくまで「こんなようなことが昔あった」という程度のことしか知らないわけだ。
ましてや今回のまゆの件は完全に、少なくとも俺は知らないことだった。
「知らない方が幸せなことだってあるナリ。全部が全部、共有すべき過去であるわけがない・・・それにしてもこの学校にはそういう人間が多い」
「そういう人間・・・?」俺が聞くと、
「あまり、おおやけに人に知られてはまずいような事、良い印象を与えないような事、そんなものを持っている人間、ナリよ」
そう言って丸太は不気味に笑った。
「だからおもしろいナリ」
「・・・お前、悪趣味だな」
「確かに悪趣味ナリ。じゃなけりゃ『情報屋』なんてものやってないナリ」
そのとおりだ、と思った。
ヤツがどういう風にしてそれらの情報を得ているのかは謎だが・・・正直あまり良い趣味とはいえないよな、他人のこと根掘り葉掘り知るってのは。
「それで・・・聞きたいのは、頭取まゆの過去のことだ。 あいつがなぜ、いじめられるに至ったのか、その根本的な理由と、そしてまゆが今でも好きだという男について、だ」
「ふむ。 いじめられたきっかけは些細なことナリ。小さなことが重なって、結果、『ああなった』 そこに明確な理由はないナリね」
そう区切ってから丸太は丸渕眼鏡をクイッとあげた。
「あえて言うなら・・・あのいつも笑顔を絶やさない、という頭取まゆの自分の中でのルールが原因ナリ、か」
またしても丸太は丸渕メガネを少しあげてから続ける。
「最初は単なる小さなからかいだけだったナリ。 しかし、頭取まゆは何をされても笑顔のまま・・・それを不気味がったクラスメイトたちが余計に行為をエスカレートさせていった。人間は自分の理解できないものは排除しようとするナリから」
この丸太は、会話の端々に哲学的な会話を織り交ぜるのが好きなようだな・・・。
「・・・それで、まゆが今でも好きだという、男の話は?」
「事の発端はその男性が原因、と・・・そう思っている、ナリね?」
「ああ」
昔、まゆがそれらしいことを言っていたのを思い出す。
元々、あまり笑顔を見せなかった彼女だったが、その男に笑顔を誉められて以来、なるべく笑顔でいようと心に決めた。
その男が誰なのか、それは本人に聞いても教えてくれなかったのだが・・・。
「個人的に、あまり言いたくないナリが・・・お得意様が相手じゃ仕方ないナリね。そいつは今、この高校にいるナリ」
「この高校に・・・?」
まさか、まゆがこの高校へ入ったのって・・・?
「その名は・・・」
もったいぶる丸太に痺れを切らしてオレは「その名前は?」と続ける。
「・・・近藤 涼太。昇竜高校2年、現在ゲリラ部である新聞部に所属しているナリ」
「近藤・・・?」
それは、ウチのクラスの男子生徒の名だった。
続く
ようやくあげることができました・・・よかったら感想ください><