落ち着け私
「ねぇ、一生のお願いなんだけど、聞いてくれる?」
私の部屋で私よりも寛いでいるんじゃないかと思う程リラックスしている幼なじみが唐突にそんなバカな事を言ってきた。
「やだ」
私は、ベットで寝転び漫画を読んでいるであろう幼なじみの方を見る事なく答えた。
今の私はパソコンでレポートを作成するという大変急を有する仕事を行っているのだ。幼なじみとはいえ、一生のお願いなんていう戯言に付き合っている暇はない。この幼なじみの口から一生のお願いという単語を、私達が生まれて出会ってまだ二十年しか経っていないのに、かれこれ十三回は聞いた。そしてそのどれもが、ショートケーキのイチゴちょうだいとか、夏休みの宿題手伝ってとか、下らない戯言だった。
そんな事より断然レポートが大事だ。私の大学卒業がこれにかかっているのだ! 単位マジやばい!
「二週間、夫婦のフリして!」
しかしこの幼なじみ。私が拒否したのを聞いていなかったのか、一生のお願いの内容を言いやがった。というか「はぁ!?」
「い、今、ななな、何て、言った?」
さすがにこの、奇妙奇天烈で変人に分類され一般人には嫌われ変人にすら距離を置かれる天然といえば受けはいいがその実態はただのバカ。の幼なじみと二十年間(もうすぐで二十一年間)付き合ってきた私も動揺を隠し切れない。
私は幼なじみを見る。私の予想では幼なじみはベットで寝転んで漫画を読んでいるはずだったのだが、私の予想が当たっていたのはベットの上にいた事だけだった。
幼なじみはベットの上で、両手を合わせ「一生のお願い!だから、ね?」小首を傾げて私に懇願していた。
それ、とてもカワイイ。じゃなくて。
「どどどど、どういうこっちゃねん!」
あぁ、落ち着け私。関西弁になってるぞ。関西の人に怒られるぞ。関西弁なめとんなかわれぇ!って怒られるぞ。じゃなくて。落ち着け。落ち着くんだ私。二週間夫婦のフリをしろ?
「……」
悪くない。
じゃなくて!そうじゃなくてー!!落ち着け落ち着け落ち着けー! 「アメンボ赤いなあいうえおー!」
「急にどうしたの!?」
おっといけない。つい声に出してしまった。しかし落ち着いたぞ。そうだ。落ち着けば何の問題もない。このバカでカワイイ幼なじみに、これ以上醜態を晒すわけにはいかない。これ以上晒してしまうと、私のプライドとか築き上げてきた何かとかが消え去ってしまいそうだ。
「い、いや、なんでもないよ。それで、何だっけ?」
「いや、だから、二週間夫婦のフリしてくれない?」
「よろこ、ばしいわけねぇだろうがー!!」
喜んでー!と言いそうになったがギリギリで方向性を真逆にする事に成功した。危なかった。全く、あんな笑顔で言われたら脊髄反射で了承してしまうのも仕方がないだろうに。よく耐えたな私。耐えれたのは、二十年間の我慢があってからこそだと思うと、年月の積み重ねというのは本当に価値があるね。
「ちぇっ。やっぱダメかー」
え?諦めたの?諦めんなよ!まだ頑張れよ!お前はまだやれる子だよ!「ちょ、ちょっと待った!」
「え!なになに!引き受けてくれるの!?」
や、やめて!そんなキラキラした目で私を見ないで!抱きしめたくなっちゃうから!
「ひ、引き受けるかどうかは理由を聞いてから考えようかな!」
「あっ。そっか。理由話さないとね」
どうやらこの幼なじみ。理由を話すという事を忘れていたようだ。全く、おバカさんだな。こんなおバカさんと付き合えるのは、生まれてからずっと一緒の奴くらいだろう。
「いやー。実はね?」
「うん」
「とあるサイトでね?」
「うん」
「広告を見たんだよ」
「広告を」
「そうそう。その広告がね。二週間夫婦のフリして!って書いてある広告だったんだよね」
「うん」
「だから一生のお願い! 二週間夫婦のフリして!」
「うん、うん?」
この幼なじみ。たまに理解出来なくなる。まだまだ私も甘いぜ! もっと幼なじみを理解しないと! だから理解しきれるまで離れる気は毛頭ない! じゃなくて!
「やったー! ありがとう! 持つべきものは幼なじみだね!」
「い、いや、」落ち着こうよ幼なじみ。私のさっきの、うんは了承の意味じゃないよ?そりゃね。私も、持つべきものは幼なじみ。というか幼なじみ以外持つ気がないけどね。一旦落ち着きたいよね。うん。だから手を離して。手を上下に振って喜びを分かち合わないで。い、色々私がやばい。私の理性とかやばい。
「ちょっと離れて!」
「え……」
「わっ!うそうそ!だからそんな目で見ないで!」
「だよね!よかったー!」
「ちょ、やば、離れてー!」
「え……」
「嘘です!でもちょっと落ち着こう!」
は、反則だよ幼なじみ。そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたら、赤い血が流れてる人間ならすぐに前言撤回しちゃうよ。でも、そんな目にするのも悪くないな。ゾクゾクしちゃった。
「な、なんか寒気が……」
あぁ、幼なじみがベットに戻っていく。いや、よかったんだ。よかったと思う事にするんだ私。あのままだったら私の色々が崩壊してた。だから、『寒いなら温めてあげようか?』と言うのを我慢するんだ。深呼吸だ。落ち着け私。すー……あ、幼なじみの匂い……落ち着くー……。
「ゲホッ!」
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫……」
いけね。息吐くの忘れてた。
「そ、それで、二週間夫婦のフリするって、何するの?」
「あっ! 考えてなかった! えっとねー、広告だけで中身は読んだ事ないからよくわからないからなー、どうしよっかなー…………」
幼なじみは考えるポーズを取った!あまりの可愛さで私のハートは一撃必殺だった!意味なんてニュアンスで理解しろよ!
ってちょっと待て!なんか私気付いたら二週間夫婦のフリする事に同意してるじゃん!いいの!?私それでいいの!?
いいんです!幼なじみの一生のお願いを断って何が幼なじみだ!例えそれが十四回目のお願いだったとして受け入れるのが幼なじみってもんだ!
今考えるべき事はそんな終わっちまった些細な事じゃない!今から始まるであろう二週間夫婦生活という重大な問題の事だろ!レポート?燃えるゴミにでも出しときな!単位?何それ必要なの?私と幼なじみのこれからに置いて必要なの?必要ねぇなら草葉の陰に隠れてな!これから先の私達の関係は、お子ちゃまには刺激が強すぎるぜ!
夫婦。夫婦生活。グフフフ。何するの?ねぇ何するの?一緒にお風呂とか入るの?一緒に寝たりするの?寝て何するの?ねぇねぇってやば。想像したら鼻血でそう。
落ち着け私。このタイミングで鼻血とか。私の積み上げてきた頼れる優しい幼なじみ壊れるぞ。落ち着け落ち着けー。幼なじみの裸体を好き勝手出来るとか考えるなー。あの体に本気であれ出来るとか考えるなー……エヘヘヘってダメだダメだダメだダメだー!落ち着いて素数を数えろ!素数って何だ!素人の数か!素人って何の素人だ!?卑猥だぞ!あーダメだダメだ!素数は卑猥過ぎてダメだ!円周率だ!π!もう……落ち着ける気がしないよ……あ、なんか逆に落ち着いた。
「んー、何をするとかよりも何よりもさー」
私が落ち着いたタイミングで、幼なじみも思考が終わったようだ。ナイスタイミング息ピッタリ。やっぱり私達、運命共同体だね!
「まずはどっちが夫役をするか決めないとね」
「……」
「やっぱり真奈が夫役かな。うん。真奈ボーイッシュだもんね。いや、でも、ホント、持つべきものは幼なじみだよね。こんな事、他の友達には頼めないもん。ホント、真奈が幼なじみでよかった」
「……ん、私も景子が幼なじみでよかったよ」
落ち着け私。
落ち着いて、現実を見ようね。
『二週間夫婦のフリして!』
という広告を見て、カッとなって書きました。
なんかごめんなさい。
ありがとうございました。