第5話 人間の闇
――ゴッ。
四度目の衝撃にも、佐伯悠斗の身体は迷いなく机の下へ滑り込んだ。
揺れの周期、落ちる天井パネル、同僚の悲鳴。
すべてが“既知の光景”になっていた。
ガガガガガガッ――!
揺れが収まり、悠斗は立ち上がる。
(今回は……“人間の流れ”を読む。災害そのものより、人間の方が危険だ)
そう確信していた。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦。
だが悠斗は、助けを求める声に反応しない。
助ければ死ぬ。助けなくても死ぬ。
だからこそ――
(助けるべき“理由”がある人だけ助ける)
そう決めていた。
倒れた自転車の女性も、挟まれた男性も、老人もスルー。
胸は痛むが、足は止まらない。
(今回は……“情報”を取りに行く)
建設作業員の女性を探す。
彼女はガス管の危険を教えてくれた人物だ。
「裏道はこっち! 気をつけて!」
彼女は今回も教えてくれた。
「ありがとう!」
悠斗は走り出す。
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【裏道】
崩れそうな建物を避け、余震のタイミングを読み、外壁の崩落を回避する。
(よし……ここまでは完璧だ)
目黒川沿いに出る。
川は濁り、波が高い。
だが逆流はまだだ。
(急げ……!)
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【山手通り】
道路はひび割れ、車が放置されている。
だが今回は“人の気配”が違った。
怒号。
罵声。
何かを叩く音。
(……嫌な予感)
角を曲がった瞬間、目に飛び込んできた。
若者たちが、コンビニのガラスを割っていた。
「食料だ! 全部持ってけ!」
「金も抜け!」
暴徒化した集団だ。
(まずい……!)
引き返そうとした瞬間。
「おい、そこのスーツ!」
一人が悠斗を指差した。
「バッグ持ってんじゃん。よこせよ」
(関わりたくない……!)
だが、逃げ道は塞がれていた。
「やめてください! 今はそんな場合じゃ――」
「うるせぇ!」
若者が殴りかかってきた。
悠斗は咄嗟に避け、走り出す。
「追え!」
数人が追ってくる。
(くそっ……!)
瓦礫を飛び越え、路地に逃げ込む。
だが足音は近い。
(このままじゃ……!)
そのとき。
「こっち!」
女性の声。
振り返ると、30代くらいの女性が手招きしていた。
避難誘導の腕章をつけている。
「早く!」
悠斗は迷わず飛び込んだ。
女性はシャッターの隙間から裏通路へ案内した。
「ここなら追ってこない。あの辺、もう治安が崩壊してるの」
「助かりました……!」
女性は息を整えながら言った。
「あなた、二子玉川に向かってるんでしょ?」
「え……なんで……?」
「さっき、あっちから来た人が言ってた。『二子玉川の住宅街で、子どもを抱えた女性が避難してる』って」
(……子どもを抱えた女性)
胸が跳ねた。
(美咲……七海……?)
「ど、どこで聞いたんですか!」
「目黒川沿いの避難者が言ってたの。『二子玉川の方から来た』って」
(生きてる……?)
希望が胸に灯る。
「ありがとう……!」
悠斗は走り出した。
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【目黒川沿い】
川の水位は高い。
逆流の前兆。
(急げ……!)
そのとき。
「おい!」
背後から声。
振り返ると、さっきの暴徒の一人がいた。
「逃げんなよ……!」
(なんで……ここまで……!)
男は鉄パイプを持っていた。
「バッグよこせって言ってんだよ!」
「やめろ! 今はそんな――」
「関係ねぇ!」
男が殴りかかる。
悠斗は避けるが、足場が悪い。
(まずい……!)
鉄パイプが肩に当たり、バランスを崩す。
(落ちる……!)
川沿いの柵に手を伸ばす。
だが――
――ガンッ!
男が柵を蹴った。
(……え?)
柵が折れた。
悠斗の身体は、濁流へと落ちていった。
冷たい水。
回転する視界。
息ができない。
(ここまで……来たのに……!)
手を伸ばすが、何も掴めない。
(美咲……七海……)
光が消えた。
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【暗闇】
(……人間が……敵になるなんて……)
だが、今回は違う。
(“子どもを抱えた女性が避難している”……これは大きな情報だ)
そして――
(暴徒化した人間……次は避けなきゃいけない)
その瞬間。
――ピピピピピッ。
アラーム音。
目を開ける。
恵比寿のオフィス。
紙コップ。
Slackの未読。
妻からのLINE。
午前九時二十四分。
悠斗は拳を握った。
(次は……人間を避けるルートを探す)




