第8話 帰還
――ゴッ。
八度目の衝撃。
だが佐伯悠斗は、もう恐怖を感じていなかった。
机の下へ滑り込み、揺れの周期を読み、落下物を避ける。
ガガガガガガッ――!
揺れが収まると同時に立ち上がる。
(これで終わらせる)
静かな決意が胸に宿っていた。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦。
だが悠斗の動きは迷いがない。
・倒れた自転車の女性 → スルー
・自販機の男性 → スルー
・老人 → スルー
(助けるべき人は……“未来の家族”だ)
胸は痛むが、足は止まらない。
建設作業員の女性が叫ぶ。
「裏道はこっち! 気をつけて!」
「ありがとう!」
悠斗は走り出す。
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【裏道】
崩れそうな建物を避け、余震のタイミングを読み、外壁の崩落を回避する。
(ここまでは……完全に読める)
目黒川沿いに出る。
川は濁り、波が高い。
(逆流のタイミングは……前回より遅い)
老人の言葉が頭をよぎる。
(焦らなければ……世界は歪まない)
悠斗は“歩いた”。
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【山手通り】
暴徒のいるエリアは避ける。
避難誘導の女性が教えてくれた裏道を使う。
その途中――
「おい、あんた」
またあの老人がいた。
(……待っていた)
老人は言った。
「焦りを捨てたな」
「……はい」
「なら、もう大丈夫だ。
世界は……“あんたの願い”に従う」
(願い……?)
老人は続けた。
「家族に会いたいという願いが……世界を動かす。
それだけだ」
「ループの理由は……?」
老人は微笑んだ。
「理由なんて……生きてるうちは分からん。
だが、“願い”は……時に世界を超える」
そう言うと、老人は人混みに消えた。
(……ありがとう)
悠斗は深く頭を下げた。
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【目黒川沿い】
川の水位は高い。
逆流の前兆。
だが――
(焦らない……焦らない……)
悠斗は歩いた。
すると――
(……逆流が……来ない)
世界が“静か”だった。
(本当に……変わってる……)
胸が震えた。
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【二子玉川・住宅街】
瓦礫が散乱し、電柱が倒れ、道路はひび割れている。
(美咲……七海……)
胸が締めつけられる。
そのとき。
「悠斗……?」
声がした。
振り返る。
そこに――
美咲がいた。
七海を抱きしめながら。
「……美咲……!」
足が震えた。
七海が泣きながら手を伸ばす。
「パパ……!」
悠斗は二人を抱きしめた。
温かい。
確かに“生きている”。
「よかった……本当に……よかった……」
涙がこぼれた。
美咲は震える声で言った。
「何度も……あなたの名前を呼んでた……
絶対に帰ってくるって……信じてた……」
(……呼んでた?)
七海も言った。
「パパ、来るって思ってたよ……!」
胸が熱くなる。
(俺は……呼ばれていたのか……)
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【そして――】
遠くでサイレンが鳴る。
ヘリの音が響く。
救助隊が近づいている。
美咲が言った。
「もう大丈夫……一緒に帰ろう」
悠斗は頷いた。
(終わった……)
そう思った瞬間。
――世界が、静かに揺れた。
(……?)
だが、地震ではない。
“何かが終わる音”だった。
視界が白く染まる。
(……これは……)
次の瞬間。
――暗転。
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【暗闇】
(……終わったのか……?)
静かな闇。
だが、恐怖はない。
(美咲と……七海に会えた……)
その事実だけが胸に残る。
そして――
(俺は……何度でも……帰る)
光が差し込む。
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【エピローグ】
救助隊に保護された佐伯家は、避難所へ移動した。
美咲は軽傷、七海は無事。
悠斗も大きな怪我はなかった。
後日、悠斗は医師に言われた。
「地震のショックで、一時的に記憶が混乱していたのかもしれません。
“何度も繰り返した”という感覚は……脳が作り出した可能性があります」
だが悠斗は、静かに微笑んだ。
(それでも……俺は確かに“帰ってきた”)
美咲が手を握る。
「帰ってきてくれて……ありがとう」
七海が笑う。
「パパ、強かったね!」
悠斗は空を見上げた。
青空が広がっていた。
(世界が歪んだ理由なんて……どうでもいい。
俺は……願い続けた。
ただ、それだけだ)
そう、心の中で呟いた。




