第7話 最終ルート
――ゴッ。
七度目の衝撃。
だが佐伯悠斗は、もはや揺れの前兆すら感じ取れるようになっていた。
机の下へ滑り込み、揺れの周期を読み、落下物を避ける。
ガガガガガガッ――!
揺れが収まると同時に立ち上がる。
(今回は……“最終ルート”を作る)
胸の奥に、静かな決意が宿っていた。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦。
だが悠斗の動きは迷いがない。
・倒れた自転車の女性 → スルー
・自販機の男性 → スルー
・老人 → スルー
(助けるべき人は……“後で出会う人”だ)
胸は痛むが、足は止まらない。
建設作業員の女性を探す。
「裏道はこっち! 気をつけて!」
今回も彼女は教えてくれた。
「ありがとう!」
悠斗は走り出す。
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【裏道】
崩れそうな建物を避け、余震のタイミングを読み、外壁の崩落を回避する。
(ここまでは……完全に読める)
目黒川沿いに出る。
川は濁り、波が高い。
(逆流のタイミングは……前回よりさらに早い)
世界の“歪み”が進んでいる。
(急ぐな……老人はそう言った)
だが――
(急がなきゃ……妻子が危ない)
葛藤が胸を締めつける。
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【山手通り】
暴徒のいるエリアは避ける。
避難誘導の女性が教えてくれた裏道を使う。
その途中――
「おい、あんた」
またあの老人がいた。
(……待っていた?)
老人は言った。
「世界は……“あんたの焦り”に反応している」
「……どういう意味だ」
「急げば急ぐほど……世界はあんたを殺しに来る。
だが、ゆっくりすれば……“道が開く”」
(ゆっくり……?)
「家族に会いたいなら……“焦りを捨てろ”。
それが……最後の鍵だ」
老人はそれだけ言うと、また姿を消した。
(焦りを……捨てる……)
胸に重い言葉が残る。
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【目黒川沿い】
川の水位は高い。
逆流の前兆。
だが悠斗は、あえて“歩いた”。
(急がない……焦らない……)
すると――
(……あれ?)
逆流のタイミングが、前回より“遅い”。
(本当に……世界が変わってる……?)
老人の言葉が頭をよぎる。
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【避難者の列】
そのとき。
「二子玉川から来た人、いますか!」
悠斗は叫んだ。
避難者の中から、女性が手を挙げた。
「さっき……子どもを抱えた女性を見ました。
二子玉川の住宅街で……避難してました」
(……美咲と七海だ)
胸が震えた。
「無事なんですね!」
「はい……ただ、川の水が迫ってて……急いでました」
(急がなきゃ……!)
だが――
(焦るな……焦れば世界が歪む)
老人の言葉が胸を刺す。
(どうすれば……)
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【そして――】
橋に差し掛かったときだった。
――ミシ……ミシミシ……
(逆流……?)
だが違う。
橋の上に、人影があった。
避難誘導の女性だ。
「こっち! 安全なルートがある!」
(助けてくれる……?)
悠斗は走り出した。
だが――
――ドォォォン!!
背後で爆発音。
(ガス管……!)
振り返ると、炎が迫っていた。
「急いで!」
女性が手を伸ばす。
(急げば……世界が歪む……)
(でも……急がなきゃ……!)
最大の葛藤。
(どうする……!)
悠斗は――
走った。
女性の手を掴む。
その瞬間。
――バキィッ。
橋の欄干が崩れた。
(……え?)
足元が消えた。
悠斗の身体は、炎と濁流の間へと落ちていった。
(ここまで……来たのに……!)
手を伸ばすが、何も掴めない。
(美咲……七海……)
光が消えた。
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【暗闇】
(……焦りを捨てろ……)
老人の声が響く。
(急げば……世界が歪む……)
そして――
(次が……最後だ)
確信が胸に宿る。
――ピピピピピッ。
アラーム音。
目を開ける。
恵比寿のオフィス。
紙コップ。
Slackの未読。
妻からのLINE。
午前九時二十四分。
悠斗は深く息を吸った。
(次で……終わらせる)




