第4話 最短ルート
――ゴッ。
床が突き上げた瞬間、佐伯悠斗は机の下へ滑り込んだ。
四度目ともなると、揺れの強弱すら身体が覚えている。
ガガガガガガッ――!
天井パネルが落ちる位置も、同僚が悲鳴を上げるタイミングも、すべて“既視感”だった。
(もう迷わない。今回は……最短で行く)
揺れが収まり、悠斗は立ち上がる。
窓の外には、また黒煙が上がっていた。
「帰る……絶対に」
その声は、もはや祈りではなく“決意”だった。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦が広がっていた。
だが悠斗は、これまでとは違う。
・倒れた自転車の女性 → スルー
・自販機に挟まれた男性 → スルー
・老人の救助 → スルー
(助ければ死ぬ。助けなくても死ぬ。なら……“助けるべき人”を見極めるしかない)
胸が痛むが、足は止まらない。
(今回は……“情報”を取りに行く)
悠斗は、前回出会った“建設作業員の女性”を探した。
彼女はガス管の危険を教えてくれた人物だ。
(いた……!)
ヘルメット姿の女性が、倒れた看板をどかしていた。
「すみません! 裏道、もう一度教えてください!」
女性は驚いた顔をしたが、すぐに答えた。
「このビルの横! 細い路地を抜けて、川沿いに出て!」
「ありがとう!」
悠斗は走り出した。
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【裏道】
瓦礫はあるが、前回よりも慎重に進む。
崩れそうな建物の下は避け、足場の良い場所を選ぶ。
(ここで前回は……外壁が落ちてきた)
見上げると、ひび割れた外壁が揺れている。
(タイミングをずらせば……避けられる)
余震の周期を読み、揺れが弱まった瞬間にダッシュ。
――ドォォォン!
背後で外壁が崩れ落ちる。
(よし……!)
初めて“前回の死因”を回避できた。
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【目黒川沿い】
川沿いの道は、すでに水が濁り、波が高い。
だがまだ逆流はしていない。
(急がないと……)
そのとき、前方から声がした。
「そこの人! ちょっと待って!」
振り返ると、消防団の腕章をつけた男性が走ってきた。
「二子玉川方面に行くのか?」
「はい! 家族が……!」
男性は息を切らしながら言った。
「さっき無線で聞いた。二子玉川の……高島屋の地下が浸水してるらしい」
(……浸水)
胸がざわつく。
「多摩川の水位が上がってる。逆流の可能性が高い。行くなら……急げ」
「ありがとうございます!」
悠斗は深く頭を下げ、走り出した。
(美咲……七海……!)
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【山手通り】
道路はひび割れ、車が放置されている。
だが悠斗は、これまでで最も速く進めていた。
(今回は……いける……!)
胸が高鳴る。
そのとき――
「おい! そっちは危ない!」
誰かの叫び声。
振り返ると、作業服の男性が手を振っていた。
「上! 気をつけろ!」
(上……?)
見上げる。
電線が垂れ下がっている。
(ああ……これは避けられる)
悠斗は大きく迂回した。
(完璧だ……!)
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【そして――】
目黒川にかかる小さな橋に差し掛かったときだった。
――ミシ……ミシミシ……
(……嫌な音)
橋の下から、低い唸り声のような振動。
(まさか……)
次の瞬間。
――バシャァァァン!!
濁流が橋の下から噴き上がった。
(逆流……! もう来たのか……!)
川の水が一気に溢れ、橋を飲み込む。
「うわっ――!」
足元が崩れ、悠斗の身体は濁流に引きずり込まれた。
冷たい水。
回転する視界。
息ができない。
(ここまで……来たのに……!)
手を伸ばすが、何も掴めない。
(美咲……七海……)
水の中で意識が遠のいていく。
光が消えた。
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【暗闇】
(……また……失敗した……)
だが、今回は違う。
(“逆流のタイミング”が……早くなっている?)
新たな疑問が生まれる。
(なら……次はもっと早く動くしかない)
その瞬間。
――ピピピピピッ。
アラーム音。
目を開ける。
恵比寿のオフィス。
紙コップ。
Slackの未読。
妻からのLINE。
午前九時二十四分。
悠斗は拳を握った。
(次こそ……突破する)




