第97話 黒幕は微笑む 『完済まで逃がさない』セレスティアの完全計画
「……ここなら、あいつらも来られないはずだ」
ダンジョン第1階層の隠しエリア。 俺と、レオン、イグニス、ザインたち男連中は、岩場に作った小さな『秘密基地』に集まっていた。
妻たちの徹底的な管理(搾取)から逃れ、隠し持っていた小銭で買った安い缶ジュースを啜る。 これが、世界最強の王とその幹部たちの情けない現状だった。
「ひどい目にあったよ……。あの優しいシーラが、今じゃ毎晩『家計簿チェック』だぜ」 レオンが遠い目で呟く。
「俺なんて、トイレに行く時間まで管理されてるんだ……」
彼らの憔悴ぶりを見て、俺は少し胸が痛んだ。 俺が茶会で妻たちを焚きつけたせいで、彼らの家庭は地獄に変わったのだ。 悪いことをしたな……という罪悪感と、ざまぁみろという優越感が混ざり合う。
その時だった。 基地の入り口にある通信機から、ノイズ混じりの音声が流れてきた。
『……はい。報告します。対象者A、B、C。現在、第1階層にてサボり中』
「え?」
俺たちは顔を見合わせた。 この声は……レオンの妻、シーラだ。 あんなに清楚だった彼女が、まるで軍人のような口調で喋っている。
『了解しました、マスター。……彼らのガス抜きも計算通りですね?』
『ええ。適度な反抗は、後の労働効率を高めますから。……泳がせておきなさい』
スピーカーから響いたその声に、俺たちの血の気が引いた。 冷徹で、美しく、そして絶対的な響き。 間違いない。 セレスティアだ。
「ど、どういうことだ……?」
俺たちは震えながら聞き耳を立てた。
『それにしても、マスターの采配には感服いたしました。……私たちのような『借金取り立て専門・工作員』を、シスターとして彼らにあてがうなんて』
「は?」
レオンがジュースを落とした。 工作員?
『彼らは我が国にとって優秀な労働力ですが、金遣いが荒く、ローン返済が滞るリスクがありました。……ですので、私たちが『妻』として内部から管理し、給与を全額回収する。……完璧なスキームです』
セレスティアの声が笑う。
『ええ。それに、ディラン様が貴女たちを『お茶会』に誘い、厳しい妻になるよう唆すことも……私のシナリオ通りでしたわ』
「な……っ!?」
俺は愕然とした。 俺が嫉妬心から彼らをハメたのも、計算済みだったのか?
『ディラン様は優しい方ですから、自分だけが苦労している状況に耐えられず、無意識に周りも同じ状況に引きずり込もうとします。……その心理を利用して、貴女たちの『正体(鬼嫁モード)』を自然な形で解禁させたのです』
『さすがです、マスター。おかげで彼らは、自分たちが『ハメられた』とは気づかず、ディラン様への逆恨みと連帯感だけで動いています』
『ふふ。男の人って、単純で可愛いですわね』
プツン。 通信が切れた。
秘密基地に、重苦しい沈黙が流れる。
レオンたちが、ゆっくりと俺の方を向いた。
「……おい、ディラン」
「ち、違う! 俺も知らなかったんだ! 俺も踊らされてたんだ!」
俺は必死に弁解した。 だが、事実は変わらない。 彼らの妻となる女性を用意し、出会いを演出し、そして俺を使って彼女たちを『覚醒』させた。 その全てが、セレスティアが描いた『債権回収および労働力永続確保計画』だったのだ。
「うわあああん! 怖すぎるだろぉぉぉ!!」
レオンが頭を抱えて泣き出した。
「愛じゃなかったのかよ! 俺たちはただの『返済マシーン』として飼われてるだけなのかよ!」
「逃げよう! 今すぐ他国へ亡命だ!」 イグニスが立ち上がる。
しかし、その瞬間。 秘密基地の岩壁が、轟音と共に崩れ去った。
ドゴォォォォン!!
「あら。ここでしたか」
土煙の中から現れたのは、電卓を持ったセレスティアと、武器(鞭や首輪)を持った『妻たち(エージェント)』だった。
「さあ、休憩時間は終わりですわ。……貴方たちには、これから100年分の『追加労働』が待っています」
セレスティアが女神のような、しかし底知れぬ闇を孕んだ笑顔を見せる。
「安心してください。死ぬまで……いいえ、死んでアンデッドになってからも、私たちがしっかりと『管理』して差し上げますから♡」
「「「ひぃぃぃぃぃ!!」」」
男たちの悲鳴がダンジョンに木霊した。
俺は悟った。 魔王ヴェルザードよりも、邪神よりも恐ろしい存在。 それは、経済と愛という名の鎖で俺たちを縛り付ける、この第一夫人なのだと。
俺たちは抵抗を諦め、大人しく連行された。 夕日に照らされた帰り道、セレスティアが俺の耳元でそっと囁いた。
「……ディラン様。私、全てを計算して動いていますけど……貴方への『愛』だけは、計算外の大きさですのよ?」
「……それは、脅しにしか聞こえないよ」
俺は涙目で答えた。 最強の黒幕に愛された男の末路。 それは、永遠に続く幸せな『隷属』だった。




