第90話 朝の決闘! ジャンケンで決める『今日のご主人様』
ダンジョン国の朝は、騒音と共に始まる。
「ディラン様! あーんしてください! 私が焼いた目玉焼きです!」
「待てアリシア! 栄養バランスなら余の『魔界野菜サラダ』の方が上じゃ!」
「私の計算では、朝は糖分が必要です。このパンケーキを……」
「ディランさ~ん、膝の上に乗っていいですか~?」
ダイニングルームでは、俺の座る椅子の周りで、5人の妻たちが激しいポジション争いを繰り広げていた。 右腕をアリシア、左腕をソフィア、背中をノエル、膝の上をヴェルザードが占領し、正面からセレスティアがスープを飲ませようとしている。
「……重い。そして熱い」
俺は窒息寸前だった。 妻が増えるたびに、俺の自由と酸素が減っていく。 このままでは、過労死ならぬ『愛され死』してしまう。
「……静粛に!」
カチャン、とティーカップを置く音が響いた。 セレスティアだ。 彼女は眼鏡を光らせ、全員を見渡した。
「皆様。このままではディラン様の身が持ちません。……それに、毎日毎日『誰が隣に座るか』で喧嘩をするのは非効率的です」
「む……。確かに、そうじゃな」 ヴェルザードが不満げに頷く。
「そこで、提案があります。……今日から【日替わり第一夫人制】を導入します」
「日替わり……?」
セレスティアがホワイトボードにルールを書き出した。
1.毎朝、朝食前に公平なる『ジャンケン』を行う。
2.勝者はその日の『第一夫人(正妻)』となり、ディラン様のスケジュール管理、食事の世話、夜のお供の権利を独占する。
3.敗者は『側室』として、第一夫人の指示に従わなければならない。
「つまり……勝てば24時間、ディラン様を独り占めできるということですわ」
ゴクリ……。 全員が唾を飲み込んだ。 俺を独占できる権利。そして、ライバルたちに命令できる権利。 これ以上の『餌』はない。
「面白い! 受けて立とう!」 アリシアが聖剣を抜く(抜くな)。
「運などという不確定要素……。だが、確率論でねじ伏せてみせる」 ソフィアが計算を開始する。
「うふふ、負けませんよ~」 ノエルから『ドス黒いオーラ』が立ち上る。
「では……いざ、尋常に!」
5人の手が振り上げられた。 魔法禁止。スキル禁止。 己の『運』と『読み』だけが全ての、聖なる儀式。
「「「「「最初はグー! ジャン・ケン……」」」」」
空気が張り詰める。 俺はただ、震えながら見守るしかない。
「「「「「ポンッ!!」」」」」
結果が出た。
アリシア:チョキ ヴェルザード:チョキ ソフィア:チョキ セレスティア:チョキ
そして――。
ノエル:【グー】
「……あら?」
一瞬の静寂。 そして、爆発的な歓喜の声が響いた。
「やったぁぁぁぁ!! 勝ちましたぁぁぁ!!」
ノエルがガッツポーズで飛び跳ねる。 対照的に、他の4人はその場に崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……! 私の『未来予知』ではパーが出るはずだったのに!」(ソフィア) 「くっ、筋肉が勝手にチョキを……!」(アリシア)
「勝負ありです! ……さあ、今日一日は私が『ご主人様』ですよ~♡」
ノエルが満面の笑みで、敗者たちを見下ろした。 その笑顔は天使のようであり、同時に慈悲深い悪魔のようでもあった。
「では、第一夫人からの最初の命令です。……『幼児退行令』を発布します!」
「「「は?」」」
…… …………
数時間後。
王城は、ピンク色の地獄と化していた。
「さあディランちゃ~ん、お昼寝の時間ですよ~」
執務室には、フカフカの布団が敷き詰められていた。 俺は『ひよこ柄のスタイ(よだれ掛け)』を付けさせられ、ノエルの膝枕で強制的に寝かしつけられていた。
「ノエル……俺は仕事が……」
「メッ! 赤ちゃんに仕事はありません! はい、ミルク飲みましょうね~」
哺乳瓶が突っ込まれる。抵抗できない。 ノエルの【聖女の加護・極】により、俺の思考力は著しく低下し、「まあ、いいか……」という気分にさせられているのだ。
そして、敗者である他の妻たちは――。
「屈辱じゃ……! なぜ魔王である余が、ガラガラを振らねばならんのじゃ!」
ヴェルザードが涙目でガラガラを振って俺をあやしている。
「アリシアちゃん、高い高いしてあげてください!」
「は、はい! ……うおおお! 高い高いー!!」
アリシアが俺を天井スレスレまで放り投げる。
「セレスティアちゃんは、子守唄を歌ってください!」 「……計算外ですわ。この私が、こんな……」
セレスティアが顔を真っ赤にして童謡を歌っている。
これが『ノエル政権』。 国民(俺と妻たち)を強制的に幼児化させ、圧倒的な『バブみ』で支配する恐怖の独裁体制だった。
「うふふ、幸せですね~ディランちゃん♡」
俺は薄れゆく意識の中で思った。 (明日は……明日は絶対に、まともな奴が勝ってくれ……!)
だが、俺は知らなかった。 明日の勝者が、もっと恐ろしい『スパルタ政権』を樹立することを。
日替わり第一夫人制。 それは、俺の平穏な日々を終わらせる、エンドレス・バトルの幕開けだった。




