第99話 サイドストーリー:残り2組の『愛の覚醒』
【ケース2:イグニス & エレナの場合】
場所はダンジョン最深部『灼熱の溶岩採掘場』。 元・暑苦しい騎士イグニスは、汗だくになりながらレアメタルを掘っていた。
「おいイグニス。休憩時間はあと10秒よ。サボったら首輪を爆破するわ」
監視役の妻、エレナは、溶岩地帯でも涼しい顔をした氷のような美女だった。 セレスティアの部下の中でも、最も冷徹な仕事人と恐れられている。
「わ、分かってるよ! ……でもよ、こんな熱い場所にお前まで来る必要ねぇだろ。肌荒れするぞ?」
「監視義務があるからよ。……それに、貴方が脱走しない保証はないわ」
エレナは冷たく言い放ったが、実は彼女自身、この高温地帯での長時間の任務で限界が近かった。 めまいがして、彼女の足がふらついた。
「……っ!」
彼女がバランスを崩し、煮えたぎるマグマの溜まり場へ落ちそうになった、その時。
ガシッ!!
「……っと! 危ねぇ!」
イグニスが飛び込み、彼女を抱き留めた。 だが、その代償として、イグニスの背中にはマグマの飛沫がかかった。
「熱っつぅぅぅ!!」
「イ、イグニス!? 貴方、火傷が……!」
普段なら「自業自得よ」と言うはずのエレナが、顔色を変えて彼の背中を見た。
「へへっ、かすり傷だ。……俺の筋肉は分厚いからな」
イグニスは脂汗を流しながら、ニカっと笑った。
「それより、お前が無事でよかった。……嫁さんの顔に傷がついたら、俺が一生後悔するからな」
その言葉と、彼から伝わる体温(と汗臭さ)に、エレナの心の氷が砕け散った。 彼女は、自分が彼に付けていた『GPS付き首輪』を握りしめた。
「……馬鹿。大馬鹿よ」
エレナはハンカチで彼の汗と煤を拭った。
「暑苦しいのは嫌いだったのに。……貴方のその熱さが、今は心地いいなんて……私も焼きが回ったわ」
「え?」
「……これからは、首輪の爆破スイッチは切っておくわ。……だから、ずっと私のそばで熱くしていなさい。分かった?」
「お、おう! 任せとけ! 俺の愛で火傷させるぜ!」
こうして、『暑苦しい夫』と『氷の妻』は、温度差を乗り越えてベスト・カップルとなった。
【ケース3:ザイン & ルナの場合】
場所は『暗黒キノコ栽培室』。 薄暗い部屋で、元・影の薄い男ザインは、赤ちゃん用のボンネットを被らされ、黙々とキノコを収穫していた。
「はい、ザインちゃん。よくできました~♡ ご褒美のミルクですよ~」
妻のルナは、おっとりとした雰囲気の女性だが、元は暗殺部隊のエースだ。 彼女の任務は、ザインを幼児退行させ、思考能力を奪って管理することだった。
「……バブー(ありがとう)」
ザインは無抵抗にミルクを飲んでいた。 彼はこの生活を、実はそこまで嫌がっていなかった。世間のしがらみから解放される快感に浸っていたのだ。
その時。 ダンジョンの壁を突き破り、凶暴な『マッド・ベアー』が侵入してきた。
「グルアアアア!!」
熊の爪が、ルナに迫る。 彼女はミルクを持っていたため、反応が一瞬遅れた。
「しまっ……!」
ルナが死を覚悟した瞬間。
ヒュンッ。
風を切る音と共に、マッド・ベアーの首が宙を舞った。
「……え?」
ルナが目を開けると、そこにはボンネットを脱ぎ捨て、手に持った『おしゃぶり』を投擲武器として熊の急所に突き刺したザインが立っていた。
その目は、いつもの虚ろな赤ちゃんの目ではなく、鋭い『男』の目だった。
「……俺のママ(妻)に、何をする」
ザインは低い声で言った。 その姿は、逆説的に最高にクールだった。
「ザ、ザインちゃん……?」
「……あ」
我に返ったザインは、慌ててボンネットを被り直した。
「い、いや、今のは……その、バブー?」
必死にごまかそうとする彼を、ルナは力一杯抱きしめた。
「キャーッ! 素敵! ギャップ萌えですわ!」
ルナの母性本能のリミッターが外れた。
「普段は可愛い赤ちゃんなのに、いざという時は頼れるナイト様……! 最高です! 私、一生貴方のお世話をします!」
「く、苦しい……バブ……」
「もう、一生離しませんからね♡ さあ、オムツを替えましょうね♡」
ザインは諦めたように、しかし満更でもなさそうに身を委ねた。 彼らの関係は、『共依存』という名の最強の絆へと進化したのだった。
こうして、3組の夫婦はそれぞれの形で真実の愛(?)に目覚めた。 セレスティアの計算通りであり、計算以上でもあったこの結果により、ダンジョン国の基盤は盤石のものとなった。




