第6話 影の気配
――ゴッ。
六度目ともなると、佐伯悠斗の身体は揺れの前兆すら感じ取れるようになっていた。
机の下へ滑り込み、揺れの周期を読み、落下物を避ける。
ガガガガガガッ――!
揺れが収まり、悠斗は立ち上がる。
(今回は……“情報”を最優先する)
家族の安否。
二子玉川の状況。
そして――このループの“違和感”。
すべてを掴みに行く。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦。
だが悠斗は、助けを求める声に反応しない。
(助けるべき人は……“後で出会う人”だ)
そう確信していた。
建設作業員の女性を探す。
「裏道はこっち! 気をつけて!」
今回も彼女は教えてくれた。
「ありがとう!」
悠斗は走り出す。
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【裏道】
崩れそうな建物を避け、余震のタイミングを読み、外壁の崩落を回避する。
(ここまでは……もう慣れた)
目黒川沿いに出る。
川は濁り、波が高い。
(逆流のタイミングは……前回より早かった)
その“ズレ”が気になっていた。
(ループなのに……条件が変わっている?)
胸に小さな疑問が芽生える。
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【山手通り】
暴徒のいるエリアは避ける。
避難誘導の女性が教えてくれた裏道を使う。
(人間の流れを読む……これが正解だ)
そのとき。
「おい、あんた」
低い声がした。
振り返ると、古びたコートを着た老人が立っていた。
避難者のようには見えない。
目だけが異様に鋭い。
「……はい?」
「二子玉川に向かってるんだろう」
(なんで……分かる?)
老人は続けた。
「川が逆流するのは……“あんたが遅いから”じゃない」
「……え?」
「“あんたが進むほど、世界が歪む”んだよ」
(世界が……歪む?)
老人は近づき、囁くように言った。
「気づいてるだろう。毎回……少しずつ違う」
(……気づいていた)
・逆流のタイミング
・人の動き
・瓦礫の位置
・助けを求める人の数
すべてが“微妙に違う”。
「どうして……?」
老人は答えず、代わりにこう言った。
「家族に会いたいなら……“急ぐな”。
急げば急ぐほど……世界はあんたを殺しに来る」
(急ぐな……?)
「どういう意味ですか!」
老人は振り返らず、歩き去った。
(なんなんだ……あの人……)
だが胸の奥に、嫌な予感が残った。
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【目黒川沿い】
川の水位は高い。
逆流の前兆。
(急ぐな……? でも……急がなきゃ……)
葛藤が胸を締めつける。
そのとき。
「お父さん……!」
幼い声がした。
(……七海?)
振り返る。
だがそこにいたのは、見知らぬ少女だった。
避難者の列に母親と並んでいる。
(……違う)
だが、少女の声は七海に似ていた。
(俺……疲れてるのか……?)
胸がざわつく。
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【そして――】
橋に差し掛かったときだった。
――ミシ……ミシミシ……
(また……逆流か?)
だが違った。
橋の下からではなく、**上から**音がした。
(……上?)
見上げる。
電線が垂れ下がり、風に揺れている。
(これは……避けられる)
迂回しようとした瞬間。
――パチッ。
小さな火花。
(……え?)
次の瞬間。
――バチバチバチバチッ!!
垂れ下がった電線が地面に落ち、火花を散らした。
(まずい……!)
悠斗は飛び退く。
だが――
――ズルッ。
足元の水たまりで滑った。
(……っ!)
倒れた先に、電線があった。
――バチィィィィッ!!
全身を電流が駆け抜ける。
(……動け……ない……)
視界が白く染まる。
(美咲……七海……)
光が消えた。
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【暗闇】
(……世界が……歪んでいる……)
老人の言葉が頭から離れない。
(急げば急ぐほど……世界は俺を殺しに来る……)
そして――
(七海の声……聞こえた気がした……)
胸が痛む。
(次は……“急がずに”進む……)
その瞬間。
――ピピピピピッ。
アラーム音。
目を開ける。
恵比寿のオフィス。
紙コップ。
Slackの未読。
妻からのLINE。
午前九時二十四分。
悠斗は深く息を吸った。
(次は……“世界の歪み”を確かめる)




