第94話 天才児ピヨちゃんの英才教育! 第一声は『パパ、株価どう?』
「……あー、あー。テステス」
王城のリビングルーム。 生後3日目にして、ピヨちゃん(羽の生えた赤ちゃん)は、ソファーにふんぞり返り、小さな手で魔法のタブレットを操作していた。
「おい、嘘だろ……。まだ首も座ってない時期じゃないのか?」
俺は戦慄していた。 ピヨちゃんは、通常の赤ちゃんの100倍のスピードで成長していた。 すでにハイハイで壁を登り、哺乳瓶を片手で握りつぶす握力を持ち、そして今、何かを喋ろうとしている。
「皆様! 静かに! ピヨちゃんが『初めての言葉』を喋りそうです!」
ノエルがビデオカメラを構える。 全員が固唾を飲んで注目した。
「頑張れピヨちゃん! 『パパ』だぞ! 『パ・パ』!」
俺は必死にアピールした。 感動の瞬間だ。 やはり最初はパパか、ママか。
ピヨちゃんは、つぶらな瞳で俺をじっと見つめ、そして口を開いた。
「……パパ」
「おおっ! 言った! パパって言った!」
俺が歓喜の涙を流しかけた、その時。 ピヨちゃんは続けてこう言った。
「……パパ。今日の為替相場と、マヨネーズ先物の『損益分岐点』はどうなってるでちゅか?」
「……は?」
時が止まった。 今、この赤ちゃん、なんて言った?
「損益分岐点……?」
ピヨちゃんはタブレット画面を俺に見せつけてきた。
「このチャートを見る限り、オーク肉の供給過多で値崩れが起きてまちゅ。……今すぐ在庫を損切りして、空いた倉庫で『スライムゼリー』の養殖を始めるべきでちゅ。……機会損失は罪でちゅよ、パパ」
「ぎゃあああ! 中身がおっさんだぁぁぁ!!」
俺は絶叫した。 可愛くない。全く可愛くない。 この話し方、この銭ゲバな思考回路、間違いなく『あの人』の影響だ。
「あらあら♡ さすが私の子ですわ。生後3日で『帝王学(主に金儲け)』を理解するなんて」
セレスティアがうっとりしている。
「セレスティア! お前か! 寝かしつける時に何を読み聞かせたんだ!」
「『ダンジョン経済白書』と『脱税の裏技100選』ですわ」
「英才教育が過ぎる!」
だが、被害はそれだけではなかった。
「ふん。金儲けだけでは片手落ちじゃ。……ピヨよ、余が教えた『あの魔法』を見せてやれ」
ヴェルザードがニヤリと笑うと、ピヨちゃんは空いた手で指を鳴らした。
「あい。……『極大消滅魔法』」
ドォォォォン!!
リビングの壁が、跡形もなく消滅した。 青空が見える。
「……出力30%。まだまだ未熟でちゅね」 「うむ、筋がいいぞ」
「家を壊すな! 修繕費が!」
さらに、アリシアが筋肉ポーズをとる。
「ピヨちゃん! 次は『マッスル・ポーズ』です!」
「あい。……サイドチェスト!」
ピヨちゃんのプニプニの腕が一瞬で膨張し、鋼のような筋肉に変貌した。 殻のパンツが破けそうだ。
「キレてるよ! デカイよピヨちゃん!」 「マッスル……マッスル……」
「戻れ! 赤ちゃんの姿に戻れ!」
最後に、ソフィアが眼鏡を光らせた。
「仕上げじゃ。ピヨ、この世界の真理を」
「あい。……E=mc2。全ては確率であり、シュレディンガーの猫は……ニャーでちゅ」
「完璧じゃ」
俺は膝から崩れ落ちた。 経済感覚、破壊魔法、筋肉、量子力学。 全てを詰め込まれたこの子は、もはや赤ちゃんではない。 『歩く国家機密』だ。
「……パパ。ボク、お腹空いたでちゅ」
ピヨちゃんが、ムキムキの腕で俺のズボンを引っ張った。
「そ、そうか。ミルクか?」
「いいえ。……『最高級ドラゴンのテールスープ・トリュフ添え』がいいでちゅ。……あ、支払いはパパのポケットマネーから天引きしておいてくだちゃい」
「……はい」
俺は従うしかなかった。 この家におけるヒエラルキーの最下層は、完全に俺だ。
最強の妻たちと、その遺伝子を受け継いだ超天才児。 俺のささやかな小遣いと威厳は、ピヨちゃんの小さな手(と電卓)によって、粉々に砕かれようとしていた。




