第3話 選択の重さ
――ゴッ。
床が突き上げた瞬間、佐伯悠斗は机の下へ滑り込んだ。
もう三度目だ。揺れの周期すら覚えている。
ガガガガガガッ――!
天井パネルが落ちる位置も、同僚が悲鳴を上げるタイミングも、すべて“知っている”。
(ここまでは同じ……問題は、この先だ)
揺れが収まり、悠斗は立ち上がる。
窓の外には、また黒煙が上がっていた。
「帰らなきゃ……」
その言葉は、もはや反射だった。
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【恵比寿駅前】
外に出ると、混乱の渦が広がっていた。
だが悠斗は、前回・前々回とは違う行動を取った。
(助ける相手を変えても、助けなくても……俺は死んだ)
ならば――。
(“人の流れ”を読むしかない)
悠斗は群衆の動きを観察した。
逃げる方向、立ち止まる場所、危険を察知して避ける人々。
(この流れに逆らうと死ぬ……)
そう直感した。
そのとき――
「すみません! 誰か、手を貸してください!」
声がした。
前回助けた女性ではない。
スーツ姿の中年男性が、倒れた自動販売機に挟まれていた。
(また……助けを求める人が……)
悠斗は迷った。
(助ければ……また死ぬかもしれない)
だが、男性の顔が苦痛で歪んでいる。
「……くそ」
結局、走り出していた。
「大丈夫ですか! 今どけます!」
自販機を押し上げ、男性を引きずり出す。
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
男性は涙を流しながら礼を言った。
「気をつけて。余震が――」
言いかけた瞬間。
「お父さんっ!」
幼い声がした。
振り返ると、小学低学年くらいの女の子が泣きながら走ってきた。
男性の娘だ。
「パパ、死んじゃうかと思った……!」
男性は娘を抱きしめた。
その光景を見た瞬間、悠斗の胸が締めつけられた。
(七海……)
自分の娘の顔が浮かぶ。
(絶対に……帰らなきゃ)
強く思った。
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【新情報】
そのとき、男性が言った。
「二子玉川の……高島屋のあたりが……危ないらしい……」
「え?」
「さっき……人が言ってた……川が……逆流してるって……」
(多摩川が……逆流?)
胸がざわつく。
(美咲と七海は……家にいる。二子玉川駅の近く……)
嫌な予感がした。
(急がなきゃ……!)
悠斗は走り出した。
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【山手通り】
道路はひび割れ、車が放置され、黒煙が上がっている。
だが悠斗は、前回よりも早く進めていた。
(このまま行けば……)
そのとき。
「待って! そっちは危ない!」
女性の声がした。
振り返ると、ヘルメットをかぶった女性がいた。
建設現場の作業員らしい。
「そっちはガス管が破裂してる! 行くなら裏道を使って!」
(ガス管……前回の爆発……)
悠斗は息を呑んだ。
「裏道はどこですか!」
女性は指差した。
「このビルの横を抜けて、細い路地を真っ直ぐ! そこなら安全!」
「ありがとう!」
悠斗は走り出した。
(今回は……いける……!)
胸が高鳴る。
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【裏道】
細い路地は瓦礫が少なく、比較的安全に見えた。
人も少ない。
(このまま……目黒川沿いに出れば……)
そう思った瞬間。
――ミシ……ミシミシ……
嫌な音がした。
(……上?)
見上げると、古いビルの外壁が大きくひび割れていた。
(まずい……!)
走り出す。
だが――
――ドォォォン!
外壁が崩れ落ちた。
「うわっ――!」
瓦礫が肩に当たり、地面に倒れ込む。
(逃げろ……!)
必死に立ち上がろうとするが、足が動かない。
(くそ……ここまで来たのに……!)
瓦礫が次々と落ちてくる。
(美咲……七海……)
最後に浮かんだのは、家族の顔だった。
光が消えた。
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【暗闇】
(……また……失敗した……)
だが、今回は違う。
(“二子玉川が危ない”……これは大きな情報だ)
そして――
(助けた人が……娘と再会するのを見て……俺は……)
胸が熱くなる。
(絶対に……帰る)
その瞬間。
――ピピピピピッ。
アラーム音。
目を開ける。
恵比寿のオフィス。
紙コップ。
Slackの未読。
妻からのLINE。
午前九時二十四分。
悠斗は深く息を吸った。
(次は……もっと速く……もっと正確に……)




