第84話 喧騒の彼方へ 『黄昏の岬』と永遠の夕焼け
「……さて。O-SAKAの脂っこい空気は、十分に堪能しましたわね」
翌日。 セレスティアは、憔悴した(しかしアメちゃんを舐めている)俺たちを、新たな転移ゲートへと案内した。
「次は、O-SAKAとは対極にある場所。……本当の意味で、お二人の時間を過ごしていただくための『特等席』をご用意しました」
「本当か? もうタコ焼きもヒョウ柄も勘弁だぞ?」
「ええ。……私のプロデュースを信じてください」
ゲートをくぐると、そこは別世界だった。
第99階層・未公開エリア『黄昏の岬』。
「……うわぁ」
思わず、声が漏れた。
そこは、見渡す限りの海と、空一面を燃やすような『夕焼け』だけの世界だった。 太陽は水平線に固定され、沈むことのない永遠の黄昏時が続いている。
波の音だけが、静かに響いていた。 看板も、屋台も、ハゲた元国王もいない。 ただただ、圧倒的な「美」だけがある場所。
「綺麗……」
アリシアが呟く。 ノエルも、ソフィアも、ヴェルザードも、言葉を失って海を見つめている。
「ここは『時間が止まったフロア』です。……どれだけ語り合っても、夜は来ません。焦る必要も、誰かに邪魔される心配もありませんわ」
セレスティアが静かに告げ、一歩下がった。 他の妻たちも、空気を読んで散らばっていく。
波打ち際。 俺は一人、夕日を見ていた。 すると、誰かが隣に立った。
今日は「ローテーション」も「じゃんけん」もない。 自然と、5人が俺の周りに集まっていた。
「……ディラン様」
アリシアが、俺の手を握る。
「騒がしいのも楽しかったですけど……やっぱり、こういう静かな時間が一番ですね」
「ああ。……O-SAKAも面白かったが、正直、今の俺にはこっちの方が染みるよ」
俺たちは砂浜に座り込んだ。 寄せては返す波の音。 オレンジ色から紫色へとグラデーションを描く空。
「のう、ディラン」
ヒョウ柄を脱ぎ捨て、いつものドレスに戻ったヴェルザードが、俺の肩に頭を預けてきた。
「余は、お前と出会えて本当によかった。……退屈だった永遠の時が、今はこんなにも騒がしく、愛おしい」
「私もです。……貴方の遺伝子だけでなく、貴方という存在そのものが、私の研究の『解』でした」 ソフィアが眼鏡を外し、素顔で微笑む。
「ディランさん……ずっと、一緒にいてくださいね? おじいちゃんになっても、ハゲちゃっても……大好きですから」 ノエルが俺の腕に頬ずりする。
「……皆様、ズルいですわよ」 セレスティアも、計算高い顔を捨てて、俺の背中に寄り添った。
言葉はいらなかった。 ただ、体温と、夕焼けの暖かさがあればいい。
俺は、彼女たちの肩を抱き寄せた。
「……ああ。約束するよ」
俺は水平線に向かって誓った。
「どんなに騒がしくても、どんなにトラブル続きでも……俺は、お前たちを一生守り抜く。……これだけは、どんな法律や契約書よりも絶対だ」
その言葉に、彼女たちは涙ぐみ、そして最高に美しい笑顔を見せてくれた。
「「「愛しています、ディラン様」」」
5人の妻たちとの、静かなキス。 そのシルエットは、永遠の夕焼けの中に黒く、美しく焼き付いた。
デリカシーのない街で笑い合い、絶景の海で愛を誓う。 高低差の激しいこの旅路こそが、俺たちらしいハネムーンなのかもしれない。
「……さて!」
ひとしきりロマンチックな時間を過ごした後、俺は立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。……みんな、腹減っただろ?」
「はい! ディラン様の手料理が食べたいです!」
「うむ。やはり最後はマヨネーズご飯じゃな」
俺たちは繋いだ手を離さず、ゲートへと向かった。
だが、俺たちは忘れていた。 感動的なフィナーレの裏で、O-SAKAで蒔かれた『ヒョウ柄の種』が、王城でとんでもない花を咲かせようとしていることを――。




