第98話 計算違いの恋心 エージェント妻たちの『真実の愛』
「……へっ。どうせ俺は、ただの『生きた債権』さ」
ダンジョンの未開拓エリア、第80階層。 レオンは、ツルハシを振るいながら自嘲気味に呟いた。 横ではイグニスやザインも、死んだ目で鉱石を運んでいる。
セレスティアの計画を知って以来、彼らの心は折れていた。 愛妻弁当も、優しい言葉も、全ては効率よく搾取するためのマニュアルだったのだと。
「休憩時間終了よ。手を動かして」
監視台から、冷徹な声が飛ぶ。 レオンの妻、シーラだ。 彼女は無表情で、ストップウォッチと鞭を構えている。
「はいはい……働きますよ、管理官殿」
レオンがやさぐれた態度で作業に戻ろうとした、その時だった。
グラグラッ……!
地響きと共に、天井の岩盤が悲鳴を上げた。 ダンジョン特有の『地形変動』だ。
「危ない! 崩れるぞ!」
「レオン!!」
普段の冷徹な彼女からは想像もできない、悲痛な叫び声が響いた。
ドゴォォォォン!!
巨大な岩が、レオンの頭上に落下した――かに見えた。
「……え?」
レオンが目を開けると、そこには信じられない光景があった。
落ちてきた数トンの岩を、シーラが背中で受け止めていたのだ。 彼女の細い体から、赤い血が流れている。
「シ、シーラ!? お前、何して……!」
「……馬鹿ね。避けないからよ……」
シーラは苦痛に顔を歪めながらも、岩を支え続けた。
「早く……逃げて。私の『身体強化』が切れる前に……」
「何言ってんだ! お前こそ逃げろよ! 俺なんか死んでも、代わりの労働力なんていくらでも……」
「いないわよ!!」
シーラが叫んだ。 その目には、大粒の涙が溢れていた。
「任務だったわ。最初はね。……でも、貴方みたいな馬鹿、世界中探したって他にいないのよ!」
「え……」
「借金まみれで、見栄っ張りで、どうしようもないダメ男だけど……。夢を語る貴方の横顔が、いつの間にか大好きになってたのよ!」
彼女は泣きながら告白した。
「計算じゃないわ! マニュアルにもない! ……私が貴方を死なせたくないの!」
イグニスやザインの妻たちも同様だった。 崩落から夫を庇い、泥だらけになって彼らを守っていた。
「貴方の暑苦しいイビキがないと、もう眠れないんです!」 「貴方が赤ちゃんみたいに甘えてくれないと、寂しいんです!」
それは、演技でも計算でもない、魂からの叫びだった。
「……お前ら」
レオンたちの目に、光が戻った。 愛は、嘘じゃなかった。 きっかけがセレスティアの策略だったとしても、育まれた感情は本物だったのだ。
「……くそっ、泣かせやがって!」
レオンが吠えた。
「うおおおお! 愛する妻を潰させてたまるかぁぁぁ!!」
火事場の馬鹿力(と愛の力)が爆発した。 レオンは素手で岩を砕き、シーラを抱きかかえて脱出した。 イグニスたちも、妻を守りながら崩落する現場から走り抜けた。
…… …………
安全地帯にて。
「……無茶するわね、貴方」
傷の手当てを受けながら、シーラが少し照れくさそうに笑った。 いつもの『管理官』の顔ではなく、恋する乙女の顔だった。
「へっ。……これからは、借金返済のためじゃなく、お前のために働くよ」
レオンがカッコつけて言った。
その様子を、少し離れた場所から俺とセレスティアが見ていた。
「……いいのか? セレスティア。計画が崩れたんじゃないか?」
俺が尋ねると、セレスティアは口元を袖で隠して微笑んだ。
「いいえ。……これも『想定内』ですわ」
「え?」
「完璧すぎる管理は、いつか反乱を招きます。……ですが、『愛』という不確定要素が加われば、男は計算上の限界を超えて(200%の出力で)働きます」
彼女は、ボロボロになった報告書を破り捨てた。
「彼女たちには『夫を管理しろ』と命じましたが、『愛するな』とは命じていません。……私の部下たちが、あんな情熱的な男たちにほだされないわけがありませんもの」
どうやら、この黒幕は最初から、こうなることを見越してカップリングを組んでいたらしい。 恐ろしい。けれど、どこか優しい。
「それに……愛する夫のために働く妻は、さらに強いですわよ?」
セレスティアの言葉通り、翌日から現場の空気は一変した。
「あなた♡ お弁当作ったわ! 食べて午後も頑張って!」 「おうよ! 愛の力でトンネル貫通させてやるぜ!」
レオンたちは、以前よりも生き生きと(そして死ぬほどハードに)働き始めた。 愛という名の鎖は、鋼鉄よりも強く、そして甘い。
こうして、ダンジョン国の『恐妻家』たちは『愛妻家』へとジョブチェンジし、国のGDPを爆上げすることになったのだった。




